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リアクション
「謎はすべて解けたわ!」
館の廊下に、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)の声が轟く。パートナーの橘 舞(たちばな・まい)はキョトンとした表情で、ブリジットのほうを見ていた。
「謎って……あの大男さんのこと?」
「ええ、もちろん。百合園女学院推理研究会代表であるこの私の灰色の脳細胞にかかれば、簡単な話だったわ」
エッヘンと胸を張り、ブリジットは自信満々に告げる。
「いい? おそらく、あの不死身の怪物は……生前仕えた主人である百合生を探している執事の霊よ!」
えらく具体的な答えだった。だが舞はというと、呆れたように顔をしかめる。
「また突拍子もない推理ですね……一応、根拠とかはあるんですか?」
「ええ。あの怪物は百合園のお嬢様を狙って追ってくる。けど殺そうとしてるわけじゃないわ。捕まえようとしてるだけなの。つまり、彼は人殺しじゃなくて、仕えていたお嬢様に会おうとしているだけなのよ!」
「……なんで、捕まえようとしてるだけで、執事って決まってるんだか」
ぐっと拳を握り、力説するブリジット。あまりの直感的な推理に、舞は呆れてため息をついた。
「その忠誠心には尊敬するけど、人騒がせな話よ。第一、あんな汚い格好で剣を振り回してるなんて、主人に恥をかかせてるようなもの……」
そこまでブリジットが告げたその時、バタンと音を立てて、ブリジットの背後のドアが開く。
嫌な予感を覚え、舞とブリジットが振り返ると、――案の定、そこには、怪物が仁王立ちしていた。
「き、きゃああああ!」
舞が叫び、そのまま走り出す。とっさ的にブリジットも舞の後を追って走り出した。
百合園の生徒である二人が逃げ出すのを見て、すぐさま怪物も追ってくる。
「ちょ、ちょっと舞! 逃げることなんてないわよ! 正体はわかったんだから!」
「そ、そんなこと言っても、怖いものは怖いのよ!」
悲鳴を上げながら、舞は逃げる。納得いかない表情を浮かべならも、ブリジットは舞と一緒に逃げていた。
「おい! こっちだ!」
そこへ、二人の進む正面の壁側から、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が声をかけてきた。その声に応じ、二人ともフランツのほうへ走っていく。
二人がフランツの横を通り過ぎ、怪物が迫ってくるのを確認すると、フランツが叫ぶ。
「今だ!」
フランツは、手に持っていたピアノ線を引っ張る。見えないほど細い糸が、怪物の手足に絡み、そのままピンと張った。力を込めて引っ張られたピアノ線は、見事怪物の手足に食い込み、四肢を切り裂いた。
手足を切られ、怪物はこけるような体勢で床に叩きつけられた。
それを確認して、周囲に隠れていたリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)とナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)がひょっこりと顔を出す。
「ど、どうなんですの、チーシャ?」
不安げに見つめるリリィにウィキチェリカがうーんと唸りながら、倒れている怪物を見ている。
「やっぱり、これは死体みたいだね。傷が自然と再生するっていう変わったところはあるけど、基本的に死霊術師が使うアンデットと同じだよ」
フムフムと頷きながら、ウィキチェリカは倒れている怪物を調べる。怪物はまだ手足が再生しないようで、地面に倒れたまま動けずにいた。
「身体の構造自体は、人間と変わらないみたいだから人間だったのは間違いないね」
「は、早くしてください。またすぐ傷が回復して、起き上がられたら……」
ハラハラとした様子でリリィは、怪物の様子を見ていた。いざとなったらのために、別の場所で見つけた銅像を握って武器代わりにしている。
そんなリリィの気持ちも知らず、ウィキチェリカは興味津々といった様子で、倒れる怪物の身体を隅々までチェックしていった。
「ほら、チーシャ。そのぐらいにして」
「えー! まだ大丈夫だよー!」
「いや。ここはお嬢ちゃんの言うとおり、いったん離れたほうがええで」
そう言うのは、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)だ。傍らに立つ讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)と共に、大き目のカーテンを持っている。
「ここは僕らにまかしとき」
「そういうことだ。そなたたちは離れていたまえ」
そう告げると二人はカーテンを広げ、倒れる怪物を包んでいく。
「ええっと、とりあえず剣は取り上げて。腕はこんな感じで包めばええやろ」
「泰輔、そちらの端を持て。包んで、畳んで、縛る!」
手際よく、二人は怪物を畳みながらカーテンで包んでいく。怪物も抵抗するが、二人は容赦なしに動けない怪物を強引に包んでいった。
「ふぃー……これで、終わりや」
「ふふふふふ。亡霊よ。やすらかに煙になるがいい」
ニヤリと二人が笑い、顕仁のほうが廊下の明かりになっている蝋燭を掴んで、怪物の包まったカーテンに火をつけた。
乾燥したカーテンは、あっという間に火を広げ、怪物ごと燃えていく。
そのエグい方法を目の当たりにして、離れてみていたリリィとウィキチェリカは、顔を引きつらせていた。
「な、なんやねん、その冷たい目は! 言うとくが、これもこの不死身の怪物を倒すために仕方なくやな……ん?」
必死に言い訳する泰輔。その時、泰輔のポケットの中から、「ワルキューレの騎行」が流れ出した。泰輔の携帯着信音だ。
「電話や。誰やこんな時に……って、レイチェルかいな」
電話は泰輔のパートナー、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)からだった。渋々といった様子で、泰輔は電話に出る。
「もしもし、レイチェル? なんか用か?」
『なんか用かじゃありません。もう何度もメールしたのですよ』
不機嫌なレイチェルの声が、スピーカー越しに聞こえてくる。
『とっくに帰ってくる時間だというのに、連絡ひとつないので、心配して電話したのです。何かあったのですか』
「いや、なんも。ただちょいとこっちがひどい嵐でな。今日はもう帰れんと思うわ」
『ほう……帰ってこれない』
心配かけまいと怪物のことを泰輔は伏せた。だが、それとは別の場所で、レイチェルの声が不機嫌に低くなる。
『それは楽しいパーティーで、素敵な女性との出会いがあったからではなくてですね?』
「ちゃうちゃう。僕らは人数合わせで駆り出されただけやから。そないな素敵イベントはまだ発生してへん」
『ほう……「まだ」ですか?』
泰輔とレイチェルはさらに電話でなにやら揉めていた。
その間、カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)は怪物の持っていた剣のほうを見つめていた。慎重に剣を持ち、疑わしそうな視線を向けている。
「うーん。どうやら、呪いがかけられてるってわけでもねーみたいだな。ただの古く臭い剣か」
慎重に調べるが、どうやら剣に妙な仕掛けはない。単純に、古いだけの一般的な武器のようだった。
「まあ、それなら好都合だ。貴重な武器だからな。誰か、剣の扱いのうまそうな奴にこれを渡して……」
そうカセイノが考え始めたその時、――グッと真っ黒な手が剣を掴んだ。えっとカセイノを含めた全員が声を出す。
全身から煙と炎を上げながら、怪物は立ち上がっていた。カセイノの手に握られた剣を力ずくで奪い、仮面の奥の瞳をギョロリと光らせた。
「き、きゃあああああ!」
ふたたび誰からともなく、その場から駆け出した。
『な、何? 泰輔さん! 今、そっちでなにが起こって、』
「な、なんでもない! 心配すんなや! じゃ、じゃあ、また電話するわ!」
ひとり事情を知らないレイチェルからの電話を切り、泰輔もその場から逃げだした。
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