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激闘、紳撰組!

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激闘、紳撰組!

リアクション

■■■其の壱






 暗殺事件の翌々日。松風堅守の視察の一行は、黄道を過ぎ大白寺の麓までへとやってきた。長く伸びる石段の下には、下野公園という名の広場があり、日差しの影響か葉桜と共に遅咲きの桜がいくつか残っている。桜餅を売りにする茶店が軒を構え、鳩が地を右往左往していた。
「たまには茶でも飲むか」
 そう口にし、茶店へと向かった堅守の横を、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が歩いていた。一歩後ろには、武神 雅(たけがみ・みやび)龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)、そして重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)の姿がある。
 周囲を守る扶桑見廻組を後目に、四人が茶屋へと向かうと、そこには秦野 菫(はだの・すみれ)梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)李 広(り・こう)の姿があった。
 その日は、お世辞にも晴れとは言えない曇天が空を覆っていた。白い雲が圧迫するように、彼らを眺めている。天候――そればかりではない。喧噪の多いこの扶桑の都では、『扶桑』の噴花の失敗により、天変地異や病魔も人々を襲っているのである。
 菫の正面の席に堅守が腰を下ろした時、下野公園の灯籠を眺め牙竜が呟いた。
「私の祖国の上野公園は日本さくら名所100選に選ばれ、多くの人が宴を開き桜を愛でる。確かに現在の治安は良いとは言えないが、娯楽としては扶桑を愛でる花見はよいかと思う」
 その声に、堅守は喉で笑った。頬は嬉しそうに持ち上がっている。
「昨日も花見と仰っておりましたな。良い提案だ――もう少し時期が早ければなおのこと」
 桜餅の一つへと手を伸ばしながら堅守がそう言うと、聴いていた菫が顔を上げた。
「桜は散り、新緑が目にも美しい季節になりもうした。地球の日本ではこの時期に京都の賀茂御祖神社と賀茂別雷神社の上下両社の葵祭が、東京では神田明神の神田祭という華やかで素晴らしい祭が行われるでござる。このマホロバでもそのような賑々しい祭はないのでござろうか?」
 彼女のそんな声に、灯と牙竜が顔を見合わせた。
 彼らは、松風堅守が暗殺される事を心配しているのである。
 ――梅谷才太郎の暗殺……現場に残されていた鞘、即ち、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)に疑いがかかる。そして、扶桑見廻組がその犯人捜しか。当然、紳撰組も濡れ衣を晴らすために動くのだろう。この状況で利益を得るのは朱辺虎衆か……二つの組織が一つの事件を捜査するとなると摩擦は避けられず、その解決のために人員が割かれる。
 牙竜の考えはこうだった。
 その上、忍者集団である八咫烏を通じて、紳撰組の現在の動向も聞き及んでいた彼は、紳撰組の諸士取調役兼監察方が、逢海屋に集う不逞浪士の情報を得ている事も掴んでいた。 ――どうにも都合が良すぎる……狙いは松風堅守殿か?
 そんな思いを端緒に、そもそもこの視察の日々に同行している彼は、高く結い上げた緑色の髪を揺らしながら、灯に目配せしたのである。
「扶桑守護職は扶桑の都で暗躍する者たちにとって、そう、堅守殿の存在は目障りになっています」
 すると彼女は、牙竜にだけ聞こえるように、そう囁いた。
 もっともだと彼もまた頷いた。だがそうしたやりとりには気がつかず、菫が続ける。
「やはり、暗くなった世相の雰囲気を変えるには祭が一番でござる。ミスコンみたいに地球で行われているイベントを実施してもそれはそれで面白いものでござる」
「それは実に面白い提案だ」
 堅守が菫に微笑みかけた。
「武神殿の提案も良い。日々扶桑を思う者達を集めての饗宴とは実に粋だと思います。この大白寺で近々、扶桑一の祭りがある故、その後にでも皆で散りゆく最後の桜を見ようではありませんか」
 その声に、雅は彼岸花の一員である御花実秋葉 つかさ(あきば・つかさ)へ、リュウライザーは、紳撰組の如月 正悟(きさらぎ・しょうご)と扶桑見廻組の七篠 類(ななしの・たぐい)へ声をかける事を決意したのだった。






 その頃扶桑の都の茶店街では、東條 カガチ(とうじょう・かがち)が団子屋やよろず屋、反物屋を訪れながら大きな声で雑談をしていた。最後に訪れた定職屋にて、彼は一際大きな声を上げる。
「此間の寺崎屋の事件知ってます?」
 そう話しかけられた定食屋の女将は、辺りを一瞥してからおずおずと頷いた。
「あれさー裏でこそこそしてる集団いるつーじゃない知ってるー? こわいよねえ」
 とても堂々とした口調で尋ねるカガチに対し、慌てたように女将は声を潜めた。
「こそこそって……噂の、朱い牛面の集団かい?」
「あぁご存じか。あれだよ、あれ。やーもー知ってるー? あかべこだかべこもちだかこわいよねえ」
「関わらない方が良いよ、ああいう得体の知れない連中には」
 乱れ髪を手で押さえながら、女将は嘆息して、店の奥へと戻っていった。
「……案外知られているのかねぇ」
 呟いたカガチの声を、夜陰のインバネスと魍魎の面で身分を隠し、東條 葵(とうじょう・あおい)は静かに聴いていた。彼は、カガチが聞き込みをしている間、隠れ身でそっと影に潜んで様子をうかがっていたのである。
 勿論、堂々としたカガチのこの聞き込みスタイルも、ある種の陽動だ。
 情報収集というよりかは、先方をおびき出す事を目的としているのである。


 その正面で看板を出していた『よろずや』の相田 なぶら(あいだ・なぶら)フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)の元には、その時私服の和装姿で、一人の紳撰組隊士が訪れていた。
「局長が犯人であるはず無いんだ! ここは一つ宜しく調べて欲しい!」
 その声にフィアナが、捕縛した猫の檻を一瞥しながら、銀色のポニーテールを揺らす。
 この猫は先日この『よろずや』が、『久我屋』より依頼を受けて探していた猫である。
太り気味のその猫は、一度見たら忘れられない大きな猫である。
 紳撰組隊士として動けば、人目に付くからと、局長を思ったこの隊士は依頼に訪れたのである。瓦版屋を挟んで喧嘩をしていた隊士だ。
「それにあの朱い牛面の忍び集団――一体何者なのか、それも探って欲しい」
「承りました」
 フィアナが、紳撰組隊士の剣幕に気おされながらも頷くと、隊士は大きく店の机を叩いた。
「しかし何よりも優先して調べ欲しいのは、局長に罪をなすりつけた犯人だっ!」
 相当興奮した様子で、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)が犯人ではない事を、隊士は語る。

 ――そのような隊士は一人ではなかった。

 正面に居を構えるウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)の『叢雲の月亭』にも、その日、紳撰組の隊士の一人が訪れていたのだった。こちらも万屋――即ち、何でも屋である。
「鞘を置いた奴を探し出して欲しいんです。本物の暗殺事件の首謀者を見つけて下さい」
 こちらにもまた紳撰組の隊士が訪れていた。
 紳撰組の局長――近藤 勇理(こんどう・ゆうり)は、それだけ慕われているのかも知れない。
「特に朱辺虎衆……きっとその陰に主犯が……」
 依頼主は目深に笠を被り、顔を隠しながら、それだけ告げて金子を置くと店を後にした。
 手には濡れた傘を持っている。
 返答する間もなく、ウィングはその姿を見送る。
 数分後。
 入れ違うように、そこに扶桑見廻組の者が入ってきた。七篠 類(ななしの・たぐい)尾長 黒羽(おなが・くろは)である。
「こちらは『サイコメトリ』などの情報を視覚化して客にも見せられると聴いたんだが」
 類が眼鏡の奥から黒い瞳をウィングへと向ける。
 それを正面から金色の瞳で見返したウィングは、高尚さが滲む知的な外見で頷いて見せた。
 叢雲の月亭のウィングの評判は、扶桑の都でも名高い。
 ウィングは、情報収集系のスキル『サイコメトリ』や『人の心、草の心』を駆使して得た情報を、銃型LCの映写機能と『ソートグラフィ―』を組み合わせて、客にも視覚化して見せる事を可能とし、その技法をうりとしていた。
 ――仕事成功率100%。
 扶桑の都では、そのような評判を得ている。その理由は、嘗てウィングが、瑞穂藩の手の者から天子を守ったり、天子の本体を見つけた人という事実がどこからか漏れ、それに起因しているのかも知れない。やはり天子様は特別だ。
「ええ、可能ですよ」
 ウィングの回答に、扶桑の龍馬と名高い類は、安堵感を滲ませるように胸を押さえる。
「実は、検分していただきたい遺体があるのですが」
 彼のそんな言葉を補足するように黒羽が、身を乗り出した。
「回収した梅谷才太郎の遺体なのですわ」
 美少女である彼女の赤い瞳が煌めく。
「分かりました」
 ウィングのその声に、類と黒羽は目配せをしあう。
 組織に囚われず柔軟に物事を考え、共有できる事が彼と彼女の天賦の才だった。






 紳撰組の屯所にて、雨が降りそうな曇天を一瞥しながら近藤 勇理(こんどう・ゆうり)が静かに歩みを進めていった。勇理の居室近く、その傍の縁側には、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)ヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)が座っていた。勇理は、歩きながら考え事をしていた。
『理由を考えた事がありますか? 国を憂いた瑞穂維新志士を潰し、今は護国たる暁津勤王党を潰す。国を、民を疲弊させ、果たして利するのは誰? 隣に居るシャンバラの者。違いますか?』
 これは寺崎屋へ踏み込んだ際に、両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)から投げかけられた言葉である。
同時に勇理は考えていた。
 ――誰が、梅谷才太郎を殺め、そこに自分の鞘を置いたのだろう。
 ――何故、鞘を置いたのだろう。
 空色の瞳が、虚ろな様子で動いている事に正悟が気がつき、立ち上がった。
「奧で副長が待ってるぜ」
 我に返った様子で、勇理が息を飲む。そうだ、確かに今は、鬼の副長と名高い右腕のような存在に会いに行く最中なのである。
 ――一言だけ言っておくか。
 勇理の表情から心情を汲んだ正悟は、両手を脇に添えながら勇理の様子に嘆息した。
「ああ、そうだ局長……正義は人の数だけある……悩むな、やるなら貫き通せ」
 その声に、勇理が目を見開いた。何度か瞬きをし、正悟を見据える。
 すると座り直した彼は、ヘイズの隣で緩慢な動作でお茶を啜りはじめた。
「隊長、仕事して下さい、仕事。後なんか届いてますよ」
 そこへ壱番隊の隊士がやってくる。
「しかたないな――それに、頼んでたお茶請けが着た着た」
 気怠そうに立ち上がり正悟がその場を後にすると、ヘイズが勇理へと振り返った。
「正悟が言った事だけど……僕達は勇理さんの信念を信じて付いてきているんだよ」
「ヘイズ……」
 勇理が彼の言葉に、顔を上げる。
 ――ただ、迷うのは必然だしな。
 ヘイズはそう考えながら、迷っている様子の勇理に対し言葉を続けた。
「勇理さん、俺は君の友として局長ではなく、個人としての君を支えよう」
「――……」
 それまで、己のなす事に迷っていた勇理は、暫しおし黙った。そして。
「有難う」
 簡潔にそう述べて、微笑んでみせる。
 実際、二人の声は、勇理の心を安定させたのだった。
 互いに手を振り分かれて、勇理は副長の居る大部屋へと向かい足を運ぶ。


 そこには、紳撰組の鬼の副長として名高い棗 絃弥(なつめ・げんや)と、パートナーの文武師範罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)の姿があった。
「近藤さんが殺してないと言うなら俺達は信じるが――『奴』に近しい人間、それを信じる義理は無ぇ」
 絃弥がそう告げた時、レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)カノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)もその場へやってきた。
「近しい者?」
 勇理が首を捻ると、絃弥が赤い瞳を細めた。
「下手すると近藤さんを敵と狙って来る可能性もある、だが尻尾巻いて屯所に引き込むなんて士道に背く真似もさせられねぇ」
「それは……内部に、内通者が居るという意味か?」
 勇理の問いに、フォリスが身体を軋ませる。
「しかし気になるのは局長殿の刀の鞘が落ちていた事だ、考えたくないが紳撰組の内部に……」
「考えたくはない」
 勇理が断言すると、絃弥が溜息をついた。
「一先ずは屯所の外に出る時は俺と如月の壱番隊で脇を固める様にするべきか」
「私一人でも、自分の身くらい――」
「現実を見ろ」
 力強く絃弥に言われ、勇理は己の力量を再認識する。
「だがいったい何の目的で罪を局長に着せたのだろうか」
 フォリスの言葉に、勇理もレギオンもカノンも首を捻る。
「私は皆を鍛えに行ってくる」
 そんな事を呟き、フォリスはその場を後にした。
「紳撰組……本当に有志の集団か否か……だな」
 見守っていたレギオンが呟いた。
 レギオンは紳撰組という組織が、自分たちの考え方を押しつけるただの正義の味方気取りではないかと未だ疑っているのである。
 だから依然として、紳撰組という組織がヒーロー気取りの集まりなのかは分からない。
「そう言ってくれるな」
 耳の良い勇理の声に、レギオンが顔を上げた。
「何かあれば教えて欲しい」
 その依頼に彼は思案する。だが、真摯な勇理の眼差しに彼は折れた。
「朱辺虎衆の情報を探る。それを定期的に報告する約束をする。これでどうだ? ただ、俺が代わりに、貴様ら信用するまで紳撰組には属さない。紳撰組に少しでも疑問を持ったらすぐ手を切れるようにしたい」
「構わない」
 勇理がレギオン達に対して頷いてみせる。
「局長、お客様ですよ」
 そこへ隊士の一人がそう声をかけた。レギオンに手を振り、勇理は隊士について奧の座敷へと向かった。


 来訪者は『新撰組』の面々だった。先に訪れた楠都子が、茶の用意をしている。
 井上 源三郎(いのうえ・げんざぶろう)達と原田 左之助(はらだ・さのすけ)達の姿はない。どうやら二人は、逢海屋に向かったようである。
「お待たせした、新撰組の皆様方」
 勇理が一礼して中へとはいると、日堂 真宵(にちどう・まよい)が唇をとがらせた。
「言っておくけどわたくしは新撰組じゃないわよ? 付きあわされてるだけなの」
 一雨来そうな最中、真宵は青く長い波打つ髪を静かに揺らした。
「それにしても、紳撰組の近藤の方がむさ苦しくなくてカワイイわ。やっぱり新撰組の近藤と紳撰組の近藤を入れ替えましょう」
 彼女はそれから、緑色の瞳を都子へと向けて、よく通る良い声で続けた。
「あっちは要らないわね」
 ――胸が大きい女は敵である。
 そう考えた真宵は、意味不明な殺意を飛ばしてみせた。
 それに気づいた都子が、勇理に視線を向ける。
「私はちょっと出てきますね」
「雨が降りそうだから、傘を持っていくと良い。どこに行くんだ?」
「有難う勇理――舞さん達から逢海屋での捜査の提案を受けているので、ちょっと彼女達と街で待ち合わせをしているんです」
 出て行く都子を見送りながら、近藤 勇(こんどう・いさみ)が勇理の正面で座り直した。
「いつぞやは迷……潜入捜査でごたごたしてちゃんと話す機会はなかったな……こんな時だが改めて宜しく頼む。局長同士だしな」
「こちらこそ宜しくお願い申し候。局長――正直なところ私には、荷が勝ちすぎていて」
「なに、俺でも局長は務まったんだ……歳や総司達のお陰でな……勇理君も仲間を信じて……志を持つ男児ならどんと構えていればいい」
 勇理が男装しているとは欠片も気付かなかった近藤勇は、こうして局長同士の邂逅を果たしたのだった。


「所で勇理さん、くだんの刀の鞘ですが、返却されたんですか?」
 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が尋ねると、勇理は静かに頷いて視線を刀へ向けた。
「侍の命だからな……扶桑見廻組が他の押収物は持っているが、鞘だけはこちらへ戻してくれた。まだ隊士達の間では確執がある者もいるが、あちらにも広い志を持った人間や外部から協力している知識人がいるようで、いつになくこちらを慮ってくれた」
 心底扶桑見廻組に感謝している様子の勇理は、ホッと息をつくと、湯飲みを手に取った。 茶器の外郭からも緑茶の熱が、掌に感じられる。
「それにしても、一体誰が梅谷を……立場は違ったが、奴も扶桑の都の事を想っていたと私は感じていた」
 漏れるようにそう告げた勇理に対して、優斗が大きく頷いた。
「真犯人を見つけましょう。これは、紳撰組だけじゃなくて『新撰組』にとっても問題です。その為、何点かお訊ねしたい事があります」
「なんなりと」
「勇理さんの事件当日の行動と、鞘を紛失したタイミング――場所や時間、そしてその時周囲にいた人物等を教えていただけませんか?」
「当日の夜は、いつもと同じく、都子と一緒に自室で寝ていた。誰かが入ってくれば、私も都子も気づいたと思う。鞘は、寝る前は確かにあった。朝になっていたら無くなっていて、暗殺事件だ……私も都子も騒ぎ立てた隊士に起こされるまで、気がつかなかった。本当に、何も気がつかなかった――ただ、夢だったのかも知れないが、嗚呼、恐らく夢だと思うが不思議な夢を見たんだ。少年がやってきて、琵琶を弾いていた」
「少し鞘を拝見しても宜しいですか?」
 優斗に対し、勇理は頷いて、刀を差しだしてみせる。優斗は『サイコメトリ』を駆使して、鞘から犯行に関する情報を得ようとした。すると、朱い牛面をつけた黒装束姿の者が、鞘を抜く場面が、しっかりと映像化されるように、脳裏に浮かんでくる。
 ――当該の鞘は、犯人が悪意を持って現場に残しただろう。
 だから、その悪意の根源・詳細を読み取り、犯人を正体・狙い等を特定し、追跡及び事件の再発防止に役立てるはずだと、彼は考えていた。
 ――『鞘の持ち主は、勇理でなくてはならない。絶対に』
「どうしてだろう?」
 読み取れた感情に優斗はそう呟いたのだったけれど、応える者は誰もいなかった。それ以上は、当時の相手の思考が混乱し、錯綜しているのか、上手く感じ取る事が出来ない。
「どうしてといえば、何故そのように心に置いて下さるのか」
 勇理が呟くと沖田 総司(おきた・そうじ)が微笑んだ。
「弟分の友は俺の友、紳撰組の局長も――梅谷才太郎も」
 ――下手人を捕え紳撰組へ突き出し然るべき処罰が下るようにする事も目的の一つだが、梅谷殿の首を取り戻し、弟分の隼人達と共に弔うのが最大の目的だ。
 彼はそう考えていた。その為にも、優斗や新撰組の仲間で動いて集めた情報を元に、梅谷殺害の下手人を追跡する事を決意していた。


「俺はちょっと先に出る」
 その時土方歳三が、そう告げて立ち上がった。
「どこに行くんですの?」
 真宵の問いにも、片手を振るだけで応えずに、彼は一足先に紳撰組の屯所を後にした。
 未だ雨が降り出す少しだけ前の事である。
 黄道をしばらくの間歩いていると、歳三は、楠都子を尾行している大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)の姿を見つけた。
「大石、ちょっと邪魔しても良いか?」
「土方さん」
 驚いて顔を向けた鍬次郎は、尾行相手が角を曲がっていく事を確認し、短く舌打ちをした後、体ごと向き直った。
「前回ああは言ったが、本当にどうしようもねえって有様だったら斬って捨てて構わん」
「本当ですか? そりゃあ良い知らせだ」
「……しかし何故奴だけあんな風貌になっちまったんだ? やり辛いったらねえぜ」
 歳三のそんな呟きは、街を圧迫する雲の中へと煙のように消えていった。