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激闘、紳撰組!

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激闘、紳撰組!

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■■■其の参


 その日『扶桑』の傍では。
「さて、それでは私はこれより見廻りに出ますので中座させていただきます」
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)がそう呟いた。
 彼女は――扶桑から離れるのは正直心配ですが……ヴァレリー様、どうかよろしくお願いします、と述べると、夜の街へと消えたのだった。
「バイアセートを連れ『イナンナの加護』を用い扶桑の都の治安維持として見廻りましょう……裏路地も含めて」
 大奥の御花実である彼女だったが、今はこうして第三勢力である彼岸花に属してもいるのである。
「日が暮れてきましたね。黄昏時……誰そ彼そ刻。この時間なら少々やりすぎても、私の正体もばれにくいでしょう。不穏な動きをしている人は……」
 ――少々強引でも構いませんね。
 そう考えた彼女は、問答無用で弓――『サイドワインダー』で敵の四肢を射抜いた。
「扶桑の都に害成す愚か者たちにかける情けはございません」


 そんな彼女の事を武神 雅(たけがみ・みやび)は心配していた。
「秋葉つかさ、動くのか……よほど、マホロバが大切のようだな。母となったことで、自分がいるべき場所が定まったか」
 ――彼女が『彼岸花』の一人。
 その事を八咫烏の一員である雅は知っていた。
 彼岸花には、見廻組や紳撰組ができない拷問など非合法な手段も使うことができるのが利点ある。存在が知られてないことは武器にもなるし、今回の事態では扶桑の都の治安維持力の低下する時は補助が可能な位置にいる。
「堅守殿と顔合わせしてもらうのは後のために役に立つかと」
見廻組や紳撰組に任せることができない案件も任せることができる。
「できることならば、早期に見廻組と紳撰組の対立や摩擦がなくなり理想的な治安維持組織関係が出来上がれば、彼女も一人の母親に戻れるだろうが……失礼、少し個人の主観……いや、願いが入ってしまった」
 これは松風家で、彼女が体を休める前に思案した事柄である。






 その頃、鬼城松風家当主、松風堅守の家には、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)武神 雅(たけがみ・みやび)、そして龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)の姿があった。
 先程までは、堅守も交えて、大白寺の祭り警備の後に、紳撰組と扶桑見廻組、第三勢力である彼岸花の親睦会を兼ねた宴を計画していたのである。
「私のシミュレーションによれば各組織の所属人物とのパイプを作ることで内情やそれぞれの組織への印象や対応を把握しやすくなります」
 リュウライザーが提案する。
「堅守殿も組織した紳撰組に志願した人物を見定める機会にもなるかと…見廻組に推挙した人物を確認するのも悪くないかと思います――互いに顔見せ合って食事をすれば、少しは打ち解け合えるかと思います」
 そんな提案が成されたのに、話し合いは終了した。
 現在は、各々の布団も宛がわれていて、そこは堅守の寝室だった。
「松風堅守――覚悟」
 しとやかに呟かれた声がして、短刀が布団へと突き刺さる。
 だがそれよりも一歩早く身を捻り、回転速度をバネに畳の上へと立ち上がったのは武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)だった。同時に灯達が、室内をライトアップする。
「何故朱辺虎衆は、松風公を狙うんです?」
 雅の問いに、まぶしさに目を覆いながら、朱辺虎衆の一人が唇を噛んだ。
「邪魔だからに決まっている――チッ、このケリ必ずつけてやる」
 呟いた朱辺虎衆の一人玄武は、颯爽と暗がりへと消えた。リュウライザーが追おうとするも、相手の足は速い。


 同じ夜、久我内屋の正面では、紫煙 葛葉(しえん・くずは)黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が合流していた。
筆談で、互いに得た情報を交換し合い、二人は夜の闇の中へと消えていく。






 翌朝紳撰組の屯所では。
「はわわ、討ち入り何て物騒な事が続くですけど、場所が逢海屋さんなので勿怪の幸いかもです。討ち入りのどさくさに紛れて逢海屋さんを家宅捜査してやれーですよ」
 紳撰組弐番隊隊長土方 伊織(ひじかた・いおり)の声に、サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)が頷いていた。
「まぁ、今回は討ち入りの場所が丁度逢海屋との事じゃし、どさくさに紛れて家宅捜索しても問題なかろう。せめて何かしらの手がかり位見つけ出さねばのう」
「とりあえず、まずは討ち入りを成功させなくっちゃですから出入り口の封鎖ですね。担当する人がいなければ、今回も僕達で封鎖するのが良いかもです。その時はベディさんに裏口お願いするです」
 伊織が続けると、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が、情に厚そうな色を瞳に浮かべて頷く。
「まずは討ち入りを成功させねば意味がありませんし、不逞浪士に逃走されるわけにも参りません。ご指示に従い、必要であれば此度も裏口の封鎖に尽力致しましょう。何事も裏方が確りしてれば上手く行きますから」
 彼女の声に頷いて、サティナも言う。
「しかし、今回も我等は出入り口の封鎖担当かのう? まぁ、良かろう。伊織じゃしな。屋根から逃げようとするものが居れば『天のいかづち』で撃ち落せば良いしの」
二人の声に頷いて、伊織は続けた。
「ある程度不逞浪士の取締りが終わったら家宅捜索です。拒否されそうになったらご免なさいですけど、どこぞに隠れてやり過そうとしている者も居るかも知れぬのでと言って強行するのです」
「有難う」
 家宅捜索という自分の事を慮ってくれた伊織の声に、素直に近藤 勇理(こんどう・ゆうり)が礼を述べた。嬉しさ半分、暗殺犯への憤りと、気を遣わせてしまった事への懺悔が残り、といった心境だ。
「もう一度、しっかりと尋ねても良い?」
 そこへ紳撰組の総長であるスウェル・アルト(すうぇる・あると)が声をかけた。総長補佐の、ヴィオラ・コード(びおら・こーど)も伴っている。
「私は局長を疑ってはいないけれど、納得いく理由がなければ、組以外の人は納得しないだろうから」
「そうだな……」
 勇理が頷くと、スウェルが続けた。
「梅谷才太郎の遺体に、まず、首がないのが、怪しい。誰が身元の確認したのかを確認したい。できれば、その、遺体も」
「相手が相手だからな。奉行所ではなく、扶桑見廻組が押収したと聴いている」
「もしかしたら、梅谷才太郎本人、あるいは彼の仲間が、身の危険を感じて、死体を偽装したのかも、しれない。……私は梅谷才太郎は、生きている気がしてならない」
「そうであって欲しいと……私も思う。敵であるというのに馬鹿げた話しかも知れないが」
 勇理が苦笑するように頬を持ち上げた。その表情に、スウェルとヴィオラが顔を見合わせる。
 そこへ海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)がやってきた。
「梅谷才太郎さんも逢海屋で暗殺されたってのは気になりますな。何か繋がりでもあるんですかねえ……」
 彼のそんな声に、勇理が腕を組む。


「誠の一文字背負うからには、てめぇが吐いた言葉は死んでも成せ!」
 棗 絃弥(なつめ・げんや)がよく通る声で皆に告げる。
 その場へ、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)ヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)、そして編成表をまとめた紙を持ったエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)がやってきた。
「勇理、討ち入りの突破口は、俺たち壱番隊と先発隊でやる」
「有難う」
 その声に勇理は、先発隊である黒野 奨護(くろの・しょうご)柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)、そして徳川 家康(とくがわ・いえやす)皇 玉藻(すめらぎ・たまも)へと視線を向けた。レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)カノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)も一緒である。ただティア・ルシフェンデル(てぃあ・るしふぇんでる)だけが、不安そうに瞳を揺らしているのだった。
「その後の事は、三番隊組長に任せる」
 勇理はそう告げると、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)と、そのパートナーである勘定方のミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)へ視線を向けた。
 その場に残された他の部隊長や組長達は、己の部下達の元へと帰っていく。
 よって大部屋には、勇理と楠都子、そして絃弥と罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)だけが残った。
「副長、本当に信じてくれるか? 私ではないと」
「嗚呼、近藤さんがそう言うんなら信じるぜ」
 普段の隊士達に対する口調よりも僅かに柔和に、絃弥が言う。
「有難う。では――笑わないでくれるか。私は、この紳撰組に、裏切り者などいないと信じたいと想っている事を」
「勇理、今はそんな感情論の話しをしている場合じゃないわ」
 都子がたしなめると、思案するように絃弥が首を傾げて見せた。
「――どんな状況でもサムライよりなおサムライらしく戦える様に、そんな組織たるべく俺は、隊士達と研鑽を積んできた。そしてそれは、いや俺は、副長として局長に足りない部分をフォローする。だから近藤さんがそう思うんならそれで良い。それで足りないって言うんであれば、俺が補佐する、約束しよう」
「有難う――フォリス、少し稽古をつけてはくれないか。心が曇りそうになる、嫌、曇っているこの心を、副長や、皆の意気に応える為、綺麗にしたいんだ」
「私は構わんよ」
「では、私は少し席を外します」
 都子が嘆息するようにそう告げた。
 こうして、副長である絃弥が見守る中、道場へと場を移して、勇理とフォリスは木刀を構えたのだった。
 足袋が、磨き抜かれた床を踏む。
 ――暫しして、木刀同士が打ち合う音が、辺りに響いたのだった。


 その頃、先発隊と壱番隊、そして参番隊が集まる部屋では、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が、諸士取調役兼監察方の九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)に声をかけていた。
「どうだった、ロゼ?」
 ロゼという愛称で親しまれている彼は、パートナーの座頭 桂(ざとう・かつら)九条 レオン(くじょう・れおん)と共に、逢海屋に関して集めた情報を手に、皆の前にいる。同じ班の斉藤が、間取り図を広げる。
「先発隊には陽動として、ここの口から入ってもらいたい。その前に、探偵方の連中に従業員の口は閉ざさせる。裏門は、弐番隊隊長が固めてくれる事になっているから、先発隊が出たら、壱番隊は正面から突破、でいかがですかね。良い案だと思うんですぜ」
 斉藤が告げると、正悟が頷いてヘイズを見た。
「把握したか?」
「勿論」
 ここの所仕事無精の二人は昼行灯と呼ばれる事もあったが、隊の中では、その実力を誰もが知っていた。
「気をつけて下さいね」
 エミリアが皆にジャスミン茶を振る舞いながら、心配そうに呟く。
「必ず俺が道を開く」
 奨護が負けず嫌いさののぞく瞳で断言した。すると、震える唇をティアが噛みしめる。
「怪我して返ってきたら許さないんだから」
「心配するなって」
 そこへ氷藍が肩をすくめて見せた。
「俺たちが手を貸してやるから」
 彼はそう言うと、家康と玉藻を一瞥する。
 そんな様子を見守っていたレギオンが、深々と溜息をついた。
「正面突破だけが陽動とは言えないだろう。逆側から俺も手を貸す」
「全くしょうがないんだから」
 カノンが腰に手を添え嘆息した。
 すると話しを見守っていた氷室 カイ(ひむろ・かい)雨宮 渚(あまみや・なぎさ)が顔を見合わせる。
「突破したら俺たちは、局長が家宅捜索をする道筋を開く」
「そうね」
 渚もまた頷いた。
 こうして、紳撰組内での、討ち入りの算段は次第に整っていく。
 ――『紫苑』と翼に書かかれた折り鶴が、屯所へ投げ込まれたのはその頃の事だった。 その内側には、数多の情報が刻まれていたのだった。






 その頃扶桑見廻組の屯所では。
 尾長 黒羽(おなが・くろは)が、梅谷才太郎近藤 勇理(こんどう・ゆうり)により暗殺されたとする疑惑を一網打尽にしていた。
「まぁ、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)様が人殺しをしたのですか? それにしてはまぁ……殺したあとにしては処理が粗雑ですのね。鞘をそんな目につくような場所に置くだなんて、誰かに仕組まれているようにしか思えませんわ。例えこれが自分を犯人に思わせない為のカモフラージュだったとしても不自然は拭えませんわね。明らかに鞘を残すより証拠を残さない方がメリットがありますもの。ふふっ、これではまるで紳撰組と見廻組を対立させようとしてるみたいですわね。だぁれの仕業かしら?」
 含み笑いで告げた彼女に、成る程と、扶桑見廻組の面々が顎を縦に振る。
 その様子を見守っていた七篠 類(ななしの・たぐい)は考えていた。
 ――見廻組も紳撰組も民の為に結成されたんだろう? ならば、民の為に何が出来るかを考えるべきだ。……近藤 勇理(こんどう・ゆうり)の殺人疑惑についてか。
 ――尾長の言うとおりデメリットが多い上刀を収める鞘をその場に置き忘れるなんて考えにくいだろう。抜身のまま街を闊歩したらそれこそ目につく。
 彼がそんな事を考えていると、そこへ、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)がやってきた。
 ――重要なのは戦果ではなく治安維持のはずだが……。
 アルツールはそんな思いで腕を組んだ。
「成功して戦果も稼げれば数字上でも目立つことができる――即ち、紳撰組とは真逆の感じに、軍隊的な連携重視の戦術をしてみてはどうか」
 彼は改めてそう提案した。その方が、組織の性格的にも、馴染む戦い方になるはずという想いが本当に強いのだ。
「戦い方の違いは、内外への大きな宣伝になるはず」
 司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が頷く。
「浪士側は錬度と士気がバラバラのため連携が弱い。全体的な錬度を底上げしつつ、連携攻撃により浪士を分断・各個撃破を狙う戦術で紳撰組と差別化してはどうか。弱い者を分断し強い者の足を引っ張らせれば、浪士側は身動きが取れなくなる」
 二人の声に、暗殺事件に囚われてばかりではいけないと、類は改めて思い直したのだった。


 その頃、扶桑見廻組が居を構える二つ隣の通りの長屋の一角では。
 孫 陽(そん・よう)が溜息をついていた。
 蚕養 縹(こがい・はなだ)の手により運び込まれた、佐々良 縁(ささら・よすが)の様子を、不安そうに著者・編者不詳 『諸国百物語』(ちょしゃへんしゃふしょう・しょこくひゃくものがたり)が見守っている。
「うっ……」
 苦痛を露わに呻いた縁の額に載る布を、孫 陽(そん・よう)が取り替える。
 彼は先程から、スキルである『歴戦の回復術』や特技の『医術』をもって全力で治療に励んでいるのである。
「全く何をしているのですか」
 いつでもついてくる説教に、意識が戻った縁が微笑してみせた。
 朱辺虎衆達の姿は既に無く、ただ闇が忍び寄ってくるだけである。


 その頃逢海屋では、下働きをしている天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)が、疲れきって布団に横になっていた。
 この獣人は、優しさと臆病が同居する葛葉と凶悪残忍な玉藻という性格を持つ二重人格者の白狐である。
 現在は大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)の命令で、逢海屋の手伝いとして働いているのである。
 ――僕は、ハツネちゃん達の滞在費を稼ぐ傍ら、鍬次郎さんの『悪人商会』との連絡係として頑張って働かないと。本当は人殺しなんてやめてほしいけど……でも、二人を見捨てることは出来ないから……僕は……
 葛葉は、そんな風に考えながら、この夜はもう休むことにした。