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武装化した獣が潜む森

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武装化した獣が潜む森

リアクション

「確かこの川沿いの…… あ、あそこです」
 グリズリーの目撃地点。目撃者の一人であるザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は「秀幸組」を先頭を行っていたが、到着した事を初めに伝えたのは戦友であるルカルカ・ルー(るかるか・るー)にだった。
「ここ? いまいちパッとしない所だね」
「あ、いえ……すみません」
「ふむー、こんな何もない所に停まってたなんて。トレーラーの中で何をしていたのかな?」
「中で、ですか? 確かにグリズリーに囲まれていましたから、てっきり襲われていたものと思っていましたが……なるほど襲われていたにしても不自然ですね」
「そうなのだよ、こんな殺風景な所に紳士淑女が興味を示すとはとても思えない。何の意図があってここに停まっていたのだろうか」
 なななに感化されたのだろうか、ルカルカの口調はどこかなななの刑事口調を真似ているように思えた。思ったのはパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、彼曰くなななを見ていると、その口調やノリがルカルカに通じる所が数多く見られるという。ふざけているだけにも見えるルカルカの刑事口調はきっとなななのそれに感化されたのだろうという事だった。
「ということは……なななと共に動く度に口調が寄る、ということか?」
 それも面白いかと思い、そして激しく後悔した。
「ん?」
 ふと目について手を止めた。ダリルの視線の先に高さ50cm程のアタッシュケースが直立していた。
 じっと見つめた。反応は「……。」
 当然といえば当然。しかしどうにも気になった、目が離せなくなった。
 ジィーーー。
(……。)
 ジィィィィーーー。
(…………。)
 ジィィィィィィィーーー。
(………………。)
 ジィィィィィィィィィィィィィィィィィーーー。
(……ッ。)
 ピョコっ。
「うぁっ」
 ダリルの声が小さく跳ねた。目を疑ったが確実に動いた、となればそれはもはや有機体……いやそうとも限らないのがこの世界か……。
「君は誰だ? いや、その前に君は何者だ? 自我はあるのだろう?」
「……。」
 アタッシュケース型の機晶姫、リリ マル(りり・まる)ダリルが奇妙な出会いを果たしている最中、時を同じくして島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)グリズリーを追跡する一手を打っていた。
「いかがでしょう」
 地面に鼻を付けていた『牧神の猟犬』が吠声と共に南西の方角を鼻先で示した。
「イケるのですね。お願いします!」
 猟犬は獲物を前にしたように勢いよく駆けだした。
「行こう」
「あの……、一体どうしたのです?」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)に問いた。中心となって指揮をとっていた秀幸ジーベックが進言しているのを彼女は何度かその目にしていた。
「『牧神の猟犬』がグリズリーの臭いを感知した。僅かだが目撃地点の土に残っていたようだな」
「土に? 判別が可能なのですか?」
「わからん。だが可能性はある、そうだろ?」
 猟犬を追い、駆けながらに秀幸は「そうだ」と答えた。
「『牧神の猟犬』が捉えた臭いがグリズリーのものである可能性は10%程度だろう、だが、もしそれが対象のものであった場合、自分たちが対象に辿り着ける確率は70%にまで跳ね上がる」
「70%?」
 アリーセの問いに彼は「不測の事態、それから地形や天候も絡んでくる。そう考えれば70%が妥当だろう」と応えた。
「なるほど」
 アリーセはもちろん、ジーベックにとっても意外だった。秀幸が物事をパーセンテージで語る癖は知っている、しかしそこに現実的な障害や不測の事態まで加味されているとは思ってはいなかった。『成功率』とは言ってもあくまで頭の中で弾き出した空論式の構築物だと思っていた。
「秀幸さん、グリズリーは『パワードレッグ』を装備しているという事でしたけど。回収、するんですよね?」
「もちろん。『本作戦の目標が着用しているパワードスーツに関して、可能な限り無傷で確保するように』との要請が情報科から成されています。自分たちはそれに準じます」
「よりにもよって『無傷で』ですか」
「一条殿は技術科だろう? 技術科としては無傷で回収できた方が助かるんじゃないか?」
「それはもちろん。ですが机上で分析するだけなら楽なのですが、無傷で回収しろというのは……」
「難しいことは承知している。が、このような要請を出すということは情報科としても怪我人が出ることもまた承知している、その上で無傷で回収しろと、そう言っているのだろう」
「技術畑としては気持ちは分からなくはないですけど」
「血が騒ぐ、か?」
「軍用獣向けのパワードスーツは教導団でも開発されていないわけではありません。ですが騎狼向けの物が主ですし、自分が知る限りでは未だ実戦投入には至っていません」
「それはそれは。無傷で回収できれば大きな手柄になりそうだ」
「えぇ。それが本当にパワードシリーズであったなら、ですが」
 目撃者の証言によればグリズリーは『パワードレッグ』を、ハンマーラプトルは『ッパワードアーマー』を装備していたといいます。
「小暮少尉」
 ジーベックが前方を示した。パートナーのヴァルナと『牧神の猟犬』が川縁で立ち止まっていた。
「ヴァルナ、どうした?」
 追跡不能、臭いの痕跡が途絶えたかと思ったのだが、ヴァルナは小さく首を振った。
「いえ、あの、あれ……」
「あれ?」
 上流の川中を指さすヴァルナ、遠くに見えるその先にグリズリーの姿が見えた。
「グリズリー! なぜ川の中に」
 流れの中に、それも一体のみで。起きあがったり四つん這いになったり。
「鮭を探しているのでしょうか」
「……そんな事はあるまい。だがよく発見してくれた。一体だけならば皆でかかれば―――」
「待ってくれ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が発信機を片手に提案した。
「あれを倒しても本丸には辿り着けない。これを奴に取り付ける」
「出来るのか?」
「可能だ」
 そう言うとダリルは『ベルフラマント』を羽織って気配を薄めた。
 川幅はさほど広くない。足場にする巨石も幾つか見える。あとは如何に注意を逸らすかだが……。
「借りてもいいかな?」
「マリを? …………どうぞお好きに」
「感謝します」 
 アタッシュケース型の機晶姫、リリ マル(りり・まる)は「(……!!
」と思ったであろうが言葉にしなければそれも伝わらない。契約者の許可も得られた以上、ダリルは大手を振って扱えるというものだ。
「ふっ!!」
「(………………!!)」
 熊の立つ地点よりも上流にマルをブン投げた。
 ドンブラコッコ〜ドンブラコと流れくるアタッシュケース。狙いの通り、グリズリーは川中を流れる異質物に興味を示した。
「よし、今だ!」
 グリズリーの巨爪がアタッシュケースに振り下ろされた正に接触インパクトの瞬間に、グリズリーの後方を跳び過ぎながらにダリルは首筋に発信機を取り付けた。
「成功だ。あとは奴が動くのを待とう」
 巨爪の一撃でアタッシュケースは川中に沈んだ、が、どうにか気を失わずに流れの中に身を隠したようで、その身はダリルによって下流で確保された。
「……戻ってきたの」
「……。」
 冷たくなったその体をアリーセの冷たい反応が迎え入れていたのが気にはなったが、とにかく一行はグリズリーの動向を見守り、監視することとなった。
 茂みに身を隠し、グリズリーが巣穴なりアジトなりに帰るのを待つ。
 川上を眺めたり水中に爪をたてたり。
 川下に歩いたと思ったら川上に歩み戻ったり。
「動かないな」
「動かないな」
 秀幸に続いてジーベックも言った。何をしているというのだろうか、グリズリーは一向に川から上がらなかった。
 それでもここは待つしかない。
 一体の熊を多勢が身を潜めて張り込みをする。奇妙な根比べがここに始まった。