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南よりいずる緑

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第3章 視察? 観光? いいえ、オモチャです 1

 視察の旅も中盤に差し掛かってきて、大きな町へと辿りつく。
 旅のルート管理をしているマクスウェルやアムドの話によると、この町で今夜は一晩の宿をとったほうが良いとのこと。なんでもこの町には、『カナン療養所』があるようで、周囲の町や村の復興における中心地になっているということだった。宿の手配は自分たちがしておくということで、賑やかな町の中を観光などいかがですか? というのは療養所の者の弁である。
 そんなわけで――
「うわぁ……お綺麗ですね」
 ただいまシャムスは、観光案内ということで洋服店の試着室から出てきたところだった。リボン付きの白ブラウスに黒の透けたような刺繍が重なり、いかにも女の子らしいフリルスカート。日本で言うところの半ばゴスロリちっくな服装は、細みのシャムスによく似合っていたが、彼女の顔はげんなりとしたものだった。
「あ、リボンが曲がってます」
 試着室の前で彼女を迎えた真口 悠希(まぐち・ゆき)が、くすっと笑ってリボンを直した。美少年と言って差し支えない彼女の顔が近づいてきて、同じ女同士と分かっていながらもドキドキする。
「はい、終わりました」
「あら? シャムス……なんか顔が赤いわよ?」
「ばっ……そ、そんなわけあるかっ!」
 悪戯顔でにやにやと言ってきた槙下 莉緒(まきした・りお)に対して、シャムスは声を荒げた。カレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)はそんなシャムスを見て穏やかに笑っている。本来ならば、もう一人のパートナーである上杉 謙信(うえすぎ・けんしん)も来るはずだったのだが、どうやら療養所の仕事が忙しいようだった。
 代わり――というわけではないが、エンヘドゥを含めた女性陣たちが、悠希と一緒にシャムスの着替えを手伝っている。そもそも観光に向けて衣装直しを勧めたのも、エンヘドゥたちに他ならなかった。
「うーん、ゴスロリ服も似合うわねぇ」
「あら、でもこんなのも似合うんじゃないですか?」
 そう言って衣装を持ってきたのはイルマ・レスト(いるま・れすと)だった。
 両手に持っているのは、流行りの自然な雰囲気を醸し出す緑系の服や、逆に動きやすさも重視したキュロットスカートなどだ。彼女の契約者である朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)も、イルマのチョイスに満足そうに頷いていた。
「ゴスロリもいいが、これならシャムスの美しさが際立ちそうだな」
「おいおーい! わいも男性目線でいいの持ってきたよ!」
 続いてやって来たのは七刀 切(しちとう・きり)だった。何やら大量の衣装を抱えて、自信ありげな顔をしている。
「あら……男性目線というのは気になりますね。どうです? お姉さま」
「いや……どうですと言われてもだな」
 そもそも気乗りしていないシャムスは、早く解放されたいといったところだ。しかし、エンヘドゥは早速、まずは切が持ってきた衣装から試着させてみることを試みた。ほいほいと衣装を放り込んで、エンヘドゥも一緒に飛び込む。
「お、おい、エンヘドゥ……っ!?」
「いいからいいから、ぱぱっとお披露目しますわよお姉さま」
 ごそごそと中で着替えが始まり、まずは一着目。
「おおぉー!」
 黄色っぽい、花を連想させる美しいドレスに身を包んだシャムスが出てくる。彼女も、衣装に関しては綺麗と思うのか、まんざらではない様子だった。
 続いて二着目。
「わぁー!」
 和服の着物に身を包んだシャムスが出てきた。さすがに中にまでは入っていかなかったが、帯を締めは切も担当する。――変なところを触らないか、女性陣の監視の目は厳しい。
 三着目。
「うわああぁぁ……ぁ?」
 メイド服。綺麗は綺麗だが、いかにもどこかの萌え萌え喫茶店にいそうな猫耳標準装備だ。声が尻すぼみになった女性陣に対し、切だけは盛り上がっている。
「やっぱり似合う! 是非ご奉仕してもら痛いっ!」
 切の頭をぶっ叩いて、シャムスは再びカーテンの中に。
 そして四着目。
「GJ! ……しかし白スクがあれば更によかっゲブゥッ!」
 教導団水着を着たシャムスが、切の頬に右ストレートがぶちこんだ。店の外に吹き飛んでいって、ピクピクと地に伏しながらも親指を立てているのは、あっぱれなものだ。
 煩悩を退治して、ようやくシャムスは水着から別の衣装に着替えた。イルマが持ってきた、緑を基調としたゆるい服装である。すそ広がりのスカートにふわりとしたストール。その前の水着がさすがに恥ずかしかったのか、ブツクサと文句を言いながらも顔は赤い。
 そんなシャムスを見ながら、大岡 永谷(おおおか・とと)水鏡 和葉(みかがみ・かずは)が見守るようにくすくすと笑っていた。
「お前らなぁ……」
「いやいや、悪い。ちょっと面白くてな」
「でも、スカート姿も素敵だよっ?」
「ああ。その服、とっても似合ってるぜ」
 和葉と永谷。同じような境遇の二人に褒められて、シャムスは少しだけ前向きな気分になれた気がした。永谷に至っては、シャムスを羨ましそうに眺めるほどである。
「ほんと……俺も着てみたいぐらいだよ」
「着てみるか? オレとしてはこれを脱げるなら大歓迎だが?」
「いやぁ、まさか。俺なんかが似合うわけないって」
 永谷は手をぶんぶんと振った。
 謙遜はするものの、永谷の素材は決して悪くないとシャムスは思う。むしろ、そのあでやかな黒髪などは、和服にはとても似合いそうな髪質だ。透き通る黒曜石の瞳も素晴らしいし、きっと和服では映えることあろう。
 永谷の着せ替え姿を想像して、なんとなくシャムスはエンヘドゥたちの気持ちが分からないでもなかった。もちろん――それが自分に降り注ぐとご勘弁なのは変わらないが。
 素敵と言われて嫌な気分にはならない。しかし、どこかで認めたくないようなものがあるのも確かである。そんな釈然としない顔になるシャムスに、和葉が言った。
「気持ちはわからなくもないけどね。ボクも同じようなモノだし」
 きゅっと、彼は下を向くように帽子をさげる。和葉もまた、シャムスと同じように――
「でも、ボク自身はこういう育ち方をしたこと後悔したことないんだよね。シャムスさんはどう? 女性らしく育ちたかった?」
「オレは……」
 シャムスは視線を外し、今までの自分を振り返った。
 女性らしい育ち方や、男らしい育ち方。そんなことなど、考えたことがなかった。こうして育った自分であることが、当たり前だと思っていたからだ。だが――振り返った自分に問いかけたとき、答えはまるで初めから決まっていたように揺らぐことがなかった。
「いや、後悔したことは……ないな」
「ん、それを聞いて安心した。どんな姿形だろうと自分に誇れる自分であれば、それが一番だよっ! ……急に変わる必要は、ないと思うな」
「ああ……ありがとう」
 と、そんな二人に横にいたメープル・シュガー(めーぷる・しゅがー)が言った。
「あらでも、二人とも。折角女性として生まれたんだもの。美しく着飾るのは悪いことではないのよ。自分に似合うものを選び、自分自身をより美しく保つ。これは、女性の特権なのよ」
 言いながらも、色々な服やアクセサリを示すメープル。彼女は微笑した。
「よければ、3人に似合いそうな服をコーディネイトしましょうか?」
 その勧めに、3人はひきつったような笑みを浮かべた。
「大丈夫。何も、スカートを選ぶとは言ってないわ。言ったでしょう? 似合う物を身に着ける事が大事なのよ? ね、ルアーク?」
「そこを俺に言われても困るんだけどねー」
 メープルが振り向いた先ではハンカチを顔に乗せた青年――ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)が、ぐでっと足を伸ばしてベンチに座っていた。顔のハンカチをつまみあげて、軽薄そうな顔を見せる。
「まー、かわいけりゃーなんでもいいと思うぜ。……それにしても疲れたっつの。俺はちと休んでから宿のほうに戻るから、好きにしてくれー」
「まったく……」
 腰に手をあてて呆れたメープルは、シャムスたちを連れて服を選びに奥に向かった。ひょいとハンカチを再びつまみあげ、隙間からそんな彼女たちを見やるルアーク。
 ――思うところでもあるんだろうな。
 和葉自身、姉から服が贈られてくることが多々ある。きっと、そんな自分とシャムスを重ねていたのだろう。
 ルアークは起き上がった。
 お坊ちゃん育ちの和葉やシャムスのために、馬でも用意しとかないといけないだろう。それぐらいはしてやろうかと、人知れず彼は店を出て行った。