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第3章 視察? 観光? いいえ、オモチャです 2

「ところで……先ほどはシャムス様さんが水着を着ていましたけれども、エンヘドゥさんはどうなのですか?」
「どう? と、申しますと?」
「もちろん、水着に決まっていますわ」
 首をかしげたエンヘドゥに、服を選んでいた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)がにこっと笑った。彼女の横にいたエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)も、エンヘドゥのバインと飛び出た旨や腰のくびれを見て感心したように頷く。
「確かに、その身体でしたら見る者をひきつけることは間違いないですね」
「そんな……」
 この旅では珍しく、エンヘドゥが頬を朱に染めた。そうしていると、ますます美緒に似ているとエンデは思う。彼女の妹じゃないと聞いた時は驚いたが――世の中には似ている者が三人はいるというし、おかしなことではないのかもしれなかった。
 エンデの視線は、エンヘドゥからシャムスへと移った。先ほどの水着はちらっとしか見えなかったが、これまでの服を見ていると、彼女もまたなかなかの身体の持ち主のように思えた。そもそもエンヘドゥのスタイルが良いのだったら、双子であるシャムスのスタイルが良いというのも道理である。
「……世の中広いですね。私もあんな風になりたいものです」
「何か言った、エンデ?」
「いえ、なんでもありません」
 自分の身体を見下ろして少しだけ落ち込んだようなエンデに、小夜子は小首をかしげた。そんな小夜子もまた、ある特定の場所の大きさだけで言えばエンヘドゥに負けていないのが皮肉なものだった。
 気を取り直して、小夜子はエンヘドゥにある本を渡す。
「これは?」
「今年の新作水着のラインナップですわ。シャムス様も、より女の子らしさをアピール出来るかもしれませんね」
「……それはそれは」
 キランとエンヘドゥの目が光った。
 小夜子はにこやかな笑みを浮かべる。
「もうすぐ夏ですし、機会があれば姉妹揃って水着を着て水辺で遊んでみるのもいいかもしれませんね」
「姉妹揃って、ですか……」
 まんざらでもない顔で、宙に目をやって想像を巡らすエンヘドゥ。
「今はカナンはこんな状況ですし、こんな事を言うのもあれですが……もし機会があれば、ヴァイシャリーにも遊びに来てくださいね」
 それを聞いたとき、むきっとした筋肉が彼女の視界に入った。
「確か……エンヘドゥは空京大学に入るんだったよな?」
 筋肉の正体はラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だ。精悍で強面な顔立ちの彼が女性服が並んでいる中で立つと、どこか異様な空気を感じる。興味本位で手に取った服が、なぜか小さく見えるほどだった。
「ええ。正式に留学を受け入れてもらえましたので」
 となれば、ヴァイシャリーに行くのも都合が良いだろう。そもそも、ラルクがシャムスたちの護衛として旅に同行したのも、空京という同じ学び舎で学ぶ仲間になるからというのが大きかった。
「どこの学部に入るつもりなんだ?」
「希望は、政治経済学部です」
「政治経済か。また、どうして……?」
 さしたる意味はなくとも、志望学科というものは聞きたくなるものである。ラルクは医学部に所属しているが、特に政治経済とは実感が離れているからこそ興味は湧いた。
「……やはり、私もニヌア家の人間ですから」
「姉さんを……シャムスを、サポートしていきたいと?」
 ラルクの推測に、エンヘドゥは笑みで応じた。姉に向かって表だって言葉にはせずとも、同じニヌアという領家に生まれた以上、彼女もまたその責任の自覚がある。そして同時に、その責任を領主という形で背負っている姉のために――自分にできることをやりたいとも。
 そんな思いに触れて、ラルクは言う。
「なにかあったら、言ってくれ。いつでも力になる。……じゃあ、俺は外で待ってるぜ」
 そう言ってその場を離れて行った彼は、背中越しにぐっと握った拳を、軽く持ち上げた。その背中は大きく、どこか頼もしさを感じられた。
「空京は……良いところのようですね」
 留学先の未来に希望を抱いて、嬉しそうにほほ笑むエンヘドゥ。ふと、彼女はきょろきょろと辺りを見回した。
 どうやらシャムスを探しているようで、すぐに試着室の前にいる千歳たちの姿に気づいた。小夜子らとともに、そちらへと合流する。
「お姉さまの試着ですか?」
「ああ、実はな……」
 エンヘドゥに気付いて振り返った千歳。その声が終点へ着く前に、がばっとエンヘドゥの目の前を何かが遮った。
「エンヘドゥ様もどうですかっ! 日本名物浴衣ですーっ!」
「ゆ、浴衣……?」
 視界を遮るものがようやく下にずれて、全容を確認することが出来るようになる。目の前では、にこにこと笑顔を浮かべた神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)がその曰くの浴衣なるものを掲げていた。なんでも、シャムスが現在その浴衣の試着をしているという話であった。
「エンヘ様の浴衣も用意してありますよ!」
「わ、私の分もあるのですか?」
「もっちろん! さあさあ入って入って!」
 隣の試着室へと、浴衣も一緒に押し込まれるエンヘドゥ。そこで気づいたが、どうやら授受が身につけている服こそが浴衣らしい。
 空色に桜をあしらったさわやかな浴衣。ひょいと裾から飛び出た手がパタパタと動く様は、授受の明るさを象徴しているようだった。
 一緒に入ってきた授受に着付けを手伝ってもらい、タイミングを待って同時に試着室から出てくる二人。その姿に、見る者たち全員が感嘆の息を漏らした。
「うわぁ……すごい綺麗」
 若草色をベースに、薄紫や空色の紫陽花模様というシャムスの浴衣に、エンヘドゥの薄い桃色に、芍薬や薔薇の模様という浴衣。日本の夏を感じさせる二人の姿は、どこをとっても申し分ない出来だった。
「綺麗だなー、シャムスさん……」
 放心したように、八日市 あうら(ようかいち・あうら)はシャムスたちに魅入っていた。もちろん、それは他の仲間たちも一緒である。その視線に、シャムスが恥ずかしそうに頬を赤く染める。
「そ、そんなに見るな……」
「だって、本当に綺麗なんだもん。ね、正悟さん」
「ああ……ほんと……」
 数少ない男性陣である如月 正悟(きさらぎ・しょうご)もまた、二人の浴衣姿にまともに声も出せない状況だった。特に、エンヘドゥを見る彼の顔は止まっている。そんな正悟の顔の前でヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)がパタパタと手を振るが、まったく気づかない。
 呆れたようにヘイズは肩をすくめた。どうやら元に戻るまでは、少しばかり時間が必要なようだった。