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リアクション
第五章 中央門の攻防
「三船さん、白姫岳に爆発を確認しました!櫓から、白煙が上がっています!」
「よし、作戦開始だ!行くぞ白河!」
三船敬一は、隠れていた雲海から姿を表すと、飛空艇のスロットルを全開にする。早速、敵の対空砲火が飛んで来た。
「三船さん、行きます!」
「頼んだぞ、白河!」
対空砲火の有効射程ギリギリまで進んだ飛空艇から、青灰色の《迷彩塗装》を施した白河淋が飛び降りる。
淋は、《レビテート》で姿勢を制御しながら【ロケットシューズ】を点火すると、一気に要塞へと迫った。
彼女の狙いは、敵の対空攻撃能力を奪い、敬一の接近を容易にすることだ。
迷彩を施した人間のように小さい目標は、そもそも視認することすら難しい。それが高速で回避運動を取って接近してくるのだから、正直攻撃など当たるわけもない。
淋は、安々と敵の対空砲火をくぐり抜けると、機銃座のある櫓の一つに接近した。対空砲火が、赤い筋となって迫ってくる。
『全てが自分に命中するのではないか』という強い恐怖が、淋を襲う。
だが、ここでUターンなどしては、却って敵の餌食になることは、過去の戦訓が明示している。
淋は、奥歯をギリッと噛みしめると、目の前の櫓にだけ全神経を集中した。
その途端、視野がすうっと狭まり、狙うべき機銃座だけがはっきりと浮かび上がる。
そこに全神経を集中する淋。たちまち、《真空波》が幾つも生まれ、機銃座に殺到した。
山肌すれすれを飛ぶ淋の耳が、鉄がひしゃげ肉が砕ける音を、はっきりと捉える。
やや遅れて、機銃座の弾薬が誘爆を起こした。
「やった!」
淋は、爆発の熱風を背後に感じながら、喝采を叫んだ。
もうもうと上がる黒煙を隠れ蓑に、敬一は白姫岳の山頂近くに降り立った。
適当な岩陰に飛空艇を固定していると、近くから、連続した銃声が聞こえて来た。おそらく、先に突入した伏見明子が山の反対側で戦っているのだろう。
その事実に心強いモノを感じながら、敬一は通信施設を目指した。
斜面に身を隠しつつ進むが、施設内に敵の動きはない。
足音を立てぬよう、慎重に施設まで歩くと、壁ににピッタリと身体をつけたまま、窓の中を覗く。
意外にも、中には誰もいなかった。部屋の中の散らかり具合などから判断するに、さっきまで、ここに何人かいたのは確かなようだ。明子の方の戦闘に、加勢に行ったのかもしれない。
開いたままになっているドアから室内に入り込むと、外から見えないよう通信機の影に身を隠し、まず白河を呼び出した。
内部に潜入するのは、合流してからの方がいい。
用件だけを手短に話すと、今度は地上部隊に現況を報告した。あちらは、まだ戦いが続いているようだ。
敬一は、油断なく窓の外を警戒しながら、部屋の奥のドアに手をかけた。ここをくぐれば、いよいよ要塞内だ。
その頃、敬一たちとタイミングを合わせて行動を開始した地上部隊は、守備隊と激しい戦闘を繰り広げていた。
事前の偵察により、中央門付近にはかなりの敵が配置されていることが判明したため、漆髪月夜は中央門前の完全制圧を諦め、強行突破で要塞内部へ侵入する方法を選んだ。
具体的には、囮が敵の気を引いているうちに、工作員が中央門まで前進し、門を【機晶爆弾】で爆破。
その後、《煙幕ファウンデーション》で敵の視界を奪い、一気に要塞内に突入する、という作戦である。
イオテス・サイフォードは密林に棲む無数の虫たちに呼びかけると、トーチカの1つを指差した。
呼びかけに応えた《毒虫の群れ》が、黒い筋となってトーチカへと流れこんでいく。
イオテスはトーチカからの砲火が止んだのを確認すると、他からの攻撃に注意を払いながら、じりじりとトーチカとの距離を詰めていった。
しばらく待つと、トーチカの中から兵士が出てきた。全身を虫に覆われ、真っ黒になっている。
みな、虫を必死に振り払おうとしている。
イオテスは地面に伏せたままの姿勢で、【蒼弓ヴェイパートレイル】を構えると、矢継ぎ早に【ゲブラーの矢】を放った。
矢は空気を切り裂いて飛ぶと、次々と黒い人形(ひとがた)へと吸い込まれていく。
バタバタと倒れていく兵士たち。
全身黒に埋め尽くされた中で、ただ一ヶ所残る開かれたままの口も、見る間に黒く塗り潰されていく。
その、黒い塊と化した敵兵の骸が、突然炎に包まれた。
隣の塹壕から、火炎放射器を手にした兵士が、顔を出している。仲間の骸ごと、虫の群れを焼いてしまうつもりなのだ。
慌てて虫たちを呼び戻したものの、既に半数近い虫が、焼かれるか逃げ散るかしてしまっている。
イオテスも一度体勢を立て直すべく、元の岩陰まで戻った。
「ここまでやるとは……。敵も必死なのですね」
『これは容易には進ませてもらえそうもない』と、イオテスは覚悟を決めた。
樹月刀真は、漆髪月夜の支援を受けながら塹壕に近づくと、銃撃の隙を突いて一気に塹壕内に躍り込んだ。
【ブラックコート】を纏った刀真に全く気づかない敵兵が、驚きの表情を浮かべたまま《一刀両断》される。
仲間の絶叫で刀真に気づいた兵士たちが、同士討ちも厭わずに、自動小銃を乱射する。
刀真は【光条兵器】『黒の剣』の広い刀身を盾替わりにしつつ、《スウェー》と《行動予測》で巧みにこれを受け流す。
避けきれなかった銃弾がいくつか身体を掠めるが、刀真は無視して前進を続けた。
「う、うわぁ!」
1歩進むごとに、確実に1人を屠る刀真の戦い振りに戦意を喪失し、塹壕を乗り越えて逃げる敵兵たち。
無防備にさらけ出されたその上半身を、月夜の【機晶スナイパーライフル】が正確に射抜く。
動く者が居なくなったことを確認すると、刀真はケータイを手に取った。
『もしもし、刀真、大丈夫?』
月夜の気遣わし気な声が聞こえる。
「あぁ。塹壕の制圧に、成功した……つッ!」
『ちょっと、本当に大丈夫なの?』
「いや、傷自体は大したコトはない。本当に、カスリ傷だ。ただ、さすがに疲れたな……」
『ムリしないで、刀真。そこを確保出来れば、右翼の攻撃はだいぶ牽制できるし、左翼の方はイオテスが上手く抑えてくれてるわ。今から私も行くから、少し休んでて……。いい、約束よ』
有無を言わさぬ月夜の口調に、思わず『やれやれ』という笑みが浮かぶ。
「分かった……。向こうから来るまでは、大人しくしていよう。恩返ししようとして死んでちゃ、向こうもいい迷惑だ」
『フフッ……そうね』
刀真は、以前自分の判断ミスから敵の捕虜になってしまい、なずなに助けられたことがあった。
口に出してこそ言わないが、その恩返しをしたいという思いは、常に刀真の胸にある。
「月夜も気をつけてな」
『うん』
刀真はケータイを仕舞うと、塹壕にもたれかかり、大きく息をついた。
『祥子たちはもう中央門に着いたろうか』などとぼんやりと考えながら、空を見上げる。
いつの間にか、空は夕闇が迫っていた。
戦いを避け、大回りして中央門に向かった宇都宮祥子、武神牙竜、重攻機リュウライザーの3人は、ようやく中央門まで辿り着いた。
リュウライザーの【メモリープロジェクター】で偽りの映像を展開しながら移動したお陰で、今のところ発見された様子はない。
幸い、門のそばに兵士の姿はない。一番近い敵でも、10メートル以上離れている。
3人は、物音を立てないよう、ゆっくりと門の前まで移動した。
【銃型HC】内のデータと、《先端テクノロジー》の知識を利用して、牙竜が爆弾の設置箇所を指定する。
五月葉終夏が入手した情報から、中央門の爆破には相当な量の爆薬が必要だと判断されたため、ありったけの機晶爆弾をセットした。
元々門の爆破用は祥子の1つだけで、牙竜とリュウライザーは、要塞を爆破するために持ってきたのだが、今はそうも言っていられない。
「セット完了です」
リュウライザーが最後の爆弾をセットし終えると、3人は急いでその場を離れた。
不審な物音に振り返った兵士が爆弾に気づき、何事か叫んでいる。勇敢な何人かが門に駆け寄るが、もう手遅れだ。
牙竜は、情け容赦なく爆弾を起爆した。
『ドゴォーーン!!』
という耳をつんざく爆発音と共に、金属のひしゃげる音が辺りに響く。
爆煙の向こう側の中央門は、大きくねじ曲がり、人一人が楽に通れる大きさの穴が開いている。
「やった!」
「よしっ!」
祥子と牙竜が、手を叩き合って喜ぶ。
「門が壊れました!」
「刀真、煙幕を展開して!」
「わかった!」
イオテスの言葉に、刀真と月夜は煙幕ファンデーションを力一杯投げた。敵と自分たちの間に、濃密な煙の幕が立ち込める。
3人は門目指して全速力で走った。
「皆さん、急いでください!」
門に殺到する敵兵を阻止すべく、仁王立ちになって【レーザーガトリング】を連射するリュウライザー。
すぐ隣では、牙竜が【ライトニングウェポン】を振るって、敵の接近を阻んでいる。
祥子は、先に門の中に入って、要塞内の敵に備えていた。
最初に紫月唯斗とパートナーたちが、遅れて刀真たち3人が到着する。
「俺たちもいくぞ!」
「了解です!」
リュウライザーは、【六連ミサイルポッド】をトーチカと櫓目がけてぶち込むと、最後に門をくぐった。
こうしてBチームも、Aチームより2時間程遅れて、白姫岳への侵入に成功した。
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