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リアクション
第七章 金冠岳の亡霊
「はい、こちら御上。あ、宅美司令!はい……。そうですか、分かりました。はい。こちらは概ね予定通りです……いえ、残念ながら、そちらは……。はい、はい。分かりました。では、よろしくお願いします」
「宅美さんからですか?」
「はい。Bチームが、所定の地点まで移動を完了したそうです。Aチームは、手間取っているようですが、なんとか日没までには到着できるということでした」
御上は、円華の問いにそう答えながら、時計を確認する。
「よし。みんな、予定の休息地点まで、あと一息頑張ろう」
金冠岳目指して移動中の御上たちは、日中、先の紛争で不時着炎上した大型飛空艇『東郷』などを調査しながら、比較的ゆっくりとした速度で移動した。
今回、金冠岳行きを希望したメンバーには、罠の処理についての知識を持つ者がいなかったため、忍びであるなずなと由比景信が本隊に先行し、偵察や罠を排除に当たっていた。
程なく予定の洞窟へと辿り着いた一行は、なずなや景信の出迎えを受けた。
この後一行は、ここで日没まで仮眠を取ることになっている。幽霊が、夜にならないと現れないためだ。
皆は、思い思いに休憩を取り始めた。
密林に、夕闇が訪れた。
「随分、暗くなってきたが……」
「まだ、みたいだね」
影月 銀(かげつき・しろがね)とミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)の2人は、真新しい土饅頭の列の前に座り、幽霊が現れるのを、じっと待っていた。
御上たちと別行動を取った2人は、慰霊碑の建設現場から少し密林に分け入ったところにある、塹壕跡にいた。ここでは、前の紛争で多くの死者が出たが、その遺骨のほとんどが未だ回収されていない。
一昨日、丁寧に埋葬された遺体の霊が、メッセージ伝えに現れたと言う話を聞いていたので、移動時間を極力省き、今日は1日ここで遺骨の収集と埋葬を続けていたのである。
辺りに、うっすらと霧のようなモノが漂って来た。さらに、足元から這い上がるような寒気を感じる。
「し、銀……」
「あぁ。わかってる」
周囲を警戒しつつ、成り行きを見守る2人。
やがて土饅頭の上に、青白いモノが、幾つも現れ始めた。
「「来たっ!」」
2人が固唾を飲んで見守る内に、その青白いモノは、ぼおっとした人の形を取った。
「おおぉぉぉぉ……」
「ああああぁぁぁぁぁぁ……」
悲鳴とも苦悶の声ともつかない音があたりにこだまする中、1つだけ言葉として聞き取れる声がある。
2人は、その声に必死に耳を傾けた。
「……ぁ……が……ぅ」
「え?何?」
「……ぁぃが……とぅ……」
「ありがとう?」
「お、お礼を言ってるの、かな……」
「……ありがとう……若者たちよ……」
「聞こえた!」
「あぁ!」
一旦聞き取れるようになると、幽霊の話す言葉がどんどん明瞭に聞き取れるようになって来た。
「若者よ……慈悲深き者たちよ……。そなたらの慈悲のお陰で、我らが無念は晴らされた……」
「誰一人看取る者も、送る者も無い中で、屍を晒し、朽ち果てて行くこと……それのみが無念であった……」
「だが、それも果たされた……我らは、逝かねばならぬ……」
「若者よ……最後に一つだけ、頼みがある……」
「たのみ?」
「な……なんだよ、頼みって?」
幽霊は、その形の判然としない腕を持ち上げると、金冠岳を指す。
「あの山に……つよい……強い、死の……冥府の力が……ある」
「その力が……迷える者を……捕らえて話さぬ……」
「あの男を……しびとをあやつる……あの男を……止めてくれ……」
「お、おい!ちょっと待て!」
急速に揺らいでいく、幽霊たち。
銀の声も虚しく、彼等の姿はかき消すように無くなった。
「『冥府の力』って、言ってたな」
「あと、『死人を操る男』って……」
「そいつが、この幽霊騒ぎの元凶だってのか……?」
だが、銀の問いに答えてくれる者は、もう誰もいない。
2人の背後には、幽霊の指さした金冠岳が、黒い塊となってそびえていた。
足元から忍び寄ってくるような独特の寒気を感じ、東雲秋日子はキルティス・フェリーノと顔を見合わせた。
「ねぇ、キルティス。この感じって……」
「はい。あの時と同じ感じです」
一昨日、2人が初めて幽霊と遭遇した時も、最初はこんな寒気を感じた。
思わずキルティスに寄り添う秋日子。一昨日遭ったばかりなので、一応耐性が増しているとはいえ、やはり怖いモノはコワイ。
密林に立つ2人の耳に、誰かがボソボソと話すような声が、無数に聞こえてくる。
「こ、こんなのは、なかったよねぇ?」
「あの時は、『家鳴り』でしたけど……」
などと話している間にも、そのボソボソ言う声は、どんどんその数が増していく。
「ヒッ!」
「ど、どうしました、秋日子さん!?」
「あ、あそこ……!」
震える手で彼方を指差す秋日子。
そこには、ぼおっと光る人影が、無数に立っていた。
「こ、この人たちが、しゃべってるみたいですね。通りで、沢山聞こえてくる訳だ」
「そ、そんな悠長なコト言ってる場合じゃないよ!ど、どうしよう、こんなに沢山!」
「落ち着いて。まだ、襲ってきた訳じゃありません」
「そ、そうだけど……」
2人が様子を伺っているうちに、幽霊たちはどんどんその数を増していく。
いつの間にか2人は、すっかり周りを囲まれてしまった。
「き、キルティス〜」
秋日子は、最早涙目である。
なおも2人が様子を伺っていると、幽霊の群れの中から、すうっと、1人が前に進み出てきた。
「あれ?もしかして……佐野さん……?」
何故そう思ったのかは、自分でもよく分からない。
目も鼻も、それどころか個体を識別できるような特徴など何一つ無い筈なのに、キルティスは何故か、その幽霊が、先日2人が出会った佐野 新衛門であるような気がしたのだ。
「……そうだ……。我……佐野新衛門だ……」
「な、なんだ……。佐野さんか……」
以前耳にしたのと同じ、低い声。
前と同じ人物だと知って、相手が幽霊であるにもかかわらず、秋日子は少し安心した。
「そなたたちに……会いたいという御仁を、連れてきた……」
「「え?」」
驚く2人の前に、もう一人の幽霊が、すーっと進み出てくる。
心なしか、新衛門よりも輪郭がはっきりとしており、目鼻ようなモノも判別できる。
幽霊は新衛門の隣で止まると、はっきりとした声で話し始めた。
「円華に……伝えて欲しい」
「円華さんに?」
「金冠岳にある『鏡』が、由比 景継(ゆい・かげつぐ)の手に陥ちようとしている。これまで必死に防いできたが、それも時間の問題だ。急いでくれと……」
「鏡?鏡が、金冠岳にあるんですか?」
「いやそれより由比景継って、一体誰なの?」
「もう、行かなくては……。必ず伝えてくれ……頼んだぞ……」
幽霊と新衛門は、周りの幽霊たちの中にもどって行く。
「ま、待ってください、待って!」
「もっと話を−−」
だが、2人の呼びかけにもかかわらず、幽霊たちの群れは現れた時と同じように、突然姿を消した。
「消えちゃった……」
「今の幽霊、もしかして……?」
「どうしたの、キルティス?」
「そうだ!とにかく、円華さんに連絡しないと!」
ふと我に返り、ケータイを取り出すキルティス。幾度かの発信音のあと、電話がつながった。
「もしもし、御上君!僕だよ、キルティスだ!大変なんだよ、今−−」
「今、敵と交戦中だ!みんなが必死に防いでくれてるが、だいぶ圧されてる!すぐに来てくれ、キルティス!」
「ちょ……御上君?御上君!」
そこで、通話は切れた。
「どうしたの、キルティス?」
「御上君が、敵に襲われてます!早く行かないと!!」
「そ、そんな!!」
キルティスが、御上に連絡を取る少し前−−。
円華たちも、突如として現れた幽霊の群れに取り囲まれていた。それも、明確な敵意をもって、こちらに近づいてくる。
「お願いです!僕たちの話を聞いてください!」
「ボクたちは、戦いたくないんだ!」
矢野 佑一とミシェル・シェーンバーグは必死に呼びかけるが、彼らの歩みが止まることはない。
「いくら呼びかけても無駄だ。コイツらの心は、生者への嫉妬と羨望、それに自分たちの境遇への恨みに凝り固まっている。最早、説得は不可能だ」
2人を守るように、神狩討魔が前に立つ。
「そんな……」
「苦しまぬよう、一太刀でナラカに送ってやるのが、せめてもの慈悲というものだ」
討魔が、刀を鞘走らせる。
「我が刃は正邪を別つ。我が刀は神を狩り、我が刀は魔を討ち果たす」
その言葉と共に、討魔の刀が青白い光を放つ。
「いいか。コイツらに通常の攻撃は通用しない。実体がないからな。何らかの魔力を用いて、攻撃するんだ。それが光の力であれば、一番いい」
討魔は、仲間たちそう告げると、先陣を切って怨霊の群れへと飛び込んで行く。
「光の力なら、任せてください!女神イナンナよ、我に不浄の者を打ち倒す、光の力を!」
影野陽太はその言葉と共に、女神イナンナから授かりし力、《我は射す光の閃刃》を解放する。無数の光の刃にその身を切り裂かれ、怨霊たちが耳障りな悲鳴を上げる。
「すみません、迷わずナラカに行ってください……」
「今だよ!」
「そこっ!」
ひるんだ怨霊目掛け、矢継ぎ早に矢を放つノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)とクリスティー・モーガン。
セフィロトボウから放たれた光の矢に貫かれた怨霊が、次々と消滅する。
「「やった!」」
2人が喜んだのもつかの間、すぐにその後ろから新手の怨霊が現れ、ジリジリと迫ってくる。
「でいやぁ!!」
クリストファー・モーガンは気合を込めて高く飛び上がると、【幻槍モノケロス】を先頭の怨霊に叩き込む。
必殺の《龍飛翔突》を喰らった怨霊は、一撃で消え去った。
「これ以上は、進ません!」
クリスティーは、槍をブンブンと振り回し、怨霊を近づけまいとする。
「一体なんやっちゅうねん、この数は!」
《轟雷閃》で【鉄甲】に炎を纏わせた日下部社が、目の前の怨霊に一撃を見舞う。
炎に身を焼かれた怨霊は苦痛に身をよじるが、その歩みは止まらない。
突き出された怨霊の手が、社の肩を掴む。
「クッ!」
流れ込む激しい冷気が、社の身体を蝕み、急激に体力を奪う。
社は、耐え切れずその場に膝を付いた。
さらに一歩前に踏み出す怨霊。
「せいっ!」
走りこんできた討魔の刀が、間一髪、怨霊を横薙ぎに切って捨てた。
「レーベン、あの人を助けて!」
ミシェル・シェーンバーグの言葉に、【慈悲のフラワシ】レーベン・ヴィーゲが社の元に駆けつけ、その傷を癒す。
「す、スマン……助かったわ……」
「礼はいい!口を動かすヒマがあったら、手を動かせ!」
「なんや、愛想ないやっちゃなぁ!言われんでもやったるわ!!」
社は、討魔と背中合わせになると、怨霊に向き直った。
「円華さんたちは、ここを動かないで下さい」
矢野佑一は、背後にいる円華や御上たちに声をかけた。
《防衛計画》で状況を分析した結果、包囲される危険を防ぐため、崖を背にしている。
「でも、こんな沢山の幽霊が、一度に襲ってくるなんて……」
「恐らく、この幽霊たちは、誰かに操られていています」
円華が、険しい顔で言う。
「誰かって……」
「それは、わかりません。でも、あの霊たちの背後に、強烈な悪の意志を感じます」
「ほぅ、さすがは五十鈴宮円華。いい勘をしているな」
「……!その声は!」
聞き覚えのある声に、円華と御上が身構える。
そこには、身体中に黒い瘴気をまとった男が立っていた。
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