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凍てつかない氷菓子

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【二 始動】

 新たに班長に任命した千里、ミリオン、凪達と、その下につくこととなった司達が早速出動していくのを見送ってから、ルージュはもしゃもしゃとドーナツを頬張っている彩華を手招きして呼び寄せた。
「えぇっとぉ、何ですかぁ〜?」
「妹とやらを呼んでこい。待たせているのだろう?」
「あぁ〜……そうでしたぁ」
 どうやら、本気で忘れていたらしい。
 彩華は一応慌てた素振りを見せたものの、迎えに行く歩調は相変わらずのんびりしたものだった。
 それから程無くして、彩華は数名の人影を連れて戻ってきた。これにはルージュも、訝しげな表情を隠そうとはしない。
「随分大勢、妹がいるんだな……いや、どう見ても妹とは呼べんような輩も居るようだが」
 いわれて彩華は、えへへと頭を掻いた。
「他にもお客さんが居たから〜、ついでに連れてきちゃいました〜」
 結局、彩華が連れてきたのは双子の妹である天貴 彩羽(あまむち・あやは)の他、矢野 佑一(やの・ゆういち)ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)高峯 秋(たかみね・しゅう)、そしてエルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)ら総勢六名であった。
 ルージュは彩羽とは彩華について個人的に話をしたかったらしい。仕方が無いので、他の五名から先に用件を片付けて、その後にゆっくり彩羽と話を済ませようという具合に方針を転換した。
 そこへ、アイオンが慌てて五人分の資料を携えて走ってきた。手渡された資料に一瞬目を落としてから、ルージュは佑一、ミシェル、シュヴァルツ、秋、エルノの面を順番に見遣ってゆく。
 いずれも風紀委員に協力する意向でルージュのもとを訪れたようだが、得意分野はそれぞれ異なるらしい。
 しかしその中でもとりわけ、ルージュの視線が同じ強化人間であるエルノに対して向けられる時間が、他の面々よりも多くなってしまうようであった。
「……思った程、キツそうなひとじゃないみたいだなぁ」
 秋がつい、思っていたことをぽろりと口にした。
 確かにルージュはその冷淡さを極める外観と男性口調から、酷く攻撃的できつい印象を与えがちではあったのだが、いざこうして面と向き合ってみると、その容姿や表情程にはとっつきにくい相手ではないことが、よく分かった。
 自分でもその辺のことはよく分かっているのか、秋の本音のひとことに、ルージュは苦笑を禁じ得ない様子だった。
「よくいわれるよ。尤も、妙な連中が寄り付いてこなくなるというメリットがあるから、敢えてその印象で押し通しているのだがね」
「いや、正直いって……ここまでぶっちゃけた話をされるとは、思ってもみませんでした」
 佑一が若干目を丸くして素直な感想を述べると、ルージュは自分自身に呆れでもしたのか、僅かに肩を竦める仕草を見せた。
「ここ海京は、パラミタと違って少々特殊な事情で動きづらい場所だ。その辺を踏まえて慎重に行動してくれれば幸いだ。今回の件では、我が西地区担当風紀委員は捜査部、パワードスーツ機能調査部、護衛部の三部門に分けて運営している。諸君には自身の能力が最も活かせる部門にてご協力願いたい」
「じゃ……俺は護衛部だな」
 シュヴァルツが早速、標的の身辺に張りつく旨を宣言したが、残りの四人のうち佑一とミシェルはパワードスーツ機能調査部、秋とエルノが捜査部に協力する形となった。

 改めて時間を取り直し、ルージュはパーソナルオフィスに彩羽と彩華を呼び込んだ。
 彩華は相変わらずのんびりした調子で勧められるがままにソファーへと腰を下ろしたが、彩羽は見るからに緊張した様子で、彩華の隣で妙に背筋を伸ばした姿勢の良い格好で硬直している。
 応接テーブルを挟んで座しているルージュは、ふっくらと形の良い紅い唇を僅かに苦笑の形へと歪めた。
「別に取って食おうって訳じゃないんだがね……ところで、お前さんは姉の彩華について、何か話したいことがあるそうじゃないか」
「……単刀直入にいわせてもらえば、正直いって、まだ迷ってるの。その……彩華を本当に、風紀委員に入れて良いのかどうか、ってところでね」
「そうか。俺の独断で勝手に編入させてもらったが、もし水が合わなければ、いつでも辞めさせて貰って構わんよ。今は体験入隊、という扱いにしておく」
 彩羽は自分でも分かる程に、驚いた表情でルージュに視線を送った。噂や外観から、相当に頑固で取り付く島も無いという印象を抱いていたのだが、いざこうして話してみると、予想外に柔軟な対応をしてくる。
 味方にすればこれ程頼もしい人物も居ないだろうが、逆に敵に廻せば、非常に厄介な存在として立ちはだかることになるだろう。
 そのような感想を彩羽が内心で抱いているのを知ってか知らずか、ルージュは不意に話題を別方向に転換させた。
「入隊の件は、また後日結論を出してもらおう。それよりも今は、アイスキャンディだ」
 ルージュの口調がこれ以降、緊張感を孕んだ強い調子に変わった。個人的な相談を受けている時の顔と、管区長としての任務を負うトップの表情を明確に分けてきているのが、彩羽にはよく分かった。
「そう……ね。対アイスキャンディに関しては、私も協力を惜しまないわ。色々情報面や戦闘時のバックアップなんかでサポートするわね」
 彩羽の言葉に迷いの色は無い。彩華を預ける以上は、最大限の努力を以ってルージュに応えるのが礼儀であるということを、よく理解していた。
「既に彩華には通達したが、次の標的は太田善三郎。この西地区のビル群の、およそ二割を占める神永ビルディングHDの専務クラスで、施設管理部門を統括する人物だ。日本では自衛隊と米軍の部隊再編時に、政府からの依頼で駐屯地選定に辣腕を発揮した経歴を持つ。ここ海京でも、天御柱や国軍の駐屯部隊が、少なからず世話になっている筈だ」
 つまり、単なる施設管理部門の重役というだけではなく、軍事関連の色が強い人物であるという。太田自身も軍閥出身で、色々黒い噂が後を絶たないが、相当に腹が据わっているらしい。
「日本政府に対しても、何かと顔が利く大物らしいからな、粗相の無いように頼むぞ」
 海京は、日本の法治下にある事実を考慮すれば、ルージュのこのひとことが、非常に重要な意味を孕んでいるということが、嫌でも理解出来るだろう。
 少なくとも彩羽は、護衛対象としては少々面倒臭そうな相手だと推理立てた。

     * * *

 その太田善三郎はといえば、黒塗りのリムジンの後部座席で、左右に美女数名をはべらしながら、これから自社ビルに戻ろうとしているところであった。
 尤も、左右の美女数名というのは別に色気を演出する為の存在ではなく、太田を守る為に同行しているコントラクター達であった。
「へぇ〜、流石に高級車だけのことはあるわね。ちっとも振動やエンジン音を感じないわね」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、心底感心した様子で車内をきょろきょろと見渡していると、その傍らからセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の呆れた声が飛んできた。
「やめなさい、セレン……幾ら何でも不恰好過ぎるわよ」
「良いじゃん別に。じろじろ見たところで、減るもんじゃないんだし」
 セレンフィリティが少しも悪びれずにそう答えてきたものだから、セレアナは眉間に皺を寄せ、人差し指を額に当てて小さく唸ってしまった。
 そんなふたりの様子を、太田は渋みのある独特の声音で低く笑って眺めている。
「まぁそう気にしなさんな。なかなか見る機会が無いのであれば、存分に見学して行けば良い」
 言外には、平民を見下ろす侮蔑の色が、露骨に見え隠れしている。こういう台詞を浴びたくなかったから、セレアナはセレンフィリティに何度も注意を促していたのだが、セレンフィリティは全く聞く耳を持たない。
 リムジンの後部座席は、車体沿いにソファーが対面式に並んでいる形になっている。
 太田やセレンフィリティ達の座しているソファーの反対側には、朝霧 垂(あさぎり・しづり)五十嵐 理沙(いがらし・りさ)、或いはセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)といった顔ぶれが並んでいた。
 垂とセレスティアは普通に腰掛けていたのだが、長身の理沙にとっては、少々窮屈な気がしないでもない。
「ここでロケット弾なんかをぶち込まれたら、全員一巻の終わりだな」
 如何にも楽しげに、垂が物騒な軽口を叩く。一瞬理沙がぎょっとした表情で垂に視線を転じたが、傍らのセレスティアはにこにこと笑って簡単に受け流していた。
「ロケット弾なんてけちなことを仰らず、1トン爆弾ぐらい投下してもらっても宜しいんじゃありません?」
「セレスティア……ちょっと、垂さんのペースに染まり過ぎだって」
 理沙もセレアナ同様、パートナーの台詞に悩まされがちではあったが、しかし車外に対する意識だけは常に維持しているらしく、時折車窓外に向ける視線には、非常に鋭い眼光が宿っていたのも事実であった。
 太田は相変わらず余裕の笑顔で、後部座席内の美女達が交わす言葉の数々を黙って聞いている。
 元々腹の据わっている人物であるということもあるのだろうが、垂やセレスティアがいうような事態は、すぐには発生しないという確信も持っているようであった。
 というのも、このリムジンの周囲は大勢の護衛によって固められており、そうそう簡単に攻撃を寄せ付ける隙は見いだせないというのが現状であった。