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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●家族として

 来場者に一人一枚、短冊が手渡されていた。
 色は五色、緑・紅・黄・白・黒となる。その色によって、かける願いが異なっているのが特徴だ。
 緑の短冊には、健康や家庭円満を、
 紅の短冊には、恋愛や友愛を、
 黄色には将来叶えたい大願、
 白には、誰かに伝えたい謝りたい気持ちや感謝の念を書き、
 黒には秘密の願いを書く。
 そして短冊に通されたこよりを、笹にゆわえつければ願いが叶う……とされている。
 色の設定や願い事の種類こそ蒼空学園のオリジナルだが、笹に短冊をつるすという行動自体は、江戸時代から続く風習と同じだ。
 無論、なんの根拠がある話でもない。いわばただの祈りだ。
 しかしただの祈りであろうと、迷信と言い切るのは風情がなかろう。
 ともに短冊を吊して祈りを捧げる、その行動が幸せを呼ぶのは間違いない。
 このときも笹のもとを、幸せな一家が訪れていた。
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)夫婦の姿だ。ピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)も一緒だ。ピュリアは長女、健勇は長男、いずれも朱里の血をひくという意味の子らではないものの、愛しまた愛されるという意味では本当の子らに相違ない。
 しかも「子ども」は二人きりではなかった。
 今、朱里の胎内には、三人目となる子が育っているのだ。
 現在妊娠四ヶ月、まだ母のしるしは、ようやく目立ってきたという段階にすぎないが、彼女に生命が宿っていることは明らかだ。そのことは朱里本人が、もっとも理解している。
(「このなかに……いる。私とアインの赤ちゃんが……」)
 朱里はそっと腹部に手を置く。胎動らしい胎動はまだないものの、ここに命がいることが、温かな波動を放っていることが、理屈ではなく感覚で理解できた。
 朱里は笹を見上げた。まだ数は少ないとはいえ、すでに数枚の短冊が風に吹かれて揺れている。
「おっ、この屋台のたこ焼きうめー!」熱くて舌がやけどしかねないほど出来たてのたこ焼きを、健勇が頬張りながら笑っていた。「焼きモロコシもうめー!!」なんと彼、左手でたこ焼きをつつきつつ、右手には焼きトウモロコシを握ってバリバリと平らげているのだ。
「はしたなーい」
 たこ焼きの紙皿を持ちながら、ピュリアが健勇に頬を膨らませていた。
「へへっ、そうカタいこと言うなよピュリア。こう屋台がたくさんあると、ついあれもこれも欲しくなるんだって」
「好きに食べてくれればいいが、ゴミはきちんと捨てるんだぞ」
 そっと手を伸ばしアインは健勇の頭に触れ、くしゃくしゃとその髪をなでた。
「わかってるって、父ちゃん! ほら、一丁上がりっ、と」
 見る間にトウモロコシを芯だけにしてしまうと、健勇はこれを数メートル先のゴミ箱に放り込んだ。
「あー、投げちゃダメなんだよー!」すかさずピュリアが指摘した。
「そうだな。外れたら困ったことになる。きちんと近場から捨てるように」
 と言いながらアインは、父親然とした自分の口調に内心苦笑していた。(「人の親らしい口調が板についてきたものだ。……やはり新しい命が、自分からもたらされたせいだろうか」)いずれにせよ、悪い気持ちはしないのだった。
「じゃあ、短冊に願いを書こうね」
 朱里がそう言って、小さなテーブルの前に立った。そこには筆と墨が用意されている。子ども用サイズのテーブル、サインペンなども置いてあった。
 朱里が選んだ短冊は緑だった。家族全員と、お腹の中にいる子供の幸せを祈り、家族円満と無病息災を願って筆をふるった。
 見よう見まねで子どもたちもならう。
「ピュリアはね、白の短冊にしたの。緑とどっちにするかで迷ったけど、どちらかというと『感謝の気持ち』を伝えたかったから」
 元気に告げるとピュリアはペンを走らせた。
 短冊に書いたメッセージ……伝えたい気持ちは、
『ママありがとう!』
「一人ぼっちだったピュリアを助けて、今日まで見守ってくれたことへのお礼なの」
 照れくさげに告げてピュリアは短冊をつるした。
「俺の願い事はずっとこのひとつ!」といって健勇がペンで殴り書いたのは黄色の短冊だ。
 願い事は、『父ちゃんみたいな無敵のヒーローになる!!』
「最近はこのシャンバラでも、みんなを苦しめる悪い奴が増えてる。そんな奴らや色んな危険から、母ちゃんやピュリア、そしてもうすぐ生まれてくる赤ん坊のことを守るのは、父ちゃんと俺の役目だからな!!」
 胸を張って彼は言った。夏休みは武術部の朝練を頑張ろうと誓う健勇なのである。
「そうだよね。赤ちゃん、生まれてくるんだよね」
 たたたっ、とピュリアは駆けて朱里の腹部に顔を寄せた。ほのかな膨らみに手を乗せ、つづいて頬を寄せながら言う。
「この中に、ママの子供が入ってるんだよね? ピュリアも赤ちゃんの頃は、こんな感じだったのかな?」
「ええそうよ。ピュリアもママも、健勇だってそう。お母さんはね、一年近くかけて自分の体の中で、新しい命を大切に育てるの」
 アインが目に笑みをたたえて見ているのを朱里は感じた。彼は機晶姫、母親の胎内から生まれたのではない。しかしアインはそれを恥じてはいないし、むしろ、その身でありながら生命を授けることができたことに喜びを感じているようだった。
 改めてピュリアの髪をなでつけながら朱里は言った。
「恋をしたばかりの時は、相手の良いところしか見えないものだけど、やがてお互いの弱さも醜さも、恥ずかしい気持ちも知るようになって、それでも相手の全てを受け入れて、大切にしたいと思えるようになったとき、新しい命が生まれるの。
 お母さんも、更にそのお母さんも、ずっとずっと遥かな昔から、命は、そして人の想いは、そうやって受け継がれてきたのよ。
 あの空で永遠に輝く、満天の星のように……」
 彼女の言葉に導かれるように、アインは頭上の星に目を向けた。
 天鵞絨(びろーど)を敷いたような夜空に、ミルク色をした星々が輝いている。
 去年の七夕は朱里と二人きり、『恋人同士として』天の川を眺めた。
 それが今年は『夫婦』そして『家族として』この時を過ごしている。
 歳月の流れ、自分と朱里に起きた幸せ変化――それを思うと、アインは胸が詰まりそうになるのだった。
 四人はしばし、言葉を失ったように空を見つめていた。
 やがて、
「ところで、ママ。今日誕生日だよね」
 ピュリアが告げた。
 じゃーん、といって画用紙に描かれた絵を取り出す。もちろん、ピュリアが書いたものだ。
「誕生日おめでとう! 内緒のプレゼントだよ!」
 これにはアインも健勇も、もちろん朱里も驚いた。
 家族を描いた絵だった。
 クレヨンをつかったのだろう。決して達者ではないが、暖かみが伝わってくるような絵だ。
 最初は四人の人物が描かれていただけのようだ。しかし後から、小さな人影を描き足したようで、そこだけ微妙に構図がずれている。
 けれどその『ずれ』が朱里には嬉しい。なぜって、その人影は、ピュリアによれば、
「この子はねー。新しい弟か妹なの!」
 ということだったから。