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魔法使いの遺跡

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第4章 悠久に向けた声 3

 お菓子を食べながらも、一行は屋敷を探索する。
 屋敷は決して安全というわけではなく、魔物たちも闊歩していた。遺跡とは違って人の手があまり入り込んでいないことが、なおのこと魔物たちの住処として好条件だったのだろう。
 それでも、モーラは初めのころに比べれば大分落ち着いて戦うことが出来ていた。まだ心臓が激しく鼓動するときもあるようだが、そんなときは仲間たちが彼女を支えてくれる。
 ナイフを仕込んだトンファーのような武器で近接戦闘に持ち込みながら、榊 朝斗(さかき・あさと)が彼女に穏やかに言った。
「少しずつでもいいんだよ。最初は誰もが同じなんだ。一歩ずつで良い、自分が出来る事をやっていけばそれが自分の力に変わるんだからさ」
「は、はい……!」
 己を奮い立たせたモーラは、杖を構えて集中力を高めた。その間に、朝斗は次なる敵へと標的を変える。
「ルシェン、モーラさんを頼むよ!」
「ええ、分かったわ」
 パートナーのルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は朝斗に応じると、モーラへと襲いかかってきたゴブリンの脳天を如意棒でぶっ叩いた。弾きとんだゴブリンに、追撃として二、三発の打撃を加えておく。
 冷静かつ容赦のないその攻撃は、普段のルシェンからは想像がつかないもので、モーラは思わず身震いした。
 慌てて、言い繕うルシェン。
「だ、大丈夫よ、モーラちゃん。ほ、ほら、別に痛くないんだから、こんなの〜。ね?」
「にゃー!」
 ルシェンが誤魔化すように笑うと、それに同調して彼女の肩に乗っていたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が鳴き声をあげた。
 悪戯好きの彼女の目がキラーンと光る。嫌な予感がして、ルシェンはすぐにあさにゃんを取り押さえた。
 にゃーにゃーと激しく喚くあさにゃんを落ち着かせて、モーラに対して彼女は苦しく笑った。なにせビビリ体質のモーラに対して、この人形ゆる族を好きにさせては何が起こるか分かったものではないのだ。
(おとなしくしてください! 分かりましたか?)
(にゃ〜……にゃにゃ〜)
 しゅんとなって、不承不承ながらといったようにあさにゃんは大人しくなった。
 そんな二人を背後にして、朝斗はゴブリンたちと攻防を繰り広げている。と――モーラの火炎魔法が横合いからの敵を焼き払った。
「うん……やるね!」
 自分のことのように嬉しそうに笑って、朝斗も負けていられないとトンファーを振るう。仕込まれていたナイフが敵を切り裂いた。
 次いで――
「ふふふふ……危険がせまったときこそ、このクドお兄さんの出番ですよ! パンツの中に隠されたこの三丁の銃が――おっと、失礼。二丁の銃が噴きますよ!」
 いつの間にか帰ってきていたパンツ一丁の変態お兄さんは、重みでずり落ちそうなパンツを引き上げて、その中から二丁の拳銃を引き抜いた。引き金を引く。拳銃はけたたましい銃声と唸りをあげて、敵を粉砕した。
 が、それで終わる魔物たちではない。最後の最後――死なばもろともといったように突撃してくるゴブリンたち。その標的なクドではなく、モーラたちだった。
「ハ、ハンニバルさんっ!? 来ます!」
「むむっ……か弱い女の子を狙うなんてなんて卑怯なゴブリンたちだ! しかし大丈夫だ、何も心配する事は無い。ボク達には有能な肉壁がついているのだ。こういう時こそクド公の出番だ!さあクド公! 男を見せる時なのだ! 身を呈してボクらを守るがいいのだ! 必殺、クドバリア!!」
「って、あれ、ハンニバルさん、クドバリアってちょっまっ……」
 ハンニバルはクドを引っ張って自分たちの前に突きだすと、そのまま敵へ真正面からぶつかった。いわばクドを使った盾戦法である。
「ぶっ……がっ……へぶぅっ!」
 ゴブリンのこん棒が顔面を打ちつけるが、隙を作ることには成功する。
 ハンニバルは振り返った。
「モーラタンっ! いまだよ!」
「タ、タン……!?」
 突然の呼び名にびっくりするものの、モーラは火力を最大にした火球を弾き飛ばした。
 ほとばしる火炎。逃げるゴブリン。パンツが燃えないように器用にジャンプしながら、一緒にアチチチと踊る変態お兄さん。やがて炎が燃え広がると、クドは完全に炎に呑みこまれた。
 ご臨終のポーズをするハンニバルが、遠い目をして言う。
「すべては……終わったのだ。尊い犠牲だった」
「……おいおい」
 朝斗たちの重なる呆れ声のもと、クドはプスプスと燃え尽きていた。


 やがて一行が見つけたのは、比較的綺麗なままの残っていたウォーエンバウロンの私室であろう部屋だった。
 ここならば、何か脱出の手掛かりがあるかもしれないと部屋を捜索する面々。そんな時、モーラは朽ち果てた机の引き出しからある一枚の紙を見つけた。
 それは――手紙だった。
 ウォーエンバウロン自身が書いたものなのだろうか? 彼の音符の書き方にも似た速記の記述。かすれているところもあったため全てを読み取ることは出来なかったが、最後の一部だけは読み取ることが出来た。

『願いはかなえられたかもしれない。
 いつか話した、“永遠”を生きる世界。その世界で、俺はきっと見えもしない空を見上げる。
 だけど、それでよかったのだろう、きっと。音術師など言われても、俺はただの魔法使いなのだから。
 ただ……心残りがあるとしたらそれは。
 君の悠久の時を奏でられるものを、見つけられなかったということだ。
 ――願わくば君が、いつかそれを見つけられるなら。
 そのときはまた、一緒に音楽を奏でよう。

 ――アリスへ』

 (アリス……?)
 それが誰のことを指した名前なのか、モーラは分からなかった。自分の数少ない知識の中を総動員で探してみたが、ウォーエンバウロンの近しい者にその名は見つからない。ただそれが、ウォーエンバウロンにとって大切な人の名前であるということは、どことなく想像が出来た。彼は何を思ってこれを書いたのだろう……?
「モーラちゃんっ! 見つけたわ! これで帰れるかもしれない!」
 モーラの意識を呼び戻したのはルシェンの声だった。
 仲間の契約者たちが、部屋の壁に書かれていた楽譜と魔法陣を見つけたのだ。
「はい、いま行きます!」
 モーラは手紙をポケットに入れて彼女たちのもとに向かった。
 楽譜の音階を奏でると、魔法陣が輝き始めて、あのホールのような部屋の時とまったく同じ光に包まれる。予感は確信となった。これできっと、元の場所に戻れるはずだ。
 少なくとも、この屋敷からは脱出できるだろう。
(アリスさん……?)
 ただモーラの意識の中には、仲間と合流できる喜びだけではなく、ずっとあの名前が繰り返し囁かれていた。