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魔法使いの遺跡

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第5章 エンドレス・ブルー 3

 音が数多くの音色を生み出すように、一行は数多くの転移を繰り返してきた。また同じようにどこかの部屋に着いたのか。慣れてきた頭でそんなことを思って目を開いたとき――そこにあったのは想像もしていなかった光景だった。
「なに……これ……」
 モーラは茫然と声を漏らした。
 それは、地底湖だった。空の青色に透き通った湖の上……天井からは滝のような鍾乳石が垂れ下がっており、ときおりポツン、という静かで印象的な音色を発する。振り返ると、すぐそこには壁があった。つまりそこはまた出口のない場所ということだ。
 やはり楽譜が導いた場所、ということなのか?
 地下遺跡からのあまりにも現実離れした光景に、はっきりとした認識をもてないモーラ。ただ彼女は、そこが美しい場所なのだということは分かった。澄みきった青と反響する水の音。人間が入ることを許されない神聖なる場所……モーラはそんな印象を受けていた。
 と、そんな地底湖の湖にまず歩き始めたのはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。
「綺麗だな……アルミと水の化学反応で出来たコロイドに、光が反射しているのか? だとすると、水が蒼に変色して見えるのも不思議ではないな」
 湖を見下ろしながら、なにやら呪文のようなことをブツブツ呟くダリル。そんな彼とは対照的に、その美しさにはしゃぐルカルカ・ルー(るかるか・るー)が口をはさんだ。
「化学反応じゃないわ。奇跡よ! だって、こんなに綺麗な場所があるなんて、信じられる?」
 くるくると回って地底湖の空気を吸い込み、ルカはその清涼感にご満悦な様子だった。カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が同調を示す。
「ま、確かに綺麗な場所だけどよ…………っていうかルカ……お前は騒ぎすぎだろ」
 半ば呆れも混じった口調だが、ルカはなんのそのというようにそれを聞き流して先へ駆けていった。
「まったく、お子様だよな〜」
「…………」
 どう考えても10歳程度にしか見えない夏侯 淵(かこう・えん)に言われてしまうのは皮肉なものだが、その認識は間違っているわけでもないのだから困ったものだった。
 とはいえ……
(まあ、あいつらしいがな)
 どこか嬉しそうにほくそ笑んでそんなことを考えながら、ダリルは彼女の後に続いた。
 モーラたちもそんなダリルたちの後を追う。
 そして、道中彼女たちは気づく。地底湖は天然の楽器なのだと。
 天井から垂れさがる鍾乳石から雫が垂れると、それは湖に落ちて不思議な音色を発するのだ。まるでこの世のどの楽器とも言えない、一つの音で無数の情景を生み出す音色である。それが幾重にも重なって、あの曲――この地底湖にたどり着く前に聴いた『エンドレス・ブルー』を奏でていた。
 なぜそのような音色を生むことが出来るのか。それは、地底湖の壁面全てに描かれている無数の紋様のおかげだった。その紋様は部分部分を見れば、大したことのない魔法の記述である。だが、細かにそれを刻んだ無数の紋様は、まるで一つの『音を鳴らす魔法』を数百、数千と分解して緻密に練り上げられたものなのだ。
 これが――『音術』。
 沸き立つ不思議な高揚感に、モーラの胸が満たされてきた。
 そのときだった。
「先客がいたとは……驚きだな」
 言葉とは裏腹に平然を貫いた声が背後から聞こえた。振り返ったモーラたちの視界に映ったのは、銀の髪の下にサングラス。その奥に隠された、内なる瞳でこちらを見つめている男だった。
「レンさん……!」
 訝しがるモーラだったが、契約者たちの中から聞こえた声が、どうやら彼らにとって旧知の仲にある男なのだということを理解させてくれた。
 『冒険屋』ギルド。地球人の契約者やパラミタの世界を旅する渡り鳥が呂属する、職業としての冒険者の社会的地位を確立した組織。そんなギルドの創設者である男――レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、自分たちもとある目的のためにこの遺跡にやってきたことをモーラに明かしてくれた。
 それは――一人の吸血鬼に導かれてのことだと。
「アリスが面白いものがあるというのでな……興味本位で来てみたが……思ったよりもすごいなこれは」
 驚嘆しながら地底湖を見渡すレン。
 だがそれ以上に……モーラにとっては彼の告げた名前のほうが引っかかっていた。
(アリス……?)
 レンのパートナーとして、彼を導いてきた吸血鬼――アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)にモーラは視線を送った。彼女はレンのように他の契約者たちと交流を深めることはない。ただ彼女は沈黙し、何かに心を捉われたように地底湖を見つめていた。
「やっぱりこれが、本当の『エンドレス・ブルー』なんでしょうか?」
「地底湖の楽器か……。確かに、音術師が作った秘宝としてはふさわしいな」
 モーラの確認に、レンが応じる。
 音を生む魔法を駆使した、天然のオーケストラ。
 そこにあるのは――魔法使いウォーエンバウロンの軌跡だった。
 だが――。
 その軌跡の時間は、突然破られる。
 再び何者かがこの地底湖にやってくる転移の光芒が垣間見えた。そしてその人影を確認した瞬間――そいつの放った断絶の刃は、容赦なくモーラたちへと襲いかかった。
「……ッ!?」
「貴様は……!?」
 地をえぐった光の刃をかろうじて避けて、レンは叫んだ。
 予感めいたものは、あったろう。光が差し込めば影が生まれるように。“奴”は希望という名の袂に影を生成する存在だ。槍状の棒の上下に三又の刃を生やしたヴァジュラを構え、その男は影の中で契約者たちを睨み据えていた。
 名を三道 六黒(みどう・むくろ)。己が意思は闇にあり、力こそを求めて歩む修羅は、地底湖においても契約者たちの前に立ちはだかった。
 無論――彼だけではない。まるで彼を支える従者のごとく、九段 沙酉(くだん・さとり)はたえず傍を離れずにいる。その姿は親子のようでもあり、その対極さが不思議な感覚をモーラたちに抱かせるが……いずれにせよ彼女もまた脅威であることに変わりはなかった。
 そしてなにより。
「まったく……手が早いものだな」
 脅威は六黒たちだけのものではなかった。
 囁くような声とともに、地を奔った炎の渦が一人の女を生み落とした。指先を弾くと炎は消える。まるで奇術のように火炎を操るその女は、サングラスをかけた若者と凛とした美少女を携えて現れた。
 その身に纏うは魔鎧――リヒト・フランメルデ(りひと・ふらんめるで)である。着なれた軍服の見栄えを更に映えさせた形状のそれは、一見すれば分からないものの、普段よりも炎の耐性を強化させてある。だからこその火炎からの演出だったが、そのことを見透かしたような視線を六黒から受けて、彼女は自嘲気味の微笑を浮かべた。
 イェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)。彼女もまた、六黒と同様に幾度となく契約者の前に立ちはだかる者だった。ただ彼女が六黒と違うものがあるとするならば、それは彼女が抱く己の信念と信条だろう。
(さて……今日はどうなるかねぇ)
 無論それを彼女自身が口にすることはなく、サングラスをかけた軽薄なパートナー、火天 アグニ(かてん・あぐに)は内心で楽しげにほくそ笑んだ。
「やはりお前は俺たちの前に現れるのだな……六黒」
「……そこに果てなき闘争の切っ先があるならば、わしはいつ何時もおぬしの前に姿を現すだろう。レン・オズワルド」
 レンと六黒。二人は対峙した。。
 闘争の為ならば人の命など他愛ないものと辞さぬ男。そしてその命を守ろうとする者。
 モーラは二人の過去など分からない。だがそこに、互いに引くことのできない何かがあるということだけははっきりと理解できた。そして、殺意をもった容赦のない刃を振るう六黒とイェガーの二人が、自分たちの前に立ちはだかろうとしていることも。
「『永遠の安らぎ』か。戯言もほざくようになれば耳障りよ。斃した敵の屍と背負いしこの名は、幻想に身を投じたりはせぬ!」
 膨れ上がる殺気。強靭な肉体によって振るわれた刃は、一行の中心にいたモーラへと地をえぐった斬撃を放つ。
 だが、瞬間。
 ――モーラの前に現れた影が、二重の刃でそれを防いだ。
「……!?」
「いやはや……準備してて良かったかな」
 人影は――紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は飄然として呟いた。まるでいままで隠れていたような言い草であるが、それは間違ってはいない。彼もまた、モーラのためにお師匠様が依頼した契約者の一人であった。
 ただ彼が他人と違うところがあるとすれば、それはモーラを護るために絶えず先行して姿を消していたということだろうか。本人いわくそれは後から来るモーラの為にある程度のトラップを解除しておくためだそうだが……パートナーのエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)はその実どうなのか半ば疑いの目をもっていた。
(こうした奇襲に備えて身を隠すなら隠すと、素直にそう言えばいいものを。……難儀なものだな)
 素直ではない。あるいは不器用というべきか。
 まあ無論、エクスはそんな唯斗だからこそ彼を気に入っている、という部分があるわけであるが。いずれにせよ結果的に唯斗の予感は的中していた。魔鎧状態のプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)を纏い、エクスと紫月 睡蓮(しづき・すいれん)を引き連れて彼は主を護る忍者のごとくモーラの前で両の手の刃を構える。
「唯斗お兄さん、来ます!」
「……!」
 睡蓮の声を受けて、唯斗は次なる攻撃に刃を振るった。周囲からはまるでカマイタチのような突風の力が唯斗に襲いかかるが、魔鎧となったプラチナムがそれを防いでくれる。
「モーラ、立てるか?」
「は、はい」
「よし……なら、あとは連中を倒すだけだな」
 立ち上がったモーラと一緒に、唯斗は対峙した。六黒はそれを予期していたのか、平静を崩さなかった。
 そんな彼に聞こえるのは、戦いの始まりを告げるイェガーの声だった。
「今は小さな篝火程度の熱しか感じぬ少女であれど……その火はより大きな炎へと昇華するであろうかな。…………さあ、始めようか。魂を燃やす戦いを」
 にやりと笑う六黒。
 より大きな炎。なれるものならなってみせよ。そのときこそ自分は、真なる闘争を謳歌できる。
「では、始めよう。ぬしらに、永遠の安らぎを与えるべき戦いを永遠の安らぎを与えるべき戦いを!」
 そして修羅は地を蹴った。