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魔法使いの遺跡

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第1章 見習い魔女はビクッと震えて 2

 重苦しそうに喋っていた牙竜は、ケロっと語調を変えた。
「まあ。まさか、こんな与太話で怯える奴はいない――」
「ふぇぇぇん! 怖い話するがりゅなんかキライだー!」
「……いたな」
 大粒の涙を流して牙竜から逃げ出したのは、彼のパートナーであるアネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)だった。
 これでもかの有名なアーサー王の英霊なわけだが、何をどう間違えたのか幼き少女へと顕現している。
「おい! アネイリン! オマエがビビってどーするんだよ!」
「ビ、ビビって、ビビッってなんかいないやい!」
 どう考えてもガタガタブルブルと足を震わせているわけだが、彼女は強がってそれを否定した。はぁ……とため息をついて、牙竜はもう一人の少しだけお姉さんな少女へと視線を移す。
「モーラは大丈夫か――」
 モーラは恐怖に硬直して、全く動かなくなってしまっていた。
「って、こっちもか。思ったよりひどいなこりゃ」
 頭を抱えた牙竜。モーラはハッと目を覚ました。
「……だ、大丈夫です! ビ、ビビってなんかいないです、ビビってなんか」
「…………」
 アネイリンと全く同じ反応を見せるモーラにあきれ顔の牙竜。ため息をもう一つ吐いて、彼は呟いた。
「同じビビリのアネイリンと一緒に行動して競い合って貰った方が修行になりそうだな。同じようにビビリを見れば自分の短所と向き合えるかもしれない」
 と、それを聞いていたアネイリンが口をへの字にした。
「どっちがビビリだって! ボクは騎士王のアーサー王の分霊なんだぞ! きっちり、モーラちゃんを守りきってみちぇる!」
 語調さえも舌足らずな彼女だが、気合だけは十分なようだ。
 牙竜はモーラへと向き直って、そんなアネイリンを彼女に目で示した。
「なぁ、モーラ……あいつだってああやって頑張ってるんだ。お前も、アネイリンには負けたくないだろ?」
「…………」
 実年齢はともかく、少なくともモーラは見た目だけならアネイリンよりも年上だ。そこはお姉さんのプライドがあるのか、彼女はこくっと頷いた。
「よし、ならアネイリンより恐がりじゃないと証明できたら、どこかの喫茶店で甘いもの好きなだけ奢ろう」
「ほ、ほんとですかっ!?」
 子供と女の子は大抵の場合、甘いものに弱い。モーラも例外ではないようだ。
「ああ、約束だ」
 小指を絡めて約束して、モーラはよしっと気合を入れるとアネイリンに負けじと歩を進めた。
 少し卑怯な手だったかな……? と思わなくはなかったが、それで頑張ってくれるなら安いものだろう。牙竜たちも、モーラへと続いて先に進んだ。
 モーラと『エンドレス・ブルー』について推論を語るケイは、カナタの話を持ち出してこんなことを言う。
「俺も『永遠の安らぎを与えてくれる』っていうのに、ちょっと引っ掛かりを感じるんだよな。何だか漠然としててさ」
 それが『死』への肯定に感じたのか、モーラが半ば涙目になって自分を見てきた。慌てて、彼は手を振った。
「あ、で、でも、仮に『エンドレス・ブルー』が危険なものであったとしたら、逆説的に考えると、この遺跡には『エンドレス・ブルー』はないってことにならないかな? もし命に関わるマジックアイテムがあるとしたら、大事な愛弟子をそんな危険な場所に送り込むとは思えないよ」
「そ、そうですよねっ」
 彼の弁解にも似た説明に、モーラはなんとか表面上だけでも落ち着きを取り戻した。
 が、そんな彼女の背後に忍び寄る影。ぽんぽんと肩を叩かれたモーラが振り返ると――そこには何もない影の中から腕だけが伸びて彼女の肩を掴んでいた。
「キャアアアアアアァァァッ!!」
 再び、悲鳴。
「ふえええええぇぇんッ!」
 しかもアネイリンまで加わったときた。
 逃げ回る二人を追いかけるのは、いまだに宙をふわふわと浮かぶ腕だけの幽霊であった。だが、そんな腕が浮かぶ宙に向かって、背後からレーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)の杖が振り下ろされた。
 ボコッ!
「ァイタッ!」
「まったく、いつまで続けるつもりですか?」
 呆れているレーヴェの目の前で、その腕はようやく本体を現す。
 光学迷彩で腕以外の姿を消していた如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が、殴られた後頭部を涙目でさすっていた。
「い、いちちち………………もー! いきなりボコッ! はないでしょ、ボコッ、は!」
「レナがいつまでも遊んでいるからでしょう。弱い者いじめは感心しませんね」
「だってぇ……こーんなビビリな女の子を見たら、悪戯したくなるのが本能ってやつでしょ!」
「胸を張って言うことじゃありませんね」
 えへんと自慢げな玲奈に対して、レーヴェはあくまでも冷静であった。
 いまだにガクガクブルブルと震えているモーラたちの傍に屈みこんで、彼女たちを安心させる。
「うちの愚弟子が申し訳ありませんでした。とりあえず一発ぶん殴っておとなしくさせましたので、安心かと」
 レーヴェだけではまだ不安が残っていたかもしれないが、彼の肩に乗るレーヴェ著 インフィニティー(れーう゛ぇちょ・いんふぃにてぃー)が愛らしく言った。
「そうなのなのです」
 小さなペンを持ちあげて言う彼女を見ていたら、モーラたちも心が和んできたのだろう。ようやく落ち着きを取り戻した。もちろん、体はまだビクついているわけで、アネイリンは強がっているだけに見えたが。
 とはいえ――それだけで収まるわけもあるまい。
 モーラが震えたり悲鳴を上げたりしているところを、ニヤついた笑みで見つめる者が一人。彼女はモーラの背後に近づいた。
「あ……」
「へ……?」
 彼女に気づいたレーヴェとモーラのきょとんとした声で重なる。そして、背中を伝う繊細な指先の動き。
「ひあああぁぁぁんっ」
「ふふふふ……」
「ふあっ、そんなとこ……やあああぁぁ!」
 まるで穂先で突かれているかのような妙なくすぐったさ。何事か、とモーラは振り返った。
 ――目の前には、お化け。
「いやああああああぁぁぁ!!」
 逃げ惑うモーラと追いかけるお化け。正確に言えばそれはお化けのお面を被ったアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)だ。それに気づいているレーヴェは呆れたようにため息をついた。
「今回はレナがたくさんいますね……」
「むっ……聞き捨てならないセリフを聞いたような」
「玲奈玲奈ばっかりですっ」
 レーヴェにじとっとした目を向ける玲奈と、よく分からないが楽しそうに笑うインフィニティー。
 追いかけるアルメリアが変態じみた吐息と一緒に叫んでいた。
「別にモーラちゃんの驚いているところが見たいとかじゃなくて……これはモーラちゃんのためなのよ! このまま怖がりのままじゃいつまでも実力が発揮できないでしょうし、毎回皆で助けてあげられるとも限らないもの、この機会に怖がりを直さないと! そうよ、これはモーラちゃんのためなのよ、愛の鞭なのよぉっ!」
「そ、そんな愛の鞭いらないですぅうう!」
 すでにモーラもお化けがお面であって、アルメリアがやっていることだと気づいるわけだが、それとこれとはまた話が別である。フィクションと分かっていても、お化けのお面が怖いことには変わりないのだ。
 で――結果。
「もう、嫌ですううぅぅ!!」
「げ……!?」
 逃げ続けるモーラがついに発したのは、魔法だった。
 泣きながら、振り返りざまに木彫りの杖をアルメリアへと向ける。集約する魔力が生み出したのは、炎の球だった。火球は轟然と燃え上がり、アルメリアたちのもとへと飛び込んできた。
「どわああああぁぁぁ!!」
 炎の嵐が広がって、アルメリアはプスプスと燃え上がった。他にも何人か犠牲者を出しているが、それにしても見習いという割にはその火力の高さには目を見張るものがある。
 もはやパニック状態に陥って、モーラの火球は何度も飛び交っていた。
 焦げついた髪を愛おしそうにいじりながら、アルメリアは呟いた。
「これは……先が思いやられそうねぇ」