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魔法使いの遺跡

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第2章 音術師の記録 2

「ここは……………………何処ですか?」
『……おい』
 遺跡の中のどこぞともしれない廊下の真ん中でポツンと立つヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)に、『精神感応』で話しかけていた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が声を挟んだ。
 ある意味毎度のことではあるが、一緒に遺跡探索へと乗り込んだはいいものの、気がつけばヴェルリアがはぐれてしまっていたのである。彼女を一人でふらつかせてしまっては何が起こるか分からない。真司はきつく言い聞かせた。
『いいか? 頼むから、迎えに行くから動くなよ。あと絶対に周りのものに触れるなよ?』
「はい、分かったです」
『何があっても一歩も、必ず、絶対に……動くなよ! 飴をくれるおじさんがいたってついていったらダメだからな!』
「了解です!」
 真司の目には見えていないが、ヴェルリアはビシッと敬礼して彼と固く約束を交わした。
『よし、んじゃ……今からそっちに向かうから。おとなしくしてろよ?』
 そう言って、切れる精神感応。
 どこか遠くから聞こえてくる、獣か何かのなんとも知れない音以外は全く聞こえなく聞こえなくなり、静寂がヴェルリアの周りに広がった。それから10分後。
「ん……? なんだか、真司の気配がするような気がします」
 最前までのことをけろっと忘れて、彼女は廊下の先の暗闇へと歩を進めた。


 本当はヴェルリアを探すまである程度時間はかかりそうだと思っていたのだが――そうはならなかった。
「おいおいおいおい……」
 真司の目の前に大量に現れたのは、まるで餌に釣られたようにやってきたファーラットの大群だった。
『あれ? ………………呼び出しちゃいました』
「……何してくれたんだよ、お前は」
 脳内で連絡を取り合うヴェルリアはどうやらおとなしくしていられなかったようで、二度目の連絡の際にはすでに勝手に移動を開始していた。そんでもって、なんでもあるスイッチを押したら特殊な音波が発生したらしい。ファーラットたちを呼び出してしまうという無茶苦茶なスイッチだ。
 もとより約束なんて彼女には無理だったか。後悔のため息をつく彼に、魔鎧となって装備されていたリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が言った。
「まあ……こうなることは予想できたでしょ。なんとかなるんじゃない? 多分」
「そういうのは鎧化を解除してから言ってくれ!」
「…………ふふふ〜ん」
「…………」
 鼻歌を歌いだした暇を持て余す魔鎧はさておいて、真司は唯一まともに話が出来そうなアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)を頼った。
「アレーティア!」
「まったく、どいつもこいつも無茶苦茶しおって……」
 銃型HCを使ってオートマッピングをしていたアレーティアは、モニタを閉まうと四機のイコプラを取り出した。イーグリットやコームラントを模したイコンプラモデルは、小さいなりに内部に戦闘用プラグラムが組み込まれている。
「サポートは任せておくがいい、真司!」
「助かる……!」
 真司は瞬時に動き出した。
 彼とアレーティアが一緒に作りあげた試作型ロケットシューズのシュトゥルムヴィントは、彼の脚部能力を極限まで高めてくれる。極端にスピードへと機能を特化させたそれで、壁を蹴るようにして跳躍。敵の大群の中央へと落下して、ティアマトの鱗を利用して作った短刀――混沌竜の匕首の刃を振るった。
「うおおおぉぉ!」
 気合とともに、刃が幾度も重なる。
 帯電させた刃で次々とファーラットを切り裂き、片や一方の手では魔導銃『アレーティア』の引き金を引いた。魔導銃『アレーティア』はアレーティアの本体でもある。正確に言えば、魔道銃を模した銃型HCデバイスに組み込まれた記憶装置だ。
 銃身に刻まれた文字――『機と魔の狭間を歩む者』が、魔弾を放つ度にきらめいていた。
 真司が中央で敵をなぎ払い、その合間を縫ってイコプラと鋭い刃ともなるアレーティアの絆の糸が相手を切り裂く。
 ある程度の数まで減らすと、残されていたファーラットたちが逃げ出してゆく。
 ……なぜか、いつの間にか鎧化を解いていたリーラが如意棒を片手に最後のファーラットを退治した。
「いやー……大変だったわね。うん、よく戦ったわ、私」
「…………」
 良いとこ取りをした魔鎧には呆れた視線を送るとして……真司たちはいまだに魔物を呼び出す音波を発する部屋へと向かった。
 そこにいたのは、やはりあの迷子娘だった。
『プペー』
「…………楽しそうだな、おい」
 台座の上に乗っていたらしいオカリナを手にして、楽しそうに吹いているヴェルリア。見つけたら叱ってやろうかと思っていた真司だったが、彼女の笑顔を見ているとそれもどうでもよくなった。
「ヴェ……」
 彼女に声をかけようとして近づく。
 そのとき――オカリナが奇妙な音を鳴らした。
「――え?」
 ガタン!
 真司の真下に開いたのは、奈落の底へと続いているような穴だった。
「なんでええええぇぇ!!」
「真司?」
 穴の底へと落下していった彼を見送って、不思議そうに首をかしげるヴェルリア。彼女の手にあったオカリナは、どうやら様々なトラップを発動させるリモコンのようなもののようだ。ヴェルリアがプペープペーと鳴らすたびに、色々な遠い場所で音や悲鳴が聞こえる。
 アレーティアは、肩をすくめて言った。
「やれやれ……じゃな」



 ――どんな物であれ、そこには作り手の想いがきっとある。

「これは……凄いねえ」
 遺跡の廊下を歩きながら、その広さと精緻さに感嘆して、御影 美雪(みかげ・よしゆき)は声を洩らした。その隣では、同じように周りを見回すパートナーの風見 愛羅(かざみ・あいら)がいた。
 ただ彼女は、美雪ほどその遺跡に感動を覚えるような女性ではなかった。確かに学術的興味が無いと言えば嘘になるが、それ以上の感情を抱くことはない。
 そう、自分では思っていた。
「あ、ほら、愛羅! 見てみてよ、これ。すごいよ!」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
 先に駆けだしていった美雪が辿りついたのは、この遺跡にいくつも点在する楽譜部屋の一つだった。打ち捨てられた石造りの椅子やテーブルが、わずかに形を残している。昔はここに人がいたんだと考えると、何だか感慨深いものがあるような気がした。
 振り返って、美雪は言った。
「こういう場所に来るのも、たまにはいいだろ?」
「…………そうですね」
 二人でこうして同じことを楽しめるのは、いいものだ。
 普段の自分ではあまり思うことのない感情に、驚きと呆れを感じる愛羅。もしかしたらそれは、美雪とこうして歩んできた結果なのかもしれない。彼に感化されているとしたら、それは良いことなのだろうか?
 考えにふけていたせいだろう。美雪が壁にあるスイッチを見つけたのに、気づかなかった。
「愛羅、これ押してみてもいいよね?」
「……!? 美雪、それは……ッ!?」
 慌てて制止の声をかけるが、遅かった。
 スイッチが押されると、楽譜部屋の全域に音波が広がった。不協和音というにふさわしいそれが反響して、二人の耳朶を打つ。くわんくわんと頭が回り、腰や足にまったく力が入らなくなってきた。
 互いにもたれあうようにして、壁際に座り込んでしまう二人。
「あはは、やっぱり罠だったか」
「分かってて押したのですか……」
 愛羅は一瞬だけ憮然とした表情になったが、もはや怒る気力もなかった。
 こんな遺跡の中で、二人寄り添いあって間抜けな姿を晒す。誰かが見ているわけではないが、それはきっと無様だと思う。しかし――なぜか、愛羅は悪い気はしなかった。
 美雪が、ほほ笑みながら言った。
「まあ、こんな事もあるさ」
 彼のそんな能天気な台詞に、ため息をつく愛羅。ただ自分でも、穂が緩んでいくのを感じてしまっていた。
「こんな事ばかりにならないようにして下さい」
 そう言った彼女の表情は、穏やかな微笑だった。