リアクション
そのころ、葦原明倫館では…… 「久しぶりに朝顔なんて育ててみたけれど、結構ちゃんと花が咲くものね。でも、これって、朝顔なのよねえ……」 庭に咲いた朝顔の花を見つめて、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がちょっと首をかしげた。 全部、葦原島の朝市で買った種なのだが、どこか間違ったのだろうか? 今までつけてきた観察日記をパソコンで確認してみる。 ちゃんと写真と、手書きのイラストと、細かい文章を一つにして印刷用にデータ化したものだ。 「種は、普通だったわよね。黒くて半月形の」 日記には、鉛筆書きで種のイラストがちゃんとついている。形はどれも同じに見えた。 「双葉は……、ちょっとバリエーションがあった気も……」 双葉のイラストも、リアルなモノトーンの鉛筆画だ。 チョウチョ型の葉っぱが二つ、背中合わせのような形で開いている。それが、種をまいた場所から、綺麗に一列にならんでいた。形も一様に揃って……いない。なんだか、とんがっていたり、しわくちゃだったり、丸いのが混じっているような気がする。 ただのバリエーションだと思ったのだが、やっぱり朝顔以外の種が混じっていたのだろうか。 蔓は普通だ。どれも元気に支柱に巻きついている姿が、鉛筆画で再現されていた。 「で、どうしてこうなった?」 宇都宮祥子は、そうつぶやかずにはいられなかった。 普通、朝顔と言ったら、見た目一枚に見える五枚の花弁が漏斗状になった、青や赤や紫の色の物をさすはずだ。 「もしかして、これって昼顔とか、夕顔とか、夜顔とか、曼陀羅華とかだったのかな?」 宇都宮祥子の前に咲いていた朝顔は、なんだかキクのように細い糸が集まったような物や、コスモスのようなのや、牡丹のような八重咲きや、キキョウのような星形や、果てはユリやランのように何がなんだか分からないような花まで咲いている。 「とりあえず、カラー鉛筆でイラストを描いて纏めておきましょ」 そう言うと、宇都宮祥子はそれまでのようにイラストを描いていった。後で、花は押し花にでもしよう。 彼女が、その朝顔が一つン万ゴルダもする変種朝顔だと知ったのは、レポートを提出してしばらく経ってのことであった。 ★ ★ ★ 「これは、ここにおけばいいのですか?」 緑色の宝珠を地面に書いた円の上において紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)に訊ねた。 「ああ、それでいいです」 他の場所においた四つの宝珠を結ぶ線を地面に描きながら紫月唯斗が答えた。 陰陽道の研究を始めてからもう一年以上になる。そろそろ、自分なりの答えを纏めてもいいころだと思い、それを研究テーマとレポートを作っている最中だ。 これから試してみるのは、オリジナルの技である。 「よし、これで相剋図はできたと。試してみますか……。五行炉・陰!」 桔梗印を刻んだ白い手袋を填めると、手刀の形に印を結び、その指先に呪符を挟み持った。 「角端よ火を鎮めよ、炎駒よ金を溶かせ、索冥よ木を撓らせ、聳孤よ土を穿て、麒麟よ水を弾け!」 言霊とともに、呪符を持った手で相剋図を描く。 「もって、浄域とせよ!」 周囲の空間が鎮まり、一種の防御フィールドのような物を形成した。フォースフィールドに似たものだと考えられるが、エネルギーの減退という意味では星拳に似た力場なのかもしれない。 「うん、いい感じです」 満足気に紫月唯斗が言った。 「次、五行炉・陽!」 紫月唯斗が、今度は相生図を描くと、左手に別の呪符を挟み持った。 「歳星、火を照らし、螢惑、土を照らし、填星、金を照らし、太白、水を照らし、辰星、木を照らす! もって、煌輝となせ!」 今度は相生図の中の紫月唯斗の力が増す。封印解凍に近い物であろうか。 「面白いですね。これはしっかり記録しておかないと。マスターのことですから、またいつ再現できるか怪しいですし。題して、マスター密着24時!」 紫月唯斗の研究をビデオに記録しつつ、何やら日記と言うよりは台本のような物を書きながらプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)がほくそ笑んだ。 「なによ、そのタイトル」 それのどこが24時なのだと、紫月睡蓮が突っ込んだ。 「これから24時間観察するんですよ」 「24時間って……」 「もちろん、食事とか、トイレとか、お風呂とか、寝床とか、あんなこととかこんなこととかをやっているとことか、とかとか」 「とかとか!?」 ぽっと、紫月睡蓮がなぜか顔を赤らめた。 「うふふふふふふ……」 「うふふふふふふ……」 「二人共、何を悪巧みしているんです。ちょうどいいからそこを動かないでいてください。太極器!!」 紫月唯斗が、相剋図と相生図の間に立って叫んだ。両手で呪符を操り、先ほどの術を二つ同時に操ろうとする。 「ちょっと待って、それってまだ未完成の究極攻撃魔法だって言って……」 冗談じゃないと、紫月睡蓮とプラチナム・アイゼンシルトがだきあって悲鳴をあげた。 「巡れ根源の……」 紫月唯斗が術を完成させようとしたとき、耐えきれなくなった宝珠に次々と罅が入っていった。中心から光が漏れ、今にも爆発しそうになる。 「やはりまだ無理ですか」 素早く紫月唯斗が印を切った。もともと、本気でプラチナム・アイゼンシルトたちを狙うつもりはない。それこそ、命中したら怪我ではすまないすらだ。 「きゃっ!?」 一瞬にして呼ばれたプラチナム・アイゼンシルトが、白金の鎧となって紫月唯斗の全身をつつんだ。一瞬後に、限界を超えた宝珠が爆発する。降り注ぐ破片は魔鎧によって弾かれたが、少し紫月唯斗の考えが甘かった。予想以上の爆発を起こした破片の一部が、紫月睡蓮の所まで飛んでいったのだ。 「きゃー!」 「睡蓮!」 あわてて紫月唯斗がプラチナム・アイゼンシルトの力を使って紫月睡蓮を守ろうとしたが、それよりも一瞬早く紫月睡蓮の前に飛び出した影があった。 その人物にむかって、宝珠の破片が突き刺さる。 「大丈夫だったかな」 マントを翻してそこに突き刺さった破片を振り落とすと、男が紫月睡蓮に訊ねた。 「は、はい」 「申し訳ない!」 あわてて駆けつけた紫月唯斗が、男にひたすら頭を下げる。教導団ふうの古びた軍服を着た初老の男で、黒いアイパッチで片目を隠している。 「いや、面白い実験をしているようだな」 「ええ。陰陽道の鍛錬を」 「それは珍しい。なぜだか教えてもらってもいいかな?」 ごく普通に、男が訊ねた。 「まだ実験段階ですが、このエネルギーの流れを鬼鎧に利用できればと思っているんですよ。俺の理論だけでは、まだ制御が甘いようで……」 砕け散った宝珠をチラリと見て紫月唯斗が言った。 「はは、そうだな。使うたびに宝珠が砕けてしまっては、コスト的に実用的ではないだろう」 「うん、しばらくは金欠かも……」 高価な宝珠を買いそろえるのは当分無理だと暗に言う紫月睡蓮に、紫月唯斗がちょっと苦い顔になった。もっといい術式の大系を手に入れなければ、まだ実用にはならないだろう。 「しかし、そこまで強化しなくてもいいのではないのかな」 「勝ちたいイコンがいるんですよ。今の出力じゃ、玉霞には追いつけない」 「玉霞か、あれはいいイコンだな。まあ、頑張りたまえ。また話すこともあるだろう」 そう言うと、男は紫月唯斗たちの前から去って行った。 「すまなかったな、睡蓮」 「私は平気ですよ」 魔鎧を解除して謝る紫月唯斗に、紫月睡蓮がなんでもなかったかのように答えた。 「ふっふっふっ、まったく、マスターらしい迂闊さです。しっかりと記録させていただきました」 人の姿に戻ったばかりのプラチナム・アイゼンシルトが、腰に手を当てて勝ち誇って言う。 「うーん、それはいいから早く服を着なさい」 しっかりと後ろをむきながら、紫月唯斗がプラチナム・アイゼンシルトに言った。 ★ ★ ★ 「ふむ、完璧であるな」 トマトソースの味を確認しながら、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が満足気にうなずいた。 葦原明倫館食堂に詰める者としては、秋にむけての新メニューこそがこの夏の研究成果である。 もちろん、この夏の注文状況や、学生たちの嗜好をちゃんと集計して分析してある。 葦原明倫館の生徒たちは普段野外のサバイバルであんな物やこんな物を食べる機会が多いようで、学校に戻ってきてからは割と味が明確な物を好むようである。とはいえ、そこには和食の上品さもなければならない。意外に、そのへんのチェックは厳しいようだ。 そのへんも加味して、エクス・シュペルティアは新メニューを冷製パスタに決定した。 これであれば、疲れているようなときや、多少夏ばてで食欲がなくても喉を通るだろう。 食欲増進のために、鷹の爪をオリーブオイルで炒めて、香りと辛みを移す。それをベースとして、スパゲッティーと、ヘルシーな鶏のササミ、栄養価の高いボイルトマトをさっと混ぜ合わせる。 シンプルだが、必要充分なカロリーとビタミンなどをとることができる。ダイエットにも最適だろう。 「さて、早く感想を聞かせてもらいたいものだな」 すぐにパスタを出せるように準備を整えながら、エクス・シュペルティアは紫月唯斗たちの帰りを待った。 |
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