葦原明倫館

リアクション

準決勝

○準決勝第１試合○

　静かな緊張感が会場を支配している。
　再びリングに上がったセレンフィリティとセレアナが、左右のゲートを指し示す。
「素早い機動と多彩な攻撃で、フルアーマー　ナガン、リオ・デア・エンペリオス、そしてヘラクロス……重量級を屠った奇跡の蛾！　パラミタ怪虫モフラ、百郎の入場です！」
「Ｏ’ｚ、ダージュ、そして蒼……パワフルなムシと戦い、いずれもそのカマのみで勝利を収めてきた！　そのムシの名はキリー！　セカイジュオオカマキリ！」
　ワアアアアアッ！
　観客席から歓声が沸き上がり、両雄を迎え入れる。セレンフィリティは、百郎の姿やデータを写したビジョンを示す。
「百郎は１００人の兄弟と共に生まれ、育てられたの。でも、兄弟達は巨大昆虫ではなく、長く生きることもできない……百郎を突き動かしているのは、そう！　その９９人の兄弟たちとの約束。彼らに優勝した姿を見せるまで、百郎は引き下がることはできない！」
　涙なしでは語ることができない百郎の物語と決意。そんなことをみじんも考えさせずに強く羽ばたき、リングへと舞い降りる。
　対するキリーは静かに進み出て、カマを掲げて対峙する。
「シャープな外見、クールな戦術。しかしハートは誰より熱い！　トレーナーにそう評されたカマキリ王子が、ついに準決勝のリングへ上がりました！　磨き上げたカマさえあれば他は要らない！　王座を目指して、キリーはひたすら戦う！」
　リングアナウンサーの熱烈な呼び込みに、否が応でも高まっていく。
「さあ、いよいよ準決勝のゴングが鳴らされる！」
「決勝へ登り詰めるのはどっち！？　決戦の時です！」
　実況席のテンションも高く、試合開始を告げるゴングが鳴らされた！
「行きましょう、百郎。先手は譲りません！」
　先に仕掛けたのは百ロウだ。風上に回り、得意の鱗粉攻撃をしかける。キリーがそれを逃れようとすれば、今度は極低温を生み出すアイスパルサーが狙う。
「逃げてちゃ勝負にならんで！　攻撃あるのみや！」
　テレサ・エーメンスが大きく叫ぶ。キリーは戦意を復活させ、両手のカマで切り裂いたリングをつぶてとして放つ！
「キリー得意のつぶて攻撃！　鋭いカマとプロ野球ピッチャー顔負けの正確性があってこそ成り立つ技だ！」
　実況の勇刃も熱がこもっている。百郎はつぶてをかわすために踊るような飛行をするが、これでは鱗粉攻撃には集中できない。
「ちょっと！　何逃げ回ってるんですの！　そんな体たらくじゃあ、草食のムシに食べられてるわたくしたち植物までよわっちいと思われてしまいますわ！」
　セコンド席で観戦していた月来　香がどんと席を叩いて叫ぶ。
「だったら、草食昆虫の意地を見せてもらわなきゃね」
「当たり前ですわ！　もっと気合い入れてきりきり戦いなさい！」
　タニア・レッドウィングの挑発に答えて、香が声を張り上げる。セコンド席からの熱烈な応援に、百郎の背に乗った赤羽　美央が小さくほほえむ。
「これは、うかうか負けてられないわね」
「みお姉！　一緒に歌おうよ！」
　セコンド席のエルム・チノミシルが拳をぐっと握って叫ぶ。試合の合間に、傷ついた百郎を癒し、励ましていたのは他でもないエルムなのだ。
「モフラーヤ　モフラー」
　エルムと美央、そして観客席からもモフラを讃える歌が一斉に上がる。一方、別の客席からは、キリーの名前が高く叫ばれている。
「カマキリが蛾に負けるわけにはいかないよな！」
「実力の違いを見せてやれ！」
　準決勝ともなれば、互いのファン同士が激しく火花を散らすのだ。
「ロザリンド、テレサ！　相手は動きは速いけど、決して硬い外皮は持っていませんわ。一度捕まえれば、そのまま決められるはずですわ」
　セコンドに着いたシャロン・ヘルムズが冷静な分析を告げる。キリーの背後のロザリンドとテレサは互いに顔を見合わせ、頷き合った。
「攻撃を受けたら倍返し！　決めるときは一気に決める！　それが私らのやり方や！」
「いきましょう、キリー！　最大の一撃を！」
　乗り手達の気力も最大限に高まっている。キリーは大きくカマと羽を広げ、その場で猛烈な勢いで回転をはじめた！
「あああっと！　これはキリー選手の猛烈な回転が鱗粉を吹き飛ばしているよ！　すごい！　一体何が始まろうとしてるの！？」
　実況席の香奈恵も興奮してマイクを掴んで離さない。
「回転の勢いが乗ったカマを、次々に繰り出す大ガマ乱舞……空中の百郎が、逃れることはできるのでしょうかー！？」
　カルミの言葉の通り、キリーの勢いは一瞬とは言え、百郎の飛行速度を凌駕している。空中での激突は必至だ。
「受けて立ちます……！」
　上空へ逃れるかと思われたモフラは、むしろ羽ばたきを強め、キリーへと接近する！　その鱗粉が光を放ち、神々しいほどの勢いで突撃していく！
「一方の百郎も必殺の体当たり、モフラストームだ！　互いに捨て身の激突、どうなる！？」
　ガッ……！
　リング中央、百郎は上から、キリーは下から、小細工なしの正面衝突！　一瞬、会場に衝撃波が広がり、誰もが顔を覆った、その直後……
「……こ、これは！　決着！　決着です！」
　ガンガンガンガンとカルミが手元のゴングを激しく打ち鳴らす。
　激突の直後、キリーはリングでうずくまり、動けなくなっていた。一方のモフラは、ふらふらと頼りないながらもしっかりと着地し、勝利をアピールするようにしっかと羽を広げたのだ。
「キリー、よく頑張ってくれました。こんなにすばらしい戦いができたことを誇りに思いましょう」
　キリーの傷を確かめながら、ロザリンドが呟く。
　熱い戦いに魅了された観客席からは、モフラの歌の大合唱が始まっていた。

準決勝第１試合　勝者：百郎（パラミタ怪虫モフラ）
決まり手：モフラストーム
解説員によるコメント「最後の一撃に至るまでに、着実に先手を取ってキリーを追い込んだことが勝利に繋がったわ。百郎には天才的なペースメイクの才能があるわね」


○準決勝第２試合○

「分厚い外皮、巨大な顎、熱意と根性に溢れるファイト。小細工なしならこいつが強い！」
　リングアナウンサー、セレンフィリティの熱い呼び込みが始まった。
「ベテランの中のベテラン！　熟練戦士、熱いファイター！　そいつの名前は、ステキ自然！」
　呼び込みにこたえて、堂々たる顎を突き出し、入場するステキ自然。その背に乗ったノーン・クリスタリアと御神楽　陽太も、堂々たる様子だ。
「ステキ自然の闘いは３年前から始まりました。負けるたびに立ち上がり、戦うたびに強くなり……そして、今日！　ついにこの準決勝の舞台へあがりました！　その武器はアゴと、そして燃える魂！　闘魂を胸に、戦いへ挑みます！」
　観客の声援がステキ自然へと寄せられる。が、セレアナがもう一方のゲートを示すと、しんと会場が静まりかえった。
「暴走した科学の行き着く果てか……狂った錬金術の産物か。現代が産んだあだ花か……イルミンスールハナカマキリ、アイザック！」
　ゆっくりと現れるのは、鮮やかな薄桃色をしたカマキリだ。その細長い優美なカマには時々、青白い電流が走っている。体色は所々不自然に変色し、あまり擬態の意味を為してはいない。
「いまだに見慣れないぞ。明らかに、自然な種族じゃないだろう」
　がっくりと、実況席の勇刃はうなだれる。
「完全に自然でなければならないなんて、ルール規約には書いていないよ」
　アイザックの背に乗ったイルミンスール生……アゾート・ワルプルギス（あぞーと・わるぷるぎす）は、堂々と答えて見せた。普段は口数が少ない彼女も、芸術品を語るようにアイザックの背を撫でる。
「このアイザックはパラミタの多いなる自然が産んだムシに人工的な交配、そして錬金術が華麗に融合した最高のムシだよ。委員会の承諾も得ているんだから、文句を付けられる言われはないもん」
　面白ければなんでもあり、の運営委員会は、またも危険な選手の登場を許容したのだ。だが、相対するステキ自然サイドは、堂々たる様子を崩さない。
「面白そうじゃない。かかってきなよ！　ステキ自然はそんなやつなんか、ちょちょいのちょいで倒しちゃうんだから！」
　ムシどうし、ブリーダーどうしの間で火花が散る。その隙を見逃さず、試合開始のゴングが打ち鳴らされた。
　ステキ自然もアイザックも、一気に距離を詰める。ステキ自然の生体レーザーをアイザックがカマを振るって弾く。
「このアイザックに、そんな小技は通用しないよ！」
「そのようだな。だったら、こっちも全力で行くぞ！」
「まっかせて！」
　リング中央、ステキ自然のアゴとアイザックのカマががっしりとかみ合った！
「がっぷり４つに組み合っています！　力で勝るステキ自然ですが、ご存知の通り、アイザックのカマには生体電流が流され、触れただけで筋肉が痺れるのですよ！」
「まさに超生物的能力ね。でも、ステキ自然の気力・体力もまた通常のムシのレベルを大きく超えているわ」
　カルミの熱況と茨の解説の間も、二匹は中央で一進一退の工房を繰り広げている。
「ノーン。押し合いじゃ電流で体力が奪われていく。ここは一撃離脱に切り替えよう」
「ステキ自然……まだ、いける！？」
　ノーンの問いかけに、ステキ自然は大きくアゴを開くことで答える。
「アイザックから逃げるチャンスなんて与えないよ！」
　アゾートが指を指し示すと、アイザックはステキ自然の一瞬の隙を突いてカマを振り下ろす……その額へ向けて！
「誰も離脱してから一撃だなんて、言ってないよ！」
　ガッ！　アイザックが大きく振りかぶっている間に、ステキ自然は逃れるどころか一気に踏み込んで、その体を突き飛ばした。
「ううっ！？」
　体勢を崩すアイザック。距離を取るステキ自然に対して、両手のカマから放電するが……
「直接の電圧に耐えたステキ自然の外皮には、距離を取っての放電は通用しない！」
「すごい！　熱血ファイター、ステキ自然の本領発揮だよ！」
　実況席の勇刃と香奈恵も、中継であることを忘れて感動の声を上げている。
「いっくよー！！　トルネード重力落しぃぃ！」
　ノーンの激しい叫びに応じるように、ステキ自然のアゴがアイザックを捕らえる！
「あぁあああ！」
　思わず悲鳴を上げるアゾートと共に、アイザックの体が高く持ち上げられる。カマを震うが、最高のリーチを外されているのだ。電圧をかけてクワガタを気絶させるには至らない。
　ひねりを加えた全力の投げ飛ばし。カマキリにしては軽いアイザックの体は空高く舞い上がり、リングの外へと落下した。
「決まったー！　エターナルデストロイトルネード重力落としで、ステキ自然が決勝進出ー！」
「お、おい。技名を勝手に盛るな」
　マイクに向かって両手を震いながら叫ぶカルミを、勇刃がなんとか引き留めようとする。
「錬金術の粋を集めたアイザックの電流が通用しないなんて……これがムシバトル……」
　呆然としているアゾートに向けて、ノーンがびしっと指を立てた。
「熱い心！　ブリーダーとムシとの絆！　観客みんなの応援！　それがそろわなきゃ、本当のムシバトラーとは言えないんだよ」
　バチッとウインクしてみせるノーン。ふっとアゾートは首を振った。
「……完全にボクの負けだね。決勝でも良い勝負をしてよ」
「もちろん！」
　ブリーダー同士の熱い握手が交わされる。会場が暖かい拍手に包まれた。

準決勝第２試合　勝者：ステキ自然（パラミタミヤマクワガタ）
決まり手：トルネード重力落し
解説員によるコメント「前半の消耗戦で、防御力の差がものを言ったわね。最後の激しい激突も、瞬発力を残していたわ。これほどの高レベルな戦いになると、そういった地力がものを言うものね」