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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第2章 音楽と絵画と三人の娘 2

 剣舞が舞台の上を流れた。
 飛鳥桜とカガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)。二人の男女が木刀を手に優雅で穏やかな舞いを披露する。その背後で音楽を奏でるのは、彼女たちのパートナーと契約者だった。
 クラシックギターを軽やかに弾くはロランアルト。グランドピアノの上に優雅に指を走らせるのはローデリヒだ。そして、ヴァイオリンを手に――レイカ・スオウ(れいか・すおう)が優しい音色を奏でた。
 曲は交響詩『魔戦記』。この日の為に、彼女たちが用意した曲である。二つの国の行く末と顛末が奏でられるのだ。
 穏やかな時を過ごす二つの国。カガミと桜の木刀はゆるやかに曲線を描くように舞い、演奏は落ち着いた曲調を奏でる。
 だがやがて、二つの国は互いに自分の国のために戦い始める。国の繁栄の為に戦う国と、国を守るために戦う国。徐々に加速してゆく緊迫感は、剣舞にも表現されていた。ゆるやかに弧を描いていた剣線は、殺陣へと変化する。木刀がぶつかり合う度に、宙に稲妻のような閃光が走った。光術による演出だが、観客はどよめいて目を引きつけられる。
 なぜ真剣でやらないのか……?
 そんなことを疑問に抱く者もいるだろう。きっと、美しさも輝かしさも、真剣のほうが勝るだろうと。戦いを表現するならば、真剣は確かに力強い咆哮をあげるはずである。
 だが――カガミは、静かに伝える。木刀が打ちあう一つ一つの音に、彼は乗せる。
(――オレたちは戦いに行くんじゃない。伝えるべきは、心や想いだ)
 木刀でも、人は殺せる。いつだって、人を殺すのは、人の心だ。
 だが人を活かすのもまた、人の心であるに違いない。
 少なくともカガミはそう信じている。そして、それがこの木刀の打ちあう音に乗って、一人でも多くの者に伝わることを、願っていた。
 光術の閃光に紛れ、カガミはふとレイカを見やった。
 彼女は瞑想するように瞳を閉じて、静かにヴァイオリンの弦を鳴らし続けていた。その瞳がそっと開かれたとき、二人の目が合う。
 その次の瞬間、激しく曲調は加速した。そう、まるで――二つの国が戦いの鐘を鳴らしたように。
 破邪の刃の力を用いて、木刀に光が走った。それまで舞いとして弧を描いていた剣線は、激しく互いを打ち合う。本気の戦い。そのような錯覚さえ抱く、力強い剣戟だった。
 ヴァイオリンも、クラシックギターも、グランドピアノも、獣が地を鳴らすように、力強く激しい音を響かせる。
 桜も、ロランアルトも、普段は見せないような真剣な表情。タイミングを見計らって、ロランアルトが舞台上に火術の火を噴かせた。互いの国に戦火が上がったような演出。戦火の中を、桜とカガミの二人が舞う。
 力強い舞台。戦いは続いているのだろう。互いの国の、自国を思う戦いが。
 やがて――曲はそれまでの荒々しさから一転。穏やかな曲調へと戻ってきた。
 いや、違う。
(哀しみ……)
 アムドゥスキアスは、その曲に哀しみの声を聴いた。
 そう。平穏で静寂だった2つの国の、四季を巡りながらの争い。赤に染まる国。最後に残ったのは――大きな傷痕だった。
 剣舞を舞う二人は互いにゆっくりと動きを止めて、まるで傷ついた兵士が杖をつくように、木刀を支えにしてうなだれた。次第に、演奏も終焉を見せる。
 クラシックギターの演奏が切なげに終わり、グランドピアノが静寂に包まれ、そして、ヴァイオリンの音色だけが舞台に残った。
 そのとき、氷術の氷が粉々に砕ける。
 ヴァイオリンの音色の切ない終わり。最後に舞台のバックに光の文字が描かれた。粉々になった氷に反射されて浮かび上がったその文字には、こう書かれていた。
『戦いが起きる度、英雄は生まれる……願わくば、彼らが最後の英雄であらんことを』


 コンサートホールにおける地上の者たちの一通りの演目が終わって、アムドゥスキアスたちはその場を後にしようとした。
 と――
「待てよ」
 そんな彼らを引きとめたのは、先ほど篳篥による見事な演奏を披露してみせた、遊馬シズだった。彼は憮然とした顔で、振り返ったアムドゥスキアスに詰め寄った。
「ふぅん……あんたがアムドゥスキアスか」
「…………」
 アムドゥスキアスは目を丸くしていた。
「ゆ、遊馬くんっ……ちょ、ちょっと待って!
 シズの後ろから、遅れて秋日子がやって来る。
「って、もう始まってるし……」
 なにやらシズを止めようとしていたらしく、彼がアムドゥスキアスに迫っているのを見て、遅かったか……といった落胆の表情を浮かべた。そんな秋日子にお構いなしに、シズは目の前の芸術の魔神とやらに言う。
「あんたさ……あの南カナンの領主さまの妹をブロンズ像にして、大会の賞品にしたんだろ?」
「……うん、そうだね」
 しばし答えるのを考えあぐねた様子だったが、アムドゥスキアスは応じた。
「魂を封印しただけの作品の何が『最高傑作』なんだか……」
 シズは呆れるように言った。
「いい魂で造られるものが、いい出来になるのは当たり前だっての。本当の『最高傑作』ってやつは意図的に何かしなくても、勝手に魂が宿るもののことをいうんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっと遊馬くん……!?」
 妙に喧嘩をふっかけて機嫌を損ねてはいけないと、秋日子は慌ててシズの手を引っ張った。しかし、彼は続ける。
「あんた、そういうの創りたいと思わないのか?」
 シズは憤怒の瞳で、アムドゥスキアスを射抜いていた。
 怒りを感じる。なにせ、シズは同じアムドゥスキアスの名を冠する魔族だ。ザナドゥにおいては、同じ名を持つ魔族などそう珍しいものではないが――同じ名を抱く者として、つまらない芸術に胸を張る目の前の魔神を、彼は許せなかった。
 二人の間の緊迫感に、周りを囲む契約者やシャムスが最悪の事態を考えて身構えていた。
 秋日子だけではなく、同じ演者だった七ッ音やレイカも、シズの後ろからハラハラとした様子で二人を見つめている。
 そんな彼らの心配を余所に、だろうか。
「ボクも、創りたいと思ってるよ」
 アムドゥスキアスはシズの失礼など意にも介していないというように、ほほ笑みでそれに答えた。
「君が音楽に打ちこむのと同じように、ね」
「……!」
 それだけを言い残して、アムドゥスキアスは去りゆこうとする。シズは納得いかなそうに顔をしかめていたが、それ以上彼に迫るようなことはなかった。
「ま、待って……アムドゥスキアスさん」
 代わりに、彼の背中に声をかけて呼びとめたのは七ッ音だった。
「これ……」
「……?」
 彼女から手渡されたのは、一枚の楽譜だった。書かれている曲名は『胡蝶』。音楽専門ではないため、アムドゥスキアスはすぐには分からなかったが――二つの対旋律が美しい曲だった。
「二人で演奏する曲なので、今度…………一緒に演奏していただけるとうれしいです」
「一緒に?」
「はい、ご一緒に」
 七ッ音は屈託のない笑みを浮かべた。
 その後ろではシズがなんとも言えない顔つきになっていて、アムドゥスキアスは苦笑する。きっと、七ッ音の行動の意味がよく分からないといったものと、こんな奴に音楽が分かってたまるかといったところか。
 一緒に演奏しようと言う者。認めてたまるかという者。どうして彼らは、こんなに真っ直ぐなんだろう。
 思わず、アムドゥスキアスは楽しそうに笑った。
「アムドゥスキアスさん……?」
「アムでいいよ」
「え?」
「長いでしょ、ボクの名前。アムって呼んでよ。親しい人は、そう呼ぶんだ」
 今度は七ッ音が目を丸くする番だった。同時に、周りにいるシャムスたちも、アムドゥスキアスの言葉に呆然としている。彼がそんなことを言い出すのは、初めてのことのように思えた。
「それじゃボクたち、そろそろ行かなくちゃ」
「な、七ッ音……っ!」
「え……?」
 扉を出ようとしたアムドゥスキアスが振り返ると、七ッ音が息を切らすように呼吸していた。
「わ、私の名前……な、七ッ音です!」
 きっと、大声を発すること自体、彼女にはほとんどないことなのだろう。七ッ音は顔を真っ赤にして叫んでいた。
「うん。それじゃね、七ッ音」
 そう言って、今度こそアムドゥスキアスはコンサートホールを後にした。