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●ローラとカレーとユマ・ユウヅキ

 環菜たちの輪に、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)も加わっていた。
「ローラ、いっしょに食べない?」
 しゅるると一体の小さな人形が、ビーフカレーの小皿を抱きかかえるようにしてローラに捧げた。人形の名前はリーズ、衿栖が巧みに操作する四体の人形のうち一体であるのは言うまでもない。
「おいしいビーフカレーよ。リーズたちも手伝ってくれたんだから」
「うん。食べる。ビーフ、好き」
 ビーフと言えば……やはり衿栖が連想してしまうのは彼女だ。
「パイ……元気にしてるかな?」
「衿栖さん、その名前は……」
 美羽が口止めしようとしたが、
「大丈夫。いい」
 とローラが美羽に言った。
「パイいない。睡蓮や雄軒もいない。寂しい。……でも、いま、みんながいる」
「良かった。そこで座らない?」
 芝生の一角を衿栖は指した。そこには茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)もいて、
「うん、カレー、上手にできました〜♪」
 と、さっそく衿栖のカレーを食べながら片手を上げていた。
 なお朱里は衿栖のカレー作りを手伝ったが、それは横で「がんばれー」と応援しただけだということをしたためておきたい。(「いいの! 応援だって立派な手伝いだし!」とは朱里の言である)
「パイ、カレーも好き。たぶん衿栖のカレー、気に入ると思う」
 スプーンを握りつつローラは言った。大抵の参加者は「たくさんの種類を食べられるように」とカレーライスを食べるのに小皿を使っているのだがローラは普通皿だ。やはり体格が体格だけあって沢山食べるのだろう。
 それは茅野瀬朱里とて同様で、
「朱里はカロリー消費が激しいから!」
 と普通の皿でぱくぱくと食べていた。今は三杯目だ。
 ローラを見ていて、衿栖はふとΛ(ラムダ)を思い出した。あの悪逆な、それでいて哀しいクランジの少女を。
 衿栖はぽつりと言った。
「私、塵殺寺院と戦います。戦って倒します」
 これ以上悲劇を繰り返してはならない。それを衿栖は己に誓ったのだ。
「パイは独り姿を消しましたが、本心はローと一緒にいたかったはず。では、どうすればパイはローと一緒にいられるのか? ……寺院を倒すしかありません! パイは周りを巻き込みたくないと思ってるのでしょう。でも、私がパイの力になりたいから。あの子を助けたいから勝手にやるんです」
「それ、ワタシ、手伝う。ワタシ、もう哀しいの、いや」
 と立ち上がりかけたローラの肩に朱里が手を置いていた。
「パイはローラが巻き込まれないようにって独りで姿を消したんだよ。そんなパイの気持ち、ローラなら分かるよね?」
「でも……」
「大丈夫! 衿栖は頑固だから、やると言ったら必ずやり遂げるよ!」
 どうしてそんなことをするのか、って? と、衿栖は言った。
「だって私は偽善者ですから」
 そのとき衿栖の脳裏には、雪の山でのパイの言葉が蘇っていた。
「あんたは偽善者よ。そういう発言をする自分が好きなだけ」
 だったらそれでいい――と衿栖は思っている。
 自分を好きになれない人が、どうして他人に優しくできるだろう。
 だから偽善者なら偽善者でかまわない。だけど本気の偽善者、最後までやり遂げる偽善者でありたい。

 そのとき朱里が怪訝な顔をした。
「あの子は?」
 数メートル向こうで涼司にあいさつをしている少女の姿が気になった。
 菫色のおかっぱ髪、くっきりした一重瞼……クランジΥ(ユプシロン)いや、現在はユマ・ユウヅキ(和名は『悠月由真』)であった。腕に発信器のようなものを巻かれている。
「ユプシロン」
 ローラは大股で彼女に近づいた。ユマは身を守るような姿勢を一瞬見せた。彼女のそばにあるルカルカ・ルーも動きかけた。
 しかし、ローラは右手を差し出しただけであった。
「ワタシ、蒼空学園なんとかヒショ……えーと、なんだっけ」
「校長秘書でいい。校長秘書で」
 小声で涼司が言い添えていた。
「うん。校長秘書のローラ。ユプシロン、こうして会うの、初めて。仲良くする」
「でもあなたは……!」
 言いかけたユマは口をつぐんでローラの手を取った。
はじめまして、ローラさん。知り合いに似ていたものですから、つい」
 ところが口裏を合わせただけのユマに、ローラは正直に反応してしまった。
「ワタシに似てる人知ってる? どんな人?」 
「ええと……あなたのように明るい人でした」
「うん。その人によろしく」
「はい。ところで、私は『ユマ・ユウヅキ』と名を変えたので以後はそう呼んで下さい」
「わかった。ユマ、ところで右手、震えてないか? 具合、悪いか?」
「いえこれは……怪我の後遺症です」
 もうそれに悩むこともないだろう――と、ルカルカのパートナーことダリル・ガイザックが小声で言った。彼は金鋭鋒にかけあって、近いうちにユマの再手術(右間接の修理)を行う予定なのである。
 ダリルにルカルカが言った。
「ユプシロンの話によれば、『タイプIII(スリー)』と呼ばれるクランジのうち、ローとパイはすごく親しいけれど、それ以外のΤ(タウ)とユプシロンは単独行動しかせず、ほとんど交流がなかったみたいね。これをきっかけに仲良くなってくれれば嬉しいけど……」
「そうだな。しかし、クランジのコードネームがギリシャアルファベットにちなんだものだとすると『Σ(シグマ)』というコードネームのクランジもタイプIIIとして存在するはずだが……」
「欠番だって聞かされているって話よ」
「だが同じように欠番といわれた『Ω(オメガ)』も実在していた……あるいは……」
 と言いかけたダリルだが、「やめよう。想像しても仕方がない」とそのまま口を閉ざした。