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●今回はほのぼのカオスです・3

さてこうやってふざけあいつつも、ローザマリアらのカレー作りもやがて終盤に入っていた。
 料理が壊滅的に下手というバロウズとルシェンは、野外にテーブルを用意し、
「始めチョロチョロ中パッパ……だっけ?」
 と笑うリーズ、それにリアンズは二人で米の炊き具合を見ている。
 そういった各人を、料理上手家事上手の真奈がめぐって助けたりアドバイスを与えたりしていた。
 ちょうどそこへ、会場を巡っていた山葉涼司が泉美緒を伴って姿を見せた。ローラらも一緒だ。
「皆、遊びにきた。調子、どうか?」
 ローラはひらりと手を上げた。
「皆、元気です」
 真奈が最初にあいさつを返した。
「ローラ様、お久しぶりです」
 ここでじたばたしてもはじまらない――と真奈は落ち着き払って美空を紹介した。
「正式にご紹介するのはこれが初めてでしょうか……僭越ながらご紹介させていただきます。大黒美空様です」
 緊張がないと言えば嘘になろう。美空とローは初めて顔を合わせるのだ。とはいえローラはすでに、山葉涼司から十分な説明を受けており、事情は理解していた。
 公式には、この場にクランジはいないことになっている。
 ローラはただのローラであって、クランジΡ(ロー)ではなく、
 美空も当然、他人のそら似でオミクロンやクシーに似ているだけの他人とされ、
 クランジΩ(オメガ)など、誰もそんな名前聞いたことがない……ことになっている。いま、メイドになって料理に懸命なバロウズは、バロウズ・セインゲールマンという名前のただの個人だ。
「鋭鋒団長に願い出て、ユマの同席は避けるようにしてもらった。まだ、彼女は美空を見て冷静ではいられないと思う」
 涼司は誰に聞かせるでもなく告げた。
 ところがその美空が、名を呼ばれたのにやってこない。自分は関係ないとでもいうかのように、シーフードカレーの鍋を混ぜている。
「失礼」
 真奈は小走りで美空の元に近づき、
「いいですか、美空様、涼司様や美緒様、ローラ様にご紹介しますよ」
 と、連れてきた。その隙にそろーりと、ちびあさにゃんが鍋になにやら投げ込んだが真奈は見ている暇がなかった。
公的には初のご対面になりますね。それではローラ様、美空様……R U Ready?(準備は宜しいですか?)」
 真奈としては、ほんの少し微笑を誘うための気を利かせた発言にすぎなかった。
 その通りの効果をもたらした。誰もが口元に笑みを浮かべた。
「ワタシ、ローラ、ただのローラ、よろしく」
 ローラは手を差し出す。ローラにとってクシーないしオミクロンは懐かしい相手でもある。
「塵殺寺……、じゃない、前いた場所、いた頃から、仲良くなりたい、思ってた」
 陣が剽げてツッコミを入れる。
「って、二人は初対面やろ」
「ああ、そう。もちろん、そう」
 無反応の美空の手を取って、ローラは手を握って何度か振った。
「よろしく」
「ぁー」
 ようやく美空が返事をした。
 ほっとしたムードが流れた。いささか涼司も身を強張らせていたのだ。
「よし、じゃあ、そちらのカレーも試食させてもらおうか」
「完成はあと少しだけ待って。でもすぐできるから」
 ローザが一行を案内する。皆それに続いた。
 よほど注意深くないと、それも、ずっと美空を見ていないと無理な話だった。
 ――このとき美空の眼が、コンマ数秒だけ鈍く光ったことに気づくのは。

 カレー粉をミックスしたスパイスを入れる前に、ローザはワインボトル、それに、いくつかの小瓶をクーラーボックスから取り出した。
「赤ワインとイチゴジャム、そして適量のヨーグルトが隠し味よ」
「へー」
 素直にローは感心した。彼らの前には二つの鍋、ビーフカレーとシーフードの二種があった。これは人数の多さと好みに対応するためだ。いずれも中辛にするつもりである。
 陣が問うた。
「でも、その組み合わせだと甘くなりすぎへんか?」
「ふふ、それがどうしてどうして……」
 ローザは言った。
「ジャムもヨーグルトもいわば触媒、この組み合わせは味に深みを増すの。ワインの量さえ調節すれば、辛口にも甘口にも対応可能よ」
「わたくし、いちごジャムは好物ですのでた〜っぷり入れてみたいですわ」
 美緒がそんなことを言うので、
「や、やめておけ……」
 これはプロのテクニックだから、とかなんとか言って涼司が止めていた。
 そこへ、
「この鍋の大きさですと、それだけのヨーグルトでは足りなくなりそうですね。追加です」
 上杉 菊(うえすぎ・きく)がいそいそとヨーグルト入りの瓶を持ってきた。白い乳白色のヨーグルトがたっぷり入っている。
 菊はこのとき、目配せした。
 ローザはアイコンタクトで『了解』という動きを見せた。
 すると出し抜けに、菊の足がもつれ、彼女は倒れかかったのである。わざとやった風ではなかった。それくらい自然なつまずきかただった。
 まあ実際にはわざとなのだが――種明かしするとローザマリアのサイコキネシスのしわざだ。
 ヨーグルト入りの瓶が逆さになり、くるくる踊って白いものがぶちまけられた。
 菊の倒れかかった方向、そこにはローラが立っていた。
「あわわ」
 ローラは反射的に手を伸ばして瓶をキャッチしようとするが、これは瓶を砕く結果に終わる。重傷を負って以来、彼女の運動神経は極端に低下しているのだという。
 結局ローラは、ヨーグルトを頭から浴びる結果となった。
 白い色が褐色の彼女の肌を、とろとろと流れ落ちていく。とりわけ顔面が残念なありさまで、目の辺りまでまっ白だ。
「かぶった。ヨーグルト、酸っぱい」
 ぺろりとベロを出してローラは笑った。
「これは大変失礼を――御召物洗濯の費用は、わたくしがお出し致します!」
「いい。舐めて取る」
 ぺろぺろと犬みたいに腕を舐め始めるローラの腕を、いちはやくローザマリアが取っていた。
「駄目よ。綺麗にしなくちゃ……百合園の運動部練が近いわ。そこでシャワー室を借りることにする」
「俺はローラを見ていないと……」
 涼司が手を伸ばすが、ローザは丁重に断った。
「大丈夫、二人とも女だから入れてもらえるわ」