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闇鍋しよーぜ!

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闇鍋しよーぜ!

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●でんじゃらすなべ

「はい、どうぞ」
 紫翠ははしごに登り給仕の真似事をしていた。
『おう、ねーちゃんは飯くわんでもいいんか?』
「自分は食べるのが遅いので、給仕をしている方がいいのですよ。それに自分は男です」
『なんだと! それはすまねーな!』
「いえ、よく間違われますので」
 くすりと小さく笑うと、紫翠は給仕の仕事を再開した。そして、鍋の近くに置いてあるものを改めてみる。
 何が起こってもいいようにと事前準備した胃薬やバケツなど。話を聞く限りでは必要になるかもしれない。
 そんな紫翠の元にヒラニィがマイ丼とマイ箸を持参してやってきた。
「スープ、肉、肉、野菜、肉で頼むぞ!」
 丼をずいっと差し出しながら満面の笑みで言った。
「野菜もしっかりと食べないとダメですよ」
「いいのだよ、これがわしのジャスティスだからな!」
「そういうことでしたら」
 紫翠はヒラニィの要望どおり、鍋の中身を取り分けて手渡した。
「おぉ、上手そうだ。取り分けてくれてすまんのぉ」
 嬉しそうに丼を受け取ったヒラニィは紫翠に礼を言う。
「いえいえ、おいしく頂いてるのを見てるのが楽しいので」
 紫翠はそう言って、手を振った。


 戦部小次郎(いくさべ・こじろう)は取り分けてもらった鍋の中身を食べる。サイドメニューには最初から目を向けていない。
「ふむ……」
 鍋皇として、味は正当に評価せねばならない。
 まずはずずっと汁を啜る。
 味噌仕立ての中に含まれるコンソメやしょうゆの味、食材の出汁もそれなりに出ており、急場で作ったにしては味も出ている。
 そして、舌の上でぴりっと弾けるような辛味。鷹の爪でも隠し味に入っているのだろうか。汁の味に問題はない。
「ではこちらは……」
 汁はよくとも具はそうは行かないだろう。
 果実が入っている、それだけで不安要素である。しかしそれ以上に、少量ながら毒物が入っていると鍋が言う。
 そう、今ここに命を賭けた漢の勝負が静かに幕を開ける――!
「こ、これは……!」
 小次郎が引いたのは、パラミタマツタケだった。
 味噌仕立ての汁の中でも、その芳醇な香りは生き続けている。圧倒的な存在感に小次郎は打ち震えた。
「ああ、これは美味い……」
 そして二口目。
「ぐっ!?」
 びりびりとしびれる感覚。
「あ、が……」
 がたんとお椀が地面に転がる。
 それからまもなく、小次郎も地面に転がった。
 二口目に食べた毒キノコが当たってしまったのだ。


 橘瑠架(たちばな・るか)は充実したサイドメニューまでも手元に置きながら、取り分けてもらった、鍋の中身を食べている。
「中身のギャンブル性はともかくとして……うん、美味しいわね」
 ハズレを引かなければいい話なのだ。
 そもそも何度となく言われているが、事前情報を鍋から聞いた限りハズレはそう多くない。
「他のも美味しいわ〜」
 幸せそうに緩んだ笑みを浮かべ、瑠架は栗ごはんや、パラミタマツタケをふんだんに使った土瓶蒸しなんかを美味しく頂く。
「うーん、でも当たりを引いている人やっぱりいるわね」
 辺りを見回して、瑠架はそう呟いた。


「楽しんでる?」
 セルマがルディにそう話しかけた。
 食材調達と調理で二人は分かれたが、こうやってご飯は一緒に食べようと約束していたのだ。
「ええ」
 ルディは簡単に答えた。
 しかし、ルディの視線の先にはセルマではなく、パートナーの居待月彰良(いまちづき・あきよし)があった。
「ふむ、中々美味そうにできておるではないか」
 久々の祭り。ただ飲み食いするだけのドンちゃん騒ぎの祭りなのだが、彰良にはそれが楽しく映る。
「闇鍋……宵闇の中食べる鍋だから、闇鍋なのだろうか? まあいいか……」
 彰良は呟きながら、取り分けられたお椀の中身の香りを確かめる。
「薬膳のような匂いもするが……って、おまえ、こっちみてるんじゃない!」
 じっとみていたルディに悪態を吐く彰良。
「ではいただきます」
 そしてしっかりと手を合わせて、一口。
「――――――――――ッ!!!!」
 声にならない悲鳴をあげ、白目をむき、彰良はどうと地に伏した。
「だ、大丈夫か!?」
 セルマが抱え起こして、彰良を介抱する。
 口から泡を吹いている彰良に、ルディは、
「当たり、引いたかも」
 ぽそっと一言。
「うわぁ、これは怖いわね。さあ、セルマ、あなたも漢なら一気にいくのよ!」
 シャオが栗ご飯を食べながら、からかって言う。
「じょ、冗談じゃないよ! こんなロシアンルーレットみたいな、鍋、恐ろしすぎるわ!」
「鍋が、面白いからいいんじゃないかって言うから……」
「鍋がそんなこと言うの!? なんで鍋が喋ってるの!」
「さあ……?」
 原理のよく分かってないルディにはそういうしかなかった。
 そして、宴はまだまだ続く。


「何か、阿鼻叫喚な様子だね」
 エースがレキに話しかけた。
 手にはお盆と皮のむかれた果物の盛り合わせが乗っている。
 デザートのようだ。
「あはは、ボクは怖くてこれだけでいいかなー?」
 鍋ではなく、サイドメニューで有志が作っていた料理を見せてレキは困ったように言った。
「致死系の毒物は全部取り除いたみたいなんだけど、面白半分で命に別状がない毒物は混じっちゃってねー」
「それは、趣旨が趣旨だから仕方ないね」
「でも、今回はイケメンのエースさんを入れなかったし!」
「だから、前にも言ったと思うけど、俺は食べ物じゃないから……ね?」
 過去にあったことを思い出し、エースは苦笑して言う。
「うーん、オイラは美味しかったけどなー、鍋」
 お椀の中身を空にしたクマラが、くすねていた果物をかじりながらそう言った。
「ええ、下味や基本的な調理自体は間違っていませんし、料理のできる方もいましたので大丈夫ですけれど……」
 カムイの歯切れが悪い。
「でも、犠牲者が既に二人でてるヨ!」
「そうなんですよね……」
「はは、介抱すればいいさ、中にはそういう準備をしている人もいるしね」
 エースが二人に言い聞かせた。


「ね、ねえ、なんで僕たちのだけ、あの鍋の色と別の色をしているの?」
 託が代表して聞いた。
 別の色ではない。正確に言うなれば、味噌仕立ての汁から、湯気の変わりに瘴気を放っている。
「持ってくるときに、ちょっと色々試してみたの」
 それにはアイリスが答えた。
 狩りで疲れただろう男三人をねぎらうために、女三人で料理を取りにいったのだ。
 そう、それは全て見るも無残なものになっていた。
 サイドメニューとして作られていた物まで全て、形はそのままに、目に見える形で瘴気を放っている。
「大丈夫、作ったときに味見したら美味しかったから!」
 自信満々にアイリスがそう答える。
 しかし、アイリスの美味しいは出来上がったばかりのときの味見の話だ。
「うん、アイリス、これ……」
 食べられると思う? と口に出そうとして、託は思い至った。
 これを食べてしまい、平然としていれば他の、遠巻きに眺めている人たちも食べるのではないだろうか。
 きっとこれよりもずっと美味しいもののはずだ。もしかしたらハズレを引いて惨事になるかもしれないが。
 冷や汗がつうっと背中に落ちる。
「うん、い、いただこうかな」
 匙を持ち一口。
 この世のものとはいえない味がした。
 吹き出る脂汗。匙を持つ手がぷるぷると震えだす。
「託さん! 託さん、顔真っ青だよ!?」
 見かねた輝が慌てて声をかける。
「う、うん? だ、大丈夫だよ」
 託は笑顔を浮かべたまま、勢いでお椀の中身を空にした。
「ご、ごちそうさまでし……」
 最後まで言うことなく、託は笑顔のまま気絶した。
「あら? どうしたのかしら……うっ!」
 そしてアイリスは気づいた。自分がとんでもないものを託に出してしまったことに。
 笑顔のまま気絶している託の頭をアイリスは自分の膝の上に乗せ、介抱することにした。
「未散くんの作ったものだから、喜んで食べますよ!」
「美味しいからさっさと食べなさい!」
 未散とハルの二人も同じことを繰り広げていた。
 盛り付けはとても美味しそうに見える。
 しかしやはり、瘴気が漂っている。
「い、いただきます……」
 恐る恐る口に含むハル。未散はその様子を見ている。
「あ、ががが――」
 そして、ハルも倒れた。
 残るのは輝だけだ。
「マスター! もう料理が下手とは言わせませんよ!」
 瑞樹がすくった匙を輝に向ける。
 傍から見ればうらやましい光景だ。
 だが、しかし、既に近くで犠牲者が二人出ている。
 逃げ出したかった。
 でも、逃げられない。
「味見させてもらったときは美味しかったんですよー?」
 にっこりととても嬉しそうに瑞樹は笑顔を浮かべながら、輝に迫ってくる。
 悪意がないのが余計に恐怖だった。
「ひぃ……」
 怯え、後退りする輝だが、それはすぐにできなくなる。
 背中に大きな幹が当たる。
 左右には未散とアイリスが倒れた二人を介抱しているせいで、逃げ場はない。
「や、やめ……」
「おいしいんですってばー!」
「いぃぃぃぃいぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 そして、輝は観念して絶叫を上げた。