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リアクション
●熊退治
時間は前後し、まだ霧で煙る山間部。
風森巽(かぜもり・たつみ)は[シルバーウルフ]を連れ茂みに身を潜めていた。
頭に生えた銀地の毛並みに黒い縞模様の入った虎耳が、【超感覚】を発動させて辺りを伺っている。
探している獲物は熊だ。それもこのヒラニプラ山脈を棲家とするヒラニプラオニグマ。通称ヒグマだ。
子供のヒグマでも爪や牙は鋭く、易々と獲物に食いつくその身体能力は侮れないものがある。
獣の臭いや気配を探る[シルバーウルフ]を連れてきて正解だったと巽は思った。
霧の薄い麓まで誘うか。
この霧の中、相手の位置も分からず飛び出して行くような無謀な戦いを仕掛けるほど巽も考えなしではない。
――危険だけど……
そう考えたとき、巽の[シルバーウルフ]がグルルルと唸り声を上げた。
――来たか!
息を潜め、機会を待つ。
辺りの霧は薄れてきたとはいえ、まだ見えにくいことには違いない。
【ホークアイ】で辺りを伺いながら何とか、巨体のシルエットを捕捉した。
十中八九ヒグマであろうそれは、何かを探すように巽のほうへと向かってきている。
[シルバーウルフ]にはその場で待つよう指示をだし、巽はシルエットへと向かう。
案の定ヒグマだった。
しかし、ヒグマの目がギロリと巽の隠れている茂みの方を向いた。
――マズイ。
そう思ったときにはすでにヒグマは臨戦態勢を取り、全力で巽に駆け出す。背後からは落ち葉や枯れ枝を踏み砕く音、地鳴りにも近い足音が近づいてくる。
巽の【殺気看破】が考えるより先に体を動かしていた。
反射的にその場から離れ、追いつかれないように走るのは当然で、木々を縫いながら走るのは、ヒグマの豪腕が振るわれないようするためだ。
それは【歴戦の立ち回り】の恩恵。今まで積み重ねてきた経験によるものだ。
「ここじゃ、分が悪い……!」
巽は[シルバーウルフ]を連れている。獣の臭いがヒグマを誘っているのだろう。
持ってきている武装[レーザーナギナタ]も、森林地帯では上手く振るえない。長物故の弱点だ。
開けている地形を選ぶ。それにこの霧も邪魔だ。
巽は上手くヒグマを誘導しながら、麓へと向かった。
†――†
山から平地の境目。
切り分けられた獣道にも近い山間部への入り口。
動物に荒らされている風に見える畑がポツポツとあるところに、琳鳳明(りん・ほうめい)はいた。
村の人と話をした結果、明け方に出没し畑を荒らす、性悪クマさんをやっつけようという作戦だ。
農家で育った鳳明は、作物を荒らす動物がどれだけの害悪なのかを身を持って知っている。
だからこそ、こうやって害獣退治へと出たのだった。
仁王立ち、とまでは行かないものの鳳明は周囲に警戒の網を張る。
適度な緊張感の中それは突然訪れた。
ドドドドド、という音と共に森の茂みから飛び出してくる、巽とヒグマ。
「よ、よし、ここなら……!」
まだペースに余裕のありそうな巽が、ヒグマを振り返りながら声を上げる。
「うわっ、人が出てきた! って、クマさんデカっ!?」
ヒグマの大きさに驚愕する鳳明は少し出遅れてしまった。
巽は鳳明に気がついていないようだ。
視線を逸らさず[レーザーナギナタ]を構え、ヒグマの出方を伺う。
鳳明は自分はどう動くべきかと考える。
下手に目の前でクマさんと対峙しているあの人に声をかけ、気を散らすのは最悪手……。
じゃあ、と考えうる最善手は――
「これだ!」
身をかがめ、道端に落ちている石ころを素早く拾い上げると、その勢いを殺さぬままヒグマに向けて投げ放つ。
投げられた石ころは、初速そのままにヒグマの額を直撃した。
ジロリ。
ヒグマは巽から視線をはずし、鳳明を見た。殺気が巽から鳳明へと向けられる。
身震いしたくなる思いと共に、よし、と鳳明は心の中でガッツポーズ。意識を逸らすことに成功した。
そして、その隙を逃さず巽は、地を滑るかのようにヒグマに肉薄すると[レーザーナギナタ]を振るう。
スパッ。そんな音が聞こえてきそうなくらいに綺麗に、ヒグマの両前足を深々と切り裂いた。
グガアアアアと、雄たけびを上げるヒグマ。
その声量に鳳明と巽は一瞬怯んでしまった。
血飛沫を撒き散らしながら、怒り狂ったヒグマは巽めがけて突っ込んでくる。
巽はそれを闘牛士のようにひらり、ひらりと避ける。
(でかいの一発お願いしてもいいかな?)
巽と鳳明の視線が交錯した。急造の連携プレイだが、鳳明は巽の思惑に気がつくと、こくりと頷き巽から距離をとった。
日本では高名な拳法家はクマさんを倒すと聞いたことがある。だから、こそ――
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
息を整える。全神経を集中させ、一撃に賭ける。[疾風の覇気]が鳳明の意思に呼応するように、辺りに風を巻き起こす。
視線の先には、ヒグマを鳳明の方へと誘導している巽と[シルバーウルフ]がいる。
「今だっ!」
まるでスローモーション映像を見ているかのようだった。
唾液を撒き散らし、血走った目で突進してくるヒグマ。
ぐっと、腰を落とし、
「破ッ!!」
一拍。
放たれた【閻魔の掌】がヒグマの額を穿つ。
ぶわっと、風が抜けた。
骨の折れる音が鳳明の手を通じて、確かな手ごたえとなった。
それでも、まだヒグマは足を止めない。
まだ、息がある――
「トドメッ!」
巽の持つ[レーザーナギナタ]が横からヒグマの首に突き刺さる。
巽がぐっ力を込め、ヒグマの喉笛を掻っ切った。
噴出する血で体が汚れないように二人すぐさまヒグマから距離をとった。
凶暴なヒラニプラオニグマではあったが、2人とも怪我をすることなく退治することができたのだった。
†――†
血抜き等の過程で鳳明は何かのトラウマを掘り起こしてしまったのはまた別の話である。
「すいぶん…………たんぱくしつ……?」
とか、なんとか言っていたそうだ。
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