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リアクション
2.幸福を呼ぶ青い鳥
空京市内、ショッピングモール。
夕飯の買い物客で溢れる食料品店に、一匹の青い鳥が迷い込んでいた。情報の入った店内にすぐ放送が流れたが、人々のざわめきで聞き取りづらい。
「青い鳥だなんて、何か幸せなことが起こるのかしら」
と、能天気なことを呟くお料理メモ『四季の旬・仁の味』(おりょうりめも・しきのしゅんじんのみ)。
その隣では椎名真(しいな・まこと)がじゃがいもと睨めっこをしていた。――いつもより安いけれど、今日の夕飯は肉じゃがにでもしようか。
ふいに店内が急にざわめき、四季が何かを指さした。
「あ、青い鳥!」
人々の頭上を縦横無尽に飛び回る青い鳥。
少し遅れて顔を上げた真は、さっきまですぐそばにいたはずの彼女がいないことに気づく。
「あれ、四季さん?」
と、呼びかけると、その人物は背後から抱きついてきた。
「まことーん!」
「え? ちょ、四季さん、顔あか……――」
ぎゅう、と抱き寄せられて真は別の意味で顔を赤くした。
「四季さん抱きつかないで、胸が、胸が当たってる!」
「えー? 別にいいじゃなーい。ぎゅってしたい気分なんだもの、うふふ」
「四季さん!?」
どうやら何かあったらしい。そういえば、先ほど青い鳥がどうとかと放送が流れたような。
ふと周囲を見渡すと、四季と同じようにぐでんぐでんになっている客が大勢いた。そしてその外側では、他の客たちが「酩酊薬」がどうとかと話している。「解除薬」があれば元に戻ると言うが……。
「買い物してる場合じゃないな、早く元に戻さなきゃ」
真が動き出すと、四季は何を思ったか近くにいた見知らぬ誰かに抱きついた。
「可愛い子や小さい子、かっこいいお兄さんまで、全員ぎゅーっと抱きしめちゃうわよう、ふふふ!」
その様子を見て真は愕然とした。普段からザルのためにお酒を飲んでも酔わない彼女が、ここまで酔ってしまうとは。
「すみませんすみません! すぐ戻るんで、ちょっとの間任せます!」
と、おもちゃ屋目指して走り出す。――あの様子では被害者は増える一方だし、四季さんのためにも、解除薬を一刻も早く探すためにも、でっかいクマのぬいぐるみを買って来よう! 予想外の出費になるが、今は緊急事態だから仕方がない。
「うふふー、いいきもちねぇ、うふふふー」
店内を騒然とさせた青い鳥は、いつの間にやら別の場所へ飛び立っていた。
「捕まえたっ!」
『ネロアンジェロ』に乗って追跡していたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、その手の中に青い鳥を捕らえた。
しかし青い鳥はばたばたと暴れて落ち着かない。どうにか大人しくさせなきゃ、とグラキエスが地上に降りた直後、それは噴射された。
「うわっ」
目の前がくらっとして、意識が半分だけ宙に浮いたような気分になる。
「あ、頭が……くらくら、する……」
と、手で額を押さえるが状態は変わらない。それどころか、身体まで変になってきた。
「ふわふわ、する……あ、あつい……なに、これ――」
お酒など一口も飲んだことのない彼にとって、酔うのはこれが初体験だった。しかも身体がまだ回復しきっていないこともあり、すっかりふらついてしまっていた。
「あ、だ、誰か……あ、あうれうす、と、べるてはいとを……」
と、近くにいた人に助けを求めるが、両目がうるうると潤んでいるせいで変な空気が生まれてしまう。まだ昼間だというのに、グラキエスは夜の雰囲気を醸し出しているのだ。
青い鳥よりも彼の魅力に人々が騒然としていると、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)がいちはやく駆けつけた。
「一体何があったのです!?」
人々をかき分けてグラキエスの元へやってきたアウレウスは、その姿を見て目を丸くする。
「主! どうしたのです、これは……まさか、この中の誰かに攻撃を?」
「あ、あうれうす……そうじゃ、なくて、あおいとり、が――」
と、グラキエスは言うなり、アウレウスの方へ倒れこんでしまう。
「はっ!」
確信したアウレウスはすぐに彼を地面へ座らせると、周りの人々を睨んだ。
「主をこんなにしたやつは誰だ!?」
と、武器を片手に攻撃を開始する。
「あ、あう、そうじゃなくって……」
止めたいのに力が出なくて動けない。すると、遅れてベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)がやってきた。
「こんなところで何をしているんだ、アウレウス!」
と、暴走するアウレウスを止めに入る。
「買い物の方は終わったんだろうな?」
「ああ、そんなことよりも主が――!」
と、アウレウスが向けた視線の先にグラキエスを見つけるベルテハイト。
「おお、グラキエス! どうしたんだ、一体」
「べるてはいと……あ、あの、あおい、とり……」
立ち上がろうとしてぺたんとしりもちをつくグラキエス。ベルテハイトはすぐに彼の元へ寄ると、その肩を抱き寄せた。
「もう大丈夫だ、心配ない。それで、何があったんだ?」
「ん、あおいとりを……つかまえ、たんだけど、やられちゃって……なんか、ずっと、変なんだ」
「青い鳥……そうか、先ほど放送で流れていたやつか」
と、ベルテハイトは状況を理解したが、アウレウスは未だに周囲を攻撃し続けている。
「よし、分かった」
グラキエスの頭を優しく撫でると、ベルテハイトは彼を抱き上げて立ち上がった。ぎゅっとしがみつくグラキエスに微笑みかけて、耳元に囁く。
「その青い鳥がどこに行ったか分かるかい?」
「……ううん」
「そうか。じゃあ、手当たり次第に壊していこう」
と、にっこり笑う。
グラキエスには優しい彼だが、その他もろもろの感情はすべて青い鳥に向けられていた。
御影美雪(みかげ・よしゆき)は町の様子が騒がしいことに気づき、呟いた。
「青い鳥だって」
「なるほど、妙に騒がしいのはその青い鳥のせいですか」
まったく管理はしっかりして欲しいものです、と、風見愛羅(かざみ・あいら)が呆れたように言う。
美雪は相槌をしつつ、そこら辺を飛んでいる青い鳥に目を向けた。
「青い鳥、ってのは人に何か訴えかけるものがあるのかなぁ」
どちらにしても、その手段がないため、鳥を捕獲する気はなかった。
愛羅も参加する気がなさそうだし、今日はデートのために空京へやってきたのだ。自分たちのことを優先させたっていいだろう。
万が一、青い鳥を近くで見かけることがあったらその時に考えよう――と、美雪は思った。
二人、日差しに照らされた公園をのんびりと歩く。
季節は秋。少々肌寒くなってきてはいるが、太陽光はまだぽかぽかと暖かい。
もう少し時間が経てば、木々が紅葉に色づき始める。それをまた、二人で眺めるのも楽しそうだ。彼女の横顔をちらりと盗み見て、美雪が頬を緩めようとした時だった。
「!」
愛羅めがけて飛んできた青い鳥に気づき、とっさに美雪は彼女を庇った。ぶわっと吹きつけられる霧状の薬液。
「美雪っ!?」
すぐに飛んで行った鳥を見送ることなく、愛羅はその場によろけた彼を心配した。
「大丈夫ですか……!?」
と、ハンカチを出そうとするが焦りで上手く手が動かない。どうにか取り出したハンカチで彼の顔を拭っていく愛羅。
何の薬かは分からないが、もし悪い副作用があったら……と、嫌な考えばかり浮かんで混乱しそうになる。
美雪は不安にゆがむ彼女の顔を見て、ちょっと得した気分になっていた。
「美雪、何か変わったところはありませんか?」
「んー……特にないけど、何だったんだろ」
と、けろっとしている美雪。
その様子に愛羅がほっと息をつくと、彼は言った。
「青い鳥が幸せを運ぶって、まるきり嘘ではないのかもね」
「え?」
にこっと笑って愛羅を見る美雪。
「今日はいいもの見られちゃった」
「……っ!!」
愛羅は言葉の意図を理解するなり、顔を真っ赤にした。
「もう、知りません!」
と、美雪からぷいっと顔を逸らす。普段はなかなか見せてくれないさまざまな表情が、美雪には嬉しかったのだ。
そして頬を赤くして意地を張る彼女もまた、滅多に見れたものではない。
美雪がにこにこと笑っているのをちらりと見て、愛羅は溜め息まじりに頬を緩めた。
「……もう」
その笑顔には適わない。
健闘勇刃(けんとう・ゆうじん)はぼーっと空を眺めていた。
「珍しいデザインだな」
と、先ほどから公園内を飛んでいる鳥に視線を向ける。
「はい、綺麗な鳥ですね……」
と、彼の隣に立っていた天鐘咲夜(あまがね・さきや)も言った。
青い鳥が飛んでいることすら珍しいのだが、それに加えて空京はどこも騒々しい。
せっかくデートに来たのに、と少々残念に思う勇刃だが、咲夜は二人きりでいられるだけで嬉しい様子だ。
「たまには、こうしてのんびりするのも良いな」
と、勇刃が歩き出し、咲夜はその後ろをついていく。
のんびりと過ごす心地よさに二人が浸っていた直後、上空から何かが降ってきた。はっとした勇刃は、咲夜を振り返ってびっくりする。
「あれ、私……なんだか身体が急に、熱く……」
と、彼女がこちらにもたれかかってきたのだ。
「さ、咲夜? 何か様子がおかしいぞ!」
ぎゅっと勇刃に寄りかかって、まるで誘うように上目遣いをする咲夜。
「健闘くん、私……ずっと前から、健闘くんのことが……大好きです」
と、咲夜は服を少し脱いで胸をちら見せした。ドキッと高鳴る勇刃の鼓動。
「今日はここで、愛の印を結びましょう。私のこと、好きにしていいんですよ……?」
どうやら、彼女は青い鳥に吹きかけられた薬のせいで、いつもより積極的になってしまったようだ。
「まさか、あの鳥の仕業かっ!」
と、未だに周囲を飛び回る青い鳥に目を向ける勇刃。
このまま咲夜を放置すると、全年齢対象の枠を飛び出てしまうかもしれない。いくらデートとはいえ、それだけは避けたい。
彼女を元に戻す方法を探しに、勇刃は駆け出した。
「あっ、健闘くん! どこに行くんですか!?」
と、色気を放出しながら咲夜が追いかけてきたが、彼は振り返らなかった。
調理器具のメンテナンスを終えた帰り、佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)は張り紙がされているのに気づいた。
『酔っぱらい役、惚れ役、素直にナール』
「劇でもやるのかねぇ」
と、連れの佐々木八雲(ささき・やくも)が呟き、弥十郎は言い返す。
「でも、青い鳥にこんな役あったっけ?」
幼い頃に読んだことはあるけれど、詳しい内容までは思い出せない。しかし、意識して周囲を見てみると、そんな役を演じている学生たちが多くいることに気がついた。
「空大で流行っているイベントなのかな? それとも、フラッシュモブっていうやつ?」
ぐでんぐでんに酔って暴れまわる学生、一人の人に熱烈なアピールをする学生。
「ふむ、やるならどっちがいい?」
「え……酔っ払い、かなぁ」
恋人もいる手前……と、言う弥十郎に、八雲はどこからかワインボトルを取り出して渡した。
「小道具があった方がいいだろ?」
「ああ、そうだね」
と、弥十郎は周りに倣って酔っぱらいを演じ始めた。
一方の八雲は惚れ役をどう演じるべきか考えて、両目を閉じる。
「こんにちは。今日も君はかわ……」
言いかけて首を振る八雲。
「と、君を見ながらだと緊張するんだよなぁ。君を見ると安心するとか、ふわっとするとか、そういう言葉が――」
苦笑がちに両目を開けると、八雲は見慣れた空色のショートカットが見えてびくっとした。向かいの廊下をばたばたと走っていく彼女の前方には、一匹の青い鳥。
「……青い鳥? おい、遊んでる場合じゃなさそうだ」
と、すぐに彼女を追いかけ始める八雲。
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