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とりかえばや男の娘 三回

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とりかえばや男の娘 三回
とりかえばや男の娘 三回 とりかえばや男の娘 三回

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7 治癒 

 日下部領、日下部屋敷。
 その庭先に、四人乗り飛空艇が停まっている。この辺りでは滅多に見かけないその奇妙な形の箱を見て、日下部家の家臣達がひそひそとうわさ話を繰り返している、
「本当に、あの者達に若の命が救えるのか? 御典医もとうに見放したというのに……」
「さあ。案外、騙り者かもしれぬな」

「信じましょう」
 竜胆が現れて家臣達に言った。
「これは、私たちも知らない外の世界の技術です。きっと、奇跡が起きる事を信じましょう」
 それから、竜胆は飛空艇をじっと見つめた。

 飛空艇の中では、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が藤麻の診断を行っていた。そこには、超音波診断装置や検査キットがあり、ダリルの脇には、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)夏侯 淵(かこう・えん)の姿が見える。
 ダリルは教導団の軍医、特に専門は薬学である。藤麻の病の根治のために、ルカが連絡してシャンバラから呼び寄せたのだった。地球とシャンバラの知識と薬剤で治療に当たるためだ。言葉通り、ダリルは藤麻に対して問診、聴診、血液や尿の生化学検査、顕微鏡で原因細菌やウイルスがあれば特定、触診もし、超音波検査機で内臓診察まで行った。

 全て終わると、ダリルとルカルカに付き添われて藤麻が飛空艇から降りてきた。
 竜胆は駆け寄ってダリルに尋ねた。
「兄上の容態はどうなのでしょう? 病は治りそうですか?」
 すると、ダリルは難しい顔をして答えた。
「非常に厳しい状態ではある。しかし、ルカや典医や聞いていたよりは症状が治まっているようだ。明らかに病巣が小さくなっている形跡があった。以前のままであれば、もう、手の施しようがなかっただろうが」
 それは、ナラカの洞窟でリモン・ミュラーに言われたのと同じ言葉だった。
「……ヤーヴェが、病魔の力を吸収したためかもしれません」
 竜胆は言う。するとリモンは答えた。
「とはいえ、厳しい状況にかわりはない。まだ、腫瘍が残っているから外科手術で病巣を切除しなくてはならない」
 手術という言葉に、竜胆はぴくりとする。
「手術……とは、体を切るという事ですか?」
「そのとおり。藤麻は既に同意している。成功する確率は7割だが」
「7割?」
「そのとおり、3割は失敗の可能性がある。恐ろしければ無理に手術しろとは言わないが、何もしなければ、確実に藤麻の命はない」
「……」
「医師に出来る事などたかが知れている。それでも言おう最善を尽くすと」
「大丈夫だよ」
 ルカが竜胆を励ます。
「ダリルの腕は確かだよ。ルカが保証する」
「分かりました」
 竜胆はうなずいた。
「全ておまかせします。兄に手術をしてやって下さい」

 数日後。
 藤麻の手術が行われた。日下部領にはふさわしい施設がないために、屋敷内に機材を持ち込んで行う。
 手術は数時間に及んだ。まんじりともせず待つ竜胆に、夏侯 淵がそっと寄り添う。

 手術室の中では、ダリルがルカと共に執刀していた。思ったよりも難しい手術になった。ともすれば、危険な状態に陥りかける藤麻に、ダリルは命のうねりをかけてしのいでいく。汗だらけのダリルの額をルカがぬぐった。



 ……藤麻、藤麻……

 闇の底から声がする。

 ……こちらへ来い、藤麻。

 炎をまとった鬼が手招きする。

「嫌だ、行かぬ」

 藤麻は必死で駆けていった。やがて、光が見えた。光に向かって手を伸ばす。



「目が覚めたんだね!」

 真っ先に目に入ったのは金色の髪の少女……ルカだった。

「よかった。手術は成功したんだよ」

 ルカは言うと、藤麻のために薬を処方し、栄養剤を注射。

「まだ、麻酔がきれないから、ゆっくり眠ればいいよ」
「ああ」
 藤麻はうなずくと、また眠りに落ちていった。

 再び目覚めると、また同じ顔が見えた。
「目が覚めた? 具合はどう?」
「少しはいいようだ」
 藤麻は答えると、身を起こした。麻酔が切れたためか、体のあちこちが痛む。
「……!」
 眉をしかめる藤麻に、ルカは「無理しないで」といってスープを差し出した。
「完全回復する珍しい豆……仙人の豆をあたたかいスープにしたの。食欲がなくてもスープならいけるかなと思って」
 そう言ってルカは仙人の豆で作ったスープを藤麻にのませた。
「うまい……」
 藤麻はつぶやいた。
 一口含むごとに、体の痛みが取れていく気がする。

「さあ、眠って」
 スープを飲んでしまうとルカが言った。「眠りたくない」と藤麻は首を振る。
「眠ると恐ろしい夢を見る」
「夢?」
「邪鬼に招かれる夢だ。行ってしまいそうになる自分が恐ろしい」
「藤麻さん。邪鬼は消えたんだよ。それは、藤麻さんの作り出した不安が見せてる夢だよ。一緒に戦おう病魔と。それが邪鬼に勝つ道よ!」
 ルカが励ます。
「ルカの言うとおりだ」
 ダリルが部屋に入って来て言った。
「病気には本人が戦う意思と抵抗力を持つ事が一番必要だ。私達の話や医学はそれを手助けするだけだ。気を強く持て」
「……私の作り出した不安……か、そのとおりかもしれないな」
 藤麻は答えると、目を閉じた。
「眠ろう」
 ルカは藤麻の枕元に鈴なりパンダを置置き、状態異常からの回復を援護する。

 それからも、ルカとダリルの熱心な看護は続いた。ルカは地球やシャンバラの話をし、そこの歌に”幸せの歌”の効果を乗せ、闇の抵抗力も高めていく。手を握り、歌を歌い、病気を治して竜胆と一緒に幸せになろうと語りかける。

 こうして、藤麻の病状は日に日によくなり、夢にうなされる事もほとんど無くなって来た。


「もう大丈夫だろう」
 出発の朝、ダリルが言った。
「後は、薬の服用を続けることだ。それと定期的に専門医の診察を受ける事。数は少ないが葦原城下にもいるはずだ」
「ありがとうございます」
 竜胆はダリルに頭を下げた。
「もう、兄の命の事はあきらめきっていたのに、こんな風に助けていただいて、どうお礼を言えばいいのか……」
「お礼なんていいよ」
 ルカが笑った。
「葦原の治療法や薬剤では不治かもだけど、シャンバラと地球の医学で病気を根治できたら最高って思ってただけ。それより、兄弟力を合わせて日下部家を立派に治めていってね」
「はい」
 竜胆がうなずく。
「また、どこかで出会ったときはよろしくな」
 ダリルが言う。
 そして、最後に夏侯 淵が竜胆の前に立った。
「どうか、元気で」
 竜胆が言うと、淵は答えた。
「竜胆殿。俺は、新しい出発を迎える竜胆殿、藤麻殿に、会えて良かった。俺達は国に帰るが何時でも力になるゆえ連絡をよこしてほしい」
「はい」
「それから……これからも、色々な事が起きるかもしれないが、決してくじけずに頑張って欲しい。この旅の事を思い出して」
「ええ」
「俺達の旅の道程はここで分かれるが、また交わる事もあると信じている」
「私も、信じてます」
「ならば、最後の握手をかわそう」
 竜胆はうなずくと、淵の手を取り握手をかわした。
「ああ、それから」
 と、淵は懐に手を入れ、小さな蛇を出した。
「これは……」
 竜胆が驚く。
「そう。最初の旅の道中、竜胆殿に見せた小蛇(太陽の化身)だ」
「ああ。覚えています。たしかあなたが異国で出会ったお守りのようなものだと」
「そう。この小蛇を、置いていくから、これを見て俺達を思い出してくれ。遠い国に友がいる。そう思うだけで、心強い事であろうしな」
「ええ……きっと」
 竜胆は顔を輝かせた。
「それでは、帰国の途に着いたら、俺達は一度だけ振り返り、二度は振り返らぬ。再会を楽しみに、その日まで元気で、良き主君となる事を期待しておる」
 
 こうして、彼らは去っていった。言葉通り、二度と振り返る事はなく……。