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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 2/3

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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 2/3

リアクション


セルマ・アリス(せるま・ありす)

もう少し理屈の通ったもっともらしいことを言おうと思っていたんだ。
いろいろ考えてきてもいた。
どんな人間でも未来がある限りは、過去の償いはできる、とか、過去に縛られて未来の可能性を失ってしまうのは、正しい選択だとは、思えない、とか。
「セルマ殿は、まじめな御仁でござるな。拙者は、現行の法律がすべて正しいとは思ってはおらぬのだよ。
そういう教育を受けてきたから、と言ってしまえば、それまでかもしれぬが、拙者の嘘、偽りのない考え方なので、いまさら改める気にもならぬ」
公式な記録は一つも残っていないけれど、実は伝説の暗殺者らしい、剣山梅斎さんは、殺し屋っぽくない小柄で、優しい感じの人だった。
彼の雰囲気につられて、俺はつい、「犯罪者でも罪を償えば、人は生まれ変われると思います」なんて、口にしてしまったんだ。
「法が絶対的な正義でない以上、破る局面があっても、拙者は、仕方がないと考える人間でござる。
やはり、セルマ殿からみれば、拙者は、ここにふさわしい危険人物にみえるのであろうな」
剣山さんの言葉の意味はわからなくはない。でも。
「例えば、いまの状況では、拙者がこうするしか方法はないでござろう」
彼が鞘から抜いたのは、遠目でみても簡単に正体がわかる、紙製だった。
柄の先は、だいたい1メートル超の長さの紙筒だ。
「それがあなたの武器なのですか。本当に立派な日本刀ですね。
あなたには、倫理観だけでなく、他にもたくさんおかしなところがあるようです」
俺の妹のリン、リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)がスクラマサクスを構え、剣山さんの横に並ぶ。
リンの隣には、キノコマンもいる。
「私にとって、剣山さんの哲学はどうでもよいのです。
ただ、目の前で堂々と暴行や殺人が行われるのを見過ごす気にもなれないので、仕方なく、刀を抜かせていただきました」
俺とリンと剣山さんたちは、包囲されている。
少年探偵弓月くるとくんに協力しに、剣山さんの情報を持ってコリィベルを訪れた俺たちは、彼への面会を名目に簡単に入所することができた。
所内で起きた殺人事件を調査していた剣山さんたちともすんなりと接触できたのだが、廊下で立ち話をしていた間に、気づけば、通路の前後から、こちらに明らかに敵意、もしくは殺意を持った集団に挟まれ、一本道の狭い廊下の中ほどあたりで、前進も、後退も、自由にはできない状況に陥っている。

八神 誠一(やがみ・せいいち)

暗殺者の一族の僕としては、僕の人生、事件の実行者(犯人と呼ばれると違う気がするんだよねぇ。僕ら職業的殺し屋は殺人のための手段、道具でしかないのであって、殺人をほんとうに心の底から望んだ人物、邪悪なたくらみや欲望を胸に秘めた僕らのスポンサーさんこそが犯人の称号にふさわしいと思うんだ)だったことはたくさんあるんだけど、調べる側にまわった経験は、ほとんどなくってねぇ。
僕の一族の人がどこぞの誰かに殺られちゃった時には、みんなで犯人捜しもしたねぇ。
あん時は、血族同士疑いあって、探り合って、家の中が居心地悪くてまいったよ。
つまり、僕が言いたいのは、殺人稼業は慣れてますが、こうして、目の前に死体が転がってて、犯人は誰? みたいなシュチュェーションだといまいち役に立てなくて、ごめんね、と。
ただ、素人考えかもしれないけど、僕には捜査側の視点はないけどさぁ、殺し屋としてみてみると、シャワー室全裸殺人事件の第一容疑者の緋桜遙遠(ひざくら・ようえん)ってやつのやり口は、どうも腑に落ちないんだよねぇ。
緋桜は、自分が怪しまれるようにわざと振る舞ってるようにみえるんだぁ。
仕事前後に僕たちがするのとは、まるっきり逆の、事件の中での、自分の存在感を大きくさせる行為に精をだしてるっていうかぁ。
殺し屋的には、あれは、真の標的をおびき出すために、自分を囮にしようとしているとしか思えないねぇ。
やつは、誰に自分の存在をアピールしようとしてるのかなぁ。
シャワー室で囚人の男を殺したのは誰かってのは僕にはわからないし、元プロとしては、コリィベルは仕掛けだらけの存在自体が罠みたいな建物なんだから、スタッフ連中が協力すれば、犯人不明の殺人事件を一つつくるくらいなんでもないんだろぅ、と思う。
恩赦を餌に仕事を持ちかければ、喜んで殺しをしそうなやつがゴロゴロいるしぃ。
まともに悩むだけ時間の無駄だよ。
部屋が入れ替わるとか、シャワーに紛れて氷の刃が首筋に振ってくるとか、アリな世界じゃないの。
そんなわけで僕は、緋桜に注目していたんだぁ。
やつの目的が気になってねぇ。
緋桜の方は、僕らのなんて眼中にない感じで、自分の犯人っぷりをアピールすると、さっさとどっかへ行っちゃった。ここでの営業は終了、次のイベント会場へGOって感じのタレントさんみたいでさ、冷たかったよねぇ。
本人がまるで気にしてないようだったんで、僕も遠慮なくガン見させてもらったんだけど、緋桜の服はシャワーの水も、返り血も少し浴びてないふうだったよ。
連れの小さい子も同様にね。
狭いシャワールームで刺殺して、水も血もまったく浴びてないのはおかしいよねぇ。
やっぱり、緋桜はやってないなぁ。
きっと剣山も気づいているだろうから、僕はわざわざ言わなかったんだよねぇ。
緋桜と別れて、黙りこんじゃった剣山と所内をうろうろしてたら、葦原明倫館のセルマ・アリスと彼の妹とリンゼイ・アリスってのが、僕らに近づいてきてさぁ。
セルマくんは、おとなしそうに見えて内圧高いっていうか、熱い男だったんで、刑務所の中で、罪と罰についてまじめに語りだしたんだよねぇ。伝説の暗殺者の剣山相手にさ。すごいよねぇ。
それだけなら、場違いでおもしろい光景ですんだんだけど、彼の話に剣山が付き合っているうちに、僕たちは、襲撃されちゃって、逃げ道もないし、敵は多勢で困ったなぁ、なんだけど、僕らの目前で、白衣の武装集団は後方から攻撃されたらしくて、ばたばたと倒されていって、彼らをかき分けるように、僕らの前に姿をあらわしたのは、あいつ、だったんだ。

リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)

危険が迫っているというのに、まだ剣山さんになにか話しかけているセルには、本当にあきれてしまいますね。
あまりにも愚かすぎる兄の行動を観察しているうちに、自らも滅んでしまうなんてのは嫌ですから、セルは放っておいて、盾代わりのキノコマンを傍らに立たせ、私は刀を構えました。
数メートル先にいるのは、竜型のモンスターの頭蓋骨を仮面のように頭にかぶった趣味の悪い人たちです。
光条兵器らしい青白い輝きを放っている長剣と、背中に黒の十字架の紋章を大きく刺繍した青マント。
どうみても普通ではありませんね。しかも集団でいるとなると、おそらくコリィベル内では、存在を認められているグループなのでしょう。
これが刑務所で更生した犯罪者の姿なのか、セルに意見を聞いてみたいところです。
「蒼空第一幻影軍団。
彼らが拙者に用があるとは、思えないでござるよ。
ともかく、リンゼイ殿は拙者の後にいるでござる」
紙筒の日本刀を構えた剣山さんが私の前にでようとしたところを、
「ダメだ。剣山さん。どんな理由があっても、もう、人を斬るのはやめてください」
セルが彼の和服の袖を引いて止めようとしました。
「セルマくぅん。
あんまり、公式ルールの押しつけはよくないんじゃないかなぁ。
世間の良識や法律ってのは、実際に市井で生きる人間にとっては、タテマエだったり、理想だったりするわけで、守れりゃそれにこしたことはないけれど、一人一人の現実はそうきれいでもないんだよねぇ。
きみにだって、わかるでしょ」
剣山さんと殺人事件の調査をしていたという八神 誠一(やがみ・せいいち)さんが、セルの襟首を後ろからつかみました。
「過ちやリスクの高い無法行為を繰り返していたら、人からも世間からも見放されて、結局、傷つくのは自分自身じゃないですか。
俺は、自分のこころもちしだいで、負の連鎖を断ち切れると思うんです。
暗殺者の家の子だって、過去にどんな罪を犯していたって」
「簡単に言ってくれるねぇ。
もしかしてきみは、心から望めばなんでもかなうって信じてるタイプかな」
「俺だって現実が厳しいのはわかってます。
けど、自分で変えていくしかないじゃないですか。違いますか。
わかってて同じ過ちを何度も繰り返すなんて、それじゃ、まるで、自分に対する罰ゲームですよ」
セルは興奮気味に八神さんに言い返しました。
いまの状況で一番、周囲の足を引っ張っているのは、私が思うに、セルの言動ではないでしょうか。
私は空いてる右手を振り上げて、セルの頭を叩きました。
「なんだよ。リン。いきなり叩くなんて」
「あなたがここでなにを確認したいのか私にはわかる気もしますが、いまは場違いです。
危機を目の前にしている人たちの心の傷を掘り返すような行為はやめてください。
剣山さんを動揺させて、彼にここで敵に殺されて欲しいのですか」
「俺は、そんなつもりは」
「大正解。僕もリンゼイの意見が正しいと思うな。
理想は大事かもしれないけど、まずは身近な出来ることに全力をつくさないと、未来どころか明日もこないかもしれないからねぇ。
にしても、剣山。
楽しそうな顔してるねぇ」
八神さんの言葉通り、剣山さんは竜の頭蓋骨の集団をみながら、唇を歪め、薄笑いを浮かべていました。
「拙者は、セルマ殿の言うことはもっともだと思うでござるよ」
つぶやきは彼の本心でしょうか。
「おーおー。あっちの方は、きみ一人いや小さいのと二人で追っぱらってくれたみたいだねぇ。
どうしたんだい。僕らになにか用があって戻ってきたのかなぁ。
殺人容疑者の緋桜遙遠(ひざくら・ようえん)くぅん」
今度は、八神さんが後ろをむいて笑っています。
私も振りむくと、狭い通路で私を挟み撃ち状態にしていた片方の白衣の集団の姿は消えて、白いコートを着た、沈んだ目をした黒髪の男性と、9〜10才くらいのショートヘアーの男の子がいました。
男の子は右が赤、左が青のオッドアイですね。
今度は殺人容疑者さんのご登場ですか、次々と改心させなければならない人があらわれて、セルも大変です。
「遙遠は殺人容疑者じゃないぞ。
いまだって、襲われそうになってたみんなを助けてあげただろ」
「霞憐は余計なことは言わないでください。
遙遠はあなたがたを助けたわけではありませんので、勘違いなさらないよう。
遙遠の行きたい方向に障害物があったので、排除したまでです」
二人はこちらの方へ歩いてきました。
男性、遙遠さんは片手に金剛杵を握り、いつでも戦える体勢です。
男の子、霞憐くん? を連れて私のたちの間を通り抜け、剣山さんの前へ。
「彼が、あなたの元へこうしてあちらから現れるのなら、ずっと、あなたの側にいれば、話は早かったかもしれませんね」
「おぬしがここへきたということは、つまり、やつはあの中にいる、と。
なるほど、だから、蒼空第一幻影軍団が拙者に会いにきたでござるか。
遙遠殿は、やつを斬るつもりか」
「どうでしょう。
昔の知り合いではありますが、これからの付き合い方は、一度、刃を交えてから、決めさせていただきます」
剣山さんと遙遠さんが並んで前へでます。
遙遠さんと一緒にいこうとした霞憐くんをセルが背後から抱えあげました。
「きみは俺とここにいるんだ。安全な状況になるまで、きみは俺が守る」
「離せよ。僕は遙遠を助けるんだ。パートナーなんだ」
「ダメだ。
きみの気持ちはわかるけど、剣山さんも、遙遠さんも、自分の運命に立ち向かっている最中で、きみが側にいると、たぶん、かえって彼らを苦しめる結果になる、と思う。
助けるためには、見守ることも必要なんだ」
なんというか、ここまできても、場違いと言われても、自分の信念を押し通そうとするセルの頑固さには、あきれてしまいますね。
剣山さんと遙遠さんが足をとめました。
青マントの集団から一人がでてきて、二人の前で仮面代わりの頭蓋骨を外し、床に置きます。
それが合図になったかのように、三人の戦いがはじまりました。
私も八神さんも霞憐くんを抱えたセルも、むこう側の集団も、介入する機会をうかがいながら、三つ巴の死闘を眺めています。