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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 2/3

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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 2/3

リアクション


アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー) 仙 桃(しゃん・たお)

人間の犯したどんな罪でも心から反省すれば許してくれる神がいたとして、その存在は人の心に安息と狂気のどちらをより多く与えるのだろう。

元神父だったせいか、俺はごくたまに、彼(神)についての問題を考えるクセがある。
彼への疑問が心の、意識の奥底からわきあがってくるのだ。いや、天から彼が与えてくれるのか。
いくら考えても正解などみつからないのは、わかっているのに。
俺のパートナーのハル・ガードナー(はる・がーどなー)などは機械であって人ではないから、なにも悩まずにすむのか。
「リチャードは、いまも神を信じているのかな」
「ペトはそんなの知らないのですよ。
神様を信じていてもいなくても、アキュートはリチャードを捕まえるしかないのです。
歩不の事が気になるのはわかるのですが、意図的に隠れている相手はみつけにくいのです。
それなら、アキュートがここにいるのを知らない、リチャードを探すほうがよいと、ペトは思うのです」
「ああ。ペトは正しいな」
ポケットに入れたパートナー、身長10センチの花妖精ペトペト(ぺと・ぺと)のアドバイスは正しい。
性犯罪者にして俺の神を殺した男、神父としての先輩、リチャードを追って、コリィベルにきた俺は、謎めいた多重人格の犯罪者かわい歩不と出会った。
歩不が俺に残した言葉は、「リチャードは、世界の敵」。
文字通り、俺の前から姿を消した歩不と、ゆりかごのどこかで元気に暮らしているらしいリチャード、俺は二人を探して、刑務所内を歩きまわっている。
やつらと心身ともに身近にかかわるこの場所にいると、どうやら俺は、普段の判断力やまともな思考能力を失ってしまうらしい。
しなければいけないことはわかっているつもりなのだが、頭のどこかが熱に犯されているような感じがして、繰り返し彼への疑問を考えながら、ペトの助言のままに足を進めている。
「ところで、俺は、いま、どこにいるんだ」
「しっかりするのですよ。
まさか、さっき、アキュートが言っていた呪いに、影響を受けたのではないでしょうね。
毒虫たちを袋に閉じ込めて、殺し合わせ、生き残った一匹を使って呪いをかける、とか」
蟲毒だ。
蛇、ガマ、とかげ、ムカデ、犬、キツネなどを一種類でも複数種でもいいから、一ヶ所に集め、戦わせ喰らいあわせ、呪いの力を持つ毒蟲をつくりだす。呪法だ。
更生不能な人間を集めたゆりかごの話を聞いた時に、まるで蠱毒の瓶のようだと思いはしたが、俺は、ペトにそんな話をしたのか。
したような気もしないでもないが。
記憶が混乱している。
黒マントの歩不に導かれて、ペトと一緒にリチャードを追っていている、これは現実なのか。
ホラーかサスペンス映画の中に迷い込んでしまったようだな。
忘れかけていたが、俺は快楽主義者のはずだ。
楽しいのが一番さ。
なら、登場人物の一人として、せいぜい楽しませてもらうとしよう。
「今度は、急ににやにやして、今日のアキュートはおかしいのですよ。
ペトとアキュートは、リチャードの情報を集めるために囚人のみなさんのところにきたのです。
独房にいる人たちに、リチャードの話をきくのですよ」
俺とペトは薄暗い廊下にいて、目の前にはずらりと鉄格子がある。
にしても、静かだ。
「静かすぎないか。
中に誰もいない牢もけっこうあるぞ」
「きっと、一人でおられる方が多い場所なのですよ。
一人でおしゃべりはしにくいものなのです。
気分を明るくするために、ペトが歌をうたってあげて」
「それは、なしだ」
「残念なのです。
しかし、いまはなによりも情報収集なのです。
ほら。
そこにいる方に声をかけるのです」
ペトが指差したのは、独居房の奥にいる、赤い髪の三つ編みおさげの女性だった。
両肩を大きく露出させた中華風の筒状? の服を身にまとった彼女は、大判の冊子を脇に抱えて、俺たちのところへ歩いてきた。
格子越しに俺と彼女はむきあう。
「さあ。アキュート、質問するのです。
ぼんやりしたり、迷っている状況ではないのですよ」
ペトが俺をけしかける。
それは、そうなのだが、この眠そうな瞳をした、180センチある俺よりも確実に背の高い女性に、なにを聞けというのだ。
「彼女は、コリィベルの内部についてはアキュートよりはきっとくわしいのです。
なんでもいいから、聞くのですよ」
と言われてもな。
「キミは迷子かい。俺もここで迷っていて、気づいたら囚人にされていたクチだから、同病相哀れむというのが率直な感想だ。
どうした。なにか言いたそうだな。
キミの胸のポケットにいる彼女は、なかなか可愛い感じがするなぁ、もっと、よく見てみたいんだが、俺の手にのせてくれないか」
いつもの調子がでず、うまく話を切りだせない俺に、彼女から声をかけてきた。
自らを俺と呼ぶ彼女を、ペトは興味深げに眺めている。
「俺は、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)。ポケットにいるのは、パートナーのペトペトだ。
俺がきみに教えて欲しいのは」
リチャードについて。
歩不について。
ここでは呪術が行われているのか。
では、なく。
「俺は、俺の神を殺した男を探しにここへきた。
やつはまだ神と共にいるのか。
ここには、神がいるのか」
「キミは、危険なやつ、というカテゴリィの男なのか。
それは…可愛くないなぁ。
どうでもいい話だが、俺の名前は、仙 桃(しゃん・たお)だ。
神を殺すとか共にいるとか、キミの話は、まるで、○撃文庫か、○ャンプの漫画だな。
目安箱に投書すれば神でも殺してくれそうな生徒会長や、神を超えようとする元死神を知っているか?
実は、俺は○ャンプを買うためにここにきたんだ。
もう一ケ月も経つかな。あの月曜の朝、なぜか近所の○レブンでも、○オスクでも、○ャンプが売り切れでな、マイナーな施設の売店のほうが売れ残っている可能性があると思って、たまたま通りかかったゆりかごに乗り込んだんだ。
○ャンプは無事に手に入ったんだが、ここは治安が悪くて、からんできた可愛くないやつらを何人かブッ飛ばしたら、俺も囚人の扱いを受けるハメになってしまった。
不当な扱いには、当然、納得がいかないし、手刀で格子を叩き切ったり、壁を蹴破ったりして、脱出しようとしたんだんだけれど、そのたびに重武装した2〜3個分隊がやってきてな。
マンガを買いにきて、いくらなんでも殺し合いはしたくはないので、おとなしく捕まっているのだが、そろそろ同じ○ャンプも読みあきたし、今度は、限定解除で、成竜形態になって本気でここからおさらばしようかと作戦を練っているんだよ。
それにしても、不思議なのは、どうして、なんの変哲もない通常号の○ャンプが、この号に限って、俺の周囲では売り切れだったんだろう。
陰謀のにおいすらする深遠な謎だと思わないか」
思わんな。
「思いませんのです。きっと、ただの偶然なのです」
俺と同じ感想をペトは素直に口にした。
赤毛の俺女、仙桃はペトの言葉に、めずらしいものでも見たように首を傾げる。
「触手のキミは可愛いが変わった感性の持ち主だな。
俺や世間一般とは常識が違うらしい。
事情はいま説明した通りだ。
キミたちには俺の人質になってもらう。
とりあえず、俺は竜人形態になるので、キミたちは俺に捕まったフリをして、出口まで同行してくれ」
おいおい。俺に選択の余地はないのか。
「確認が遅れたが、キミらは囚人ではなく、見学者かなにかだろう。
ここのムチャなスタッフや医療チーム、なんとか軍団も、まったくの無関係な人間を連れていれば、全力で殺そうとはしないと思うんだ」
話しながら俺女はスムーズに竜人に変態した。
髪が頭蓋に引っこみ、皮膚が硬化し鱗になり、骨格が急速に変形してゆく。
特殊メイクの超早送り映像をみている感じだ。
もともとサイズの大きなだぶだぶな服を着ているので、破けもせず、多少、巨大化しても、問題はない。
靴も同様だ。
獣人の日常的な変化の現実とは、まぁ、こんなものなのだろうが、フラッシュ閃光や、飛び散る衣服などの派手なアクションをつい期待しまうのは、俺だけだろうか。
竜人になった俺女は、これまたあっさりと鉄格子を手で押しひろげ、廊下にでてきた。
「寄り道せずに、出口へ行くつもりだったが変更だ。
お。
あのタバコのにおいがする。
俺の仲間がきているみたいだ。
こっちだな」
歩きだした彼女についてゆくべきか、一瞬、迷ったが、俺はまだここでなんの情報も得ていないのだし、というわけで、竜人にしてはいささか小さな背中を追うことにした。