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【S@MP】地方巡業

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【S@MP】地方巡業

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【四 忍び寄る鮮血の雨】

 コームラントの操縦席内で、葛葉 杏(くずのは・あん)アルバを駆るクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)からのエマージェンシーコールを受けた。
「何? どうしたの?」
 応答に出つつも、杏は嫌な予感を覚えていた。ジーハ空賊団の件も気になるのだが、杏は今回の地方巡業に限っていえば、他の敵勢力が目を付けて襲ってくるのではないか、との予測を、ある程度立てていたのである。
 そしてその予感は、最も嫌なタイミングで的中した。
『所属不明の機影を捕捉した。イコンだな。数は……30を越えているようだ。おまけに中型飛空船も二隻、随行しているみたいだけど、これも何かやばそうな雰囲気だね』
 スピーカー越しに聞こえてくるクリストファーの声は酷く落ち着いて淡々と語っているようにも聞こえるが、しかしその声音は緊張の色を孕んでいるのが、杏には直感的に理解出来た。
「杏さん……や、やっぱりぃ……て、敵でしょうかぁ?」
 サブパイロットシートから、橘 早苗(たちばな・さなえ)がべそをかきそうな表情で、分厚い眼鏡の奥から不安げな視線を飛ばしてくる。
 杏は渋い面のまま、むっつりと黙っている。
 さもありなん。単に所属不明というだけであって、まだ敵機であるとの確固たる情報は届いていないのだ。答えられる筈も無かった。
 ところがその直後、再びスピーカー越しにアルバの操縦席から声が届いた。今度は、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)からだった。
『最大望遠で機体映像をキャプチャしてみた……シュメッターリングだね』
 クリスティーからのこの連絡が、決定打となった。
 矢張りあの所属不明のイコン部隊は、敵である。であれば、最早躊躇している暇は無い。
 だが、すぐにでも切り込んでいこうと息巻いていた杏を、アルバが杏達のコームラント前に機体を寄せてきて突撃を制止した。
「……何?」
 訝しげに無線で問いかける杏だが、クリストファーからの応答は無く、代わりにアルバから画像データが送られてきた。
 杏と早苗はふたりして、頭上の大型コンソールに映し出された漆黒の機体を、じっと凝視する。
 それは、クリスティーがキャプチャしたシュメッターリング部隊のうちの一機である。シルエットや装備そのものは通常のシュメッターリングと大差は無いのだが、一部、カラーリングに特徴があった。
 ヘッドユニットと左肩のショルダーアーマーが、まるで鮮血で塗りたくったように、真紅に染まっている。接近する全てのシュメッターリングが、同じカラーリングで統一されていた。
『こいつら……ブラッディ・レインだね』
「ブラッディ・レイン?」
 スピーカーから響くクリスティーの硬い声音に、杏は思わず聞き返した。聞いたことの無い集団である。
 クリスティーに続いて、クリストファーの酷く不機嫌そうな声が杏と早苗の鼓膜を打った。
『鏖殺寺院の一派らしい……とはいっても、初期の寺院の思想や志とはまるで縁の無い、ただのテロリスト集団だ。しかし、思想やスタンスはチンピラでも、戦闘力は馬鹿にならない。ブラッディ・レインのイコン部隊は別名、魔の鮮血兵団だ。恐ろしく腕の立つイコンパイロットが揃っているから、用心して欲しい』
 それ程の手強い敵が、30機を越えて迫ってくる。
 早苗はもとより、杏ですら、思わず息を呑んだ。月の宮殿を守る現在の戦力で、本当に大丈夫なのか――杏が抱えていた不安は今や、確信に近い危機感となって、杏を緊張に強張らせていた。
『気休めかも知れないけど、ボクから鼓舞の歌のプレゼントだ……でも、絶対に無理しないようにね』
 そう語りかけてくるクリスティーの声も、どこか硬い色を孕んでいるようにも聞こえた。

 敵機襲来との一報を聞いて、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)はペガサスのディジーを駆り、いの一番に月の宮殿の艦砲射程エリアから飛び出した。
 イコンは乗るものではなく、墜とすもの――それがシルフィスティの掲げる信念だが、しかしかといって、馬鹿正直に真正面から飛び込むのは愚の骨頂である。
 シルフィスティは、まず低空飛行から上昇して相手の下を衝き、一撃離脱で痛打を加えようという作戦を立てていた。
 肉弾戦でイコンを相手に廻すのは決して上等な策とはいえないが、今のシルフィスティならそれなりの成果が期待出来る。但し、それはあくまでも不慣れなパイロットが操縦する第一世代に対してであれば、という条件が付随する。
 既にクリストファーとクリスティーを起点として流されている情報からすると、相手は相当に手強い熟練のパイロット揃いときている。
 果たして、シルフィスティとディジーの貫通力がどこまで通用するのか。いってしまえば、シルフィスティの下方突撃はある種の賭けにも近かった。
「やぁ。一発でかいのをぶちかましてやろうっていう面構えだね」
 薄羽を細かく震動させて飛翔する巨大クワガタ黒鋼の背に跨って、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が穏やかな笑みで呼びかけてきた。
 同じ巨大生物でも、ペガサスであるディジーは突進力を利用した突撃を得意とするのに対し、巨大クワガタの黒鋼はその体型と大きな顎からも分かるように、格闘戦に強いタイプである。だが今回に限っていえば、単機同士の戦力比も考慮に入れて、撹乱戦法に徹する構えであるらしい。
 シルフィスティが敵陣を真下から突破して風穴を開けるのであれば、ヴァイスは敵陣が乱れたところに乱入して、混乱に拍車をかけてやろうと目論んでいた。
「そういう訳なんで、あんたの突撃成功に期待するよ」
「何が、そういう訳なのよ……でもまぁ、良いわ。どのみちあれだけの数、ちょっとやそっとじゃ崩れそうにもないしね。その案、乗ったよ」
 軽く笑い返してから、シルフィスティは再度、敵イコン部隊に視線を向けた。
 ようやく機影がはっきり見える位置にまで迫ってきたところで、ふたりは敵が、紡錘陣を組んでいることに気づいた。
 更によくよく見れば、隊の先頭に位置する四機のシュメッターリングは、大型ビームキャノンを装備しているのが分かった。
 ヴァイスはこの時初めて、その繊細そうな面を厳しく引き締めた。
「成る程、火力の一点集中での中央突破か。良い策だ」
 だが、褒めてばかりもいられない。
 シルフィスティは手綱を操ってディジーを更に宙間下方へと走らせ、その後に、ヴァイスの黒鋼が続く。
 まだ直接砲火は交わっていないが、既に、戦闘は始まっているのだ。

     * * *

 月の宮殿のライブ会場でも、敵機襲来に対して、慌ただしい動きが見られるようになっていた。
 観客席や観覧スタンドには不安と恐怖が入り混じったざわめきが充満し、最早ライブを楽しもうなどという雰囲気は欠片も無い。
 もしここで、誰かが恐慌を来たして逃げ出そうとすれば、群集心理が作用し、ライブ会場は阿鼻叫喚の大混乱に巻き込まれてしまうだろう。
 だがそうなる前に、和希がステージ中央に躍り出て、ヘッドセットマイクから大音声で呼びかけた。
「皆、済まねぇ! 折角俺達のライブを楽しみに来てくれたってぇのに、余計な邪魔が入っちまった! でも、心配無用だ! 俺達はS@MPだ! 戦うアイドルってやつさ!」
 自信満々の笑みを浮かべることで、観客達の中に芽生えかけた恐怖心を払拭する――和希の狙いはぴたりと当たったらしく、彼女が呼びかけて間も無く、観客席から観覧スタンド全体を覆っていた不穏な空気は、ほとんど一掃されたといって良い。
 更にそこへ、佐那が底抜けの明るさを前面に押し出し、良く通る声でマイク越しに言葉を繋ぐ。
「みーなさーん! これから私達は、イコンに乗って悪いやつらと戦いまっす! でもね! ただ戦うだけじゃないよ! イコンに乗ってからも、歌声を皆さんに送り続けます! だから、私達の勇姿と歌声を一緒に楽しんでくださいねー!」
 先程までの不安一杯のざわめきはどこへやら、佐那の呼びかけに応じて、観衆は一斉に大歓声をあげて、拍手でS@MPの面々を大いに讃えた。
 たとえ危険な戦闘が間近に迫っていようとも、決して退かず、観客を怯えさせず、歌と戦いでひとびとに勇気を与える――S@MPの本領発揮、といったところであろう。
 ステージの左右に、数機のイコンがホバリングで浮上してきた。
 S@MPメンバーの中にも、イコンパイロットが居る。まず花音と佐那が、ステージの袖付近から左右に伸びるイコン搭乗用アームを経由し、コクピットハッチを開けて待つそれぞれの愛機のもとへと走った。
 ステージ向かって左側には、花音のクイーン・バタフライが、リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)の操縦で待ち受けている。
 花音はメインパイロットではなく、サブパイロットシートに、その華奢な体躯を滑り込ませた。
「リュート! 接敵まであと、どれくらい!?」
「……五分ってところですね。敵は、紡錘陣での中央突破を図るようだから……こっちは、鶴翼陣で待ちましょう」
 既にこの方針は、守衛部隊に配置されている全イコンパイロットに通達済みである。
「鶴翼陣が発動したら、僕達も、敵が突進体制に入ったところで殿の位置について追いかけます」
 リュートの頭の中では、具体的な配置まで出来上がっているようだ。これならば、少々の数の差など、何とか巻き返せるかも知れない――そんな期待感が花音の頭の片隅に湧き上がってきたのだが、しかしリュートは、厳しい口調で釘を刺すのも忘れない。
「鶴翼陣は、成功すれば敵に大打撃を与えることが出来ますけど、一歩間違えばこちらが壊滅しかねない、諸刃の剣です。僅かな行動の乱れも敗北に直結しますから、気を抜かないでくださいね」
 花音は幾分、青ざめた表情で小さく頷く。
 ここは、命を直接やり取りする戦場なのだ――リュートが言外に込めたその意味に、花音はようやく、気づいた。