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リアクション
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ラナロックは、その状態をただただ呆然と見つめているだけだった。自分を守るために戦っている美羽とベアトリーチェに襲い掛かるのは、ラナロックの首を狙っている刀真。その激烈な戦闘を、ただただ見つめるだけである。が――その表情を知る者はいない。何せその場にいる面々は、互いが互いで命の削りあいと言って遜色ない戦闘を繰り広げているのだから。故に呆然としているはずの、彼女の表情を確認する事はない。ただ一人を、除いては――。
「刀真! ゼクスは安全な場所に避難させたから。怪我も大した事はないみたい。ちょっと気を失っているだ――何よ、これ」
ベアトリーチェの剣撃に合わせ、美羽が数発彼に蹴りを見舞う。反撃を狙おうにも、二対一では圧倒的に不利になるのだ。
「ゴッドスピードに逃げるようにも、必ず攻撃を当ててきやがるからな……迂闊に逃げられねぇ……」
「刀真!」
銃を引き抜き、二人に照準を合わせたところで、月夜はふと違和感を覚えた。何故――自分を守っている二人の少女が戦っている姿を、あそこまで気味の悪い笑顔で見つめているのか。それが何とも違和感だった。不気味というよりも気味の悪い、仄暗い赤を瞳に灯し、ラナロックは立っているのだから。
「もしかしてこれ……罠? だったら――」
美羽、ベアトリーチェに照準を合わせていた月夜の銃口が、転じてラナロックへと向かう。気味の悪い笑顔の彼女へと、その殺意を向ける。そこで彼女と目があったとしても。
「………!!!? き、気持ち悪いっ! やめなさいよ、そんな目でこっちを見ないでよっ!」
脅しの意味が、強かった。引き金を引くつもりは、本人の中にはなかったかもしれない。月夜が狙ったのは、ラナロックの額だ。幾ら犯人であるとしても、それではラナロックは確実に死に至る。だから月夜の本位は、それではなかった、筈だった。ただ、恐怖にも似た、しかしまた恐怖とは別の感情が、彼女から、体の支配を一瞬だけ奪う。
「ベアトリーチェ!」
「わかってます!」
二人で交互に攻撃していた刀真から離れたベアトリーチェは、手にする大剣を地面に突き立て、その銃弾を剣の腹で弾いて止めた。
「大丈夫ですか? ラナロック先輩」
「え……えぇ。少し驚きましたけど」
その様子を横目で見ていた美羽が安堵の域を漏らしたとき、彼女の胸の下、鳩尾の当たりに激痛が走る。
「よそ見をしていい状態ではないだろう?」
「………かはっ!!!? あ……あぐぅ……」
鳩尾を突かれた彼女は呼吸が出来なくなり、思わずその場にしゃがみ込む。鈍い音とともに膝から崩れ落ち、がくがくと身を震わせながら上体を丸めて屈み込む。
「み、美羽さん!?」
「残念だったな。まずは貴様からでいい」
しゃがみ込み、懸命に呼吸をしようともがく美羽の髪に手を伸ばそうと刀真が手を伸ばした瞬間、月夜が叫ぶ。
「刀真!! やめて、駄目……そこから離れてっ!」
「美羽さん、起きてください! 美羽さん!!」
二人が叫ぶが、しかしそこで、その二人でさえも言葉を失った。何故か、そこに知った姿がある。動いた痕跡も、動こうとした予備動作も、気配も、大気の流れも何もない。まるで亡霊の様なそれが、刀真の僅か数センチ手前まで来ていた。それはスローモーションの様に――彼の頭を前から鷲掴みにする。
「なっ!!! くそっ! 離せ、離せはな……………っ!? ぁああああああああああっ!!!!!!」
おそらくは、恐ろしい程の圧力が彼の頭蓋にかかっているのだろう。今にも軋む音が聞こえてきそうなその様子と、何とも生々しい悲鳴が辺りにこだました。
「もう良いわ。そろそろおしまい、残念だけどは、貴方の方ね」
「刀真から離れなさい!!! さもないと、今度こそあなたの頭に風穴開ける事になるわよ!」
「お好きになさいな。私は一向に構わない、知らないし、興味もない。貴女が誰を殺そうが、貴女に誰が殺されようが、私が死のうが関係ないわ。だって、面白くないもの」
「そんな……ラナロック先輩、普通に戻ったんじゃ……」
「大丈夫よ、この子は私が守ってあげるわ。大丈夫よ、この子は私が守ってあげるわ。大丈夫よ、この子は私が守ってあげるわ。大丈夫よ――」
「やめてっ!」
月夜が引き金を引き、ラナロックの右肩と右太腿に穴が開いた。
「ラナロック先輩!!!」
「だから言ってるでしょう? 興味がないのよ――」
月夜の前へと、刀真を持ち上げたままに近づいていくラナロック。彼が月夜の方に向けられている為にむやみに発砲することは出来ず、故に月夜は後ろへと後ずさる以外に方法はなかった。
「はっ――なっせぇよぉおおっ!」
手にする光条兵器をラナロックの腕に突き立てた刀真は、それをじりじりと動かしていく。
「……………あげるわよ、そんな腕。私、イラナイモノ」
彼を抑えている方の手に突き立つ、刀真の武器、黒の剣。それを見ながら、ラナロックは刀真を掴んでいる手の甲へと、自分の銃を突きつけた。
「ねぇ、待ってよ」
「うぉおぉぉおお! 切れろ、切れろっ!」
「待ってったら!」
「さようなら、素敵な死神さん。ごきげんよう、また逢う日まで。またいつか――会える時があれば」
「ラナさん、壊れすぎ――」
瞳一杯に涙をためていた月夜。歯を食いしばり、痛みに耐えながら彼女の腕の切断を狙っていた刀真。そして、至極詰まらなそうに命を奪おうとしていたラナロックは、何が起こったのかわからないままに、その行動の全てを妨害された。突如として現れた、レキによって。彼女はラナロックの腕を蹴り上げ、蹴り上げた反対の足で刀真を蹴り、ラナロックとの距離を離していた。
「お逃げください。あなたたちが何故ラナロックさんの命を狙うかはしりませんが、彼女は本来このようなことをする人じゃないんです…」
カムイが月夜に手を差し伸べ、倒れた刀真に手を貸した。
「……くそっ……」
「ごめんなさい。あの人、たぶん今、制御出来ていないんです。わからなくなっているんですよ、この事も、自分の事さえも」
「……刀真。行きましょう。あっちでゼクス、寝てるわ」
「…………」
「あら、あなたも来ていたのね」
肩と太腿に穴が開いているにも関わらず、ラナロックはニコニコしながらレキへと声をかける。
「バレてるよ、ラナさん」
「何が、かしら?」
「あなた、ラナさんじゃないでしょ」
「私は私よ?」
「………違うね」
困ったわね、と言いながら、自分の前に立ちはだかる彼女に苦笑を浮かべるラナロック。と、ベアトリーチェが美羽のもとへと駆け寄った。
「大丈夫ですか? 美羽さん……」
「うぅ………いったたたた……うん、なんとか」
美羽に肩を貸しながら、ベアトリーチェが一層不安そうな顔でラナロックを見つめる。これは一体、誰なのかと。
「ねぇ。あたしの知ってるラナさんはそんな事する人じゃないよ」
「私だって怒りますのもぉ……そんなこと言われましても、ねぇ」
そんなやり取りが続けられていたその場に、聞きなれない音が、歌が、聞こえ始める。ゆらゆらと揺れる様なフレーズが、時に穏やかに、時に激しく、聞くものの心揺さぶる音となって、その場に残る四人の耳に届いた。
「音楽――ですか?」
「うん、聞いた事がない曲だけど――」
と、廊下の向こうから現れる何かを、四人はまじまじと見つめていた。一番初めにそれがなんだかわかったのは、美羽。
「あれ……あれって、カネットじゃん」
「(カネット? ……また勝手に)そう、みたいですね」
ベアトリーチェが眼鏡を指で押し上げてよくよく目を凝らすと、物凄い速度でもって接近する台車の上に乗ったアルカネットその人とわかる。
「えっと……その、あの……私の唄を聴けぇええええっ! ……みたいな? えへへ」
「最高です! さぁ、オンステージですよ! 何せステージがあなたを乗せて移動するくらいですから!!」
雅人が台車を全力疾走で押して走っていた。なんと器用に三つ並列で。左右にある台車にはアンプの載せられ、中央に乗っているアルカネットの足元にはしっかりとエフェクターまで完備している。ドラムコードも万全だ。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて歌っちゃうよぉ!」
彼女の旋律が再び再開され、今度はハイテンポの曲を奏で始める。ギターのみでも決してか弱さを感じさせない力強い音色。そしてそれに負けないくらいに強い声と、言葉。彼女はふざけてなどいない。真剣に、音で、歌で、人の心を動かそうとしている目だった。それは彼女なりの、ラナロックに対する鎮魂の意を持っているのだろう。故にその場の彼女たちは、誰一人として笑う事なく、ただただその音色に聞き耳を立てるだけだ。ある一人を除いては。
「あれ……何故かしら。急に体が、動かな――くなっ――き―――たわ」
「ラナさん?」
「あれぇ? なんか声が途切れてる」
アルカネットの歌声を聴いた途端、ラナロックは突如としてその動きを止めてしまった。