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【2021ハロウィン】スウィートハロウィン

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【2021ハロウィン】スウィートハロウィン
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リアクション


ザンスカール

 明るい印象の魔女衣装を着たフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、用意してきたお菓子を子どもたちへ配っていた。その隣では、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)も笑顔でお菓子をあげている。
「はい、どうぞ」
「わーい!」
 仮装をした子どもたちは、皆が笑顔を浮かべていた。そしてまた、新たなターゲットを見つけて走り出す。
「トリックオアトリート!」
 平和だった。まるで何事もなかったかのように、ハロウィンで賑わっている。
「私たちも、行こうか」
「はい」
 パーティーの中心地へ向かってゆっくりと歩き出す。フィリップもまた、フレデリカに合わせたような明るいオレンジ色の魔法使い衣装を着ていた。
 そんな彼をちらりと見て、嬉しい気分になるフレデリカ。しかし、顔に出るのは心からの笑みではなかった。
 ところどころにベンチの設置された広場へ来ると、また子どもたちが声をかけてきた。
「トリックオアトリート!」
「あら、ちょっと待ってね。順番にあげるから」
 と、子どもたちを並ばせるフレデリカ。
 その様子に、フィリップも持参してきたお菓子を取り出して、一人ずつ渡していく。
 二人のお菓子が全員へ行き渡ると、その内の最年長と思しき少女が言った。
「ありがとう。お姉ちゃんたちもデート、楽しんでねっ」
 わいわいと騒いで去っていく子どもたち。
「な、デートって……」
 と、フレデリカが頬を赤くさせると、フィリップと目が合った。彼も同じように真っ赤になっている。
「その……、ずいぶんとませた子でしたね」
「うん……」
 互いに意識せずにはいられなかった。誤魔化すようにさっさと歩き出したフレデリカをフィリップは慌てて追う。
 空いたベンチへ二人して腰をかけると、子どもたちがふざけあっているのが見えた。お化けへ扮した子が周りの子を驚かせている。ふいに、小さな少女が転んでしまうと、すぐに兄と思しき少年が駆け寄った。泣き出しそうになる少女を立ち上がらせ、頭をぽんと撫でる。それだけで少女はにっこり笑顔になった。
「私も、負けてられないなぁ」
 無意識に曇らせた表情を少しでも晴らそうと、フレデリカはそう言った。
「フリッカ……まだ、お兄さんのこと……」
「うん。やっぱり、兄さんを忘れるなんて無理」
 子どもたちから視線を外し、俯いたフレデリカを心配げに見つめるフィリップ。
「だけど、この哀しみや心の傷と、共に生きていかなくちゃ。いつまでもこのままではいられないもの」
 と、フレデリカは息をついた。完全に立ち直るまでには時間を要しそうだが、それでも前を向く。
「それにね、落ち込んでいてあの子たちを泣かすような真似をしたら、きっと兄さんに怒られちゃうわ」
「……そうですね」
 と、フィリップは表情を明るくさせた彼女を見て、胸をなでおろした。
「うん。……これからも一緒に頑張ろうね、フィル君」
 と、フレデリカが微笑む。それを受けてフィリップもにこっと笑みを浮かべた。
「はいっ」
 明るい陽射し、昼間の温さ。生きている実感。大切な人がそばにいて、共に前へと進んでいくことを誓う。この先に何があるか分からなくても、今だけはせめて笑顔で……。


キマク

 シャンバラ大荒野のオアシス、キマクでもハロウィンパーティーは開催されていた。
 幼い子どもたちはお菓子を手に駆け回り、カップルたちはそれぞれにデートを楽しんでいる。これは他の街でも見られる光景だ。
 違うのは、街の外だった。
 いつもと変わりない景色の中、ところどころに見られる人影。その人影に近づくのはパラ実生。
 パーティー会場へ向かう人々にジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は声をかけた。
「トリック・オア・トリート?」
 不敵な笑みを浮かべる彼は、心なしか「トリック・オア・キル?」と、言っているようだ。どちらを選んでもやられる。
 声をかけられた方は怯えながらも彼へお菓子を渡す。
 すると、ジャジラッドはすでに手にしていたキャンディーを相手へ差し出した。交換しようということらしい。
 頭に疑問符を浮かべながら、去っていくジャジラッドを見送る相手。
 これがキマク式ハロウィンであると、ジャジラッドおよび多くのパラ実生たちは思っていた。ただもらうだけがハロウィンではない。
 ルールは簡単である。最初に手にしたお菓子を別のものと交換していき、最後にどれほど価値あるアイテムを手に出来るのか競うのだ。そのためには大荒野を西へ東へと奔走し、ハロウィンの夜が更けるまで交換は続く。最後の締めは、種もみの塔にいるという最強の種もみ剣士へ襲いかかって終了とされていた。いわゆるわらしべ長者であり、運と強さがなければ勝てない祭りだ。
 それがキマク式ハロウィンだと信じるパラ実生たちを巻き込んで、ジャジラッドは大荒野を駆け回っていた。その光景は、とてもハロウィンとは言い難かったが……キマク式だと言われると、何となく納得してしまう。
 しかし、近づくと交換を迫られるため、それが恐ろしくてキマクへ行けない一般人もいるということを、彼らは知らない――。


タシガン

 タシガンの街もすっかりハロウィンに染まっていた。仮装した人々もところどころに見られ、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は言う。
「せっかくだし、衣装……交換してみる?」
 フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)は自分と彼女の衣装を交互に見て、そして返した。
「いいわね、面白そうじゃない」
 そして衣装を交換した二人は、賑わう街へと足を向けた。
 オレンジと緑と紫、その三色に飾り立てられた大通りは霧の多い街とあいまってハロウィンらしい雰囲気を醸し出している。
 一通り歩いたところで、二人はベンチへ腰掛けた。比較的人の少ない静かなところだ。
「トリック・オア・トリート……って、やった方がいいのかしら? はい、いつものお礼」
 と、リネンが持参してきたカボチャケーキとクッキーを見せる。
「あら、ありがとう。いただくわ」
 と、フリューネが手を伸ばす。彼女の様子を見ながら、リネンは尋ねた。
「フリューネ、この後ってやっぱり……また誰か、お誘いあるの?」
「いえ、ないわ。だから今日は、時間を気にしないでゆっくり出来るわよ」
「あ……そう、なんだ。何か、変な気分……」
 と、リネンは嬉しさを噛みしめるように俯いた。
 道行くカップルたちを遠めに見ては、フリューネが言う。
「リネンは、恋はしないの?」
「え、えっ?」
 はっと顔を上げてフリューネを見るリネン。
「わ、私は……まだ、そういうのはいいかな……」
 と、視線を外してから聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟く。
「今は、誰かさんについていくだけで、精一杯」
「……そう」
 納得したように頷くフリューネ。分かっているのか、いないのか。
「それって、恋とは違うの?」
「っ、ち、違うと思うよ。その、えぇと……好きとか、恋とか、そういうのじゃなくて……お、女の子同士だし!?」
 と、あからさまに動揺するリネン。
 そんな彼女の様子に、フリューネはおかしそうに笑っていた。
「そ、その……家族、みたいな? ユーベルやフェイミィもそうだけど、そうじゃなくて……フリューネやユーフォリア様みたいな、家族がいたらな、って……思うことは、ある、けど」
 その言葉が適切でなくても、思ってくれていることだけは伝わった。
「家族……ね。ありがとう、リネン」
 と、フリューネはにっこり微笑む。その笑みが嬉しくて、リネンはまた視線を外した。

   *  *  *  *  *

「ルドルフ・メンデルスゾーン、トリックオアトリートなんだよぅ!」
 と、犬の仮装をしたエーギル・アーダベルト(えーぎる・あーだべると)は、姿を見せた薔薇の学舎の校長を見つめた。
 すかさずヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)へ言う。
「仕事中にごめんね、ルドルフさん。えーくんが、どうしてもルドルフさんのところへ行くって聞かないからさ」
 目をキラキラさせ、尻尾をぱたぱたと振るエーギル。
 ルドルフは彼らを見て言った。
「そうか、今日はハロウィンだったな」
「そうだよぅ! だからおかしをもらいにいくんだよぅ!」
 あながち間違えてはいないのだが、エーギルはハロウィンをお菓子のもらえる日だと思っているらしい。
 仕事で疲れた様子のルドルフに、ヴィナはエーギルを抱き上げてみせた。
「ルドルフ・メンデルスゾーン、はやくおしごとおわらせて、まちにあそびにいこうよぅ!」
「息抜きってことで応じてみたらどうかな? 俺としても、タシガンの現在の状態を確認するのは悪くないと思うし、警備も兼ねて……さ」
「そうだな、少し待っていてくれ」
 と、ルドルフは扉の向こうへ消えると、仕度を済ませてから出てきた。
 浮かれる人々の間を縫いながら、街の様子に目を向けるルドルフ。
「トリックオアトリートなんだよぅ!」
 と、エーギルは道行く人にお菓子をねだっている。
 束の間の休息、現実を忘れさせるようなカボチャの匂い。
 吸血鬼の仮装をしているヴィナは言うまでもないが、普段から仮面を着けているルドルフは仮装した人々の中にいても浮いていなかった。むしろ――仮装と呼べるか分からないが――わんこの仮装をしたエーギルの方が浮いて見えるくらいだ。
「今日だけは、どこの街もこんな感じなんだろうね」
「ああ、そうだな」
 家族連れやカップルに限らず、ハロウィンを楽しむ者全てが笑みを浮かべている。

 一通り見て回った後で、ヴィナは持ってきたお菓子をルドルフへ渡した。
「これ、差し入れ。甘くないスパイシーパンプキンパイだよ」
 蓋を開けると、カボチャの匂いがふんわりと鼻を突いた。
「ありがたくいただくよ」
 と、ルドルフ。仕事の合間に食べようと思いながら、受け取ったそれを抱えるように持つ。
「それじゃあ、また」
「仕事、無理しないでね」
 と、ヴィナは歩き出した背中を見送った。