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第五章:そして伝説の教師へ

 かくして、騒乱は静まり、分校に平穏が訪れる。
 だが、やらなければならないことはたくさん残っている。
 まだ、再建途上なのだ。

 夢野 久(ゆめの・ひさし)姫宮 和希(ひめみや・かずき)は、保健室で目を覚ました。
 二人は、お互い顔を見合わせる。鎖は解かれたらしいが、身体がまだ上手く動かない。
「やっと目を覚ましましたね。大変だったんですよ、運び込まれたときは二人ともボロボロで」
 綺麗に片付けられた保健室で、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は、気付けの水をグラスに入れてやってくる。
 騒動が一段落つき、この保健室も事件の形跡すらなかったかのごとく、生まれ変わっていた。
 大勢のけが人が運び込まれ、技量のある保険医によって適切は処置が施される。忙しいが、健全な保健室の姿だ。
 睡蓮はその保険医たちを手伝って働いているのだった。
「その、すまなかったな。手間をかけたみたいで」
 水をぐいっと飲んでから、和希はバツが悪そうに言う。
 睡蓮はクスリと微笑む。
「謝る必要ないです。お二人とももはや伝説ですから。あなたたちが伝えたかったこと、しっかりとこの分校の生徒たちにも伝わっていますよ」
 睡蓮は保健室の扉を開けた。
 その向こうでは、久と和希の様子を見に来ていた生徒たちが詰めかけてきていた。
 あまりの凄い喧嘩っぷりに心配になって見舞いに来た生徒たちもたくさんいるようだった。扉が開くと、彼らは一気に保健室になだれ込んでくる。
「すげえ、感動したぜ」「めちゃくちゃだがアツかった。いいもん見たぜありがとう」「二人ともカッケー。これぞパラ実だな」「俺たちも力をもらったっす。頑張っていくっす」「大事なものが何なのかわかった気がする」「帰るなんていわずにずっと極西にいてくれぇ」「つき合ってください」「お姉さま結婚してください」……等々。
 二人を取り囲み、分校生たちは感動や賞賛の言葉を投げかけてきた。
「ふふっ」
 と睡蓮は少し離れたところで眺めながらも自分のことのように嬉しそうな表情になる。
「さて、私もがんばらなくちゃ」
 他の人たちもしっかりやってくれている。彼らを信じて。彼女は自分の出来ることを精一杯やるだけだ。
「次の方、どうぞ〜」

「校舎や設備の建て直しをしたいんだが。予算がないんだ」
 バーコードにメガネの中年教師は言った。
 彼は、先に派遣されていた教師の一人で、保健室の奥から救出された後、真っ先に目を覚まして活動を始めたのだった。
 見た目は冴えないが、一応この分校の教頭先生らしかった。
「環境が生徒を育てる。今のこの朽ち果てた廃墟のような施設では悪影響しか及ぼさないのはよくわかっている。でも、建築費用が回ってこなくて」
「労働力など自前でまかなえばいいであろう」
 猫耳に頬傷の巨漢の男は低い声で言った。百合園学園に通うスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)であった。
 彼は爆発物を大量に分校に持ち込んできていた。これだけあれば学校を更地に出来るだろう。
「案の定、生徒たちが集まってきたね」
 猫耳ロングヘアのリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は、解体作業を見物しようとしてわらわらとよってきた生徒たちを制止するのに大変だった。
 魔力を放出し、動きを封じるのだが、数が多い。
 忌々しい(?)校舎の解体作業が見れるとあって、次から次へとやってくる。
 リアトリスの技をまともに食らっても全然懲りていないようだった。
 この辺、妙にタフなところがパラ実生らしいのだが。
「ねえ、お義理父さん、彼らにも手伝わせよう。爆破したくてうずうずしているみたいなんだけど」
 リアトリスは、魔力で動きを強制する案を修正する。
 その言葉に歓喜する生徒たち。
「いや、危険だろう」
 スプリングロンドは渋るが、バーコードがその気になって後押ししてくる。
「そういわずにやらせてやってほしいんだ。責任は私が取る」
「もしかしたらさ。こういうみんなで一体となって何かをやるってことに飢えていたのかもしれないね、彼らは。ずっと蚊帳の外だったからグレちゃったんだ」
 リアトリスの言葉に、スプリングロンドは目を丸くして。
「どうしたんだ? まあ、皆がいいならそれでいいんだが」
 きまりだね、とリアトリスは生徒たちに向き直る。
「みんな、オッケーだよ。その代わり、爆発物の取り扱いには十分注意してね。説明はしっかりと聞くこと」
「ウーッス!」
「瓦礫や破片も片付けること。いいね?」
「ウーッス!」
「爆発物の扱いがわかったからって、テロリストにならないことを約束できる?」
「ウーッス!」
 生徒たちの返事は意外にも素直だった。返事の仕方は少々アレだが。
 スプリングロンドの爆発物取り扱い講座の後、生徒たちは武器や爆発物を手に取る。
 唐突に一人が口を開いた。
「なあ、先生よ」
「なに?」
「爆発は芸術なのか?」
「いや、知らないけど。……う〜ん、キミがそう思うなら多分そうなんじゃないのかな」
「そっか。アートなんだな」
 なんだか感心した様子で頷く不良たち。
「みんな、準備はオッケー? 武器や爆弾は行き渡った? 周りの人を巻き込んじゃだめだよ。避難経路等の確保はできてる? 物品類の持ち出しは?」
 小学校の先生のような口調のリアトリスに、みんながなんとなく和む。
「じゃあ、みんなで力を合わせて廃校舎の解体しましょう」
 リアトリスの号令に、生徒たちは一斉に声を上げた。
「発破!」
「ファイアー!」
 ドゴゴゴゴゴ……!
 爆音と破裂音。様々な破壊音が混ざり合って大気を振るわせる。
 もうもうと立ち上る煙の向こうで、役目を終えた校舎が崩れ落ちていく。
 リアトリスの歌う「フランツ・リストの愛の夢・第三番」が心に染み入ってきた。

 古い校舎が更地になって、新たな校舎の建設が始まっていた。
 分校生も教師たちもそれぞれが自分の得意な自分の出来ることを精一杯やり、力を合わせて働き、新たな学校を築きあげていく。
 それは、交流の結晶でもあった。

「配線や設備系統の補修整備はあたしたちがやるから」
 分校の特に男子生徒を多く引き連れてやってきたのは、蒼空学園からやってきた技術官僚のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。
 ビキニ水着の上から白衣という目立ついで立ち。
 ほとんどの男子生徒はそれにつられてついてきているらしい。従者のように付き従う男子生徒たちは、工作部材や実験道具の乗った台車を押している。
 解体された校舎を尻目に即興の教壇の上に乗り手押し式の黒板を前にしたセレンフィリティは、生徒たちをひとしきり眺め回す。
 異様なまでに熱い視線が注がれているのがわかった。
「さて、これより実験授業をかねた補修整備講座を行う。あんたたち、座学より実技のほうが興味あるでしょ」
「それより、先生のスリーサイズのほうが興味あるんですけど」
「シャラップ!」
 チョークが眉間に命中した質問主の男子生徒は、そのまま動かなくなった。
 セレンフィリティは何事もなかったように続ける。
「いつの時代も生き残るのは手に職を持つ人よ。理論と技術、この二つをしっかりと抑えておけば、あんたたちが社会へ出ても困ることはないから」
「あ、あの先生。ぼく鼻血が止まらなくて困ってるんですけど」
「ティッシュつめておきなさい」
 無理やり鼻に栓をされた男子生徒も大人しくなった。
「基礎的な理科系の理論、技術に必要な知識は全てあたしが教える。あんたたちの仕事は、それに従って校舎設備の補修を手伝うこと。身体をもって覚えなさい」
「先生、俺もいろいろと身体で教えてほしいんですけど」
 発言した男子生徒は、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の回し蹴りを食らって、満足げな笑みを浮かべたまま撃沈した。
 セレンフィリティの手伝いでやってきていたセレアナもレオタードの上から白衣という着こなしだ。男子生徒はきっといい夢を見れるだろう。
 彼女たちは彼女たちなりのポリシーがあってこの格好なのだが、男子には刺激が強いようだった。
 生徒たちの目はギラギラと輝き息遣いまで荒くなってきている。
「なあ、大丈夫なのか、セレンフィリティ? なんか揃いも揃って選りすぐりのバカどもが集まってきたようにしか見えないのだが」
 半ば呆れ顔のセレアナに、セレンフィリティは親指を立てる。
「教えがいがあるじゃない。基礎の基礎、一から徹底的に叩き込んであげるわ」
 その言葉にセレアナはやれやれと頷いて、生徒たちにはキツイ注意を投げかける。
「いいか、悪ガキども! 先生は、お前らが一人前になるまで教えるしつきあってやろう。その代わり途中で逃げたりふざけたりしたら、ぶっとばすからな!」
「むしろ御褒美です。ぶっとばしてください、先生!」
「だめだこりゃ……」
 セレアナは頭を抱えるのだが。
 いずれにしろ、彼女らは分校の生徒たちととことん付き合うはめになってしまった。
 セレンフィリティもセレアナもアピールしていたわけではなかった。むしろ抑えていたほうだ。
 にもかかわらず、熱狂的な男子生徒たちは勝手に妄想エロパゥアを爆発させ勉強を始める。
 三日後……。
「せんせー、ビキニの三角部分の面積の求め方がわかりました!」
 一週間後……。
「せんせー、オパーイの容積と質量の求め方がわかりました!」
 一ヵ月後
「せんせー、3Dグラフィックでせんせーたちの立体映像を作れるようになりました!」
 数ヵ月後……。
「せんせー、機晶技術のせんせーロボットの設計図できました。後は組み立てるだけです!」
 極西分校の男子技術部門は、圧倒的な高得点を挙げ王座に君臨することになる……。


「はい、ではみなさん。そのへんの椅子に座ってください」
 葦原明倫館の紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、分校生の中でも代表的な人物を選んで食堂へやってきていた。
 親睦を深めるには、何か食べながら話すのが一番いい。そういう考えで、彼はここへ生徒たちを連れてきたのだ。
 これから、このメンバーで相談して分校の新しい校則を作ることになるのだ。
 それは寝耳に水の話だった。
 唯斗は本来、戦闘技術を教えるために赴任してきた教師だ。そのための準備もしてきてあったのだが、おあずけらしい。
 あの不良たちの暴走騒動の後、一段落ついたもののまだ完全に落ち着きを取り戻していない。
 校舎は解体され建設中だ。グランドも別の用途で塞がっており使えない状態だった。
 他の教師たちも忙しそうに立ち回っている。
 仕方なく(?)、唯斗に白羽の矢が立ったということだ。
「みなさん、どうぞ。お口に合うかどうかわかりませんけど」
 食堂で料理を作っていたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が、人数分の昼食を配ってくれる。作りたてておいしそうだ。ボリュームも充分で、育ち盛りの高校生の胃袋を満たすのに十分だろう。
「ありがとうございます。おいしいですよ」
 唯斗は一口食べて礼を言ってから、話し合いの場を仕切る。
「まあ、みなさんぼちぼち話し合っていきましょうか」
「まず最初にそなたらに言っておきたいんじゃがのう」
 皇帝のように椅子に腰かけたネロ・オクタヴィア・カエサル・アウグスタ(ねろおくたう゛ぃあ・かえさるあうぐすた)が、皆を見まわしながら口を開く。
「此度の馬鹿騒ぎの原因はともかく、パラ実の校則を我々部外者が作ることに抵抗を持つものもおるやも知れん。じゃが、人間にとって必要最低限の規則など知れておるし、所詮同じようなものじゃ。奴らには原案が誰かわからん。それでよいものとして制作するようにということじゃ」
「校則などあってなきがごとし、ということですかな?」
 唯斗の問いにネロは小さく笑って。
「豚に真珠と言うとるんじゃ。奴らに校則のありがたみはわからん」
「一応、原案はできているのよ」
 イルミンスール魔法学校の多比良 幽那(たひら・ゆうな)はプリントした冊子を集まった生徒たち及び臨時教師に渡して回る。
『・ケンカは決してしてはならない
 ・決闘制度を作り、ケンカに発展しそうな事態は決闘で解決する事
 ・決闘する場合はお互いの校章(ワッペン)を外して重ねさせることで成立・成立したら日時、場所を決めてそこで決闘する事
 言うことを聞かない者は体罰』
「二番目に関しては、ケンカに発展しそうな事態なので、大抵成立するはずという前提で考えているんだけど」
「これだけですか? シンプルというか何も決めていないような」
 唯斗は顔を上げる。
 傍にいたプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)はのぞきこんで言う。
「喧嘩はしてはならない、というのは難しいのではないでしょうか?」
「だから決闘システムを作って、ルールの上で殴り合うようにしたんじゃが?」
「集団での決闘はありなのでしょうか?」
「そのへんはまた後日つめることになるじゃろう」
「決闘を審判し仲裁する委員会みたいなものも必要ですね」
「そうじゃの。そうすると、権力を持つことになるのう」
「やはり、パラ実本校の校則をそのまま適用の方がいいのでは……」
 ……。
 喧々諤々と議論が続く。
「みんなが健康で満腹に過ごしていければそれで十分じゃないのか?」
 食堂に殺到してくる生徒たちに配膳をしながら、エクスは思った。