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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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第5章(5)


「ふむ……強化された速度。これはこれまでに使用した者の効果通りだな。そして同時にファフナーの動きが良くなっている。正気に戻った訳では無いようだがな」
 ファフナーの様子を離れて見守っていた四条 輪廻(しじょう・りんね)が自分なりに分析した結果を述べた。隣に立つ崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)も続けて周りから聞いた事を伝える。
「どうもあのクリスタル、肉体だけでなく精神にも影響を及ぼしていたみたいですわね。黄色いクリスタルを使った方はいつもより周囲がはっきりと見え、速く動いても違和感が無かったとか」
「なるほど。幻を排し、あるがままを見る力か。闇に覆われたファフナーに指し示す一筋の光……白砂では無いが、まさに『希望』だな」
「希望、ね。ではさしずめ、周囲を気遣う気持ちが強くなったという青のクリスタルは『慈愛』、恐れる事無く幻獣に向かって行けたという赤のクリスタルは『勇気』かしら」
「くっくっく、どれも負の心とは対極にあるものだな。瘴気に侵されたファフナーに与えるにはお似合いではないか。賢者であるとも噂されるファフナーに与えし三つの正のクリスタル、か」
「そもそも瘴気に侵された理由があの場所から離れる事が出来なかったのだとしたら……あの子自身が封印における最後の鍵、なのでしょうね」
「瘴気が現れたのは封印が弱まったが故……くくっ、刀真と立てた仮説がこうも当たると怖いくらいだな」
「その仮説が正しいかどうか、試してみると致しましょうか……あなたはどうするのかしら?」
 亜璃珠が後ろへと声をかける。そこにはこれまでの経緯を観察していた中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)の姿があった。
「そうですわね……正直な所、まだ分かりませんわ。ですが、それを知る為にファフナーを救い出す必要がある事、それがクリスタルの力によって可能だという事だけははっきりしています。ならばまずそれを果たし、それから疑問を解く事にいたしましょう」
「ならば決まりだな。すぐに行動に移す事にしよう。さぁシロ、最後の一仕事だ。頼むぞ」
「ほぇ?」
 輪廻が会話の間中ずっと横で寝そべっていた大神 白矢(おおかみ・びゃくや)を呼び、骨っこを投げた。
「拙者、犬では、ござらんのですが」
「食べながら言っても説得力は無いぞ。それよりほら、これも受け取れ」
「え? これって今言っていたクリスタルでござるよな? 四条殿は使わんのでござるか?」
「俺が囮、お前が本命だ。気配を消してファフナーの近くに潜んだら、しばらく休め」
「四条殿にそんな危ない事……ま、まさか、最初からそのつもりでこき使って……」
 これまでの調査の間、色々と輪廻の要求に応えさせられた事を思い出す。それらが全て、この時の為にあったのだとしたら――
「いいや、俺が面倒だっただけだ」
「ですよねー」
 人生そんなものである。結局クリスタルを受け取った白矢はとぼとぼと――一応気配を消しながら――ファフナーの近くへと歩いて行った。


「くっくっく。希望も、慈愛も、勇気も俺には要らん……研究者なのでな。くれてやるからとっとと目を覚ませ!」
 ファフナーの正面、ギリギリ攻撃が来ない位置に立った輪廻が大きく叫んだ。わざと殺気を出し、ファフナーの注意を自分へと引き付ける。その輪廻とは別方向、死角を進む形で亜璃珠と、今もクリスタルを残している者達が近づいて行った。
「力を強化するという性質上、使用する順番を考えないといけないわ。もう使われている事だし、まずは闇から光を見出す希望、次に守るものを想う慈愛、そして闇に打ち勝つ勇気で行きましょう」
「分かりました。珂月、ライカさんのようにこれを矢に付けて飛ばして頂戴」
「うん、ボク頑張る!」
 最初に水神 樹(みなかみ・いつき)がクリスタルを東雲 珂月(しののめ・かづき)に手渡した。その隣では瀬島 壮太(せじま・そうた)がワイヤークローに挟み込む形でクリスタルを固定している。
「よし、こっちも準備出来たぜ。東雲、タイミングはお前に合わせるぜ」
「分かったよ壮太お兄ちゃん! じゃあ……行くよ!」
「ほらよファフナー、俺からはこいつを渡すぜ!」
 珂月と壮太、二人の手から黄色い軌跡がファフナーへと一直線に結ばれる。その軌跡を追いかけるように、今度は上空からペガサスに乗ったティー・ティー(てぃー・てぃー)が勢い良く降下してきた。
「レガートさん、頑張って下さい! あともう少し……!」
 投擲可能な範囲まで迫るティー。そんな彼女にファフナーの注意が向いた時、輪廻が大きく叫んだ。
「よし、行けシロ!」
「やるでござる。ここが一世一代の大一番でござるよ! ……多分」
 別の場所で潜伏していた白矢が姿を現し、一気にファフナーへと接近した。そして体当たり同然にクリスタルを尾に叩きこむ。
「三十六計逃げるにしかず、でござる!」
 実行、そして即撤退。ある意味見事な手際で任務を遂行した白矢。その白矢にファフナーの注意が移った事で、逆にティーが動き出す。
「お願いです。幻獣の皆さんを救う為、まずは貴方が目を醒まして下さい!」
 次々と与えられるクリスタルの力でファフナーを取り巻く光が黄色に染まる。それに応じ、動きが洗練されていくのが見て取れた。
「今はいいけど、動き出すと危険かもしれないわね。綾瀬、気を付けて」
「えぇ、分かっていますわ」
 今度は中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)の番だった。漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)の忠告に従い、油断せず空を飛んで一気に接近する。
「異郷の戦士が『大いなるもの』に立ち向かうと言う伝承。それは一つの真実でしょう。ですが、それにすがっていてはいけませんわ。伝承はともすれば幻惑にもなる物。それに惑わされない強い心を以て、その身に宿す『大いなるもの』に抵抗して下さいませ」
 ファフナーへと諭すように、敢えて視界に姿を現してから飛び去る綾瀬。『視覚的な物に囚われないように』と黒い布で眼を覆って育つ事になった彼女らしい言葉だった。

「次は私の番かしらね……あら、あなたは二つ持ってるの?」
 慈愛と呼ばれる青いクリスタルを持った亜璃珠がワイバーンの背に乗った時、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が黄色と青、二つのクリスタルを手にしているのに気が付いた。
「あぁ、みもりさんから預かった。彼女もファフナーにクリスタルを与える事で正気に戻せるかもしれないと考えていたからな」
「あらあら、女の子からのプレゼントなら、大事にしないといけないわね。ちゃんとファフナーまで届けてあげないと」
「茶化すなって。それより、失敗しないでくれよ。黄色いのとは違って、青は俺と亜璃珠さんしか残してないみたいだし」
「そうね。さて……龍使いの見せどころですわね」
 ワイバーンを駆って空を飛ぶ亜璃珠。ファフナーに捉えられた瞬間、黒檀の砂時計をひっくり返した。
「怖くないわ。私はあなたを助けに来たのだから」
 ゆっくりと時が流れる中で亜璃珠が跳躍する。龍のような飛翔。そして着地。ファフナーの右肩へと辿り着いたと同時に、優しく青のクリスタルをファフナーの身体へと触れさせた。
「さあ、王サマが守りたかったモノをもう一度思い出して下さいな。皆心配して見に来てくれたのよ?」
 ファフナーの身を包んでいた光に青が混じり始めた。黄色と青、二つの輝きが合わさって緑となり、ファフナーを癒すように包み込む。
「ファフナー、正気に戻ったら聞かせてくれよ。この世界の真実を……」
 足下では正悟が二つのクリスタルをファフナーへと捧げていた。このクリスタルもまた、緑色の光へと変化する。
 正悟の分も光へと変わったのを見届け、ファフナーが幻覚を見て暴れていた頃から肩で奮闘していた樹月 刀真(きづき・とうま)へと亜璃珠が振り返った。
「さぁ刀真ちゃん、お待たせしちゃったわね。ちゃんと良い子で待ってたかしら?」 
「子供扱いしないでくれ。しかし、まさか赤のクリスタルを残してたのが俺だけだったとはな……」
「もし刀真ちゃんが使った後だったら困った事になっていたかもね。さ、刀真ちゃん。その猛々しいモノをファフナーにあげて頂戴な」
「……行ってくる」
「あん、つれないわね」
 亜璃珠の発言をスルーし、大きく跳躍する刀真。ファフナーの眼前へ、最後の結晶を振りかぶりながら。
「受け取れファフナー! そして、そんな瘴気さっさと振り払え!」
 刀真の手から赤いクリスタルが離れる。そして、赤い光は緑の光を白へと染め、ファフナーの身体を包み込んだ。
「くっ! これで正気に戻るのか? ……白花!」
「はい、刀真さん!」
 まばゆい光が辺りへと広がる中、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)がただ一人、ファフナーの前へと歩み出た。彼女は手を組み、祈るようにファフナーへと呼びかける。
「ファフナー、私達の声に応えて下さい。まだ貴方にこの世界とそこに住む者達を思いやれる優しさがあるのなら。闇を振り払い『大いなるもの』に立ち向かおうという気概があるのなら」
「……ウ、ウゥ……」
「ファフナーが反応している……? 白花、もう少しだ!」
「――その為の『勇気』が、『慈愛』が、そして『希望』が届いたのならば……私達の声に応えなさい、ファフナー!」

「グ……ウゥ……オォォォオオォォ!!」

 ファフナーの雄叫びが辺りへと響き渡り、対照的に光が一気に収束していった。光が宿ったファフナーの中から、逆に黒く凝縮された物が抜け出してくる。
「戦……士達……よ。闇を……打ち破……る、のだ……」
「今の声はファフナーか? 正気に戻ったのか」
「じゃああれが『大いなるもの』か。でも打ち破るったってどうすりゃいいんだ?」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)と正悟が顔を見合わせる。そんな中、榊 朝斗(さかき・あさと)がつぶやいた。
「ま、何でも良いから撃っちまえよ。もっとも、こういう時は『光』が相場だろうけどな」
「なるほど、あそこまで纏まってるならいけるかもしれないな。皆、一気に行くぞ!」
『おう!』
 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)が剣を抜き、叫んだ。忍に続き、光に関する攻撃を行える者達が次々に黒い玉へと撃ち込んでいく。
「今こそ再び『慈悲の光矢』を! 穿て、黒き闇を浄化したまえ!」
 どれだけ攻撃しただろうか。ファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)の光の矢がついに玉にヒビを入れ、止めとばかりにルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)の二人が一つの光条兵器を手に跳躍した。
「行くぞコトノハ! 『大いなるもの』を大地へと還す!」
「えぇ! これで……終わりです!」
 二人の一撃が玉を真っ二つに切り裂いた。そして、断面から光が闇を浸食して行き、まるで光に溶けるかのように全てが消え去って行った。