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【なななにおまかせ☆】あばよ! 今年の汚れ

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11.教導団 学生寮


アパートアクチュアリー

 手には薄手のビニール手袋。腰に回したシザーバックには雑巾、歯ブラシ、スポンジ、スクイザーの掃除道具。
 大掃除仕様のメイド衣装に身を包むのは朝霧 垂(あさぎり・しづり)だ。
「掃除なら、俺の出番だ! さぁ!! 張り切って行くぜ!!」
 揃いの衣装のメイド隊を従えた垂がまず向かったのは、寮の掃除監督を務めるメルヴィアのところだ。
「……で、その格好はなんだ?」
 可愛らしいだけで掃除に対する機能性は皆無なメイド服にメルヴィアの眉間に盛大に皺が寄る。
「メイド服だ!」
「見ればわかる。貴様、これから大掃除をするというのはわかっているんだろうな?」
 ――キラーン
 その言葉に垂の目が強い輝きを帯びた。
「戦場では軍服を着るよな? それは軍服が兵士の正装だからだ! 戦装束だからだ!!
 個々の兵を、隊として、軍として機能させ、対する者にはその統率と意気を示すための言わばシンボル!!
 家人が団欒し日々を営む、生活の場。即ち家はメイドにとっては戦場だ。それが掃除の場であれば尚更!!
 メイド服は一見可愛いだけに見える! 見えるだろう! 実際可愛いと俺も思う!!」
 その言葉に控えていたメイドたちが一斉に裾を摘んで丁寧にお辞儀して、くるりと回って見せた
 スカートの裾と白いフリルのエプロンがふわりと舞う。空気で膨らんだ裾まわりは実にいい。可愛いは正義である。 
「だが、可愛いだけではない! 機能性だって多分ある!! そもそも発祥は英国! 由緒は正しいに決まっている!
 家に仕える家令が身に着ける衣装だからな! そんなわけで、メイド服は掃除に挑む者にとっては、その心意気を示す戦闘服だ!
 故に俺、朝霧 垂以下教導団第四師団メイド隊は全力で清掃するべく、この姿で大掃除に参戦する!!」
「……あぁ」
 一気にまくし立てる垂の勢いに押されて、メルヴィアが思わず頷けば、いつの間にか集まったギャラリーから歓声があがった。
「そこで! 全員の士気向上のため、大尉にもこれを着て欲しい!!」
 取り出したのは一揃えのメイド服。
 黒を基調にしたブラウスとスカートに白のエプロンドレス。華美すぎないフリルとレースが可愛らしさを添えている。
「――――!!」
 くらり。
 メルヴィアの理性――もとい強面の下に隠した可愛い物好きセンサーが大きく横に振れた。
「大掃除に対する心構えを皆に示すために! さぁ! ようこそ、メイド隊に!!」
 ダンと足を踏み鳴らし、垂はメルヴィアにメイド服をつきつけた。
 ふらり。
 夢遊病者にように伸びかけたメルヴィアの手は寸手のところで動きを止めた。
 固唾を飲んで見守るギャラリーの視線とメイドの一言で我に返ったらしい。
「――だ、誰が着るか!! 私はメイドではないっ! さっさと持ち場につけ」
 鋼糸がしなる音が合図となって、掃除が開始された。

  * * * 

「よぉし! メイド隊の力、とくと見せてやる」
 垂の声が響けば、揃いのメイド服に身を包んだメイド隊の面々が各部屋に散っていく。
 任務で不在となっている生徒の部屋を中心に片付けを行っていく。
 まずは喚起して、汚れている空気を入れ替え、埃を払う。続いてカーテンやシーツ、布団や毛布も運び出す。
 気温は低いが今日はいい天気だ。洗う暇はないが天日干しくらいはだきそうである。
 その後はお決まりの掃き拭き掃除だ。
「塵一つ、埃一つ、見逃さないぜ」
 ハタキを構えた垂の目鋭い光を帯びた。
 
 
 今年の汚れ、今年の内に――年末の地球でよく耳にするキャッチフレーズ。
 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)はこの言葉が気に入っている。
 期日内に何かの仕事を片付けるのは気分がいいものだ。それが掃除であれば尚のこと。
 愛用のシュロ箒とちりとりで、共用部分の調度品や備え付けの棚の埃を丹念に払う。
(昔、お世話になった場所だ。この機会に少しでも恩が返せればいい)
 真一郎が掃除しているのは寮の共用スペースである談話室である。
 今の寮に真一郎の部屋はない。少し前から近くに部屋を借りて暮らしている。
 他の生徒達の姿はなく、いるのは箒を動かす真一郎とソファの上でハタキを動かすパートナーの松本 可奈(まつもと・かな)だけだ。
「――可奈」
「何? 真一郎さん」
「……さっきから、何をしてるんだ?」
「ソファの快適さを確かめる簡単なお仕事」
 ハタキが動く度にソファの上で埃が舞った。
 真一郎は溜息をつく。
 不真面目というわけではないが、マイペースでどちらかと言えば大雑把な可奈は掃除の類は得意ではない。
 掃除開始の合図があってから、ずっとこんな調子だ。
 が、メルヴィアの“指導”は受けていない。
 定期的に巡回しているのに、不思議なことだ。きっと野生の勘か何かが危険を察知しているのだろう。
「じゃあ、せめて粘着テープで埃をとってからにしてくれないか」
「はーい」
 ハタキを手放すと粘着テープに手を伸ばし、可奈はペタペタとゴミを取り始めた。
 と、そこにメイドが駆け込んでくる。
「ちょっと手ぇ貸してくれないか? 力仕事なんだ」
「ああ。構わないが――少し待ってくれ」
 手早く残りの部分を片付ける。
「で、どうした?」
「や。寝具を天日干ししようと思ってさ。どうせなら、全部やっちまおうと思ったら、けっこう大変でさ」
 話の内容に可奈もソファから飛び起きた。
「あ。いいね! ふかふかのお布団! 私も手伝うよ!」
「……お前が寝るわけじゃないんだぞ」
 俄然元気になったパートナーの頭を小突いて、二人は談話室を後にした。

  * * * 

「大掃除です! せっかくだから、隅々まで綺麗にしますよ!」
 薄いピンクのエプロン姿が可愛らしいマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)はうきうきとピンクのてぬぐいを頭に巻きつけた。
 元々綺麗好きで几帳面な彼女にとって、大掃除はまたとないイベントだ。
 その隣で曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)も同じように頭に手ぬぐいを締めている。こちらは上は薄い緑で、下――エプロンは緑色だ。
「どうせやるなら、細かい部分も綺麗にしたいよねぇ」 
 瑠樹も瑠樹でのんびりした声とは裏腹にとことん掃除をするつもりだ。
「頑張りましょう。りゅーき」
 やる気と熱意が溢れんばかりだが、つぶらな瞳の猫着ぐるみのゆる族の姿は愛嬌の方が勝っていて、ほんわかとした空気が漂う。
「うん。何にしても体を動かすのはいいことだし、ついでに綺麗になるならなおのことだしねぇ」
「どこから、はじめますか? りゅーき」
「んー? 自室はいつでもできるし、マティエが普段から綺麗にしてくれるからなぁ……共用スペースとか掃除のし甲斐がありそうだねぇ」
 二人は自室とすぐ近くの廊下を見比べる。
 蜘蛛の巣こそ張ってはいないが、廊下の天井、照明はどこか薄暗く、四隅には埃が溜まっている。
 そして、何より二人が始めてここに足を踏みいれた時よりも壁の色がくすんで見えた。
「うん。やっぱり廊下が先かなぁ」
「はい! ぴっかぴっかにしますよ」
 なんと言っても今日は大掃除なのだから。
 数分後――
「じゃあ、高いところはオレ、頑張ってくる」
 瑠樹は借りてきた脚立の上。マティエは手の届く範囲。
 分担作業で仲良く汚れを落としていく二人の姿が廊下にあった。


「――――ッ!」
 ちなみに監視巡回中のコワーイ大尉が懸命に掃除をする猫ゆる族の愛らしさに身悶えていたことは
「メルメル? どうしたにゅ?」
「な、何でもない!! 忍の奴がいない――そうだったな? こま」
「にゅ! そう! しのむ、いないにゅ。探すから、こま、メルメルと一緒にいくにゅ」
 いなくなったパートナーを探すためにその後をついてまわる、元は化け猫で今は単なる猫耳少女にしか見えない
龍造寺 こま(りゅうぞうじ・こま)だけが知っていた。