リアクション
06.教導団 教室 フラッシュバック 教導団の教室の多くは学び舎のそれよりはブリーフィングルームに近い。 生徒が使う机と椅子がいい例で、地球の学校でお馴染みのあるスチールに木の天板の机に椅子ではなく、 小さな机のついたミーティングチェアが採用されている。 何せ生徒数凡そ70000。多岐に渡る学部・学科を有する教導団だ。 運び出す物の重量は軽くとも量は多く、教室は十や二十ではない。 それを一日で片付けようというのだから、まずもって段取りが重要となる。 「まず参加している生徒たちは5〜10人単位の組にわける」 集まってきた生徒にそう指示を出すのはクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)だ。 「どうやってわける?」 クレーメックと同じく教室の清掃に参加しているエレーネ・クーペリア(えれーね・くーぺりあ)が素朴な疑問を口にした。 表情は変わらないが敬愛するパートナーと別行動のため、どこか寂しそうに見えなくもない。 「戦闘ではないので、編成にこだわる必要はない。――よし、今並んだ順に前から最大10人の組に別れろ」 ザザザッと生徒が動く。 「よし。各階に3組ずつ回ってくれ。最初の組が机・椅子を外に運び出す。次の組が掃き・拭き掃除。最後の組が机や椅子を戻す」 クレーメックの提案はローテーションによる流れ作業だった。 「3セット終わるごとに5分の小休憩を挟んで役割を交代。この時に汚れた道具の交換や各階の進捗を伝達することにしよう」 役割を決めてしまえば、右往左往することもないし、休憩や仕事内容に変化があることで気持ちも切り替わる。 「ゴミや汚れた用具はとりあえず、各教室前の廊下に。最後に廊下を掃除して片付ける」 「……わかった」 反対意見はあるわけもなくクレーメックの提案に従って掃除が開始される。 「よし。じゃあ、私たちもはじめよう。行くぞ、麗子」 「え? ちょっと、あんた。私もそっち(参謀科)なのですか?!」 隣でぼんやりとそれぞれの階に移動していく背中を見送っていたパートナーの三田 麗子(みた・れいこ)はクレーメックを振り仰ぐ。 麗子の所属する情報科に向かった組の背中はもう見えなかった。 「……あんまりですわ」 * * * 椅子と机が次々と運び出され、一糸乱れぬ直線を廊下に描いていく。 導線を考え、無駄を廃し、最小の労力で最大の効果を得る。 クレーメックの指揮は最大の効果を発していた。 運び出せるものを全て運び出した部屋はガランとしていてどこか寂し気だ。 床にモップをかける手をクレーメックはふと止める。 ここは参謀科の教室だ。同輩と机を並べて、講義を受けた日々が脳裏に浮かんだ。 最初はどの席にも、誰かが座っていた。だが、いつの間にか空席が目につくようになった。任務のためだ。 数ヵ月後何食わぬ顔で戻ってきた者もいれば、いつまでたっても主の戻らぬ席もあった。 (……色々なこともあったが、今年一年……無事に終わりそうだ) 窓際でおざなりハタキをかける麗子の姿を認め、己の手をじっと見つめる。 自分の目はまだ見える。手は動く。足はある――そして、片腕であるパートナーにも変わりはない。 (……よかった……。俺は忘れない……お前達がいたことを。お前達との日々を。そして、今日のこの日を。 そして――また、歩いていく。歩き続ける。俺には、残された者にできるのはそれだけだ……) 安堵とともに湧き上がるのは新たな決意だった。 (……まったく……) 教室の一角で立ち止まったクレーメックの姿に気付いて麗子は小さく溜息をついた。 年の瀬、年のはじめ。何かの節目になると彼はいつも感慨深げになる。 (どうせ、また……戦友たちを思い出しているのでしょうね) 感傷を呼ぶのは冬の寒さか。それとも、ぽかりと浮かんできた日常の欠片か。 それは麗子にも、クレーメック自身にもわからない。 ただ、彼を現実に引き戻すのはいつだって、麗子の役目だ。 だから、明るく、何も知らない顔をして、クレーメックの頬をハタキで掃ってやった。 「――!? 麗子?」 「ボーっとしてるからよ。さっさと終わらせないとコワーイ大尉殿にどやされるわよ」 「……あぁ。そうだな」 廊下から足音がする。 見れば、他の教室の清掃に回っていたのだろう生徒たちの姿が見えた。 「あら? クレア大尉じゃない? あ。ウォーレンもいます……確か、音楽室に行くとか言っていましたのに」 「天海たちか。レオンもいるということは音楽室は終わったらしいな」 「じゃあ、手伝いに来てくれたのですね。さ、行きましょう。ジーベック」 「あぁ。行こう――掃除は始まったばかりだしな」 答えるクレーメックの顔には、蔭りも迷いも最早ない。 それを認めると麗子は喜怒哀楽の入り混じったような複雑な笑みを浮かべた。 (そう。それでいいの。……どうしようもない現実に対しては、早く気持ちの整理をつける。それがいいの……) |
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