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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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「そうか。君は来年二十歳になるのか――たしか日本では、二十歳で成人なのだったな?」
「そうなんすよ。まぁ法律なんてのは正直どうでもいいんですが、俺もそろそろ将来の事を考えて行動しないといけないかなーとか思いまして」
「それで、私の話を聞きに来た訳かね?」

 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、東野公広城 豊雄(こうじょう・とよたけ)と語らっていた。
 公の経歴に興味を持った光一郎から東州公に声を掛けたのだが、東州公は孫ほども年の離れた、ともすれば無礼とも取られかねないほどに率直な光一郎との会話を、楽しんでいるようだった。

「まぁ、そんな所です。公は、二十歳で親父さんの後を継いだんですよね?」
「確かにそうだが……。私は、充分な自覚があって父の跡を継いだ訳ではない」
「どういうコトであるか?」

 光一郎のパートナー、何処から見ても錦鯉にしか見えないドラゴニュートのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、疑問を口にする。

「私が跡を継いだ時、父はまだ五十にもなっていなかった。マホロバ人の血を引く広城の人間は、ゆうに百数十年以上も生きる。私も当然跡を継ぐのは遥か先の事だと思っていたし、周りもまた同様だった――父が倒れるまでは」
「――突然だったのであるな」
「あぁ。父が倒れてから亡くなるまで、一日とかからなかったよ。そして私は何の準備も整わぬまま、いきなり公家を継ぐことになった。初めのウチは、とにかく必死だったよ――」

 当時を思い出しながら語る東州公。

「幸い、父の家臣たちは健在だったし、島内も安定していたから、当主がヒヨっ子でも特に困りはしなかったよ」
「でも、親父さんの家臣っていったら年寄りなんすよねー、やっぱり。しきたりがどーのとか旧例がこーのとか、鬱陶しくなかったんすか?」
「確かに、キミくらい型破りであれば、色々と揉めたかもしれないが――」

 豊雄はそこで言葉を切り、改めて光一郎を見た。
 今日の光一郎は、つば広の羽帽子に派手な柄のアゲハ蝶のマスク、口元は布で隠し、裏地が真紅の黒天鵞絨のマントという、相当に派手な出で立ちである。

「煩わしくなかった、と言えば嘘になる。しかし私が経験と実績を積み、人脈を広げていくに従って、少しずつ物事が自分の思い通りにいくようになった」
「――我慢したって事すか?」
「君は、我慢が嫌いなのかね?」
「嫌いっスね」

 即答する光一郎。

「私も嫌いだ。しかし、必要なら幾らでも我慢する覚悟はある」
「必要なら……か。やっぱ、エラくなると我慢する必要性も増えるんすよね?」
「もちろんだ。人の上に立つと言う事は、責任を伴う。責任がある以上、好き勝手に振る舞う訳にはいかない」
「あ〜、ダメだオレ。やっぱエライ人にはなれそうにないわ」
「まぁ私とて、公家(こうけ)の男子に生まれていなければ、なろうなどとは思わなかったろうな」

 あからさまに嫌そうな顔をする光一郎を、東野公は楽しそうに見つめる。

「エライ人の家に生まれるのも大変なんスねー。息子さんも、苦労してるんじゃないっすか」
「いや、そうでもないだろな。今頃は、向こうで母親と楽しくやっとるだろう」
「向こうって?」
「……!光一郎――」

 嫌な予感がして、光一郎を止めるオットー。しかしそれは、間に合わなかった。

「ナラカだ。妻と息子を、同時に事故で失ってね」
「え!す、スンマセン……」
「もう昔のコトだ。気にすることはない。そうだな……生きていればきっと、君と同じくらいの年だろう」

 どこか眩しそうに、光一郎を見る東野公。

「失礼であるが、他にお子様はいないのであるか?」
「いや、おらんよ。……どうしても、新たに妻を迎える気になれなくてね」
「じゃあ、跡継ぎとはどうするんすか?」
「いずれは養子を迎えるコトになるのだろうが、今の所決まっていない。藩主の養子ともなると、色々と難しいのだ」
「それじゃ、もし公が亡くなったら、大変なコトになるんすね……」
「おいおい君。私は、そう簡単に死ぬ気はないぞ」
「全くなのである」

 呆れた顔で、オットーが言う。

「よっしゃ!決めましたよ、公。俺様が、公の影武者になります」
「影武者?」
「ほら、いざとなったら、公の服と俺の服を取り替えるんすよ!この格好なら、そう簡単にはわからないじゃないすか」
「しかし、それでは君に迷惑がかかる」
「気にしないで下さい。俺が勝手にやりたがってるだけですから」
「しかし、私には私の護衛もいるのだ。君の気持は嬉しいが、彼らは決していい顔をしないだろう」
「そっか……。却って、迷惑になるかもしれないんすね……」
「済まないな」

 残念そうな顔をする光一郎に、東野公は優しい眼差しを向ける。
 
「わかりました!でも、何か困った事があったら、いつでも言って下さい。すぐに駆けつけますから」
「有難う。覚えておくよ」

 笑いながら、光一郎の肩を叩く東野公。
 その手は思いの外厚く、大きかった。



「失礼致します」
「――なんじゃ?」

 西湘公名代水城 薫流(みずしろ かおる)は、ほんのりと朱に染まった面で振り向いた。
 酔いが回ってわずかに崩れた風情が、より一層色気を醸し出している。

「この者等が、薫様のお相手をさせて頂きたいと参っておりますが、いかが致しますか?」
「その方等、名は何と申す」

 侍女の後ろから進み出た天 黒龍(てぃえん・へいろん)葛葉 明(くずのは・めい)が、それぞれに挨拶をする。

「どうもー、明でーす♪」
「私は――霞泉(かすみ)とでもお呼びください」

「そのようなふざけた名乗りがあるか!西湘公御名代の御前である、控えよ!」
「水瀬(みなせ)、よい。私は、この者たちと話がしたい。下がれ」
「……はい」

 水瀬と呼ばれた侍女が、一礼して姿を消す。

「明に、霞泉だったわね。もっと、側にいらっしゃい」
「失礼しまーす」
「失礼致します」

 薫流は急に砕けた様子になると、2人を手招きした。

「あなたたち、地球の人?」
「そうでーす!」
「仰せの通りにございます」
「なら、地球の話をしてくれない?私、地球に興味があるの」
「ハイ!」
「仰せとあらば――」

 明と黒龍は、それぞれに地球の事を話して聞かせた。
 薫流は、それがどのような些細なことな事であれ、非常に熱心に聴き、そして熱心に質問をした。
 薫流の質問は、明や黒龍がどんな物を食べ、どんな服を身につけ、どんな所に住むのかといった風俗に関すること、それに何を楽しみ、何に嫌い、何に不満を感じ、何に怒るかといった価値観に関するような事が多かった。
 その薫流の様子は、地球について知りたがっているというよりは、地球人を理解しようとしているように、2人には見えた。

「薫流様は、随分と地球に興味がおありになるのですね」
「だって隣に引っ越して来た人が、どういう人か知らなくては、どう付き合っていいかわからないでしょう?」
「引越しだって、おもしろーい!」

 明が、感心したように言う。

 一方黒龍は、薫流と話している内に、(どうもこの人は、思っていたのとは少し違うようだ――)と思い始めていた。
 実は黒龍は薫流の事を、もっと浮名を流すようなタイプだと思っていたのだ。
 それで、先ほどからそれとなく《誘惑》しているのだが、乗ってくる様子が全くない。
 どうやらこの薫流という人物は、少なくとも公の場で見ず知らずの娼妓相手に、隙を見せるタイプではないようだ。

「それでは私たちも、四州の皆様について、知らねばなりませんね」

 黒龍は手を変えて、薫流の話に乗って見ることにした。

「あ、そうですよね!ねぇ薫流様、西湘ってどんな所なんですか〜? あたし行った事ないんで、よくわからないんです〜」
「私も、風光明媚な水景に恵まれた国とは聞き及んでおりますが、それ以上は……。よろしければ、是非お聞かせ願えませんでしょうか」
「西湘は水の国よ。海――いえ、あなた達の言葉で言うなら、湖になるのかしら。とにかく、国の全てがこの海を中心に成り立っているといっていいわ」

 薫流は西湘の雄大な自然と、二千年以上に渡って受け継がれてきた西湘の文化と芸能について語った。
 途中、一度だけ薫流の生まれ故郷、西湘の首府鏡都(きょうと)に話が及んだが、薫流は、

「一言で言うと、古い街よ。古いというか――。そう、まるで時の流れが止まってしまったかのような……」

 と言ったきり、それ以上語ろうとはしなかった。

「お話を聞いて、是非ともこの目で見てみたくなりました」
「西湘って、観光出来るんですよね!行ってみた〜い」
「なら、来るといいわ。鏡都には入れないけれど、外国人を受け入れている街は幾つかあるから。水瀬――」
「はい」

 薫流に呼ばれ、奥に控えていた水瀬が現れる。

「この2人が、今度西湘に来たいのですって。あなた、良い場所を幾つか紹介してあげて」
「かしこまりました」
「え!?」
「いえ、そこまでして頂く訳には――」
「いいのよ。本当なら招待してあげたいくらいなのだけれど、あまり勝手な事をすると大公様に怒られてしまうから。ごめんなさいね」
「そ、そんな、トンデモない!」
「……有難うございます」

「その代わりと言ってはなんだけど……。西湘に来たら、また地球の話を聞かせてちょうだい」

 薫流は、艶然と笑った。