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【●】光降る町で(前編)

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【●】光降る町で(前編)

リアクション




【 ストーンサークル 1 】





 木漏れ日のように、アーケードの隙間からようやく光が差し込み始めようとしていた、そんな時刻の、東西南北の道が交差するその地点。
 円状の町であるトゥーゲドアの、真実中心に存在するストーンサークルの前では、集まった契約者や調査員たちが、最後の確認を行っているところだった。


「謎解きも重要だが、無理はすんなよ」
 そう言って、出立する者と言葉を交わしていたのはアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だ。
「判ってるって。そっちこそ、地上だからって油断すんじゃねえぞ」
 半ば冗談めかすような調子でそう返したのは、狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)で、それに対して「勿論」と頷くのは 久我 浩一(くが・こういち)。そして肩を竦めたのが緋山 政敏(ひやま・まさとし)だ。
「最低限、調査団は守るさ。そっちもツラちゃんをよろしく頼むぜ、クリッパー」
「ツラちゃん?」
「それって、もしかして俺のことですか……」
 政敏の呼び名に、一同が首をかしげたところで、なんとも言えない声を漏らしたのは調査団サブリーダーのツライッツ・ディクスだ。人の良さそうな見目で困ったような表情をすると、なんとも心痛ませる顔だが、政敏は「可愛いじゃん、ツラちゃんのが」とお構いなしだ。一瞬、周囲から哀れみに似た目線を受けたものの、そういう扱いは慣れがあるのかどうか、ツライッツは諦めたように笑うのみだ。
「……ま、こっちは任せといてくれ」
 ぽん、と、そんな彼を慰めるような調子で、アキュートが肩を叩いたのだった。


 彼らが和気藹々と出立を見送る一方で、教導団員たちも、その様子にはそれぞれ違いはあれど、行く者残る者との間で言葉を交し合っていた。
 その内の一人、キルラス・ケイ(きるらす・けい)は、友人であるトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)に軽く手を上げて
「そんじゃあ、行って来るさぁ」とのんびりした調子でその手を振って見せた。
「気をつけて。そっちはよろしく」
 モンスターのいる場所に向かうというのに、いつもの通りののんびりした口調に、軽く笑いながら頷いたトマスは、その視線を三船 敬一(みふね・けいいち)へと滑らせた。
「くれぐれも、無理はしないで」
「ああ」
 敬一は応えて頷く。
「そっちはそっちで、よろしく頼む」
 そんな風に短くやり取りを交わす三人から、少し離れて「はい、旦那」と叶 白竜(よう・ぱいろん)に声をかけたのは裏椿 理王(うらつばき・りおう)だ。
「これ、頼まれてたもの」
 そう言いながら理王が白竜に渡したのは、音波データだった。専門家曰く、音波攻撃をしてくるのではないか、という分析に従い、その対策として女王の声をサンプリングし、分析の結果作られた、妨害や増幅などの幾つかの目的別に擬似音声のデータである。
「数値化とはいっても、こういうのは慣れてないから、自信ないけど」
 自身なげに、パートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)は言ったが、理王は肩を竦め「ま、実証してみればわかるでしょ」と、自信があるとも投げやりともつかない調子だ。
「本当に旦那の役にたつかどうかわからないけどね。結果教えて」
 白竜は頷いたが、どことなく複雑そうな表情だ。どうやら「旦那」と呼ばれるのが引っかかっているらしい。続けざま、ねえ旦那、など理王が話しかけてくるが、その辺りは全て綺麗にスルーして視線をそらしている。
 そんな中「じゃあ、旦那」と、からかう口調で白竜に声をかけたのは黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。言葉にこそしないものの、白竜の目が物言いたげだが、その反応が楽しいのだろう、天音はくすくすと笑みを深めたまま、ひょい、と白竜を手招いた。
「僕からは、これ」
 そう言いながら手渡したのは、ハートの機晶石ペンダントだ。
「気休めみたいなものだけど、まぁ、お守り代わりにね」
 白竜は敬礼して受け取ると、その軍服姿には似合わない、優しい形のペンダントを見やりながら、思わずと言った調子で軽く笑う。
「謎を解く為にも、これをお返しするためにも、必ず生きて帰りませんとね」
「生きて……うん、生きて……」
 白竜の声に何故か妙に重たい声を漏らしたのは、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)のパートナー、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)だ。
「ど、どうしたでありますか?」
 いつに無く沈んだ様子のヒルダに、丈二が戸惑ったように尋ねると、ヒルダは憂鬱な顔で首を振った。
「なんでもないわ。ただ、聞こえてくる歌がちょっと……嫌なこと、思い出させるから」
 忘れられない別れの、深い深い悲しみのように。失ったものを想う、長い長い苦しみのように。その歌詞が、死んだ時のことを連想させるのだ、と言い辛そうに言うのに「そうだな」と同意を示したのはクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)
だ。
 メロディがそう、と言うわけではないのだが、歌に乗せられた感情はどこか哀惜の念があるように思える。そんな感想は何人かも抱いていたようで、共感する者たちが頷く。
「歌詞にも気になるところが多いし、単純な封印の歌ではなさそうだ」
「その辺りの調査はお任せますよ」
 クレアの呟きに、白竜が答える。自身も気にしているところだが、情報が無い状態では、いくら推測しても答えは出ないだろう。
「こちらはこちらの仕事を果たします」
 そう言って頷きあったのを最後に、パンパン、と軽く手を叩く音が、全員の意識を同じ方向へ向けさせた。
「さ、調査団の準備が済み次第、出発するわよ」
 言い残すことはもうないかしら、と、皆の視線を集めながら冗談めかすようにスカーレッドは言うと、その視線をクローディスへ向けると、目線だけで状況を尋ねた。それを受けて、クローディスも頷く
「こちらの準備はできている」
「それじゃあ……」
「ちょっと待ってください!」
 出発、と言おうとしたスカーレッドを遮って、元気良く声を上げたのはメルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)だ。何事か、と皆が注目する中、メルキアデスは高らかに
「俺は、アポカリプス・ドント祭を提案します!」
 と告げた。
「……どんと……」
「祭り?」
 その名前に聞き覚えのある者と無い者で反応が違うが、それは気にせずメルキアデスが続ける。
「フライシェイドは火に弱いと聞いてます。突入の前に、洞窟内部を炎で焼けば、突入も楽じゃないかと」
 ドント祭り、という響きでいぶかしんでいた面々も、その説明にはふむ、と考えるようにお互いの顔を見合わせた。そんな彼らを後押しするようにマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)が「私は賛成いたしますわ」と同調を示した。
「少なくとも、入り口の安全は確保しておいた方が良いと思います。それには、メルキアデス君の言うとおり、火であぶるのが手っ取り早いと思いますわ」
 そのための準備も、済ませてありますし、と続けるマルティナとメルキアデスは、町の人々から調達したらしい油などを示してにっこりと笑った。その準備の良さには、スカーレッドは少し考えて「そうね」と頷いた。
「提案の有効性を認めましょう。ベルディ、エイスハンマー両名は直ちに作戦行動に移るように」
「了解」
 二人は敬礼して答えると、他のメンバー達が突入の配置準備などにかかっている間に、こそっと顔を寄せた。
「マルティナちゃん、ありがとな」
「どういたしまして。それより、しっかりお願いよ」
 実のところ、フライシェイドが火に弱いとメルキアデスに教えたのも、入り口を火であぶる、と言う作戦を考えたのはマルティナなのだ。
「おうよ、俺様に任せとけって!」
 ばちんとウインクしてみせる様子に、僅かばかり不安を覚えながらも、マルティナは封印された洞穴に入るための結界を担当する教導団員に、タイミングを相談しに向かった。
(大丈夫かしら……あの人に任せておいて)
 一応、彼のパートナーであるフレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)に頼んではいるが、メルキアデスの性格上、油断ならない、とマルティナは危惧していた。事前の相談の際も「ジャパニーズ文化で確かいらないもん焼いてあったまるんじゃなかったけか?」などとどんと祭りについて語っていたりしたので、不安でならないのである。
 そして、その不安どおり。
「それじゃ、行くぜえ……!」
 掛け声と共に、マルティナが用意した油などとは別に、更に集めてきていたらしい様々なものを亀裂の中に放り込んだかと思うと、勢いよく爆炎波を放ったのだ。
「案の定というかなんというか……いい方向に歪みないわねぇあなた」
 フレイアが、呆れたような面白がっているような声で呟くのと同時。
 ごうっ! と勢いよく放たれた炎は、油に点火すると共に、投げ込まれたものに延焼して一気に燃え上がると、位置口近くまで炎が吹き上がった。
「うあっち!ちょっ、勢いが強すぎるであります……!」
 火炙りが終わると同時に突入、の予定だった大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は、逆に火炙られるような形になったのに慌てて飛びのく。それでもまだ勢いの衰えないのに、沙 鈴(しゃ・りん)は前へ出ると、氷術で炎を凍りつかせると、続けて氷を打ち砕いた。
「アイディアは悪くないですが、少々”やりすぎ”ですわね」
 炎が沈黙したのを確認し、ふう、と息をついて鈴はメルキアデスに苦笑を向けた。
「こういう行動の場合は、仲間との連携が大事ですわ」
 ひとりで突っ走ると仲間を危うくするのだから、と教官らしく、厳しいが、若い相手だからというのもあって優しく諭す響きで言うと、メルキアデスは項垂れながらも「はい」と答えたのだった。
「先が思いやられるな」
 クレアが思わず呟いたが、そうかしら?とスカーレッドはどこか面白そうに笑った。

 そんなこんなで、苦笑を交えつつも場が和み、入り口近くの危険は排除されたとして、調査団と討伐隊は、結界の中、亀裂を通り抜けると、封印された洞窟の中へと足を踏み入れたのだった。