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【●】光降る町で(前編)

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【●】光降る町で(前編)

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【歌響く街角 1】



 そろそろ朝日も上りきろうと言うのに、薄暗い町の、一角。


「歌を教えて欲しい?」
 話しかけられた女性は、準備をしていた手を止めて、驚いたように目を開いた。
「そりゃあ構わないけど、またどうしてだい」
「私も、このお祭りに参加させていただきたいと思いまして」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、控えめながらもしっかりとそう告げると、合唱隊を束ねているらしい女性は「おやまあ」と再び驚いたような困ったような声を漏らした。戸惑いが強い様子の女性に、リカインはぐっと体を乗り出すようにして「お願いします」と訴える。
「私は歌姫ですから、歌と聞いては黙っていられなくて。勿論、飛び入りでなんてご迷惑だとはわかっているのですが、お邪魔はいたしませんから……!」
 端正な容姿をしたリカインの、熱の篭ったアタックに、女性は半ば気圧されながらも「ああ」と納得したように頷いた。
「歌姫さんかい。それなら、こちらからお願いしたいぐらいなんだけどねえ」
 ううん、と困ったように、近くにいたほかの女性と顔を見合わせると、ややして申し訳なさそうな顔で「すまないけど」と口にした。
「合唱隊といっても、名前ばっかりで、ただ歌いながら道なりに歩く程度のもんだからねえ」
「歌姫さんが参加して下さるほどのもんじゃないから、逆に申し訳ないよ」
 ねえ、と女性たちが顔を見合わせたが、リカインも譲らなかった。
「仕事としてではなく、私の好奇心ですから」
 純粋に歌への好奇心であり、参加できればそれでいいのだ、ということを更に熱心に伝えると、その情熱が伝わったのか、女性はふうっと一息ついて頷いた。
「わかったよ。それじゃあ、覚えてもらうから、こっちに来てもらえるかね」
 そうと決まると、女性の動きは早かった。さあさあ、とリカインが頷くより早くその背を押すようにして、合唱隊の本部代わりにしているらしい民家へと、ぐいぐいと進んでいく。
「お、お姉さま……!」
 それに対して慌てたような声を上げたのは、パートナーの天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)だ。年配とは言え女性がお姉さまに馴れ馴れしいのに苛立っていたところに、半ば連れ去られるような有様に憤りの声を上げようとした、が。
「ああ、ほら、あんた達もこっちこっち」
「え、っちょ……」
「いや、待て、我は……」
 あとからのんびりついていこう、程度に思っていたキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)まで、反論の暇なく、二人そろってリカインの後を引きずられるようにして、連れて行かれたのだった。





「どうせこんなことだろう、って思ってたわよ……」

 そして、そんな風に祭りの準備に忙しなく人々の行きかう町中。
 邪魔にならないようにその様子を眺めながら歩く御凪 真人(みなぎ・まこと)の隣で、町の賑やかさと裏腹に、とても不満そうな声を吐き出したのはパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だ。二人で祭りに出かけよう、と言うからデートのお誘いだ、と胸をときめかせた分、その反動は大きかった。
「まあ完全武装で、って時点で判ってたわよ、ええ、わかってたわよ」
 そうは言ってもどこかで期待していたのだが、結果は惨敗。真人の興味は、祭りの方にばかり向いてるようだ。とはいえ、それもいつものことなので、諦めはついてはいたのだが。
「はあ……」
「どうしました、セルファ?」
 それでもついつい吐き出してしまったため息に、その鈍感振りが原因だとは気づいていない様子の真人が首をかしげた。一瞬文句の一つでも言ってやろうか、と思ったが、苦笑するに留めて「なんでもない」と首を振った。理由も目的も決して楽しいものではないが、二人で出かけているのは間違いないのだ。そう自分に言い聞かせたところで、ううん、と真人は唸るように声を漏らした。
「やはり、しっくりいきませんね。封印の強化の目的でありながら、封印を弱めてしまう祭り、というのは」
 情報によれば、この町は封印を守るために作られたはずなのですけど、ともう思索に沈んでいる。セルファが思わずもう一度ため息をつきそうになったところで、真人は首を振った。
「考えてても始まりませんか。先ずは情報を集めなければ……セルファ」
「な、なに?」
 考え込んでいたかと思うと突然呼ばれて驚くセルファに、真人は小さく笑った。
「まだ祭りも準備中のようですから、もう少し落ち着くまで、ちょっとのんびり回ってみましょうか」
「それって……」
 デート、ってこと?
 などとは素直に聞けないセルファだったが、迷わず頷いて、しかしその心とは裏腹に「し、しかたないわね」とわざとらしく尖ってみせる。
「しょうがないから、付き合ってあげるわよ」
 その顔が笑みに緩んでいるのは、真人の他に、知る者は無かった。




 
「もう朝日はのぼってるでしょうに、薄暗いわね」


 大通りまでその天井が覆われようとしているのに、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が呟いた。
「アーチが空を覆ってしまってるんだから、当然でしょう」
 隣を歩くセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が指摘したが、それには構わず、セレンフィリティはきょろきょろと天井を見回し、それにしても、と呟き続ける。
「これだけ広い通りまで覆うのは、大変じゃないかしら」
 それには、セレアナも「そうね」と頷く。
「そうまですることに、何か意味があるのかしら」
 そんなことを考えながら歩いていた矢先、セレンフィリティは、まだ天井が覆われていない一角を見つけると、好奇心に目を輝かせて「行ってみましょう」と、その足を早めた。
 その場所では、丁度天井を覆う作業が行われようとしているところだった。集まった数人の男が、短い合図をするとロープを手繰り始めると、壁に見えていた衝立が地面からゆっくりと起き上がるようにして持ち上げられ、他の天井と同じ位置まで持ち上がったところで、止め具を使って固定された。同じ作業が通りの逆側で行われると、扉を閉めるような形で天井が閉じる。
「成る程ね、こうやって天井を作ってたんだ」
 感心したようにセレンフィリティが呟くと、それを耳にした一人の男が、凄いだろう、と自慢げな調子で声をかけてきた。それにはセレアナも素直に頷くと、感嘆した様子で天井を眺めて息をつく。
「かなり密閉されてるのね」
「ああ、雨漏りだって殆ど無いぜ」
 男が続けるのに、セレアナも「徹底しているのね」と感心しきりだ。そんな二人に気を良くしてか、男はしゃべるのを止めずに続ける。
「歌にもあるだろう、誰にも見つからないようにって」
 だからきっちりしめないとな、と説明したが、それにはセレンフィリティはあれ、と首を傾げた。
「でも歌ではカーテンを降ろしましょう、だったと思うけど」
「まあ歌だしなあ」
 指摘されて、男は途端に自信がなさそうにぼりぼりと頭をかく。その様子に、セレンフィリティも質問を変えた。
「この祭りって、いつぐらいからあるの?」
「さあねえ、この町が出来た頃からあるっていうからね」
 男の言葉に、近くの壮年の男もそうそう、と同意した。
「一万年ぐらいは昔だって言われてるけどね。ランタンに製作年数があるんだそうで」
 まあわしらには読めないけどな、と男たちは豪快に笑ったが、セレンフィリティはそんなに長いのか、と意外そうに目を見開いた。
「よくそんな古いランタンが残ってるわね」
 セレアナも不思議そうに言うのに、男は説明を続けた。
「魔法がかかってるから朽ちないんだそうだよ」
「祭りの意味とかは知ってる?鎮め、とは聞いてるんだけど」
 それにしては、賑やかな祭りよね、と出店の準備などを眺めながら問うが、男たちにもはっきしりしたことは判らないらしい。顔を見合わせると「俺たちもそう聞いてるけど」と前置きした。
「爺さん連中が言うには、鎚打つ、ってのは大地を砕く、って意味だそうだから、魔物が大地を砕かないように鎮めてる、ってことらしいが」
 現に、フライシェイドが襲い掛かってきたわけだしな、と説明したが、どうにも感覚的に引っかかるらしく、セレンフィリティは納得いかなそうに首を捻った。
「鎮めと封印じゃあ、意味が違う気がするけど」
「そう言われてもなあ」
 男たちは苦笑して肩を竦めるしかなかった。