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リアクション
「おぉ、派手にやっておるではないか! よいよい、こうでなくては面白くないからの。
そして、ここで余が軍勢を率いて戦場にさらなるトラブルをもたらす! それでこそ魔法少女の戦いというものじゃろ?」
目下で繰り広げられている激戦を前に、ネロ・オクタヴィア・カエサル・アウグスタ(ねろおくたう゛ぃあ・かえさるあうぐすた)が背後の『軍勢』に呼びかけるが如く声を発する。
「ああ本当めんどくさいなんで生きるのってこんなに面倒なのかな仕事とか勉強で疲れるのは当たり前だけど出掛けて遊ぶのも勇気がいるし疲れるのよ寝るのが何にも考えなくて良いから一番楽だけど寝たら次の日がやってくるしそうしたらやらなきゃいけないことだらけだしああもう面倒くさい」
しかしその一人、双葉 朝霞(ふたば・あさか)は普段の面倒くさがりが操られたことでより強化されたのか、延々と欝思考を垂れ流していた。かれこれ数十分は何か呟いているはずだが、まったく疲れが見えない辺りその方面も強化されているのかもしれない。
「「そんな精一杯生きてたらさぞかし生きるの楽しいでしょうね、ねぇ楽しい? だるだる生きたってそれなりには楽しいわよ、でも私は私が嫌いだから辛い方が多い。他の誰より嫌いな人間と死ぬまで添い遂げなければならないって結構不幸だと……」
そのうち、ここには見えない誰かに対して呟いてる内容に変化していく。このままドツボにハマリそうな勢いだが、パートナーである小芥子 空色(こけし・そらいろ)は過去の事件が元で機能を停止しており、車椅子に乗せられているだけで自身では身体を動かせず、朝霞の奇行を制することも出来ない。そもそも感覚機能も停止しているため、朝霞が何をしているのかすら感じ取れない、はずなのだが――。
(……声……聞こえる……何? ……ゼロ兄さん……レイくん……)
どうしてそう思ったのか、そもそも本当に聞こえたのは声なのか、空色には判別がつかない。そもそも空色にそれを感知させたのが何なのかも分からない。朝霞が操られた原因になった白い靄、それに含まれている力の影響以外に思い当たる節はない(そしてそれを空色は知らない)のだが、ともかく今言えることは空色に何かの声が聞こえたこと、そして驚くべきことに、『朝霞がよからぬ状態にある』ということが感じ取れたことであった。
「え、えぇと……? アリッサちゃん、これは一体何事なのでしょう……?」
「えへへー☆ マジカルアーマーアリッサちゃん、新コスチュームでおねーさまと一緒に参上だよー!
ほらほらおねーさま、ポーズ取ってポーズ」(こっちの方がおもしろそーって思って付いて来たけど、なぁんか使えなさそー。まぁいっか、楽しめればそれでいいよねっ☆)
もう一人の『軍勢』、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)とアリッサ・ブランド(ありっさ・ぶらんど)も、これまたアリッサに言われるがままで状況をさっぱり理解してなかったり、アリッサはアリッサで腹に何やら黒いものを抱えていたり、少なくともネロに従う気はないようであった。
「ぽ、ポーズって……えぇと、こう、ですか?」
「そーそー、あはっ、いい感じ☆」
キャッキャッと(主にアリッサが)はしゃぐ二人を見、ネロがゴホン、と気を取り直すように咳をする。
「ねぇネロ、ワタシにはネロが後先考えず突っ走って、孤立してるだけのようにしか見えないんだけど」
どういうわけか、『ちぎのたくらみ』で幼女化した所思考までもようじょになってしまった多比良 幽那(たひら・ゆうな)の子守りをしつつ、ハンナ・ウルリーケ・ルーデル(はんなうるりーけ・るーでる)がツッコミを入れる。横合いから奇襲を受けたが如く、グフッ、と奇声を発したがすぐに立ち直り、ネロは不敵に微笑みながら答える。
「……これしきのこと、余にとっては片腹痛い」
「言葉通りな気がするけどね」
「ここで騒ぎを大きくすれば、今回の事件を引き起こしておる黒幕が現れるやもしれぬ。そやつの首を取るか、あるいは見所のある者であれば家来にすればよい。
……行くぞ! 余の威光を彼の者たちに示すのじゃ」
「はぁ……ま、黒幕が現れたら爆撃すればいいわね。おばあちゃん、ちゃんと捕まっててね」
「はーい」
にっこりと微笑む幽那に、調子狂うなぁと思いつつハンナが続く。一気呵成(には程遠いが)に戦場へとなだれ込もうとしたその時――。
「君たちの悪事は、この『魔法少女ぼーいずめいど☆ゆーりん』が打ち砕く!
……はい、トリアもやる!」
「わ、私もやるの……?
ええと……わ……悪いやつらは『賢人少女トリア』がおしおきよ!
これでいいのかしら?」
「魔法少女? 残念、スコリアでしたー!
ユーリちゃんのお手伝いするよー!」
ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)とトリア・クーシア(とりあ・くーしあ)、フユ・スコリア(ふゆ・すこりあ)が一行の前に立ちはだかる。魔法少女の初陣で、いつも以上に気合が入っているようだ。
「たかが三人、蹴散らすのじゃ!」
ネロが先陣を切り、フレンディスを伴ったアリッサが続き、幽那を守りながらハンナが殿を務める。朝霞はというと、高所からの着地に身体が耐え切れず、地面に伏していた。彼女もちゃんと契約者なのだからそれなりに身体能力は強化されているはずなのだが、引きこもりだから仕方ないのかもしれない。
「面倒くさい面倒くさい面倒くさい面倒くさい面倒くさい……」
「…………」
まるで彼女も壊れたかのように「面倒くさい」を呟き続ける朝霞を、空色が感情の篭らぬ瞳で見つめる。
「アリッサの邪魔する人は、ぺしゃんこになっちゃえー☆」
その前方で、アリッサが言葉では無邪気に、しかしやってることは隕石召喚というえげつなさで戦場を掻き乱す。たちまち周囲は騒然とし、ネロの望む状況が作り上げられようとしていた。
「ふはははは! そうじゃ、これこそ余が望んだもの! もっとだ、もっと混乱を――うわばっ!?」
高笑いを浮かべたネロが、砕け散った隕石の破片を浴びて盛大に吹っ飛ばされる。率いていたはずの軍勢に裏切られるのも、ある意味王としての定めなのかもしれない。
「あー、あれ、しばらく起き上がれそうにないよね……どうしよっか、放置して帰る?」
胸元の幽那にハンナが尋ねれば、幽那はぶんぶん、と首を振った。戦闘を継続しろというよりは、ネロを放置するなという意思らしい。
「はいはい、それじゃあいっちょ、救出してきますか。これくらい、敵地に不時着した仲間を助けるのに比べたら造作も無いけど」
幽那を抱え、ハンナがネロを助けに向かう。戦場は実質、アリッサの一人舞台と化していた。
「あははははー☆」
隕石に加え、炎の渦まで生み出すアリッサ。そしてフレンディスはというと、「アリッサちゃん、沢山の人と遊べて楽しそうですねー」と、全く状況を理解していなかった。
「うぅ、なんて強いの……! 僕のアンボーン・テクニックが通じないなんて……!」
「ダメ、ユーリ、こっちの凍てつく炎も炎の渦に掻き消される! このままじゃ……」
「あれじゃ全然近付けないよー」
ユーリとトリア、フユはアリッサの攻撃を避けるのが精一杯で、とても反撃に向かうことが出来ない。このままアリッサの蹂躙を許すように思われたが――。
「ガチバトル系魔法少女、『マジカルコンジュラー☆みちる』!
悪い奴は問答無用でぶっ潰す! さあ楽しく喧嘩しようじゃないか!」
「正義の味方の癖に笑顔が黒すぎる? 知ったこっちゃないね! ヤンデレ系魔法少女、『魔砲少女☆サトミ』!
悪い奴は跡形もなくぶっ潰さないといけないよね……さあ、邪魔者は土に帰ってもらおうか」
若松 未散(わかまつ・みちる)と会津 サトミ(あいづ・さとみ)、二人の魔法少女が名乗りをあげ、アリッサを止めるべく立ちはだかる。
(操られてるかなんだか知らないけど、敵対者だから全力でボコっていいんだよな?
別にアイドル活動の鬱憤を晴らしてやろうとか思ってないからな! 勘違いするなよ!)
(未散と魔法少女になっちゃった、やだ、楽しい!
悪い奴は全力でボッコボコにしてあげる!)
思ってることはさておき、二人の戦い振りはアリッサに引けを取らず、むしろ押していく。
「うわーんおねーさま、いたいよー」
特に致命傷を受けたわけではないが、アリッサがフレンディスに泣きつく。そうすればアリッサのためにフレンディスが本気を出すと知っているからである。
「! アリッサちゃんに手を出すのであれば――」
それまでほわほわとしていた表情が、戦闘モードへと移行していく。アリッサ&フレンディスと未散&サトミの壮絶バトルが展開されようとしていた、その瞬間――。
「ウオオオオオオオオオォォォォォ!!」
咆哮が戦場に響き、次いで空気を裂かんばかりにエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が戦場に乱入を果たす。これまでの出来事が重なり、徐々に禍々しくなっていた姿は今や、身体と右腕からは刃のついた触手が伸び、異形と言う他ない左腕は明滅しながら脈動し、生あるものを食い尽くそうとしていた。
「あいつは……!」
姿を把握した未散が、苦々しい表情を浮かべる。彼女にとってエッツェルと遭遇するのは初めてではなく、さらには以前の戦闘で敗北をしかけたことから、忘れがたいほどの深い恨みを抱いている相手であった。
「こんな所で会うなんてな……! 前はもうちょっと話の通じるヤツだと思ったが、操られて気でも触れたか?
ま、そんなのはどうでもいい。おまえなら相手にとって不足はねぇ!」
標的をアリッサからエッツェルに切り替え(ちなみにアリッサはというと、本能的にヤバイ相手だということを察知してその場から姿を消していた)、繰り出される触手を鉄扇で打ち払う。多方向から立体的に迫る触手は、打ち払われてもすぐに再生、動くもの全てを対象に襲いかかり始めていた。
「おおっと、これは流石に未散くんだけでは厳しい。援護いたしますぞ!」
それまで、魔法少女として振る舞う未散を密かに撮影し、密かに『846プロ』の公式グッズとして売りだすつもりでいた(密かに公式、というのもおかしな話だが)ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が、状況が逼迫しているのを感じ取って一時的に撮影を中止、未散とサトミに加護の力を施す。そのまま戦闘に加わる……かと思いきや、再びカメラを手に撮影に戻ってしまう辺りが実に彼らしい。
「未散をボッコボコにしたヤツは、本気で土に還ってもらうからね!」
迫り来る触手を、まるで踊るように回避したサトミの、投げつけた爆弾がエッツェルの眼前で炸裂する。それでも動きが全く衰えない辺り、大したダメージを与えられていないのかもしれない。
「おまえの弱点は、判明してんだ! 今度は前のようにはいかないぜ!」
エッツェルは回復魔法が弱点、というのを知っていた未散が、傷を癒す力を持つフラワシを召喚、エッツェルに施す。
「グワアアアアアアァァァ!!」
途端に、エッツェルがもがき苦しみ出す。普段より強く混沌の影響を受けているせいか、生じる痛みも数倍なのかもしれない。
「ちくしょう、喧嘩の邪魔をしやがって! まずはテメェをリングに沈めてやらぁ!」
うずくまったエッツェルの側頭部を、爆炎とロケットシューズの噴射を推進力に変えた奈津の膝蹴り『ドラゴンバイト』が襲う。
「この一撃で、決める! フェニックス・ブレイカー!」
間髪入れず、上空に飛び上がったゴーストからダイブした八重が、太刀を振りかぶりエッツェルに迫る。全身から発される炎はまるで不死鳥の如く燃え広がりながら、未だ衝撃から立ち直れないエッツェルを切り裂き、紅炎の渦へと巻き込む。
「未散、これで決めるよ!」
「ああ! ……これでチャラだからな。少しはマトモになってこい!」
サトミが銃を構え、未散が炎を司るフラワシを召喚する。二人の生み出す炎が十字状に交差する点で、吹き上がる炎の中にエッツェルが飲み込まれていく――。
多くの魔法少女、そして操られた契約者が跋扈した騒動も、ようやく収まりを見せた。
「……はっ! あ、あれ? なんで私、こんな所に?」
「うふふふふ……さあ魔法少女達よ、かかってくるのです! うふふふふ……」
パチン、とまるで夢から覚めるように、リナリエッタが何が起きていたのか分からないといった顔で辺りを見回し、何やらまだ操られているのかそれとも素なのか分からないベファーナに呆れた視線を向ける。
「……あー……何、すっごく身体痛いんだけど……」
その向こうでは、意識を取り戻した大佐が全身を走る痛みに起き上がれず、地面に突っ伏したまま「そういえば、なんか白い靄が見えて、「な なにをする きさまらー」的な感じで……」と呟いていた。
「ち、違うんだザイン、これは操られていただけなんだ――」
「永太、お酒臭いです。何にせよ、皆様に迷惑をかけたことに変わりはありません。
……お仕置きです」
「ちょ、ちょっと待てザイン――ぎゃーーー!! ……あ、でもちょっといいかも――うぎゃーーー!!」
解放された、というより酔いが覚めた永太は、険しい表情を浮かべた(そんな顔もいいかも、と永太は思っていた)燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)の『お仕置き』を食らって悶絶する。ぷすぷす、と煙を立てながら倒れ伏す永太に、しかし癒しの力を施す辺り、彼女なりに心配はしていたようである。
「セレン! セレン!」
「う……あ、セレアナ……?」
セレンフィリティがうっすらと目を開けると、目に涙を浮かべたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の姿があった。
「覚えていないの? セレン、操られていたのよ。
私、必死になって探したわ……! 見つかって本当に良かった……!」
「セレアナ……」
自分がセレアナに抱きしめられていることを知ったセレンフィリティは、これほど自分を心配してくれたセレアナに改めて感謝の気持ちを抱く。
「……無事解決、なのでしょうか。何故契約者が操られていたのかは、不明ですが――」
「フィオナ、大活躍だったな! というわけで胸揉ませろ」
胸に手を伸ばした芽衣子のことはとりあえず放っておいて、フィオナは事件の真相に思いを馳せる。操られていた契約者が元に戻ったということは、どこかでもう一つ事件が発生してそれが解決されたと見るのが妥当だろう。いずれ、情報が入ってくるかも知れない。
「あ、どうぞ。皆様のために、スコーンを用意しました。本当に皆様、お疲れ様でした……!」
戦い疲れた魔法少女のために、椿がお茶とお菓子を用意して振る舞う。このような時になんとも、と思いつつヴィクトリアも椿を手伝う。
「未散……彼は」
「ああ……」
穏やかな空気が流れる中、未散とサトミはどうにもすっきりしない顔をしていた。あれだけの炎に包まれながらも、エッツェルは炎を振り払い、この場から離脱するだけの力を秘めていた。
「……ま、思いつめても仕方ない。今度また会った時に決める。
今回の所は、街の平和を守ったってことで落着にしようか」
「そうですそうです、未散の活躍もバッチリ収められたことですし」
「……ハル、そのカメラ没収な」
言うが早いか、開いた鉄扇がハルの持っていたカメラを分断する。
「ああぁぁぁ!! な、なんということを……」(ふぅ、従者にも撮影させておいてよかったですねぇ)
うなだれるハルを置いて、未散はとりあえず訪れた平和な一時を享受する。……ちなみにその後、未散は自分の知らない所で自分のグッズが売り出されていることに愕然としたそうだが、それはまた別の話とする。
「う……まだ、意識が安定しませんね。躰の調子も優れません」
建物の隙間、壁に寄りかかるようにしてエッツェルが頭を抱える。混濁する意識の中、エッツェルは先程自分がしでかした行いを思い出し、自分が相当に危機的な状況にあることを悟る。
「侵食の影響か、もしくはそのことを誰かにつけこまれたか……。
どちらにしろ、良いコトではありませんね。……そろそろ、身の振り方を考えるべきなのかもしれません」
『その時』はいつになるか分からない。明日かもしれないし、一年二年先かもしれない。
だが、いつか決断をしなくてはならない。そんな思いを胸に、エッツェルは帰路の途につく――。
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