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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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「――まだ、まだ……だ」

 しかし、レインはまだ死んではいない。光の翼で空へと逃げ、体勢を立て直し、煉の背中に向けて拳銃を構える。
 その行為を如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は行動予測で読んでいたのか、カタクリズムを発動。
 荒れ狂うサイコキネシスによる目に見えない広範囲攻撃は、禁猟区で危険に気付いたところで回避するのが難しい。
 
「こっちだ、レイン!」
「……くッ!」

 カタクリズムの直撃を浴びたレインは、飛行が不安定になる。
 自らで生み出した好機を、佑也は逃がさず、サイコキネシスを放つ。レインに干渉することに成功し、そのまま地面に墜落させた。
 レインは地面に降り立つと共に二丁の拳銃を佑也に向け、魔弾の射手を発動。計八発の銃弾が佑也に飛翔。
 佑也は軌道を読みきり、弾丸が一番集束するところで佑也は鉄のフラワシを使役。一気に全ての弾を地面に叩き落す。

「――突破口を開く!」

 佑也はそう咆哮すると、如月家に代々伝わる黒漆の打刀、霽月を抜き取り大地を駆けた。
 グレンは近寄らせまいと、二丁の拳銃をすぐさま佑也に向け、魔弾の射手を連続発動。
 ばら撒かれた弾丸が、佑也に飛翔。しかし、背後で援護を行うパートナーのアルマ・アレフ(あるま・あれふ)が雷の魔弾と朱の飛沫を併用して高速連射。
 アルマの炎と雷に闇の魔力が篭った弾丸の嵐とばら撒かれた銃弾がぶつかり、炎と雷と闇の渦を起こし力を失い地面へと落ちた。
 アルマは止まらず黒の魔法陣を描く。魔力を込めて光り輝き、発動されたのは奈落の鉄鎖。グレンの周辺の重力に干渉し、彼の動きを鈍くさせた。

「今よ、佑也。頼んだわ!」
「ああ――任せろ!」

 レインは赤黒い魔法陣を展開。迫り来る佑也に向けて、ヘルファイアを発動。
 佑也は手をかざし、前方に氷の盾が発生。アイスフィールドの盾で黒い炎から身を守る。
 佑也がレインに肉薄。佑也は霽月を振るう。避けられる。レインは拳銃の銃口をすぐ目前の佑也の顔に向けて発砲。
 佑也は拳銃を片手で掴み、無理やり狙いを外させる。頬に銃弾が掠った。

「氷像のフラワシ――!」

 佑也はそう叫ぶと同時に氷像のフラワシ使役。レインの脚を地面に凍りつかせた。
 身動きのとれないレインに、光条兵器、ポンプアクション式ランチャー『レッドラム』を抜いて連射態勢を取っていたアルマがありったけの魔力を込めて引き金を引く。

「全弾、持っていきなさい!!」

 轟音と共に発射された数発の赤い光弾はレインに炸裂。爆発を起こす。
 爆炎と煙に包まれながら、レインは両膝を地面につき、意識を失った。
 

 ――――――――――
 
 グレンと死闘を繰り広げる戦場で流れるのはリーシャ・メテオホルン(りーしゃ・めておほるん)が歌う怒りの歌。
 それは出鱈目な破壊力を有するグレンへの対抗策。絶えず歌い続けるリーシャの歌は、契約者たちの心にふつふつと湧きあがる激情を生み出し、力を底上げさせる。
 その影響を最も強く受けていたのはリーシャのパートナーであるマグナ・ジ・アース(まぐな・じあーす)だった。

「鳳凰の拳――!」

 グレンが放った左右の拳を、真正面からマグナは両手で受け止めた。
 鋼鉄と拳がぶつかる重い音が戦場に響く。マグナはグレンの双拳を完全に受け切る。

「鳳凰の拳を、手で受け止めた……?」

 初めての経験なのか、グレンは目を見開きひどく驚いた。
 至近距離でグレンを睨みながら、マグナは力強く呟く。

「確固たる意志と揺るぎない信念さえ持てばどんな状況でも打破できるものだ」

 マグナは双拳を握り、取っ組み合いを行う。
 単純な力比べ、これもグレンにとってひどく驚愕に値するものだったらしく。

「僕と力比べですか? そんな人、初めてですよ」
「そうか。ならば、鬼人。おまえを吶喊正面突破してやろう……!」

 マグナの驚くべき剛力に、グレンは少し押される。

「面白い……あなたは本当に面白い人ですね。……その勝負、乗りましょう」

 グレンは口元を吊り上げ、全身全霊の力を込め、マグナとの力勝負に興じる。
 二人のその様子を見て、リーシャは心配そうな声で呟いた。
 しばらくの時が経ち――やがて僅差で勝ったのはグレンだった。

「あなたは本当に強いお人だ。敬意を込めて、この技で葬ります」

 マグナを押し切り、地面に叩きつけ、グレンは閻魔の拳の構えをとる。
 しかし、それを阻止しようとパートナーのにゴットスピードをかけてもらったグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が、素早く、黒の魔法陣を展開。その身を蝕む妄執を発動。
 恐ろしい幻覚がグレンを攻めるが、特に効いた様子はなく、むしろ邪魔をされたことで目を険しくしてグロリアーナを睨む。

「グレンよ、全力で来るがよい。出し惜しみをした所で、勝てはせぬぞ?」
「では……あなたから先に殺しましょう」

 グレンは言葉を発したと同時に姿が消えた。
 それは神速を用いて、人間の常識を遥かに超えたただのダッシュ。
 一瞬でグロリアーナの目前に現れ、肥大化した腕を振るう。風が巻き起こる。風を切る音がする。
 グロリアーナは警戒していたお陰か、その一撃を銃舞で躱す。が、グレンは既に次の行動に移っており、続けざまにムチのようにしなった蹴りを放った。
 グロリアーナは二対の剣、ブリタニアとタイタニアで蹴りを受け止める。しかし、耐え切ることは出来ずに吹っ飛ばされた。

「この攻撃に耐えますか。やりますね、あなたも」

 グレンは好戦的な笑みを浮かべ、グロリアーナに対峙する。
 距離が開いたグロリアーナはこれを好機とみなし陰府の毒杯を発動。おぞましい邪気がグレンを責め苛む。
 しかし、肉体の完成により屈強な身体と精神を持つグレンに邪気は効きはしなかった。

「健康な身体には健全な精神が宿るっていうじゃないですか。精神攻撃など、僕には通用しませんよ」
「……そなたが、耐え抜くことなど織り込み済みだ」
「え……?」

 不可解なその台詞に、グレンが首を傾げる。
 その様子を見てグロリアーナはグレンに言い放った。

「一つヒントをやろう。何故、そなたは私ばかりを狙う?」

 グロリアーナが手首に嵌めたブレスレットを見せつける。
 サターンブレスレット。土星の輪をイメージして作られたそれは人の心を奪う何かがあることで有名だ。

「まさか……!?」

 目を見開いて驚いたグレンに、一瞬の隙が生まれる。
 それを見たグロリアーナはゴットスピードで強化された速度で懐に潜り込み、声を張り上げて叫んだ。

「ジョー、今だ!」

 今まで身を潜めていたエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が、陰からパスファインダーで飛び出し奇襲を仕掛けた。

「此方も全力で行きます。但し、伏せていた切り札もありますが」

 エシクはそう呟くと同時に七支刀型の光条兵器を発動。ほぼゼロ距離からアナイアレーションを叩き込み、グレンを怯ませる。

「ぐ……ッ!」

 グレンは呻き声が洩らし、身体を強張らせた。
 エシクは即座に後ろに回り込み、グレンの脚を――正確にはアキレス腱を断ち切るために光条兵器を振るう。
 ブチッ、と細い縄が切れる音がして、グレンはその場に倒れこんだ。

「アキレス腱を切断されました……か。残念ですが、僕の負けのようですね」

 グレンはやけにさっぱりとした声でそう呟き、七支刀型の光条兵器を構えるエシクを見上げた。
 無力化されたグレンを見つめながら、エシクが敬意を込めた声で、言い放った。

「寡兵にて此処まで門を死守した事は驚嘆に値します。その力に敬意を表し、選択権を差し上げましょう……死ぬべきが全てとは限りません」

 エシクのその言葉に、グレンは少し考えて、答えた。

「僕はあなたたちを殺そうとした。……それでも、こんな僕に選択権を与えてもらえるなら、あと少しだけ生き残らせてください。
 ……まだ、僕たちにはやり残したことがあるので」

 ――――――――――

 城門のすぐ傍で寝かされグレンとレインは、手厚く介抱されていた。
 意識を失って一向に起きる気配のないレインに代わり、グレンが総司から質問を受けていた。

「鬼さん、城内には何が?」
「鬼、じゃなくてグレンと呼んでくださいよ。まあ、いいですけど。
 ……城内には外を警備する僕たちより、強い従士や魔剣を手に入れて圧倒的な戦闘力を得たフローラがいます。死にたくなければ、注意をすることですね」

 グレンのその答えを聞いて、もう一度総司が問いかけた。

「魔剣なんてどうして手に入れたの?」
「……たぶん、皆さんの知っている通りですよ。亡き城主様を生き返らせるためですよ。
 どうやって手に入れたかは、ほとんど知りません。愚者が置いていったことぐらいしか。僕が知っているのはこれぐらいです」