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白装束の町

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白装束の町

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 戦いは音もなく始まっていた。
 尽力により得られた情報は大鋸の元に集約され、耶古の会の実態が少しずつ明らかになりつつあった。
 そんな中、大鋸が下した判断は「人命最優先」だった。
 エンヘドゥに限らず、牢に捕らえられた人質たち、町の住民、すべてだ。
「待ってろよお嬢様! 助けに行ってやるぜ」
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)の操るガーゴイルがビルの入り口で会の者の攻撃を一身に受けている中、恭也を始めとした面々は既に建物内に侵入していた。
 陽動作戦はものの見事に成功したのである。
 恭也の頭の中には考えがあった。
 大鋸から聞いた話だ。
 耶古の会の象徴である耶古。
 彼女の目がうつろとしていたことだ。
(つまり操られてるかもしれねぇってことだろ? だったら俺が行かなきゃ誰が行くんだ?)
 使命感を抱き恭也は階段を駆け上っている……が、
「侵入者だ!」
 白装束に身を包んだ男が、恭也を発見するや否や拳銃で発砲した。
「あぶねぇ!」
 咄嗟の判断で右に跳ぶ。
 引き金に力がかかったと同時に銃口が向かって左へ傾いたのをすんでのところで察知したのだ。
「引っ込んでろ!」
 恭也の拳が男の顔面を捉える。
 牽きつけを起こしたように気を失った男は何回転もしながら階段を転がり落ちた。
「ふう。ヒーローの邪魔をするやつは痛い目に遭う。当たり前だろ? 今まで何を習ってきたんだ?」
 眼下に男を見下ろし、恭也は益々天守へ向かわねばならない、と使命感を得た。
 しかし、不幸なもので、
「おい、こっちだ! 応援をよこせ!」
 次から次へと会の者が現れ、恭也に襲い掛かる。
(陽動の効果も時間の問題か……。早く辿り着かないとな!)
 逆境に嘆いても仕方がない。
 恭也は尚更拳を硬く握り締め、幾多の敵に向かうのであった。

「さすが恭殿であります。陽動のお蔭でこんなに易々と任務を遂行できるであります」
 すっかり無人となった事務所を物色しているのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だ。
 ガーゴイルが召喚されたとあって、いそいそと建物の中へ舞い戻ってきた男の後をつけてきて正解だったと吹雪は思った。
 ねずみ色の事務机の引き出しを開けては閉め、棚に並べられたファイルを検分しては足元に投げ捨てる。
 昏睡している男の体を覆い隠すように乱雑に。
「あ、ありました!」
 吹雪の探しているもの。
 すなわち洞窟とビルを分け隔てている鉄格子の鍵であった。
 地下への隠し階段を見つけたところまではよかったものの、頑丈なつくりの南京錠がはめられているのを見て吹雪は愕然としたのであった。
 ちょうど持っていた機晶爆弾で鉄格子ごと吹き飛ばしてやろうと思うくらいに。
 しかし、爆弾は開錠するために持ち込んだのではない。
「ここに仕掛ければ、敵の足を止めることができるであります」
 エンヘドゥを救助するにあたって、少しでも撹乱をし敵を混乱させようというという魂胆なのだろう。
「あとは罠を解除すれば……わっと!」
 洞窟内へ一歩踏み出したところ、吹雪の足元は地面ではなくどうやら巧みに偽装された落とし穴だったのだ。
 空中に留まっている右足を引っ込めると、吹雪は溜息をついた。
「なんて原始的な……。これじゃ全部解除するのは骨が折れるのであります……」
 ただ、何はともあれ、洞窟への突入は可能となった。
 その旨を大鋸に伝達すると、吹雪は洞窟の中へと姿を消すのであった。

 その頃、東 朱鷺(あずま・とき)は洞窟の中にいた。
 鉄格子をすり抜けて来たわけではない。
 セレンフィリティとセレアナが道を示したのだ。
 小船の爆発を囮に彼女たちは水中へと難を逃れていた。
 その際、人一人が何とか通れそうな、いかにも人工的に掘られた穴を見つけたのである。
「しかしまさか洞窟へと繋がっていようとは思いませんでした。二人には感謝をせねば」
 朱鷺はそう呟きながらぐるりと洞窟内を見回す。
 コンテナほどの大きさしかない空間は、壁に掘削痕があり人工的に作られたことが伺える。
 また、床の大半を水溜りが占めているために非常に窮屈に感じられる。
 そして、一本の通路が他の部屋と繋がっているようで、人間の汗のような臭いが緩やかな空気の流れとともに漂ってくる。
「ここは神獣の出番ですね」
 朱鷺は手を振り上げると、イコプラ、黒麒麟、白澤、陰龍、陽龍、といった式神たちが顕現した。
「黒麒麟と白澤は入口の警戒を。陰龍、陽龍は水の中を調べてください。イコプラは朱鷺の警護をお願いします」
 式神たちは朱鷺の命令を受けると、一斉に行動を開始した。
 水面に飛び入った双龍は水しぶきも立てず、黒麒麟と白澤は屹立と敵の気配を読む。
 しばらくして、陰龍がするりと湖から這い出し、陽龍が続く。
 その白と黒の目は朱鷺を射抜いていた。
「この機械は……。岩陰に隠されていたのですね?」
 朱鷺の足元に置かれた無骨な装置。
 2頭がその尾に巻きつけ引き上げ来たものだ。
「遠隔操作ができるようですね。……この穴は」
 朱鷺はセレンフィリティから受け取った金属製の蓋らしきものを装置に当てはめた。
「なるほど。大体わかりましたよ。耶古の会の悪だくみのトリックも」
 朱鷺はにやりと笑った。
「行きますよ、朱鷺たちも救出作戦に加わるのです」
 そう言うと朱鷺は式神たちを連れ小さな部屋を後にした。