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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ

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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ
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リアクション



【たとえばこんな散髪日和】
 
 
 「!?……こんないい天気なのに雷ですか?……ま、いっか」

何となく青空の向こうに激しい雷鳴を聞いた気がして沢渡 真言(さわたり・まこと)をかしげる
だが程なく他愛ない疑問を中断して、目の前の門の中に足を進める
何しろ、これから結構な仕事が待っているのだ……瑣末な事に気なんか向けていられない

門から少し離れた家の扉を知った様子で開け、一階の住人に軽く挨拶をした後
二階を目指してとたとたと階段を駆け上がる
階上に近づくにつれ、少しずつ階段に乗っかている小物や書類の束に溜息をつき
真言は目的の二階の扉まで辿りついた

本来はノックをするのが礼儀だが、どうせ部屋主は無自覚な居留守を使うに違いない
……それを通常は【気がつかなかった】と言うのだが、心情的に認めるのが嫌で
そんな無駄な思考を一瞬巡らせた後に、一気に目の前の扉を開け放った

 「たのも〜っ!!」

彼にしては最大限の愛嬌と冗談の挨拶だったのだが
案の定部屋から反応はなく
こめかみをピクピクと痙攣させながら真言は部屋の最深部に侵入を図ることにした

侵入……というのはある意味的を得ている
扉前や階段以上に部屋の中は混沌としていて、来客を容易に中へと導く事を拒否している
それでも片手の紙袋を抱え込み、進んでいくと窓際に机があるのを見つける
机の上の痕跡を覗き込み、少し後方をのぞくと
書類の山の中に衣服が散らばっている一角を発見

真言は2度目の溜息とともに歩み寄り
その山の片隅……山のように盛り上がった大柄のローブの端をつかむと、一気に引き上げた

 「………また徹夜で研究してたんですか?マーリン」

その声を聞き、ローブの下で丸くなっていた影がむくりと起き上がり
影……マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)がぼんやりとあたりを見回した

 「………いま何時?」
 「………とっくに昼は過ぎてます、おはようございます」
 「ありゃぁ?【英霊の愛読書】の解析を行っていたまま寝ちゃったか……
  文体と痕跡から英霊の執筆時の姿を構築するはずが……なんか召喚しちゃったかな
  で、真言そっくりなあんた……なんて英霊?」
 「そうですね……とりあえず【目ざまし役の鬼執事】とでもしておきましょうかねっ」

呆れ4割、怒り5割の顔と声色で真言は手に持っていたローブをマーリンの顔面にたたきつけ
ぼすっという音とともにそれはマーリンを包む

………そこまではのどかな光景だったのだが
絶妙な均衡で累積していた周りの書類が、そのローブの風圧に微妙に揺さぶられ
刹那、乾いた轟音とともに紙の雪崩が二人の上から襲いかかり

 「な!?ちょっと!?……うわああああああああああああああああああ」

…………真言の悲鳴が埋もれて消えた


 「………まったく、普段から掃除してないからこうなるんですよ!
  どうして1階と2階ではこんなに清潔さの度合いが違うのでしょう…はぁ」
 「心外だなぁ。この書類や置物だって計算された配列なんだって
  この絶妙なバランスと配置が結界を作り、侵入者を寄せ付け………」
 「このレポートは埃かぶってるから燃やしていいんですよね?」
 「はいスミマセン真言サマ、誠心誠意お手伝いしますから何卒お慈悲をぉぉぉぉぉ!」

窓をかたっぱしから開け、換気を良くして衣服を片っ端から干す
書類を表のテラスに引っ張り出し分類しながら丹念に埃を払う
丁寧ながら手なれた動作で、着々と掃除をする真言に従う部屋主マーリン

程なく部屋は人が気楽に出入り出来るほどの空間が開かれる
もう少し光さしこむ空間に整理したかったのだが
【これ以上開放的になると部屋の中でもローブを着ないといけなくなる】
……という部屋主の言葉に仕方なく深追いを断念する執事であった

 「まぁ机周りはレポートの継続ができるように纏めましたから、問題ないですよ」
 「……よくわかったな、研究の内容」
 「そりゃあ、あなたの事はちゃんと見てますから……」

真言の言葉の裏に感じる揺れ……それにマーリンは触れずにいる事にする
記憶と忘却……真言のなかでのわずかな拘り、それが少しでも何かを見失わないという
彼の行動の核になっているのかもしれない
魔術師が研究をのぞかれるのは、存在としてはよろしくないのだが
部屋の掃除の事も含めて何も言わない事にする

かすかな心の居心地の悪さに前髪をいじりながら窓を眺めていたら
それを見つめる真言の目線に気がついた

 「………………何だよ?」
 「いや、ここに来た本来の目的をついつい忘れてました」

彼に似つかわしくない、ちょっと悪戯っぽい笑みとともに
マーリンは虫干しが終わり広げられたテラスに座らされた
そこでようやく真言は持ってきた紙袋の中身を広げ
カチャカチャ……という乾いた金属音とともに机に並べるのだった

 「これ……ハサミ?」
 「ええ、その長く伸びた髪をいい加減切ろうと思いまして」
 「………………………なんですと?」

続けて大きめな布を広げる真言に、事態を認識したマーリンが声を上げた

 「もったいないでしょう?そんなに綺麗な銀色の瞳なのにすっかり隠れて
  知ってます?校内ローブ姿でしかもその髪で顔も見えないから怖がる人も多いそうですよ」
 「いやいやいや、そんな怖がる奴らなんかほっておけばいいじゃん!
  だいたいホラ、魔法使いは魔力を髪の毛に宿す為に長髪の人が多いのは常識なんですけ………」

じゃきぃぃぃぃぃぃぃん、とハサミの音を鳴らす真言に言葉を止める長髪魔術師

 「いえすみません ナンデモナイデス!怖い顔しないでください真言さん。調子に乗りましたぁ」
 「よろしい」

変な汗とともに、姿勢を正して椅子に座りなおすマーリンに溜息とともに広げた布を巻きつける

 「……魔力に関わるのならせめて前髪だけでも切って下さい。
  あなたなら髪にためていた魔力を自分へと還元出来るでしょう?」
 「そだな……切ってくれるならありがたくお願いするか」

解いた髪がテラスの風を受けてそよぐ中
お湯で絞ったタオルを用意し、頭を包んで蒸らしていく
風の涼しさと相まっての心地よさにマーリンが目を閉じる中、真言が櫛を手に話しかけてくる

 「どんな風にしたいかは譲歩しますよ?リクエストはありますか?」
 「そうだな……長さは前と同じくらいがいいかな」

そこから続く言葉に、一度言葉を止め……それから何でもないように再び言葉を続ける

 「覚えているか?出会った時ぐらいの、あのくらいの長さ。大体でいいから」
 「……………わかりました」

返す真言のわずかな間をどう読めばいいかはわからない
……けれど、緩やかな風に運ばれる言葉はどこまでも穏やかで
その空気にマーリンも身をゆだねる事にする

 「前髪……せめてうっすらと見える程度には梳きますからね」
 「ん………」

蒸気で湿気を帯びた前髪に真言の手が伸びる
そこからは静かな静寂……木々のざわめきの中
髪にハサミが微かに通るわずかな音だけが繰り返される

じっとしていると頭の中に研究内容が渦巻く日常だが
無心に何も考えずその時間に身をゆだねるのも悪くない
少しずつ軽くなり【あの頃】に戻っていくような錯覚を感じながら、触れ合いの時間は終わる
別にばっさり自分で無造作にやっても、散髪屋にいってもいい作業
真言がわざわざ掃除付きで名乗り出たのも、この時間を感じたかったからかもしれない


 「終わりました。どうですか」
 「悪くない、ありがと……部屋とかいろいろ済まないな」

程なくして散髪も終わり、軽くなった髪を再び縛りながら
マーリンは考えていた提案をしてみる

 「真言も伸びてきたよな、少し切りそろえるとして……伸ばさないの?
  いやさっき言った魔力の貯蓄っていうのもあるけど…伸ばした髪も似合うと思うからさ」

その言葉に、散らばった髪を片づけながら真言も自分の髪に触れてみる

 「……そうですね、私も少し伸びてきたかもしれません。
  切ってもいいんですけど、あなたがそう言うのならまぁ、別に伸ばしても構いませんね」

そんな彼の姿を見ながら、マーリンは自然とその髪に手を伸ばす
その手が触れそうになった時、真言の口がゆっくりと開かれる

 「うん、いいかも……わが主様のパーティの時なんかにも正装時には身なりを整えられますし
  ……なんです、その拗ねたような顔は?」
 「やっぱ切らせろ……お前は短いのが一番だ!俺が決めた今決めた!」
 「え?ちょっ……何いきなり怒ってるんですか?
  そんな座らせてハサミ持って……いやいいです自分でやります!今伸ばせって言ったのに!」


そんな二人だけの喧騒
もつれ合うような言い合いも穏やかな木々のざわめきに消えて解けていく


雲ひとつない蒼天の穏やかな光のなか
何事も無いように、屋根に止まっていた小鳥達が空高く飛び立っていった