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ガッツdeダッシュ!

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ガッツdeダッシュ!

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〜 episode4 〜 予選当日、それぞれは動き出す
  
「……日本の公営ギャンブルとは違い、この『ガッツ de ダッシュ!』はブックメーカー方式が採用されているんだ」
 葦原明倫館からこの町へ、『ガッツ de ダッシュ!』の見物にやってきていたベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は、手に入れてきた登録表を眺めながらそんなことを言った。
「ブックメーカー方式ってのはな、欧米の競馬で用いられる配当を決定する方法の一つで、券を購入する時点で既に配当率が発表されてるんだ。倍率をつけるのは、ブックメーカーと呼ばれる人たちで、その倍率が有利だと思えば券を購入すればいいってわけだな」
 ベルクはにぎわいを見せる街並みをゆっくりと歩きながら、後ろから恐る恐る付いてきているフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)にちらりを視線をやった。
 先日、色々あって元気をなくし部屋に引きこもっていたフレンディスだったが、ようやく立ち直ったと思いきや、この町の噂を聞きつけて社会勉強のために鳥レースを見に行きたいと言い出したのだ。
 とはいえ、忍びの暮らしが長い故に世間知らずで天然鈍感度120%の彼女のこと、一人で外を出歩かせるわけにはいかない、とベルクは気を使いながら護衛のために付いてきていたのだが、その立ち居振る舞いからすでにどちらが主人かわからなくなっていた。
 大会開催日ということで町には大勢の人たちが集まってきていた。沿道には出店が並び、賑わっている。その様子を物珍しげに眺めながらも、心もとなげにベルクの背後に隠れるように歩くフレンディス。そんな忍びの少女をぐいぐいと引っ張って案内するベルクは、他人から見れば明らかに主人のようであった。
 賭け事に興味津々のフレンディスにしっかり説明しておかないと、この少女はよく理解しないままに何をしでかすかわかったものではなかった。
 博識なベルクは知識を総動員して、何とか分かりやすいように話して聞かせる。
「ブックメーカーは馬――この町の場合は鳥なわけだが、をレース前によく見て、客たちがその券を買いたくなるには、どれくらいの見返りを与えればいいのかで配当を決めるんだ。実績もありよく走りそうな鳥で、一位になりそうなら2倍の返還でも客は買うだろうし、全く勝ち目がなさそうな鳥なら50倍をつけても客は買わねえだろ。いくら配当の倍率が高くても、そいつが勝たなきゃ掛け金は返ってこねえ。そんなリスクを背負う人は少ないからな」
 背後からこっそりとついてくる少女から返事はなかった。レース会場近くの賭博場独特の雰囲気に呑まれているのだろう。ベルクは前を向いたまま説いた。.
「ブックメーカー方式のいいところは、掛け金をどれだけベットしても配当倍率が変わらないことなんだ。そんなの当たり前じゃね、と思うだろ。ところが、このパラミタから離れた日本では違うんだな。たくさんの金額を賭ければかけるほど、その馬の状態や実績に関係なく返還倍率が下がるんだよ。それは、“勝者掛け金総取り”で客の掛け金の総額から的中者の購入額を割り、それぞれに返還されるからなんだ」
 どうしてベルクがここまで長々と話しているかと言うと、ここがまさに今回の八百長疑惑のキモとなるポイントだからだ。背後からの不思議な力によって喋らされているなどと邪推してはいけない。
 分かっておられる方も多いと思うが、ここでちょっぴり解説しておく。
 例えば、こう考えてみよう。
 AとBの賭け対象があり、甲乙の二人が賭けをするとする。
 ブックメーカー方式の場合……ブックメーカーによってAは二倍、Bは三倍などとすでに配当倍率は決められている。甲乙がそれぞれAとBに100Gずつ賭けてAが勝った場合。甲は配当二倍で200Gを手に入れる。もし10000G賭けていたら20000Gだ.。
 日本の公営ギャンブルは違うのだ。AとBの倍率は最初決まっていない。甲乙がそれぞれABに100Gずつ賭けると、総額200Gのお金が賭けられたことになる。Aが勝てば総額取りだから200G手に入る(控除はなしとする)。100Gが200Gになるから倍率は二倍、と考えるのだ。だから、もし上と同じく、甲がAに10000G賭けた場合……乙はBに100Gしか賭けていないのだから総額は10100G。これをAが手に入れるわけだから、10000Gが10100Gになって、倍率は1.01倍にしかならない。たくさんの金を賭ければ倍率が下がる、とはこういうことである。
「何が言いてえかってぇとだな、この『ガッツ de ダッシュ!』じゃ勝つ鳥がどれか“確実に”分かっていれば、そこに大金をぶち込めば、凄いリターンになるってことだ。倍率がそのまま返ってくるわけだからな。日本式じゃそうはいかねぇ。勝ち目が分かっていても、大金をぶち込んだとたん倍率が下がってショボい見返りしかねってわけだぜ、ゲラゲラゲラ」  
 ベルクは夢も希望も打ち砕く笑い声をあげた。これだけ能書きを垂れておけば、連れの少女は尻ごみして決してギャンブルに近づいたりはしないだろう。
「……あれ、フレイは?」
 話を締めくくりながら振り返ってベルクは目を丸くする。さっきから話していたはずのフレンディスの姿が見当たらなかった。
「さっき可愛い鳥が通りかかったので、その後をついて行きましたけど……。そして、その後を追ってポチの助さまも……」
 困惑気味に答えたのは、フレンディスの従者の下忍、下山忍(しもやま・しのぶ)さんであった。普段は一般人に紛れて暮らしており、今回もこのネアルコに単なる町娘として潜り込んで影からフレンディスを見守っていた忍さんであったが、彼女が忠誠を誓ったご主人様は止める間もなく鳥を追いかけて行ってしまったのだ。それは下忍では及びもつかないほどのマスターニンジャとしての見事な足の運びで、あっさり見失ってしまった。普段はぽやぽやしているくせにこんなときだけ忍びの技を研ぎ澄まされても困る。仕方なしに、フレンディスの代わりにベルクの後ろについて歩いていたのだが、やはり具合が悪かっただろうか?
「ばっかやろう! どうして早く言わなかった!」
 怒鳴るベルクの迫力に、忍さんはひっと首をすくめて。
「控除率がどうとか……、話がよくわからない上に、その……口をはさむ余地もなかったものですから……」
「くっ……、俺としたことが! またやらかしちまったらしいな。……今すぐ探すぞ!」
 すぐさま駆け出すベルク。

 その、当のフレンディスはというと……。
「わぁ……、これがくじ引きですか……」
 見栄えのいいガッツ鳥の後をつけてふらふらと姿を消したフレンディスは、町はずれにあるレース場に設置されていた運営本部のテントの近くにやってきていた。
 午前中から予選会が始まるということで運営のスタッフたちが大忙しで働いている。
 昨夜までに集計された鳥たちのデータを登録し、順次招集をかけていく。
 300羽分、一レースに10羽ずつ振り分けていかなければならない。それぞれの鳥が出場するレースはくじ引きで決められるため、運営本部では抽選会が行われていた。急きょ決まった計画だけに、一日15レースをこなさなければならない。分刻みのものすごくタイトなスケジュールだった。
 運営本部といっても、運動会のテントのような簡単な作りだ。ビニールの屋根と折りたたみの机と椅子が並べられているだけ。そこへ、抽選の様子を見にきた人だかりができていた。
「私も引いてみたいです……」
 何事にも興味しんしんのフレンディスは、参加したそうにそわそわしながらその様子をじっと見つめていたが、ほどなく人の群れをかき分けて奥へと入っていく。
「こんにちは、予選会抽選会場へようこそ。あなたも抽選しにきたの?」
 運営席の真ん中に座っている眼鏡の少女が微笑みかけてきた。上質なメイド服を纏い花飾りつきのカチューシャをつけて、祭りを盛り上げる娘さんらしい格好なのは、今回、八百長レースの調査のために運営に潜り込んでいた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。手元の出走登録リストとフレンディスを見比べながら聞いてくる。
「あなたが騎乗するの? 昨夜お配りした鳥の番号票を出してほしいんだけど」
「いえ、あの違うんです」
「ああ、飛び入り参加ってわけね。大丈夫だよ、まだ枠が残っているから。……で、貴女の乗る鳥はどこ?」
「ありません。社会見学しに来ただけですから!」
 胸を張って言うフレンディスに、詩穂は「そう」と小さくうなずいてから、隣の人に視線を移した。
「次の方、どうぞ。番号票を提出してクジを引いて下さい……」
「あの……」
 フレンディスはものほしそうに抽選箱を見つめて言った。
「この箱の中に紙が入っているんですか? 手を突っ込んでみてもいいですか……?」
「……貴女、やっぱり出場するの?」
「しません」
「じゃあダメ」
 ちょっと冷たいかな、と思ったが詩穂はきっぱりと断る。不正発見のためにこの役を買って出たのだ。ルールは守るのが筋だろう。
「……」
「……どうしてもクジを引きたいんだったら、貴女も登録してみたら? 町長さんの家に行けば、鳥を貸してくれるみたいだし」
 しょんぼりしながらもまだじっと見つめてくるフレンディスに詩穂は言う。この娘、クジ引きがそんなに珍しいのだろうか? 天然さんかな? とか考えていると。
「なら、この僕の分をご主人様が引けばよろしいかと存じます」
「……」
 机の下あたりから声がしたので詩穂が身を乗り出して覗き込むと、小さな犬が彼女を見上げながら尻尾を振っていた。フレンディスのパートナーで豆柴の忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だった。親愛なるご主人さまの苦境に駆けつけてきたのだ。キリリと表情を引き締めながら、鳥を紹介してくる。
「ちなみに、僕の鳥はこれです。僕が出場します! ゼッケン付きで登録済の鳥を強引に借りてきましt」
 セリフの途中でポチの助は背後からのっそりとやってきた連れのガッツ鳥に蹴り飛ばされ、会場の端まで転がって行った。
「あ、あわわわ……、ポチの助さん……!」
 駆け寄ろうとするフレンディスより先に犬はビシリと起き上った。全身をぶるりと振ってから忠犬をアピールすべく姿勢正しくお座りする。ご主人様の前でいい格好を見せようとかなり我慢しているのわかったが、そんな豆柴をからかうように、ガッツ鳥がサッカーーボールのように蹴り始めた。ポチの助はぼよんぼよんと跳ね飛びながらも、必死に猫をかぶって鷹揚に笑う。
「ははは……こいつぅ……。や、やめ……っ。いい加減にしr……」
 ポチの助を蹴りながら、ガッツ鳥はそのままいずこかへ走り去っていく。
「ああ、鳥さん待って下さい〜!」
 社会の厳しさをまた一つ学んだフレンディスは、豆柴と鳥を追いかけて姿を消した。彼女の次の社会見学に期待しつつ温かく見送ることにしよう。
「……ゼッケン86番、棄権、と」
 詩穂がマジックでリストのナンバーを消していると、並んでいた次の抽選者が番号表を提出してくじを引こうとしていた。
「……袖をめくってもらえるかな?」
 だぶだぶの長袖衣装を纏った男が抽選箱に手を突っ込む直前、詩穂は言う。
「……え?」
 虚を突かれたように硬直する男の袖の隙間から、一枚の小さな紙がひらりと落ちた。それを指で拾い上げて、詩穂はニッコリと微笑む。
「……第8レースの7番枠。どうしてそう書かれた抽選紙が、貴方の袖からこぼれ落ちたのか、納得のいく説明をお願いしたいよね?」
「え、え〜っと……」
 仕掛け自体はバカバカしいほど簡単だ。くじを引いたフリをして袖の中に隠してあった紙を手の中に握りこんで見せるだけ。
 数あるイカサマを仕込めるところの一つである、くじ引きの段階で捜査を入れて不審な点が無いか調べるためにこの役柄を買って出たのだが、こんなにあっさりと引っかかってくるとは思ってもみなかった。詩穂の姿が似合いすぎていて本当にただの祭りのアルバイトをしにきた町娘にしか見えないから油断しているのだろうか……。
(でも、その仕掛けは、箱の中からもう一枚同じ文字の書かれた紙が見つかったら簡単に発覚するよね。これまでの記録、そして今日の感触では、そんな形跡はない。ということは、最初から目的の紙は箱の中から抜かれていたってことになるってわけで……)
 サイコメトリで過去のくじ引きの様子まで探っていた詩穂は、考える。
(くじは財産管理でしっかりと本番のくじ引きまで詩穂が保管してた。工作できたのは、製作段階だけ。ということはそれに関わっていた人が怪しいわけで……)
 細かい証拠固めは他の人に任せるか……と彼女は小さくため息をつく。
 と……。
「テロリストには見えぬし、下っ端じゃろうが、当然何か知っておろうな……」
 町長の家に保管されてあった過去のデータを読み込んでいた名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)が、詩穂の後ろの席で顔を上げて立ち上がる。
「この男、どうするの?」
 何かトラブルがあったらしいと察知して抽選会場がざわめき始めるのを見て、詩穂は名も無き 白き詩篇に聞く。
「……すぐに逃げなかったのは愚鈍といおうか賞賛に値すると言おうか、とにかくこちらで引き取らせてもらう。おぬしは、レースが滞りなく行われるようくじ引きを続けるがよいぞ」
「あとは、よろしくね。詩穂ができるのはここまでだよ」
 男を名も無き 白き詩篇に引き渡すと、詩穂は何事もなかったかのようにその場を収める。
「皆さん、何でもありません。さあ、抽選を続けましょう」
 とりあえずは、他にトラブルらしいトラブルもなく作業はどんどん進んでいく。

「参りましたね、こんなことをされては困るのですよ」
 名も無き 白き詩篇から話を聞きつけて戻ってきた御凪 真人(みなぎ・まこと)は、捕らえられてガタガタ震える男を見つめて苦笑した。逃げなかったというよりは、悪事に手を染め慣れていなくて逃げそこなったらしく、ずいぶんと臆病そうな男だった。
「お、オレは頼まれてやっただけなんだ」
「もちろん、それが誰か教えていただけますよね?」
 真人は、おだやかな口調で尋ねる。
「この鳥レースの悪い噂くらいは耳にしていますよね。責任ということになれば、あなたも大変な目にあうかもしれませんよ」
フルベットさんに頼まれたんだ」
 男はあっさりと喋った。フルベットというのは、この町の大金持ちで、鳥レースで財を成して商売を始めた成金らしい。町長と仲が悪いと言う噂の男だ。
「……嫁が病気がちで、医療費がかかるんだ。それを払ってくれるって約束してくれたのがフルベットさんだ。いい人だよ」
「他人にくじのすり替えの不正をやらせる人がいい人というのは、どうでしょうか?」
「いや、いい人だよ。うちの鳥を登録するだけで後はゆっくり休んでいられる仕事を紹介してくれたんだ」
「あなたの鳥は出場するんですよね……?」
 真人は男の連れていた丸々と太ったガッツ鳥に視線をやった。いかにも走る気のなさそうなどん臭そうなデブ鳥だ。これなら出場しても見込みはないだろう。途中で息切れして棄権しそうな感じだった。真人がブックメーカーなら……100倍くらいは倍率つけたくなってくる。それくらい、見るからに負け確定の鳥だった。だが、もしこいつが勝てば……。
「わらわが調べた限りでは、運営側ではブックメーカーは抱き込まれている可能性はないのぅ。奴らは真面目で見たままの倍率をつけてくれるじゃろう。間違いないぞ、素人目から見てもこいつはだめすぎて誰も券は買わん。オッズも100倍以上の倍率はつく。……すごい配当金になるのぅ……」
 名も無き 白き詩篇はあざ笑うように言う。
「ですけど、それはこの鳥が勝った場合でしょう? どう考えても勝ち目はないのですが」
 真人の台詞に、男はきょとんとした表情で答えた。
「うちの鳥は登録はするが、出場はしないよ。代わりに走ってくれる鳥がいるらしい」
「なるほど、すり替えだったのか……」
 最初、真人は、勝てそうな鳥を調子が悪いとでもして倍率を上げているのかと思っていたが違ったようだった。ダメ鳥で登録と抽選だけして、倍率が算出されたところでレース直前によく走る他の鳥とすりかえるのだ。
「だが、さすがにばれるでしょう。裁定委員がチェックしますし」
「その裁定委員が見逃せばいいのじゃろうよ。客席は遠くて見づらいしノーマークで注目する者もいない。つまりはそういうことじゃ」
 名も無き 白き詩篇はそう結論付ける。
「黒ローブの男たちが、この様な波乱の大穴レースでこれまでに受け取った平均配当倍率は約50倍じゃよ。取り分折半でも、十分な旨みじゃろうて……」
「よし、さっそくそのフルベット氏を尋ねてみましょう」
 立ち上がる真人に、男が聞いてくる。
「あの……オレは……?」
「俺は運営じゃないので何の権限もありません。ご協力ありがとうございました」
 真人は、それだけを答えた。
 正義の名の下に、この男を運営に引き渡したり、罪として大々的に裁く方がいいだろうか……? こんな小さく閉鎖的な田舎町だ。悪い噂はすぐ広がり、レースが終わった後この男は浮いて村八分にされ肩身の狭い思いをするだろう……。それで、充分ではなかろうか。信用を失うのは一瞬だ。だが、取り戻すには長い時間がかかる。その時間だけ、この男は苦労するのだ
「これから……頑張ってください」
「……」
 真人は名も無き 白き詩篇とともに更なる調査に赴く……。