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最後の願い エピローグ

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最後の願い エピローグ

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第19章 祭といえば屋台。
 
 ツァンダ地方の南。広がる樹海の中に、聖地カルセンティンはある。
 実際の聖地は地下の鍾乳洞にあり、地上の村では普通に人々が、日々の暮らしを営んでいる。
 村の長老ともいえる村長の他に、聖地を護る、守り人という存在があり、村人達には、ある意味で村長よりも崇められている。
 この聖地の守り人は、逞しい体つきの守護天使だった。

「お久しぶり。お祭に来たよ」
 カルセンティンを訪れた清泉 北都(いずみ・ほくと)とパートナーの守護天使、クナイ・アヤシ(くない・あやし)は、守り人アレキサンドライトに挨拶した。
「久しぶりだな。あのガキも喜ぶだろう」
 ガキ、と言われた当人が、いつの間にか背後にいて、無言でアレキサンドライトの脛を蹴る。
 彼は気付いていたようで、堪えた様子はなかったが。

「此処は、何か変わりはありませんか?」
 挨拶の延長のように、クナイが訊ねた。
 聖地は、世界の力が集まる特別な場所だ。
 大地を支える柱のようなものではないかとクナイは考える。
 パラミタに異変が起こりつつある今、何か気になることがあるのなら知りたかった。
「そうだな。
 やんわりとおかしくなっている、という感じは確かにするな。
 苦労して支えている、みたいな」
「何か、できることはないのでしょうか?」
「アトラスの居る場所に、此処から干渉するのは難しいな。
 折角来たんだから、今は祭を楽しめよ」
 アレキサンドライトは笑う。
「会場は此処?」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の屋台をちらりと見やりながら、北都が訊ねると、いや、とアレキサンドライトは答えて、傍らの子供を見た。
「案内してやれば?」
「……こっち」
 カルセンティンの地祇、かるせんが二人を促した。

 北都が持ってきた花は、タシガンの青薔薇だ。
 かるせんは青い薔薇を見たことがないのか、ちらちらと北都の手に視線をやっている。
「これ?」
 と、北都はかるせんに青薔薇を見せる。
 渡されて、かるせんはしげしげとそれを見つめた。
「青薔薇はね、遠い昔の花言葉は『不可能』だったんだよ。存在しない花だったから」
 そんなかるせんに、北都は言った。
「でも、青薔薇を作ることが可能になって、花言葉も『奇跡』『神の祝福』に変わったんだって。
 ……この世界が滅びる、って話もあるけど、それはまだ決まったわけじゃない。
 青薔薇のように、不可能と言われたものさえ奇跡に変えられる、それが人の力だと僕は思うよ」
「……奇跡は起きる?」
「起こすよ」
 北都は笑った。
 そう、ニルヴァーナへ行ったのは、奇跡が起きるのを待つのではなく、自らの手で奇跡を起こす為。
「世界は滅びない?」
「滅びない」
 断言する。
「信じてくれる?」
 かるせんは、じっと北都を見つめて、頷いた。


 昼間の祭り会場にはあまり人がいないので、弥十郎は、村の中に屋台を出している。
 祭に訪れた契約者達の他、村人達も興味津々で訪れ、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)達の屋台と売上を競っていた。

「うめーぎゃーオヤジ! おかわりくれぎゃ!」
「へい、毎度!」
 ペンギン型ギフトを伴った親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)が、分厚い財布を掲げながら叫び、ノリのよい弥十郎は威勢良く答える。

「薔薇学名物のタシガンケバブだよぉ、そこのお兄さん、彼女にどうかな。
 きっと喜んでくれると思うよ」
 弥十郎が、てきぱき手を動かしながら、前を通る人に声を掛けた。
「心の底から残念ながら、彼女じゃないんだが、貰おうかな。
 これ、味付けはどんな?」
「やあ、久しぶり。
 トマトとヨーグルトメインのトルコ風ソースと、ヨーグルトとレモン、オレガノで作るソースがあるよ。
 お好みで調節もするよ」
「カヤ、フェイ、どんな味が好きだ?」
「じゃあ、トルコ風ソースで」
 一人が言った。もう片方の少女は、よく解っていないようである。
「んじゃ、トルコ風のをよっつ」
「毎度〜」
 弥十郎の兄、佐々木 八雲(ささき・やくも)が、渡されたケバブにソースを掛ける。
 料理はできないのだが、兄にもできる簡単なお仕事です、と言い含められて手伝っているのだ。
 歩いて行く四人から、美味しいね、という話し声が届いて、弥十郎は、ひとり笑う。

「こりゃ、何だ?」
 アレキサンドライトも覗きに来た。
「いらっしゃい。
 料理☆Sasakiの絶品ケバブだよ。説明するより、食べて確かめてみてよ」
「商売上手だな。じゃあ、ひとつ」
 笑いながら、アレキサンドライトも注文する。
「ソースは?」
「よく解らんな。任せる」
「辛いのは好きかな?」
「お、いいな」
「じゃあ、これはオマケ」
 唐辛子の酢漬けを添えて渡す。
「うん、美味い」
 一口食べて、そう言ったアレキサンドライトに、弥十郎はにっこり笑った。
「そう言ってもらえると報われるなぁ」
「ん、何だ、顔色が悪いな?」
「いや、ちょっと、アバラを一本やっちゃってて……」
 あはは、と笑う。
「このアホは、ケバブの材料の野牛を、一人で素手で狩りに行って、怪我をして来た」
 八雲が、わざとらしく言って肩を竦めた。
「いや、ちょっと、油断しちゃって……」
「怪我してるのか? 治してやろうか? 少しかかるが」
「ワタシは今、手を休めるわけにはいかない。
 美味しいものを待っていてくれる皆の為に……!」
 ぐっと決意を新たにする弥十郎に、アレキサンドライトは苦笑した。
「そういうもんか? まあ、倒れたら連れてきな」
 八雲にそう声を掛け、ご馳走さん、と言い残して歩いて行く。


 一方で、祐輝の屋台は、みんなに美味しいものを食べて楽しんで欲しい、という弥十郎とは、ある意味対極の位置にいた。
 祭といえば屋台。屋台といえば――。
「せやから、店番やら接客やら品もん作ってくれりゃあええねんやって」
「わかんねっつーの。
 てか、そりゃ手伝いじゃなくて全部だろ!
 何でこんなことしなきゃならねえんだよ、今日は俺達地祇の祭りだぜ!」
 祐輝のパートナー、地祇の扶桑の木付近の橋の精 一条(ふそうのきふきんのはしのせい・いちじょう)が抗議する。
 何でって、と、祐輝は当然のことのように答えた。
「金儲けの為に決まっとるやろ。遊んどる場合か!」
「清々しいほどさらっと言ったよコイツ……」
 屋台、それは儲けるタイミングなのである。
 一条は、もはや逆らう気も起きない。
「だから、ここをこうしてこうやってこうすれば、ほら、出来たやん」
 ヒョイヒョイとたこ焼きを作る、祐輝の手際を見ていると、何だか自分にもできそうになってくる。
 一条は仕方なく引き受けた。
「説明が適当過ぎる気がするけど。……まあ、大丈夫か」

 大丈夫ではなかった。

「さあさあさあ、いらはいいらはい。
 たこ焼きいか焼きお好み焼き、大阪三大粉もんに、んでもって焼きソバ、オススメでっせー」
 一条に色々押し付けているが、実際、祐輝も働いているのだ。
 これも金儲けの為である。

「うまそうだなー」
「まだ入るのか、お前?」
 足を止めた彼に、後ろの人物が呆れている。
「入る入る。
 皆で食べようぜ、たこ焼きひと……」
 つ、と、注文しようとして、彼は言葉を止めた。
「大丈夫かそれ?」
「大丈夫じゃねー! だから無理だって!」
 焼き型に種を流し入れてひっくり返すだけ、のはずのそれは、それぞれ芸術的な形に仕上がっている。
「まあ、多少形はアレやけど、味はバッチリや!」
 びし、と祐輝は無責任に親指を立てる。
「……んじゃ、ひとつ」
 渡されたたこ焼きをひとつ食べてみて、彼はいきなり口を押さえてうずくまった。
「だいじょうぶですか!?」
 同行の少女が慌てて背中をさする。
「い、いや、大丈夫……何かガリッっていった……」
 彼は、味ではなく、痛みで涙目である。
「大丈夫でっかお客さん!
 コラ一条、商品に何してくれとんのや――!」
「俺のせいか――!!」

 と、いうような一幕も二幕もあったが、概ね彼の屋台も、その場のノリと祭り効果、そして基本的に味も良かったので、時折被害者も出たものの、売れ行きは好調だったという。