リアクション
第13章 お互い、偏屈な上司で
外の工房の方を巡回した叶 白竜(よう・ぱいろん)達は、ヨシュアと飛空艇の中を歩いていた。
今は飛空艇の倉庫付近にいる。
もうすぐ、この飛空艇は空京へ運ばれる。
仮の住まいではあったが、なくなるとなれば名残惜しそうに、ヨシュアは周囲を見渡していた。
「ヨシュアさんは、最初から全部知っていたのか?」
パートナーの強化人間、世 羅儀(せい・らぎ)が訊ねた。
「すみません」
ヨシュアは苦笑する。
「多分、殆ど聞いていました」
事を起こす前に、オリヴィエ博士は、自分の出自とこれからすること、そして最後には死ぬつもりであることまで、ヨシュアとハルカに語っていた。
そして、ヨシュアは彼を見送り、ハルカはついて行ったのだ。
「僕がこう言うのも変ですが……。
皆さんには本当に、ありがとうございました。
あの人と、ハルカちゃんが無事で、よかった」
きっと、この飛空艇が此処から運ばれると同時に、博士達とは別れることになる。
もしも、今後二度と会えなくなるとしても、それが死別ではなくてよかったと、ヨシュアは心から思っていた。
「研究室のゴーレムを見て感じましたが、博士は真に女王を護れるものを作ろうとしていたのですね」
白竜の言葉に、ヨシュアは頷いた。
「そうですね……。託したかったんだと思います」
その存在があることが、女王をどんな脅威からも護るという、絶対的な、意志の盾。
決して他者を圧し征服する武力ではない、純粋に守りのみに徹する姿勢のもの。
それは強制ではなく、女王を護ろうとする者が自ら選ぶ手段でならなければならない。
「……それが、ゴーレムの乗り手の条件だったのでは?」
白竜の言葉に、ヨシュアは微笑んだ。
「博士に言ってあげてください。きっと喜びます」
ヨシュアと白竜の会話を傍らで聞いていた羅儀は、後でひっそりとヨシュアに言った。
「白竜は多分、ヨシュアさんを自分のパートナーに、って思ったんだろうな」
「え?」
ヨシュアは驚く。
「でも、一方でそれはできないとも考えたんだろう。
だってオレ達は軍人だからさ。有事の時には真っ先に死にに行くわけだから」
「……でも、嬉しいです。
もしもなれたところで、僕では貴方方の足手まといにしかなれませんが」
ヨシュアは照れたように笑う。
「ヨウさんに、お礼を言っておいてくれませんか。
本当に嬉しかった」
「ま、もしも誰かと契約することがあったら、お互いを本当に大切にしあえる人を選んで欲しいな。
そういう人と出会えることを祈ってるよ。
多分、白竜もね」
「ありがとうございます」
「ま、お互い偏屈な上司(?)で苦労してるよな」
羅儀は肩を竦めて笑い、全くですね、とヨシュアも苦笑した。
王宮での戦いの際、偵察活動を行っていた佐野 和輝(さの・かずき)は、一連の報告書をまとめて提出した後、パートナーの強化人間、アニス・パラス(あにす・ぱらす)を伴い、アニス手作りのお菓子とお茶を差し入れに、オリヴィエを訪ねた。
「初めまして。事情聴取は終わっていると思っていたけど」
「事情聴取? そんなもんは他の人間がやればいい。
雇われ人間の俺は知ったことじゃないさ」
飛空艇の、居間に使われている一室に通されて、ヨシュアが、和輝に土産と渡されていた、アニスのお菓子とお茶を用意する。
びく、と和輝の腕に捕まって畏縮するアニスに、和輝はヨシュアに謝った。
「すまない。ちょっと人見知りで」
「いいえ。それじゃ僕はこれで。ごゆっくり」
ヨシュアは笑って、部屋を出て行く。
アニスはほっと力を抜いた。
「此処にもう一人、他人がいるんだけど」
「……ふえ?」
和輝もアニスの様子を窺っている。
「うん。でも、やっぱり博士は怖くない。
んーと、和輝と似てるからかな? それとも長く生きて来た貫禄?」
「貫禄?」
オリヴィエはくすくす笑った。
「貫禄があると言われたのは初めてだよ」
「……うん、貫禄がある人は、アニス苦手だった」
「おいおい……」
和輝が呆れる。
「まあ、実際不思議だが」
極度の人見知りで、初対面の相手と話などできたことがなかったのに。
オリヴィエは、肩を竦めて笑った。
「その人見知りというのが、強い相手を本能的に畏れるものなら、私が、弱い側の人間だと認識して貰えた、ということかな」
「んー……よくわからない」
首を傾げて、まあいいや、とアニスは思った。
一緒にいて怖くないのなら、それでいい。
「ともあれ、俺は博士の人生で見聞きしてきた出来事に興味があって、話を聞こうと思って来たのさ。
判決出るまでは、暇なんだろ? 時間潰しが出来たと思えばいい」
最も、アニスが人見知りということで、少しの間だけ特別に、と、監視を外して貰ったので、長時間話し込むのは無理だったのだが。
「何を話したらいいのやら」
オリヴィエは苦笑する。
「そうだな。それじゃ……」
東 朱鷺(あずま・とき)がオリヴィエのもとを訪れたのは、夜だった。
二人でゆっくり語り合いたい、と言うと、快く招かれた。
「一度お会いしたいと思いつつ、先延ばしになっていたのですが、博士が刑に処されると聞き、これが最後かもしれないと思いまして」
朱鷺は陰陽師だが、彼女が使う式神も、主の命令で動く従者ということでゴーレムと通じている、と朱鷺は思う。
なので、ゴーレムに関する知識を彼から学びたいと思ったのだ。
「光栄だけど、あまり色々教えてしまうと、機密性が失われてしまう、と言われているんだけど」
「今回のゴーレムに関しては、聞きません。
博士の知識自体を、学びたいのです」
道中で、ことの次第も大体聞いた。
「どのような刑に処されると予想していますか? 博士の知識が無くなるのは惜しいと思うのですが」
「どうなのかな。
生かされた時点で、もう予想を越えてしまっているので」
オリヴィエは苦笑する。
よもや、改めて処刑、ということはないだろうが、と朱鷺は思う。
罪状が女王殺害未遂である以上、有り得ないことではないかもしれない。
「もし、処刑の判決になった時は、コピー人形で博士のコピーを式神化しましょうか」
そうして、彼の影武者として、代わりに刑を受けさせれば、彼の命は助かる。
「それでは君が犯罪者になってしまう」
「技術者は、時として暴走するものです」
しれっとして言った朱鷺に、オリヴィエはくすくすと吹き出す。
「成程。そうかもしれないね」
「そんなことよりも、もっと話を聞かせてください」
そうして、夜は更けて行く。
◇ ◇ ◇
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)と、パートナーの吸血鬼、
ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)とドラゴニュートの
ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は、空京の眼鏡店を訪れた。
「すごーい。眼鏡が沢山ある!
ボク、眼鏡のお店って初めて!」
ファルがわくわくと店内を見渡す。
オリヴィエの眼鏡は、谷底へ転落した際に壊れてしまった。
彼等は、オリヴィエに新しい眼鏡を贈ろうと、選びに来たのだ。
無くても支障は無いようなのだが、見慣れていたせいか、何だか無いと不思議な気がする。
「俺には中々、形に残るものくれなかったのになー」
ヘルは、少しだけ面白くない。
けれど、呼雪の気持ちは解るので、文句は言わなかった。
普段呼雪は、物で縛りたくないと思っている。
だから、人に贈り物をするのが苦手なのだ。
けれど今回のこれは、縛るというよりは、ここに居て欲しいという、願いの形なのだろう。
「よしっ、僕も良いの選んであげるよ♪」
ヘルは気持ちを切り替えて、良さそうなものを選び、鏡の前でヒョイヒョイと試着してみる。
「わあ、ボクも掛けてみようかな!」
微妙に勘違いしているファルが、自分用の眼鏡を探す。
「ドラゴニュート用モデルはこちらですよ」
店員が一角に案内してくれた。
「コユキコユキ! これが可愛い!」
「博士の眼鏡を選びに来たんだが」
二人がそれぞれ持って来た眼鏡を見て、呼雪は呆れた表情で言った。
「え、勿論、博士に選んだんだよ?」
ヘルが答える。
「……派手過ぎないか?」
「いーの。たまには、こういうのも掛ければいいんだよ。
これは、特別なお出掛け用」
そう言って、すすっと呼雪に近付く。
「たまには、呼雪も眼鏡掛けてみない?」
一緒に選んでいた、呼雪に似合いそうな眼鏡を、ひょい、と彼に掛ける。
「うん、似合う」
意表をつかれた顔をした呼雪は、ヘルが嬉しそうにそう言うので、仕方ないなと諦めた。
「そうか」
「うん。買っちゃえば?」
ぴたっとくっつきながら、ヘルはえへへと笑う。
笑いながら、呼雪の内心を思った。
オリヴィエは、長い年月を生きて疲れ果てても、それでも、人を愛しているという。
けれど呼雪は、人間への失望と、それでも信じたいという思いの間で揺れ続けている。
人生は、吹き荒れる風の中。
呼雪の中の天秤がどちらに傾くのか、それは解らないけれど。
「もー、ヘルは甘えんぼなんだから」
しょうがないなー、と言いながら、ファルは眼鏡探しを続ける。
こういう時に話しかけると、ヘルが怒るので。
呼雪が選んだ、普段使いのシンプルなものと、ヘルの選んだ華やかなデザインのもの、ファルがオリヴィエ用に選び直した三つの眼鏡を購入して、彼等は店を出た。
「お土産に、お菓子も買って行こうよ!」
「それはお前が食べたいだけだろ?」
苦笑しつつも、呼雪は見渡して、近くの店を物色する。
「ミスドのドーナツもいいけど、この前、博士のところの宴会で食べたプリンが美味しかったよ!
プリンにしよう!」
きょろきょろと店を探すファルの後ろを歩きながら、かさ、と呼雪の手の中で、眼鏡の入った袋が揺れた。
きっと、彼は幾つか、死ぬ方法を探ったこともあるに違いない。
そう、例えば、パラミタがナラカに沈めば、死ねる可能性もあったかもしれなかった。
けれど、オリヴィエはそれを試さなかった。
彼がそれをする筈がないが、と呼雪は思いつつ、けれど、その事実が、重要なことだ。
(今の俺には、それで充分だ……)
「コユキ! ここ、ここ!」
店の前で、ブンブンとファルが手を振った。