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闇に潜む影

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闇に潜む影

リアクション

   五

 ほとんど使われなくなったその寺に、人々は集まっていた。
「こんなところに……」
と、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は眉を顰めた。
「寺社は町奉行所の管轄ではないからな。取り締まりが難しいんだそうだ」
 答えたのはエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)だ。
 廃寺の本堂に集まった男たちは、コマを出し、サイコロの目を見ては一喜一憂している。
「半! いや、丁よ丁!」
 男たちを見ていたセレアナは、その声に唖然とした。パートナーのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、いつの間にか勝負に加わっている。
「ちょっと、セレン――」
 セレンの賭け事好きは知っていたが、今は聞き込みに来ているのである。遊んでいる場合ではない。そう言おうと思ったが、逆にエクスに止められた。
「連中を警戒させるのもよくない。勝負はセレンに任せて、わらわたちは浅川 小八(あさかわ・こはち)を探すとしよう」
 セレンのことが心配だったが、エクスの言うことももっともだった。
 探す――と言っても、客は十人。その内、二人は商家の人間のようだった。五人はチンピラで、侍は二人、もう一人は坊主のようだ。
「世も末ね」
 セレアナは呟いた。
 エクスは胴元からコマを借りながら、尋ねた。
「侍もいるのじゃな?」
「あいつらを侍と言うんならな」
 胴元は嗤った。
「あいつらみんな、食い詰め浪人さ。やることなくて、ここに来てるんだ。ま、おかげで俺らはおまんまに有りつけるんだが。――おっとこれは内緒だぜ、綺麗な姉さん方」
 エクスは同意の意を込めて、微笑んだ。
「侍と言やあ」
 胴元はにやにやとした笑みを浮かべた。
「姉さん方、『髪斬り』ってのを知ってるかい?」
 願ってもないことに、向こうから話を切り出した。だがセレアナは「いいえ」とかぶりを振った。
「私は観光でここに来ているの。初耳ね、それは何?」
 セレンが「負けた! もう一回!」と叫んでいる。大丈夫だろうか。不安になってきた。
「なに、偉そうな連中をぶん殴っちゃ髪を切っていく曲者の話さ。うちの常連でやられたのがいてな、まあ実際、そいつは結構腕が立つんで、『髪斬り』も強えんだろうが……」
「ほう、今いるのか?」
「あいつさ」
 胴元が煙管で指したのは、セレンの正面に座る坊主だった。
「お坊さん?」
「いや、髪を切られてから面倒だってんで、全部剃っちまったんだそうだ」
 浅川小八は、黒の着流しだった。刀や武器の類は、胴元たちが預かる。
 セレアナはセレンを引っ張った。
「何? 今、いいトコなんだけど?」
「あの坊主頭が浅川小八よ」
 セレンは両目をぱちくりと瞬かせた。「――あ」
「……今、何しに来たか忘れてたでしょ?」
「ないない、ちゃんと覚えてたわよ。ちょっと夢中になっただけ」
 セレンは小八を振り返った。手元のコマは、大分減っている。
「任せて」
 セレンはにんまりすると、元通り小八の前に座り、自分のコマを全て差し出した。小八だけでなく、その場の全員が怪訝な顔つきをする。
「あたしと勝負して」
「何だって?」
「あなたが勝てば、これを全部あげるわ」
「嫌だね。何だか知らんが、そういう美味い話には裏があるもんだ」
「簡単よ。あたしが勝ったら、『髪斬り』の話を聞かせて」
「断る」
「なら、もしあなたが勝ったら、あたしを好きにしてもいいわよ」
「ち、ちょっと! セレン!」
 セレアナが止めるのも聞かず、セレンは上着を脱いだ。うら若い乙女のビキニ姿に、男たちの下卑た声が上がる。小八も舌なめずりをした。
「いいだろう」
 賭場で一対一の一発勝負などそうあることではないが、セレンの度胸を買った胴元が許可してくれた。
 セレンと小八が、ツボを前に対する。ツボ振りが二つのサイコロを入れ、素早く置いた。
「半よ!」
「丁だ」
 ツボ振りがツボを持ち上げた。「二−三の半!!」
 ああ〜、というため息があちこちから漏れた。エクスとセレアナは、それぞれ構えを解いた。セレンが負けたら、技の一つでも繰り出して逃げるつもりだった。
「――仕方ねえ、負けは負けだ。それで? 何が訊きたいんだ?」
 三人は顔を見合わせ、思いつく限りの質問をした。
 結果、得られた情報は以下の通りである。

・髪斬りの得物は刀ではなかった。何か非常に硬いものだったのは間違いない。
・おそらく、髪は黒。ちらりと見えた顔はまだ幼さが残っているようでもあり、それに不似合いなほど残酷で楽しげな笑みを浮かべていた。
・「殺されないだけ感謝しろ。いい時代だ」などと言っていた。

 小八はつるりと頭を撫でた。
「ありゃあ、化けモンだな。探しているなら気を付けるんだな、姉さん方。下手打つと、殺されちまうぜ?」
 情報が手に入れば、もはや用はない。しかし、賭場での勝ち逃げは許されるものではない。ならばもう一勝負、と座ろうとしたセレンに服を着せ、セレアナはコマを全て置いて立ち去った。
「また来てくれよ!」
 胴元は機嫌のよい声を三人の背にかけた。不機嫌なのは、セレン一人だけだった。