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闇に潜む影

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闇に潜む影

リアクション

   六

 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)カムイ・マギ(かむい・まぎ)は、納涼大会で着る浴衣の生地を買った帰りに、空き地で大工たちを見かけた。彼らは饅頭を頬張りながら、
「晴れるといいがなあ」
「いっそ雨ならいいんだが」
「馬鹿言え。おりゃあ、その頃には別の仕事が入ってんだ」
「一日ぐらい抜けてこいよ。一晩ありゃ、出来るだろうが?」
「そうだけどよ……」
などと話している。どうやら彼らは、盆踊りの櫓を立てることになっているらしい。
「ここで踊るの?」
とレキが尋ねると、大工の一人が答えた。
「ああ、ここでも、どこでも。この辺一帯で、太鼓の音が聞こえりゃ、どこででもさ」
 当日に様子を想像して、レキは心が浮き立った。
 その時、わんっ、という犬の鳴き声がした。忍野 ポチの助だ。一見、可愛らしい豆柴なだけに、一声鳴けば注目度は抜群だ。
「おめえ、どこから来た?」
「俺は猫派なんだがなあ」
と言いつつ、大工らはメロメロになった。
「少々、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
 フレンディス・ティラが頭を下げた。その後ろにベルナデットもいる。
 フレンディスは「下忍・下山忍さん(偽名)」と「下忍・下忍野仁さん(仮名)」に頼んで、他に「髪斬り」の被害者がいないか探してもらった。二人はたちまち、一人の男を突き止めてきた。
「そりゃあ、伊佐のこったな」
 大工がくいと顎をしゃくった。一番若い――まだ十七ぐらいだろう――大工が顔をしかめている。他の大工たちが祭りの話をしている時も、離れていた。
「な、伊佐治(いさじ)?」
「……何スか」
「こいつよ、この前酔っ払ってフラフラ歩いてるときに、変な奴見かけて喧嘩吹っかけたのよ。な?」
 伊佐治は答えない。大工が首に腕を回して引き寄せた。
「ところが、あっさり返り討ち。次の日の朝、道端で転がってるところを見つかった、ってな具合さ」
「俺は別に」
「『髪斬り』なんですか?」
「さあて、それがな」
 大工は伊佐治を解放した。
「見ての通り、髪は無事だ。ありゃ曇りの晩で、薄ら明るかったし、ひょっとしたら違うんじゃねえかとも思うんだが」
「ありゃ『髪斬り』だよ!」
 伊佐治は憤慨している。
「間違いねえよ! 俺はあっという間に投げられちまったんだ。あんな素早くて強え奴――チビだったけど、本当に強かった。間違いねえよ!」
「分かった分かった。ま、つまり、そういうこった」
「えーと?」
 ポチの助は首を傾げた。
「つまり、『髪斬り』の目的は髪の毛を切ることではないということですね」
「やはり、腕試しなのでしょうか」
 ベルナデットの言葉に、フレンディスが応じる。
「被害者が殿方ばかりというのも気になります」
「それは簡単です。契約者はほとんどが学生ですから、夜遅くに外出はしません。無論、無断外出であれば話は別ですが」
 一つの部屋に三人が暮らす寮もあれば、一部屋ずつに住む生徒もいる。平太とベルナデットは後者だ。狭いが、それぞれ別の部屋を借りていた。
 もっともベルナデットは、夜、寝に帰るだけで日中は平太の傍にずっとくっついている。ちなみに部屋を分けた理由は、「年頃の男女が同じ部屋で寝るわけには……」という平太の申し出による。
「契約者でもない限り、女性で灯りのない晩に出歩く人は少ないでしょうから。それに腕試しが目的なら、男性の方が強そうに見えるものですからね」
 フレンディスは今の言葉に引っ掛かった。
「つまり、犯人は見た目で判断している――契約者の強さを知らない、ということですか?」
 ベルナデットはフレンディスの顔を見つめ、柳眉を顰めた。
「それは思いつきませんでしたが……そうですね、その可能性はあります」
 今の時代、契約者の強さを知らない人間がまだいるのだろうか?
 聞き込みを終えた三人は、大工たちに礼を言い、レキとカムイに頭を下げると夜の見回りに備え、いったん戻ることにした。
 入れ替わるように、「あんた!」と野太い女の声が響いた。
「母ちゃん!?」
 大工の声が引っ繰り返った。
「いつまで休んでるんだい! お天道様は待ってちゃくれないよ! ほらあんたらも仕事仕事!」
 女房に追い立てられ、大工たちは慌てて仕事に戻って行った。その女房――セツと名乗った――は、レキたちが浴衣の生地を持っていることに気付き、
「おやあんたらも踊るのかい?」
と尋ねた。
「その浴衣は自分で縫うのかい?」
「誰かに頼もうかと……」
「だったら、あたしがいい人を紹介してあげるよ。その人はついこの前、旦那が死んでね、一人で大変なんだ。仕立ての腕はいいから、あんたら、頼んでやっちゃくれないかい?」
 レキとカムイは顔を見合わせた。断る理由はない。
「今年も色々あったからねえ」
 しみじみとした口調が気になって、レキはこの納涼大会の由来を尋ねた。
「死者を迎える祭りさ」
 レキとカムイは、息を飲んだ。
「この日は年に一度、死者が家族の元へ帰ってくるんだ。よく見ててごらん、きっといるはずのない人が、踊っていることだろうさ」
 そう言って、セツは笑った。本気とも冗談ともつかぬ口ぶりに、レキの背に薄ら寒い物が走った。