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戦火に包まれし街≪ヴィ・デ・クル≫

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戦火に包まれし街≪ヴィ・デ・クル≫

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第一章 開幕

 タシガン空峡沿岸部 ツァンダに所属する小さな街≪ヴィ・デ・クル≫。
 普段は多くの来訪者で賑わうこの街の昼下がりは、今や突如現れた機動要塞によって街中騒然となっていた。

 街に近づくにつれて、その巨大さを実感させられる≪アヴァス≫の巨大機動要塞。
 照りつける日差しを黒い外装に浴びながら陽炎に揺れるその姿は、内に秘めた邪悪な気で大気を震わせているかのようだった。


 そんな機動要塞内部で鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)は刀を手に暴れまわっていた。
「邪魔! 退け!」
 偲の振り下ろした金盞花が≪アヴァス≫の兵が持つ機関銃を、銃口から真っ二つにする。
 さらに長い黒髪を大きく広げながら体を捻った偲は、反対の手に持った鞘で兵の顔を横から殴りつけ、通路の冷たい鉄の壁へと吹き飛ばした。
 兵が鼻血を垂らしながら、床に倒れる。
「まったく次から次へとキリがありませんね」
 偲が床を擦りながら片側の足を動かし、兵に対して垂直になるように身体をずらす。
「ふんっ、未熟者が!
 近接戦を挑んできた兵の攻撃を刃で受け流すようにして躱すと、偲は背中からバッサリと斬りつけた。
 あまりの強さに、通路の塞ぐように集まっていた兵が後ずさり、数名の兵が増援を呼びに行く。
 偲がため息を吐く。
「所詮こんなものか。これなら私が戦う必要も……あれ?」
 偲は首を回して周囲を確認するが――瀬山 裕輝(せやま・ひろき)の姿が見つからなかった。

「な、あ――あのバカがぁぁぁぁぁぁ!!

 契約者である裕輝は、いつものことながら勝手に別行動を始めていた。

「おい! 休んでいる奴も全員たたき起こして招集しろ!」
 慌てながら駆けてきた兵が、通路で鉢合わせた仲間に命令する。
 いきなり命令された方は、訳が分からず眉を潜めた。
「おいおい、何があったんだよ?」
「鬼だ! 鬼が出たんだ!」
 唇を震わせ青ざめた表情で語る兵。
「このままじゃ、皆殺されちまう……」
「鬼? 鬼ってあの鬼かい?」
「いや、本物の鬼ではなく人間だ。しかも女」
「なに? じゃあその女は化け物じみた容姿をしているのか?」
「いや、見た目は割と美人だ」
「じゃあ、なんで鬼なんだ?」
「それがまるで下手人を探すみたいに「バカはどこにいった!」って叫びながら、鬼の形相で仲間を斬り倒していくんだ……」
 そう語る兵は自分の肩を抱くようにしながら、身体を震わせていた。
「と、とにかく急いで仲間を集めてくれ」
 兵が走って通路の奥へと向かっていく。
 残された方はいまいち釈然としない様子で後頭部をかいていた。
「ま、とりあえず仲間を集め――ん?」
 ふいにすぐ傍の扉の隙間から人影を見えた。
 扉を開いて中を確認すると、部屋の中央に仲間と同じ服装をした男が帽子を深々と被って正座していた。
「おい、お前こんなところで何してんだ。話は聞こえてただろ。招集だ」
「…………」
 男に近づくが返事はない。仕方なく肩を揺すろうと手を伸ばす。
「こんな時に寝てるのか? ほら、さっさと起きて給料分くらい――なっ!?」
 伸ばした手が正座していた男に掴まれたかと思うと、一瞬空中に浮き、床に叩きつけられた。
 背中に寝ていると思っていた男の下腿部が乗りかかる。
「おまえ、何しやが――」
「悪りぃ。オレはあんたらみたいに安月給で雇われてはないんや。雇いたいなら、この要塞の製作費くらいは覚悟してもらわなあかんな」
「――おまえ……誰だ」
 兵はどうにか首を曲げて男の顔を見上げるも、そこあったのは仲間の顔ではない。
 その人物は、要塞に潜入していた裕輝だった。
「誰かなんて、いちいち答えてられんちゅうの。おら、さっさと寝ときいや」
 裕輝は相手の首に腕を回すと、顎と頭部に手を当てて首を捻りあげた。
 乾いた音と共に、男が白目を剥いて脱力した。
「さてと……」
 裕輝は立ち上がり、服についた埃を掃う。
 着ている服は契約者の偲が戦っている間に、兵を捕まえて剥ぎ取った物である。
「この恰好の方が相手の隙をつきやすいちゅうもんや」
 裕輝は楽しそうに笑う。
 すると、遠くから偲の声が徐々に大きく聞こえてきた。
「なんやまだ怒っておったんか」
 忍びこんで確実に潰しておこうと言い出した偲に対して、堂々と正面から突っ込んみ見つかったのは裕輝のせいである。
 それなのに裕輝は偲を囮にして、いつの間にか別行動を始めていた。
「見つかると面倒や。ここは放っておいて先を急いだ方が適切やろうな♪」
 裕輝は偲の怒声とは逆方向に通路を進んでいった。


「どう、ダリル? いけそう?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がパソコンを捜査するダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に尋ねる。
 ダリルは機動要塞内部の一室からハッキングをしかけていた。
「ちょっと待ってくれ……」
 大量の文字と画像が表示される画面を見つめながら、ダリルは忙しなくキーボードを叩き続けた。
 暫くして、打つ手を止めてパソコンと室内の機器を繋いでいたコードを引き抜いた。
「できた?」
「続けていると相手にこちらに居場所を気付かれそうだったからな。途中で中断した」
「それじゃあ儀式装置とか研究室の場所はわからない?」
「いや、おおよその場所なら推測できる……ここだ」
 ダリルは画面上に機動要塞の全体図を出して数か所を指さした。
「大がかりな装置が配置できる空間があるのは、左右と奥のこの場所だけだ。研究施設は厳重なロックがかけられていた……この辺りだろうな」
 ダリルは手に入れた情報と予想した内容を、先行している生徒達にも共有するためにデータを送り始めた。
「ねぇ、ダリル。この場所のどこかにマカフとジェイナス。それに邪竜の心臓があるのかな」
「そうだろうな。まぁ、たとえ奴らがいなくても、俺達がこれから向かう研究室にもそれなりに警備はあるだろうけどな」
 淡々と答えるダリル。
 その背後で早見 騨(はやみ・だん)は顔を強張らせて腰のホルスターに入れた拳銃に触れていた。
 すると、ルカルカが騨の腕を掴んで引き寄せる。
「騨、大丈夫よ。私達も一緒に行くから、ね?」
「……う、うん」
 騨は顔を赤く染め、俯き気味に頷いた。
「……」
 その様子を見ていた≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむが、ジト目で騨の顔を見つめる。
「騨様はルカさんの胸が当たっているのでいやらしい事を考えています」
「え!? いや、違うよ。僕は別にそんなこと……」
「どうですかね!!」
 あゆむが頬を膨らませてそっぽ向いてしまった。
 楽しそうに笑うルカルカの隣で、騨は困った様子で肩を落としていた。
「おい、そろそろ行くぞ。段々通路が騒がしくなってきたしな」
 ダリルは扉を少し開いて通路の様子を確認すると、時折兵が走っているのが目についた。
「裕輝の陽動がうまくいっているようではあるな。とはいえ、これだけ敵の数が多いと見つからずに進むのは厳しいか」
「それなら自分に任せるであります!」
 ダリルの背後に立った葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が白い歯を見せながら爽やかに笑いかける。
「自分達が先に出て、派手に暴れ散らしてくるであります。
 皆さんはその間に逆方向から研究室に向かうであります!」
 吹雪の申し入れに、ダリルは目を閉じて少しの間思考する。
 そして、小さく首を縦に振った。
「わかった、任せよう。無理はするなよ」
「この程度、赤子の手を捻るようなものであります。
 それでは二人ともいくであり――何をやっているでありますか?」
 イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)を振り返った吹雪が眉を潜める。
 そこには縄でグルグル巻きにされたイングラハムの姿があった。
「う、うーむ。よくわからないが、そこの猫耳メイドに捕らえられてしまった」
「あゆむ、頑張りました!」
 イングラハムの横であゆむが自信満々で敬礼していた。
 すると、困った様子で頬をかきながらコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が近づいてくる。
「あ、コルセアさん。どうですか? あゆむが捕まえましたよ!」
「うん。それなんだけど……ごめんなさい。一応ワタシ達の仲間なのよ」
「……ふえ?」
 あゆむが瞳を瞬かせ、コルセアとイングラハムを交互に見つめた。
「足がうにゃうにゃいっぱいあります」
「そういう生き物なの」
「目がギラギラ光ってます」
「気持ち悪いけど……」
「気持ち悪いとか言うな!」
 コルセアが丁寧に説明すると、あゆむもようやく納得し、イングラハムを縛っていた縄を外した。
「すいませんでした」
「うむ。わかってもらえたのならそれでいい」
 自由になったイングラハムは、コルセアと共に吹雪の傍に来て戦闘の準備を整える。
「吹雪、いつでもいけるぞ」
「了解! 合図したら一斉に飛び出すであります。
 ……そうだ。これが終わったら皆で祝杯の一つでもあげたいでありますね」
 吹雪が生徒達に向かって親指を立てる。
「そういう台詞は先行きが不安になるからやめてよね……」
「そうでありますか? ……あ、靴紐が切れているであります」
「…………」
「…………」
 しゃがみ込んでどうにか紐を結び直せないか試行錯誤している吹雪を、コルセアとイングラハムは不安そうに見つめていた。
「あ、そうであります。失くすといけないので形見の品を預けて――」
「いい! そうそう無くなったりしないからもってなさい!」
「そうでありますか?」
 コルセアに言われて、吹雪は形見の品を結局自分で持っていくことした。
「――それではいくであります!」
 タイミングを見計らって吹雪が飛び出す。
 銃を構えながら通路を走り、視界に入った兵に銃弾を叩き込みながらT字路まで一気に進んだ。
「爆弾いきますよ」
「こちらもいくであります!」
 コルセアと吹雪が左右の通路に機晶爆弾を投げつける。
 爆発と共に白煙があがり、その向こうにいるであろう兵に、さらに銃弾を与える。
 白煙が薄くなると、吹雪は後方から追ってきた騨達に合図を送る。
「自分達は反対の通路を進むであります。くれぐれも慎重に行くでありますよ」
「わかりました。そちらもお気をつけて」
「大丈夫であります。自分にはまだ成さねばならぬことがあるのであります」
 騨達に親指を立てて吹雪は通路を走り出す。
 その向こうから、戦闘の音を聞きつけた兵達が向かってくる。
「よし、ここは我に任せろ!」
 威勢よく兵に突撃していったイングラハム。すると、その足元をコツコツと機晶爆弾が背後から転がってきた。
「へ――」
 イングラハムは敵の兵ごと爆破された。
「あ……ごめんであります!」
「ひ、ひでぇ……」
 真っ黒こげになったイングラハムは足をピクピクさせて壁にめり込んでいた。

「そういえば、騨様。はい、これ!」
 通路を生徒達と慎重に進んでいた騨に、あゆむがプレゼントをしてきた。
「手作りお守りですよ。騨様が怪我をしないように徹夜でつくりました」
「え、徹夜で? へぇ……ところで、この中央の何?」
「わんちゃんの刺繍です! 可愛いでしょう?」
「犬……?」
 あゆむが犬だという刺繍を見て、騨は顔を引き攣らせた。
 それはとても犬には見えず、かといって何かと言われると形容しがたい生き物で、小学生の落書きよりひどい出来だった。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない。ありがとう……」
「えへへ」
 苦笑いを浮かべて答える騨に、あゆむは嬉しそうにしていた。
 あゆむはリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)にもポケットから別のお守りを手渡した。
「はい。これリースさんの分」
「わ、私の分ですか!? もも、もらっていいん、ですか……??」
「いいですよ♪」
 嬉しそうに受け取ったお守りを見つめるリース。
 しかし、猫だという刺繍を見た瞬間、その表情は凍りついてしまった。
「皆さんもどうぞ。数があまりありませんので先着順です」
 あゆむはニコニコ笑いながらその場にいた生徒達にお守りを配り、表情を凍りつかせていった。