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リアクション
★ ★ ★
「さてと、これでよしと……」
天御柱学院の訓練場の扉をしっかりと閉めると、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)は、ゆっくりと息を整えていった。
今日の特訓のテーマは、近接戦闘での炎の使い方だ。
以前、ルージュ・ベルモンドが見せたという戦い方を手本にしてみる。
攻撃の基本は、パイロキネシスによる炎熱攻撃だ。中距離まで接近し、帯域指定で超能力の炎で焼き払う。この炎は、外部からの燃焼ではなく、その空間自体に熱エネルギーを発生させる物なので、位置さえあえば内部から敵を焼くことができる。研究者によれば、超能力によって分子レベルでの粒子運動が発生し、振動エネルギーが熱エネルギーに転換されているのではないかと言うことだが、それが結論だと決定されるまでには至っていない。まだ、説の一つと言うところだ。
大元の超能力を遮断されずにその位置に敵をとどめおけば、浸食と言われる加熱の継続状態の維持が可能だ。別に、炎が生き物のように意志を持って敵の身体に潜り込むようなものではない。座標に対して、継続して超能力で熱エネルギーを注ぎ続ける状態を維持するのだ。敵の動きが追従可能な速さであれば、ある程度移動されても過熱状態を保つことができる。
超能力を理解できない者にとっては、消そうとしても消えない炎が自らの身体を焼き広がっていくので、まるで目に見えない炎の式神か寄生体に侵食されていくような錯覚に陥るわけである。
だが、当然敵も人形ではない。移動して範囲から逃れもすれば、反撃してこちらの攻撃を中断しても来る。
アウトレンジからの攻撃に対しては、当然別の攻撃方法をとるべきなので、今日は接近されたときの対処法を訓練してみる。
自分をも巻き込むレンジに踏み込まれそうになった場合、どうするか。
敵を個別判別してピンポイントに攻撃することも不可能ではないが、制御が難しく効率的ではない。もともと帯域攻撃は3Dのエリアを対象としたもので、ピンポイントにはむかない。
自分を巻き込むほどのショートレンジの場合、エリアを絶妙にずらすか、他の要因で限定するかである。
すぐに考えつくものは、フォースフィールドによって、味方を保護するというものだ。同様にして自分を保護すれば、近接展開ができる。これをウォール状に展開すれば、敵と自分の間に炎の壁を作りだすことも可能だ。近接戦闘の場合、それが目隠しとなって、敵の予期せぬ方向から奇襲を仕掛けることができる。
ルージュ・ベルモンドがやって見せたのは、まさにそういう戦法であった。
ここで問題となるのはタイミングだ。全ての技をまったくの同時に行うことはできない。ならば、その間隔をどれだけ縮められるかと言うことであった。
それができなければ、ただ単に敵につけいる隙を与えるだけになってしまう。
対戦相手として用意した等身大のイコプラを起動させると、エヴァ・ヴォルテールは一気に突っ込んでいった。同様にして、イコプラも突っ込んでくる。
あっけなくイコプラがエヴァ・ヴォルテールをソードで斬り倒したかに見えたが、斬られたエヴァ・ヴォルテールの姿はゆらいで消えてしまった。
ミラージュだ。
本物のエヴァ・ヴォルテールは、最初の一から一歩も歩いてはいない。
すぐさま、イコプラが再度襲いかかってくる。その前方に、エヴァ・ヴォルテールがパイロキネシスを展開した。イコプラが急制動をかけ、その動きが一瞬止まる。その瞬間、炎を突き破ってエヴァ・ヴォルテールが飛び出してきた。
充分に早い。
その勢いのまま、念動式パイルバンカーを打ち込む。パイルバンカーの杭を外し、念力で作りだしたショックウェーブを打ち出すようにした物だ。威力を自由に変えられる反面、実体弾がなくなったためのデメリットもある。
「手応えはあったかな……」
連携がうまくいったことに満足しつつも、実際には覚醒型結界やアクセルギアの補助を利用してのことであった。一番の問題は、敵の位置が予測したものでしかないことだ。目視できないために、勘に頼るしかない。ルージュ・ベルモンドはジャンプしてその点を補っていたが、すでに衆目に晒した技であるために、敵の力量が高ければ対応策はとられてしまうだろう。こちらの視線が通ると言うことは、敵にもそのチャンスがあるということなのだから。
それでも、敵の虚を突くには有効だろうし、ここぞというときの決め技としてはいいと思う。何よりも、ルージュ・ベルモンドと同じ技を自分も使えるという自信が大きい。
「よし、もう一度だ!」
エヴァ・ヴォルテールは、もう一体のイコプラをセットして身構えた。
★ ★ ★
「調子はどうだ? そんなに急ぐ必要もないから、少しは休憩するといいぜ」
飲み物を運んできながら、柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)がアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)に言った。
ここは、機動要塞ウィスタリアのブリッジである。
要塞でありながら、ウィスタリアの外観は双胴の大型戦艦に酷似しているため、柚木桂輔たちは機動戦艦と呼んでいた。
そのブリッジの中央で、アルマ・ライラックは機晶制御ユニットに半ば身を沈めてウィスタリアのメンテナンスを行っていた。周囲には、ポップアップしたホログラフスクリーンが所狭しとならんでいる。
「ちょっと待ってくださいね。今、バイパスを構築してしまいますから」
指先で器用にスクリーンを横に弾いて整理しながらアルマ・ライラックが言った。アルマ・ライラックの感覚機能とリンクした機晶制御ユニットが、外周部の各センサーを使って各スクリーンとポインティングデバイスとしての指先の位置を同期させている。
メンテナンスのためにエネルギー伝達回路の一部を取り外した生命維持装置に対して、一時的にサードサーキットを構築するために、ジェネレータからラインをのばして生命維持装置へと接続する。これで、ソフトウエア的には、接続が確立されたはずだ。
「あまり根は詰めるなよ。俺だって、エラー表示ぐらいは読めるからな」
「はい。では、隔壁動作チェックプログラムを走らせますので、エラーが出たら知らせてください」
そう答えると、アルマ・ライラックが両手を広げて艦内全図を広げた。立体表示が各フロアごとに分断されて階層的に表示されている。それらの隔壁を示すポイントが順次黄色に変わり、少ししてから緑色に変わる。これが赤くならなければいいわけだ。
一通りの隔壁をチェックして、一段落ついた。
頭の左右に位置した非接触型のインターフェースバーを押しやって開くと、機晶ユニットのシートが後ろにスライドしてコンソールから離れた。
ウィスタリアに合わせたパイロットスーツを着たアルマ・ライラックが、機晶ユニットから立ちあがりながらうなじに手を差し入れて軽く髪をかきあげる。ふわりと広がったシルバーブロンドが、スーツの色を映して淡い藤色に輝いた。
二人でゆっくりとお茶を飲んでいると、爆音がドックに横たわるウィスタリアの上空を飛び去っていった。ソニックウェーブだ。
「飛行訓練か?」
ブリッジの窓まで近づくと、柚木桂輔が上空を見あげた。
飛行機雲を引きながら、ジェファルコンタイプのアイオーンが海上にむけて飛んでいく。
『――機体安定したよー。もうじき、クルージングスピードに到達だよ』
サブパイロットシートのミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)が精神感応でシフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)に告げた。アイオーンのコバルトブルーの機体が、亜音速に達して安定した。
『――了解しました。進路再確認の後に超音速飛行に移動します』
『――進路クリアだよ』
『――加速を開始します。トリニティシステムを起動。エネルギーを推進器に』
『――りょーかい』
シフ・リンクスクロウがスロットルを開く。イコン背部の推進器が発光し、位相フィールドを展開して推力を増す。機体が音速を突破し、ベイパーコーンが発生した。
『――音速突破したよー。じゅんちょー、じゅんちょー』
『――セカンドシークエンスに移動します。イコンホース起動。フルブースト!』
シフ・リンクスクロウの操作で、アイオーンの両肩に装備されたブースターパック型の二基のイコンホースが末端部の装甲をスライドさせて、スリット状の発光部を顕わにした。さらなる加速と共に、さすがにコックピットにも衝撃が伝わってくる。
『もっと高度をとって。断熱圧縮で機体前部の温度が上昇し始めているわよ』
魔鎧としてシフ・リンクスクロウに着られていた四瑞 霊亀(しずい・れいき)が肉声で警告した。精神感応でやりとりしているシフ・リンクスクロウとミネシア・スィンセラフィの会話が聞こえないのがもどかしいが、その分落ち着いてコンソールなどをチェックできるとも言えた。
全出力を推力に回したアイオーンのスピードはすばらしく、すでにノーマルのジェファルコンの倍のスピードに達している。そのため、機体によって押し縮められた全面の大気が密度と共に熱量を圧縮して高温になり始めていた。
機体から大きく前後に張り出したイコンホースが、ベクターノズルと姿勢制御スラスターを駆使して機首を上にむけた。より大気の影響の少ない高空へとアイオーンが駆け上っていく。
「サードシークエンス、高機動実験に移行します」
シフ・リンクスクロウが肉声で宣言する。
『任せなさい』
装着者の身を守る魔鎧として、四瑞霊亀が自信を持って言った。
『――反転!』
シフ・リンクスクロウがインメルマンターン・マニューバを実行する。上方反転した後にロールして機体を直したアイオーンが海京に戻るコースに乗った。直後に再加速して、失速した分を取り戻す。
『――そこそこGが来るね』
クルクルと回されて、ミネシア・スィンセラフィが言った。
コックピット内とイコン周囲に張り巡らされたフィールドは、慣性などの一部の物理法則を緩和してくれる。その上で、コントラクターとしての強靱な肉体があってのイコンのマニューバだ。そうでなければ、パイロットの肉体もイコンの機体も、空中でバラバラになっているだろう。
『――まだまだ、この程度じゃヤタガラスの性能は引き出せません。実戦用の起動を試してみましょう。ビームライフルの出力を模擬戦モードに。ドローン射出』
アイオーンから、標的用のドローンが射出され、空中に停止した。
大きく旋回しながら、アイオーンがドローンの方に進路を戻す。
『――ターゲットロックだよ』
『――行きます!』
超音速でターゲットに近づくと、シフ・リンクスクロウがコブラ・マニューバで機体を縦に起こした。瞬間、機体をつつんで発生した白い霧が弾け飛ぶ。ビームライフルを構えつつ、ターゲットを中心としてヨーイングを行う。音速下でこの体勢での起動は航空機では考えられないが、人型のイコンとしてはむしろ自然だとも言える。
ターゲットを中心として、アイオーンが楕円を描いた。
『――命中率60%。まあまあ?』
『――低すぎます。もう一度行きましょう』
ミネシア・スィンセラフィの報告を聞いて、少し渋い顔をしたシフ・リンクスクロウが機体を元に戻した。
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