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リアクション
★ ★ ★
「また侵入機です」
高嶋 梓(たかしま・あずさ)が、浮遊島の官制室で何度目かの声をあげた。
「ええい、この空域で、演習なんか聞いていないぞ」
湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)が頭をかかえる。
「まあ、よくあることですよ。イレギュラーですね」
仕方ないと、アルバート・ハウゼン(あるばーと・はうぜん)が軽く肩をすくめた。
「今のところ、こちらの進路上に入ってくる様子はないですが、どうなされますか?」
高嶋梓と共にレーダーを監視しながら、ソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)が訊ねた。
彼らは、海京沖に固定されたひょっこり島で、またもやイコンによる大気圏離脱実験を行おうとしていたのだった。これで、通算三度目である。
「何か問題でも?」
猿渡 剛利(さわたり・たけとし)が、湊川亮一に訊ねてきた。今回、直接は別グループとなるが、同じ目的でひょっこり島のお山基地を使用している。
「侵入者だ。作戦上支障があるので、出ていくように指示している」
あれやこれや高嶋梓に指示しながら、湊川亮一が答えた。
「とりあえず、こっちの方が時間がかかるから、先に出てくれ」
「了解したぜ」
そう答えると、猿渡剛利が自分たちのチームに戻っていった。もっとも、チームリーダーは猿渡剛利ではない。今回、宇宙にあがろうとしているのは、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)とエグゼリカ・メレティ(えぐぜりか・めれてぃ)だ。二人の乗るフィーニクスをベースとしたラーズグリーズによるイコン単体大気圏離脱を実験するらしい。
「フィーニクスがベースか。もともと大気圏内専用機の改造でどこまでできるか見せてもらおう」
度重なる失敗を重ねているゆえの余裕からか、湊川亮一がじっとラーズグリーズを見つめた。
上面をパープル、下面をホワイトに塗られたデルタ型航空機タイプの機体は、見たところブースターなどは装備してはいないようだ。これは、目的がイコンのみでの大気圏離脱だかららしい。
だが、前々回に湊川亮一たちが燃料の時点で失敗しているため、これは無謀だと言えるだろう。スペースシャトルなどは、大気圏離脱のために760トンもの燃料を必要とする。燃料だけでだ。これにブースターの重量やらイコンの余分な重量やらが加われば、さらに必要となる。タンクだけでも、イコンの全長の倍以上はあるのだ。
「ふふふ、元は大気圏内用イコンだとしても、このあたしの手にかかれば、チョロいものよ」
ラーズグリーズの改造を一気に引き受けた三船 甲斐(みふね・かい)は自信満々だった。
「大気圏型の長所を生かして、高高度まではスクラムジェットエンジンで加速。その後は、薫の術式によって大気圏突破。ふふふ、造作もないね」
なんだか、最後の方になって怪しくなっている気がするのだが……。
「あまり期待してもらってもな……」
どうなっても知らんぞと、佐倉 薫(さくら・かおる)が陰でつぶやいた。
改造と言っても、宇宙対応は佐倉薫がヤシュチェのお守りや妖精のお守りを用いたものである。宇宙がナラカと同じ性質の空間であるパラミタであればそれもいいが、はたして、地球の物理法則の支配する宇宙で役にたつのであろうか。
「ブログラムは調整してあるけど、メインブースターのコントロールだけがブラックボックスなんだよね」
エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)が、ちょっと渋い顔で言った。
「理論上は、充分な出力が得られるはずだぞ」
「全エネルギーをメインブースターに回せればだけれど、OSレベルでリミッターがかけられているみたいなんだよ。これは手が出せない」
「はははは、そんな物は、あたしの手にかかればちょちょちょちょいと……」
「壊すよね」
なぜか、エメラダ・アンバーアイに言い返せない三船甲斐であった。
『準備はもういいのか?』
ラーズグリーズのコックピットから、痺れを切らした柊恭也が連絡を入れてきた。
「ああ、現状打てる手は全て尽くした」
猿渡剛利が即答した。神頼みも混じっていることは内緒である。
「じゃあ、カウントダウンに入るよ。10、9、8……」
エメラダ・アンバーアイが、高嶋梓に障害物の確認をしてから、カウントダウンを始める。その後ろで、佐倉薫が祓い串を振っているのが、もの凄く不安だ。
「あのー、最後にもう一度聞きますけど、本気なんですよね、主」
エグゼリカ・メレティが、柊恭也に訊ねた。
「もちろんだ」
長年の夢である。柊恭也としても、ここは引けなかった。
「3、2、1、0!!」
「いっけー!!」
ラーズグリーズの機体が、高速で電磁カタパルトから射出された。
ミサイルよろしく弾道軌道に乗り、ジェットエンジンを全開にさせる。激しい空気抵抗と共に機体が大きく振動したが、大気が薄くなっていくと共にそれもややおさまりはする。音速に突入し、ラムジェットに切り替え、さらに加速していく。これは、いけたかと思ったが、対流圏を抜けたところで燃料が尽きた。
もともとフィーニクスは純粋なイコンではない。基本は航空機と同じ構造で、機晶ジェネレータは加速用ブースターとしてよりも、機体維持やフローティーングシステムとして使われている。そのため、単機ではやはり燃料が圧倒的に不足していた。
「えっと、止まりました……」
ぷすぷすと音をたてていそうなエンジンのモニタ表示を見て、エグゼリカ・メレティが告げた。
「うおー、星が見えているのに。後ちょっと……」
柊恭也が手をのばしたが、キャノピーの外の星は掴むことはできない。ゆらりと姿勢を崩し、ラーズグリーズが墜落していった。
「落ちてきます」
レーダーを見ながら、エメラダ・アンバーアイが告げた。
「よくやった。りっぱな人柱だ」
うんうんと、猿渡剛利が感心する。
「まあ、お守りがあるから、死にはせんだろ」
三船甲斐の言葉に、佐倉薫がお祓い串をバサリと鳴らしてうなずいた。
もともと、宇宙での活動可能ということと大気圏離脱可能ということでは意味が違う。宇宙で動けると言うことは、宇宙にいけると言うことではない。
「ラーズグリーズ、海上に不時着します」
「頑張った、というところかな。さあ、次は俺たちの番だ」
高嶋梓の報告を聞いて、湊川亮一が気を引き締めた。
スフィーダをベースとした陣風には、後部に大型ブースターが接続されている。
前進翼と大型ブースターが特徴的なコバルトブルーの機体は、イコンホースからなる大型ブースターパックにイコンの機体が支えられているような構造になっている。キャリアーとしてのイコンホースの性能をも加えれば、ブースターと本体によって充分な加速時間がとれるはずだ。まずは高度3000まではイコンのブースターで上昇、その地点で打ち上げ用ブースターに点火一気に大気圏離脱をもくろむ。
「カタパルト接続完了。陣風、いつでもいけます」
アルバート・ハウゼンが、湊川亮一に告げた。
「よし、リフトオフ!」
湊川亮一が、自分のタイミングで発進を告げた。
巨大なブースターを引きずるようにして、陣風の機体がカタパルトから発進していく。実際の問題として、スフィーダの出力でこれだけのペイロードを高空まで運ぶのは至難の業である。もともと輸送機や爆撃機ではない戦闘機タイプでやろうとしているのだから、予定高度に達したところでイコンとイコンホースのメインブースターはリミッターによって停止するだろう。もっとも、そこからがブースターの出番なわけだが、重量的には完全に逆のような気もするのだが……。本来の空中発射式では、おおよそ15キロの高度から軽量の本体を発射する。もともとイコンは軽量とはいいがたいため、さらにブースター込みで3キロが上昇限界と言うことなのだろうが、低すぎることは否めなかった。
「高度上昇します。2000……、3000。予定高度に到達しました」
「よし、ブースター点火する!」
高嶋梓の指示を受けて、湊川亮一が点火スイッチを押した。一気にGが倍加する。
オレンジ色の炎を吹いて、ブースターをつけた陣風が上昇していく。
「くそう、先を越されたか!?」
海面に浮かんだラーズグリーズの中で、柊恭也がモニタを見ながらつぶやいた。
だが、順調に上昇していたと思われた陣風のブースターが、突然停止した。
「どうした?」
「ブースター停止、イレギュラーです」
「ブースター排除。帰還軌道に移行する」
高嶋梓の言葉ですぐに失敗を悟った湊川亮一が、即座にブースターを切り離して帰還コースに移った。
『なぜだ、今回はいけるはずじゃなかったのか!?』
「えー、そう言われましても、いろいろと台所事情もありまして、部品の信頼性や燃料の質などが……」
湊川亮一に激しく問い質されて、アルバート・ハウゼンがちょっと困ったように口籠もった。実際、今回の部品類は、ちゃんと整備はしてあるが全てバルク品だ。
『どういうことだ?』
「では、端的に申しますわ。お金がありません」
『いや、資金ならみんなの貯金を……』
「ロケットやシャトルを飛ばすのにどのくらいかかるか知っていますか? 日本円で100億ですよ。それをもう2回失敗したんですから……」
『ちょっと待て、それは……』
「ええ。当分、白い御飯は食べられません」
絶句する湊川亮一に、ソフィア・グロリアが告げた。
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