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海辺のトコナッツランド【5】


「……止まりましたわ」
「そうね」
「そうねって理沙さん。まだ途中ですわよ! しかもここは回転の途中!
 わたくし達上下が逆さまで、頭が下を向いているんですのよ!」
 やや説明口調で涙目のチェルシー・ニールが訴えかける様に、
彼女は今、ローラーコースターの途中、回転の頂きという部分で停止している乗り物に座っていた。
 しかもこれで三度目だ。
 一度目は高い高い坂の上で下を向いた瞬間。
 二度目は急なカーブで身体が斜めになった瞬間。
 そしてこれ。
 狙い澄ましたかのような停止攻撃に、「予想よりも速いですわね」とぎりぎりの余裕を保っていたチェルシーも、溜息すら出ない状況だ。
 そして暫くして高さと血の逆流に慣れてきたか、というところでコースターは再び急速発進する。
 後ろから見てもぐったりしているチェルシーの様子に、ジゼルは前の席の理沙に声を掛けた。
「理沙は平気ー?」
「私は平気よ。高さとかスリルとか楽しいしー! 風が爽やかで気持ちいいわね!」
「ねえ理沙ー! コースターって全部こんな感じなのー?」
「色々な遊園地に行った事があるけど、こんなに止まるのは初めてで新鮮ね!」

 こうして止まる事計十三回。

 先のコースターに乗ったので、降り口近くのベンチで待っていた友人達の元へ戻ってきたチェルシーの第一声は
「ちょっと休憩したいですわ」だった。


 ふと気付くと、そんなチェルシーの横のベンチに、こちらも顔色が余り宜しくない人物が座っている。
 ただ彼はふわふわの毛並みを両手いっぱいに抱えて、そんな状況すらも満喫しているようだった。
「東雲、どうしたの?」
「あ。ジゼルさん。
 さっきね、乗ってた電車の乗り物が止まっちゃって高架上を次の駅まで歩かされて大変だったんだ」
「ふーん、東雲の乗った乗り物も止まっちゃったのね。
 不思議な偶然ね」
 東雲の膝の上で丸まっているポチの助に頬を寄せると、ジゼルはコースターの線路の方へ眼を向けて何かに気付いた。
「あ、ねこさんだ」
「え?」
「あそこ、見えない?」
 ジゼルは何処かを指さすが、東雲にも、他の全員にもその姿を見つからないらしい。
「あれだよー。あの蒼い色の……あ、居なくなっちゃった」
 皆が顔を見合わせて首を捻っている。
 ただ一人東雲は、ぽつりと言った。
「蒼い色の猫って俺もさっき見た様な気が……」
「ホント? やっぱり居たんだわ、ね、二本足で立ってたでしょ?」
「ん、うん……?」
 曖昧に答えている東雲に、理沙はもう一度コースターを仰ぎ見る。

「止まる乗り物に、蒼い猫。
 ……何だか妙ね」





「チェルシー、やっぱり下で待ってるって。理沙も付き添い」
「そうですか、残念ですね」
「さっきのコースターは流石に酷かったからな」
 友人達と談笑というか、苦笑しているアリサを、宙野 たまきは複雑な心境で見つめていた。

 『観覧車』。
 遊園地を一望できる乗り物でありながら、恋人同士が乗るロマンチックな乗り物の定番でもあるそれに今から彼等は乗りこもうとしている。
 向かい合って座るか、隣に座るか、それは重大な選択
 ――なのだがこの状況……友人達に囲まれた状況で果たして隣とか前とか言って居られるのだろうか。
 アリサ、たまき、友人。とかならまだいい。
 アリサ、友人、たまき。という席順になってしまう可能性すらあるのだから。
 だからと言って此処でぐいぐい行くのも空気が読めないみたいで嫌だ。
 なんて思っていると、助け舟は意外なところからやってきた。
「アリサはたまきと一緒ね!」
「私はジゼルちゃんと」
「私と三人で隣同士で乗るんだよね!」
 こういう時の女性の目敏さと言ったら無いのだ。
 美羽と加夜とジゼルの三人のガッチリ組まれた腕は、アリサに向かってもうこれで決定ですと一方的に告げてしまう。
「何故――」
 と言いかけたアリサも
「だって男の人が入るんだもん。男子と女子の二人と、女子三人の方が体重バランスいいでしょ!」
 と簡単に丸めこまれてしまった。
 やってきたゴンドラにそそくさと乗りこんで行く三人にこっそり目礼して、たまきは後に続く。
 それから少し勇気を出して伸ばした手を、アリサは一瞬躊躇して、それでもそっと握り返した。





 ゴンドラの中で寄り添う二人。
 神崎 優と神崎 零。
 今日と言う一日を思い切り満喫し、疲れ切った身体を固い椅子の上で休めながらも、楽しい会話は続いている。
 カップケーキのデザートが美味しかったとか。ファントムマンションが思っていた以上に怖かったとか。
 止めどなく溢れていた言葉は、いつしか途切れ、少しの沈黙の後、零は小さな声で呟いた。
「今日はホント楽しかった。
 みんなで来れなかったのは残念だけど、たまには二人きりで遊ぶのも良いよね」
「そうだな。二人きりで遊園地に来るのは、久しぶりだったしな。
 それに久々に零のはしゃいでいる姿も見れたし」
 悪戯っぽく微笑んだ優の言葉に顔を赤くしながら、零は口の中で小さく、小さく……
「だって久しぶりに優と二人で嬉しかったんだもん」
 
 もう一度訪れた沈黙に、優と零はお互いどちらともなく手を伸ばし握り合う。
「またいつか二人で来れると良いね。
 ……あ、でも今度は二人じゃなくて三人かもね」
 零の付け足した言葉に少し驚きながらも、優は微笑んで答える。
「そうだな。今度は三人一緒かもな」
 窓の外では夕日が海の中へ落ちて行く。
 これ以上に無いロマンチックな景色を背景に、二人はそっと口づけを交わした。