波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

リアクション公開中!

SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

リアクション


【二 新参者達の進撃】

 ワルキューレやワイヴァーンズがレンタル移籍制度による戦力の変動で動揺する一方、ヴァイシャリー・ガルガンチュアは昨オフに既存球団から掻き集めた戦力と、トライアウトで獲得した将来有望な選手達という理想的な編成を前面に押し出して、ここまで熾烈な首位争いを開幕当初からずっと続けてきている。
 そしてこの日の、SPB公式戦、第28節。
 グレイテスト・リリィ・スタジアムにて、イルミンスール・ネイチャーボーイズとの一戦を迎えたガルガンチュアのこの日の先発投手は、絶対的なエースとして君臨するミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)
 リーグ屈指のジャイロボーラーとしてその名を馳せてきた彼女は、ここまでハーラートップ・タイの十勝を挙げており、奪三振数でも他の追随を許していない。
 だが意外なことに、今季の彼女はその圧倒的な奪三振数にも関わらず、その意識はどちらかといえば、チームとして如何に27個のアウトを取るか、という方向に向けられている。
 これは奪三振に拘るとスタミナ面に不安が残るという自身の教訓から得られた、ひとつの結論であった。
 実際、この日の試合でも五回を投げ終えて投球数は71球という完投ペースできているのだが、その一方で奪三振は僅かに三つと、随分と控え目であった。
 打たせて取る、という意識が如実に働いている結果であるといえよう。
「今日も良いペースで来てるわねぇ」
 五回の裏、ガルガンチュアの攻撃を迎える際、ミューレリアが表の投球を終えてダッグアウトに戻る最中にブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が横に並んで声をかけてきた。
 ミューレリアは涼しい顔で、疲れも見せずに小さく笑う。
「走り込みと、マッケンジーの落ち着いたリードのお蔭ってとこかな。疲れ方が前とは段違いさ」
 その言葉通り、ミューレリアの球威はこの五回に至るまで、一向に落ちる気配はない。
 唯一、後半戦からレンタル移籍でネイチャーボーイズに移ってきて、そのまま四番を張っている正子に出合い頭の一発を浴びた以外は、ほとんど完璧に抑え込んでいる。
 勿論、ミューレリアひとりの力でアウトカウントを稼いでいる訳ではなく、ブリジットの堅守も大いに貢献していた。
 ふたりがダッグアウトに入ると、ひと足先にベンチへ戻っていた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が、五回表までのスコアブックを熱心に見入っていた。
「あら、随分難しい顔してるのね。何か気に入らないことでも?」
 ブリジットが物珍しそうに横から覗き込むと、さゆみは心底面白く無さそうな色を浮かべた。
「う〜ん……ちょっと、打撃の方がね……何だか、ボール球にばっかり手を出してるような気がして……」
 事実、第一打席は低めのボール球を引っかけてセカンドゴロ、第二打席は高めの釣り球で空振り三振に仕留められている。
 前の試合までを振り返ってみても、いまいちボール球の見極めが出来ていないようであった。
 が――。
「そんなに気にするこたぁねぇよ。こちとら、さゆみの守備力に随分と助けられてるんだ。まずは守りからきっちり入ってくれれば良いさ。打線なんてものはな、所詮は水物ってやつだよ」
 ミューレリアがいうように、さゆみの守備は堅実であり、特に内野の連係に於ける送球は精確無比を誇っている。
 投手の立場からすれば、点を取るよりもしっかり守ってくれる方がありがたいというのが、本音であろう。
「うちはとにかく、守り勝つ野球が信条、みたいなところがあるからな。リズム良く守ってりゃ、そのうち打撃も上向いてくるさ」
「そう……だね。うん、守りのリズムから、だね」
 自分にいい聞かせるかのように何度も同じ言葉を繰り返しながら、さゆみはひとり、気合を入れ直す。
 一方ブリジットは、三塁側のダッグアウトで凄まじいまでの存在感を放っている正子に視線を向けたが、その時どういう訳か、ふと周りの選手達の影が妙に薄くなっているかのような錯覚を覚えた。
 それが何故なのかは、ブリジットにもよく分からなかった。

 ミューレリアの圧倒的なジャイロに加え、堅実な守備で失点を最小限に防ぐガルガンチュアの鉄壁の守りを前にして、ネイチャーボーイズの選手達は意気消沈、とまではいかないまでも、幾分気が滅入りそうになっているのは紛れもない事実であった。
 そんな中にあって、新人ながらも正捕手として見事な働きを見せている雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)の場違いなまでの色香は、ダッグアウトをピンク色に染めているかの如き強烈な雰囲気を漂わせていた。
「んもぅ、皆さんそんなに気落ちしないでぇん。もし何なら、私のポロリで元気をお裾分け致しますわぁ」
 いいながら、リナリエッタはユニフォームの胸元に手をかけ、第一ボタンを外した。
「……やめておけ。違う方向にハッスルしよる」
 男ばかりのダッグアウトの中で、数少ない女性であるリナリエッタの挑発的にして妖艶な笑みを、正子がむっつりとした表情で静かにたしなめた。
 勿論、正子とてリナリエッタが冗談でいっているのはよく分かっているのだが、他の選手達が冗談として受け取らない可能性が高い。逆をいえば、それ程までに、ダッグアウト内の空気が野球に集中していない、ということでもあった。
 正子が言外にいわんとしていることを、リナリエッタは即座に理解した。
 あら残念、と気を残すような素振りではだけかけた胸元のボタンを再度留め始めたが、内心ではひとりの野球人として危機感が沸き起こりつつあった。
 と、そこへ――。
「さてと……どうやら私の出番が巡ってきたようだね」
 ダッグアウト裏のブルペンから、ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)がグラブを小脇に抱えて飛び出してきた。
 既に先発投手が四回裏の時点でノックアウトされており、早い回からのリリーフ登板となってしまっていたのである。
 ベファーナはリナリエッタ程の重要な役割を任されているとは到底いい難かったものの、敗戦処理担当という訳でもない。
 今のベファーナの役割を端的にいい表すならば、試合の流れを呼び込む為にチームを我慢させる為のロングリリーフ担当というのが、最も適しているだろう。
 リナリエッタは既にプロテクターの装着を終えて、正子と一緒にダッグアウトから自らの守備位置へ向かおうとしている。
 キャッチャーマスクとプロテクターという、リナリエッタにとっては最も露出度を控えさせる格好ではあったのだが、それでも何故か妙な色香が伴う辺りは、彼女の真骨頂といって良い。
「まだまだ試合は終わってはおらん。ここできっちり、流れを止めてくれ」
「あいよ、任せて頂戴」
 投球練習前に、正子がその巨躯をマウンドに寄せて低く囁いた。
 やや集中力が途切れがちになっているチームの空気をもう一度引き締める為には、ベファーナの快投が必須条件であった。
 一方、ネイチャーボーイズの五回の裏の守備を、スタンドから心配そうな面持ちで眺めている影がふたつ。
 正子を追いかけるようにして自らもレンタル移籍制度を利用し、ワルキューレ応援団からネイチャーボーイズ応援団へと出張してきた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の両名であった。
「スタンドを盛り上げるのが、私達の仕事……なんだけど、う〜ん……」
 美羽は、あまり活発ではないネイチャーボーイズの応援風景に、コハクと揃って、小首を捻っている。
 どうにもこのチームは、選手達だけでなく、応援する側にも活気が決定的に欠けているように思われた。
 勿論、チームを応援しようという熱意は感じられるのだが、それがお世辞にも、上手く表現出来ているとは思えない。
 ひとことでいってしまえば、全体的におとなし過ぎる、というのが美羽とコハクが抱いた印象であった。
「まぁ、これがチームカラーだといってしまえば、それまでなのかも知れないけど……」
 コハクは、困り果てた様子で頭を掻いた。
 ワルキューレに居る時は、チアリーディング部の派手なパフォーマンスと吹奏楽部による迫力満点のオーケストラで、スタンド全体の士気を大いに盛り立てていたのであるが、このネイチャーボーイズはというと、取り敢えずヒッティングマーチは吹き鳴らすものの、応援団員達がてんでばらばらに控え目な応援の声をあげるばかりで、単なる観客の野次とそう変わらないレベルに落ち着いてしまっていた。
 これではとても、応援団の役割を果たしているとはいえない。
「チームだけじゃなく、スタンドの方も意識改革が必要かも知れないね」
「……だね。基礎からもう一度やり直すぐらいの意気込みじゃないと、これはきついよ」
 残りはあと二か月程なのだが、美羽とコハクは前途の多難さを痛感し、溜息のひとつでも漏らしたい気分であった。
 だが、ここでこのふたりまでもが沈んだ表情を見せてしまっては、お話にならない。
 まずは空元気でも良いから、明るい笑顔とよく響く声で、スタンドを鼓舞する必要があった。

 逆に、無駄なくらいに明るいチームというものもある。
 その典型中の典型が、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)がオーナーを務める葦原ホーネッツであった。
 そもそもがメジャーリーガー出身のコントラクターを主力として掻き集め、最もアメリカナイズされたチーム編成なのである。
 その中には陽気なドミニカンやプエルトリコ出身の選手も多く、葦原の雰囲気とは真逆の、これでもかという程にメジャー色の強いチームとして、開幕から勢いに乗っていた。
 だが皮肉にも、アメリカ人である筈のローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、その不必要なまでの明るい雰囲気に未だ馴染めていない。
 彼女は同じアメリカ人であるハイナがオーナーであるという、ただその一点の理由のみで、ホーネッツ入団へとこぎつけたという経緯がある。
 だがローザマリアの場合、根っからの軍人であり、その生い立ちから幾分厳格な部分もあるせいか、メジャー特有のお気楽な雰囲気というものが、どうにもとっつきにくく思えてならなかった。
 勿論、順応性に優れたローザマリアだから、周囲の明るい空気の中に溶け込むことは容易いことではあったのだが、心の底から馬鹿騒ぎに乗っかることが出来たかといえば、それは否という他は無かった。
 そして逆に、このチームの雰囲気に最初から普通に溶け込んでいたのが、蚕 サナギ(かいこ・さなぎ)だった。
 彼の場合はメジャー出身の選手やアメリカ人の気質云々以前に、その根っからの能天気さが幸いして、メジャーリーガーを相手に廻しても、普通に接することが出来ていたのである。
 アメリカ人としての思いを胸に入団したローザマリアが心理的に周囲から浮いているのに対し、日本人であるサナギが見事なまでに周りと融和している姿というのは、これはもう皮肉以外の何物でもなかった。
「あらあら、ローザちゃんってば、また難しい顔してからに……スマイルやでスマイル〜。スマイル0円、ありがと〜ございます〜やでぇ」
「……ごめん、何のネタだか、さっぱり分からないんだけど」
 試合前のブルペンを出ようとしたところで、物凄く冷静に突き返されてしまい、サナギは引きつった笑顔のまま、その場で凍りついてしまった。
 ローザマリアが入団してきた当初から、彼女の美貌にすっかり目を奪われっぱなしのサナギではあったが、彼の少々痛いセンスは端からローザマリアとは相いれないらしく、ひと言でいってしまえば、完全に水と油であった。
 しかしながら、投手であるローザマリアとは日頃から円滑なコミュニケーションを取っておく必要がある――少なくともサナギはそのように自覚し、今回もその掟に従ったまでである。
 一方のローザマリアはというと、もしもサナギがチームの正捕手でなかったら、完全に無視を決め込んでいたであろう。
 彼女の場合、サナギが嫌いだという訳ではなく、単純に性格の不一致であった。
 マウンド上で窮地に陥った時に、明るく励ましてくれるのは大いに感謝するところではあったが、必要以上にくだらない駄洒落や冗談を飛ばしてくる姿勢には、正直辟易してしまっていた。
「ローザちゃん、今日も得意のサブマリンで潜伏といこか〜。あぁでも、マウンドの下に穴掘って潜ったりしたら怒られっさかいな〜。気ぃつけや〜」
 サナギは、自分で自分の(くだらない)ジョークに自ら吹き出してしまっていたが、ローザマリアの凍りつく程に冷たい視線に果たして、気づいていたかどうか。
 ともあれ、試合である。
 この日の先発マウンドを任されていたローザマリアは、尚もひとりで笑い転げているサナギを尻目に、ひとり静かにダッグアウトを出てファールラインを跨いでいった。
 チームメイトである元メジャーリーガー達は、ローザマリアに気を遣っているのか、いつものように無駄な軽口は叩こうとはせず、静かに励ましの声を投げかけるばかりである。
(駄目だなぁ……新人のくせに周りに気を遣わせてるようじゃ、チームを変に委縮させてしまうかも知れないっていうのに)
 ローザマリア自身も、よく分かっていた。
 だがしかし、性格というものはそうそうすぐに変えられるものではない。
 今はとにかく、結果でチームメイト達に報いるしか術は無かった。