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リアクション
終戦の音楽
「なんで戦ってるんだよ……」
思わずといった風に瑛菜は目の前の風景にそうもらす。
ゴブリンとコボルト達とのひとまずの和解を成立し、順調に作業を進めていた瑛菜達に大勢が争っている音が聞こえた。その音をたどり、ついた先に広がる光景。それはなおも激しく争い合うゴブリンとコボルト達の姿だった。
分かっていたと瑛菜は思う。和解したのは冒険者たちとモンスターたちの間であって、ゴブリンとコボルト達の争いが終わったわけではないと。
この争いを止めたいと瑛菜は思った。その方法も見つけたと瑛菜は思っていた。前回の調査の時、とある音が響いたのとともにゴブリンとコボルト達が戦いをやめて森の奥へと帰っていくのを瑛菜達は見た。それが帰還をさせる合図だと思った瑛菜は、その音をアテナの持つサックスで再現。その音をメインに自分のギターなどを合わせた曲を作った。そして今回、モンスターたちが襲ってきた時その曲を弾いたが、結果は失敗。アテナのサックスだけで再現した音だけを響かせてもゴブリンやコボルトが襲ってくるのを止めることは出来なかった。
「ねぇ、瑛菜おねーちゃん。もう一度演奏しようよ」
唇を噛みしている瑛菜にアテナはそう言う。
「もう一度やりましょうよ瑛菜部長。パラ実軽音楽部ライブです」
そう様になるウィンクをして言うのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)。
「うゅ……えーな、エリーたちも、ドラムとかギターとか、えんそーしたい、の」
そう舌足らずな言葉遣いで言うのはエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)。
「一度は失敗したけど、一度の失敗で諦めるなんて私たちらしくないんじゃない? 瑛菜。特に音楽のことに関しては……ね」
そう活を入れるのは瑛菜の親友とも言えるローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)。
アテナ、詩穂、エリシュカ、ローザマリアの言葉を受けて瑛菜は一つ息を吐き、頭の中を空っぽにする。そうして浮き上がってきた思考は単純なものだった。
「そうだね……一度の失敗くらいで落ち込んでる暇なんてあるわけないか。音楽で妥協するあたしなんてあたしじゃないんだよ」
このギターでどこまでも進んでいく。それが瑛菜の人生の目標であり手段だ。だったらここで妥協する訳にはいかないと瑛菜は思う。
五人は頷き合い演奏の準備をする。瑛菜は争い続けるゴブリンとコボルト達の姿をもう一度だけ見つめ、そしてドラムであるエリシュカに合図を送る。
「わん、つー、すりー、なの」
そんな掛け声とともにエリシュカはリズムを刻み始める。それに合わせて瑛菜もアテナも詩穂もローザマリアもそれぞれの楽器を演奏し始める。
ドラムでリズムを刻んでいるエリシュカはこうして演奏できるのがただただ楽しいといった風だ。ローザマリアやアテナと一緒に演奏するのが本当に嬉しいのだろう。ローザマリアやアテナの方を見て時折リズムがずれるのも愛嬌だ。ローザマリアに目で怒られてすぐに修正するのは見ていて和む風景だ。
詩穂は両手でキーボードを弾いていた。ところどころ和音を増やして瑛菜の曲をアレンジする。そしてそれと同時に詩穂のハミングがインカムを通して曲に混ざる。時折、即興で歌詞を作り曲に合わせて歌う。演奏を歌を、詩穂は楽しみ、同時に技術も磨く。歌いながら演奏するその姿はミンストレルとしてのお手本とも言えるものだろう。
ローザマリアは主旋律を引く瑛菜のギターを支え補足するようにギターを弾く。時に瑛菜の演奏に引っ張られるように。時に瑛菜の演奏を下から持ち上げるように。二つのギターは絡みあうようにして、語り合うようにして、音を奏でていく。
瑛菜とアテナも楽しく、精一杯にギターとサックスを演奏する。特にアテナのサックスは同じ音を続けて吹き続けるだけだが、その音は何よりも力強くあたりに響いていた。
そうして五人は自分のできる得る最高の演奏を続けた。
「ゴブリンとコボルト達が争いをやめて……? 前にやった時はそのまま襲ってきたのに……」
瑛菜達の演奏が始まり戦いをやめたゴブリンとコボルト達を見て村長は首を傾げる。
「ふむ……あの音楽を瑛菜さんはなんと?」
父親の質問に村長は瑛菜の推測と、作戦。そしてそれが一度失敗していることを伝える。
「ふむ……失敗したのはきっと音の意味を履き違えていたからじゃろうな」
「音の意味……?」
「瑛菜さんはその音を戦いを止めさせて帰還させる音と思ったようだが、実際はあくまでもゴブリンとコボルト達の争いのみを終わらせる合図だったんじゃろう」
「だから、私たちを襲ってきた時には効果がなかったんですね」
得心がいったという風に村長は頷く。
それにと、前村長は戦いをやめてなおその場に残り続け瑛菜達を見ているゴブリンやコボルトを見て言う。
「あれほど気合の入っていて、それでいてあんなにも楽しそうな演奏を聞けば、心あるものなら揺さぶられないはずがあるまい」
前村長の言葉に村長はまた頷く。そして目を閉じて耳を澄ます。瑛菜達が奏で森に響くその音楽は優しくも力強いそんな曲だった。
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